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24 渡人

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 500年ほど前のこと。
 魔王という存在がこの世界に現われ、人類圏への侵攻を開始した。
 100年以上に渡る攻防は続き、人類は徐々に衰退していく。
 生存圏は半減、人口は最盛期の三割にまで減少したといわれており、その時代に滅んだ種族も多々あるのだとか。
 反対に魔王軍は勢力を増していき、そのままの状況が続けばさらに50年を待たず人類は滅亡するだろうと思われていた。

 そこに現われたのが異世界の勇者である。

 異世界より喚びよせられた勇者たちは、この世界を創造したとされる女神の加護を受け、ひとりひとりが特殊な能力を持っていた。
 勇者召喚が成されたのは魔王が現われて150年近く経ったとき、いまから350年あまり前のことだった。

「じゃあこのロードストーンのピアノを作った、えっと……たしか勇者シオンといったか? その人も魔王とやらを倒すために喚ばれたのか?」
「うん。彼女の能力は〈創成魔法〉って伝わっているね。勇者シオン自身が知っている物なら何でも作り出せとかなんとか……」

 魔王の出現といい召喚勇者といい、異世界もののテンプレだなと思いつつ、蔵人はライザの話に耳を傾けていた。
 彼女の言った『渡人わたりど』というものを説明するには『魔王戦役――勇者を含む人類と魔王の戦い――』は避けて通れない話題であるらしい。

「しかし、人類存亡の危機にピアノを作っていたのか?」
「いや、勇者シオンが主に創っていたのは異世界の兵器さ」

 勇者たちの力は非常に強く、実際に魔王を討伐したのは彼らだったが、魔物の集団で構成された魔王軍を退けたのは、こちらの世界の住人で編成された兵士たちである。
 そして勇者シオンが創り出した異世界の兵器は、人類側の通常戦力を大幅に引き上げることに成功した。

「勇者の意向でそれらの兵器は戦後に失われたんだけど、一般人がちょっと訓練しただけで一流魔術士レベルの戦力になったらしいね」

 おそらくだが、銃火器を創り出したのだろう。
 もし創成できる数に制限がなく、兵士全員に行き渡ったのであれば、相当な戦力向上につながったことは容易に想像がつく。

「戦後、平和になったあと、元々音楽が好きだった勇者シオンは、いろんな楽器を創り出したんだ。ロードストーンのピアノもそのひとつさ」
「ロードストーン以外のピアノはないのか?」
「いまはいろんなとこが作ってるけど、勇者が創り出したものはロードストーンだけだね」

 それは勇者シオンのこだわりなのか、あるいはなにかしらの制限があってロードストーン製のピアノしか創り出せなかったのか、そのあたりのことはあまり伝わっていないらしい。

 勇者シオンの創り出した楽器をはじめ、他の勇者たちからもたらされた知識や技術によって、平和になった世界の文明や文化は飛躍的に進歩した。

(……という割にはレトロな雰囲気の世界だが、そのあたりもなにか理由があるのかもな)

 魔王を討伐したあとの勇者たちだが、結局元の世界に戻ることはできなかったらしく、皆こちらの世界でそれなりの地位や財産を保証され、穏やかに人生を終えていったという。

「勇者を召喚したことが原因なのかどうなのか、それから時々ニホン人がこの世界にやってくるようになったんだ」
「ニホンジン……?」
「えっと、勇者の故郷ってニホンっていう世界なんだろう?」
「あー……まぁ……」

 召喚勇者が全員日本人だったのか、どうやら勇者たちの故郷はニホンと伝わっているらしい。
 そのあたりの説明を面倒に思った蔵人は、特に否定せず流した。

「そうやってこの世界に迷い込んできた異世界人を渡人わたりどと呼ぶようになったのさ」
「なるほど……」
「で、改めて聞くけど、クロードは渡人わたりど……ニホン人なんだよね?」

 問いかけるライザの表情は穏やかで、すでに答えがわかっているかのようだった。

「ああ。俺は日本人だ」

 自分のような存在がどうやら過去にもいたらしく、ならば隠しても仕方がないだろうと、蔵人は正直に話すことにした。

「ふふ、やっぱりね……」
「いつ気付いたんだ?」
「ピアノの調律をしてもらったときかな。クロードったらピアノのことはやたら詳しいくせに、その生みの親である勇者のことも知らなければ、〈祝福〉のことも知らないんだもん」

 それ以外にも、魔術などこの世界の常識にも疎く、職人技術の高さの割には金を持っていないこと、よくわからない道具――スマートフォンやチューナーなど――を使っていたことから、なんとなく察していたらしい。
 また、さきほどライザと蔵人が弾いた『左手のためのピアノ協奏曲』だが、あれは二十数年前に渡人わたりどが広めたものらしい。
 そういうことであればこちらの世界の住人が弾けてもおかしくはないが、蔵人が渡人わたりどではないかと疑っていてたライザである。
 蔵人が異世界から伝わった曲をさらっと弾いたことは、ライザの疑惑を確信に変えるひと押しとなったのだった。

「なんだよ。気付いていたんなら早く言ってくれればよかったのに」

 蔵人にとってライザは恩人である。
 その恩人に対して自らの素性を隠すというのは、案外ストレスのかかることだった。
 だがこの世界における自分の立場がわからない以上、あまり下手なことは言えなかったのだ。

「うん、怖かったんだろうね……」

 ライザは小さく呟くと、口元に小さく笑みをたたえたまま、眉を下げて俯いた。
 怖い、とはどういうことなのだろうかと、蔵人を巡らせていると、ふとライザは顔を上げ、彼の目をじっと見つめた。

「クロード。あたし、あなたのことが好きよ」
「お、おう……」

 ベッドの中で、睦言のように何度か囁かれたことはあったかもしれないが、こうやって面と向かって好意を口に出されたのは初めてのことだった。
 突然の告白にうろたえる蔵人とは反対に、ライザは落ち着いた様子でさらに口を開いた。

「でも、クロードが渡人わたりどなら……」

 気が付けば彼女の口元からは笑みが消え、目に涙が溜まっていた。

「あたしのこの想いは、まやかしなのかも知れない……」

 目尻から溢れた涙が、ライザの頬を伝い落ちた。
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