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第2章

第11話 とりあえず一段落?

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「おっさん、あっち側になにがあった!? 異世界か? 異世界だろ! そこでチートでも手に入れたんじゃねぇのか!!」

 ジンはさらに言いつのる。

「あのしゃべる猫だって怪しいぜ……猫みたいな形してっけど、精霊とか神獣とかそういうやべぇやつに違いねぇ! タツヨシのバカは気づかなかったがオレをごまかせると思うんじゃねぇぞ! そういうのにもオレは詳しいんだ!!」

 完全に妄想ベースなんだろうけど、ほぼ事実を言い当ててるあたり、こいつは本当に勘が鋭いんだろうなぁ。

「こんだけの人間に聞かれたんだ! もう隠し立てなんてできねぇぞ? 洗いざらい全部ぶちまけやがれ!!」

 そう言い放ったジンが、勝ち誇ったような笑みを浮かべた。

「おい、アラタ」

 補佐官が険しい表情で俺に問いかける。

「こいつはさっきから、なにを言ってやがんだ?」

 そして心底理解できないという表情で首を傾げた。

「さぁ? 格下の俺に負けたショックで頭がおかしくなったんじゃないですかね」

 俺がさらりと言ってのけると、ジンは一度大きく目を見開いたあと、補佐官に顔を向ける。

「違うんだ! 本当なんだ、信じてくれよ補佐官……! そいつはトワイライトホールに入ったんだよ!!」

 ジンはそのまま、懇願するように言葉を続ける。

「オレらとはぐれてダンジョンをうろついてたなんて嘘っぱちなんだ! そいつは一ヶ月ちかく向こう側で過ごしたんだよ! そこでヤベぇ力を手に入れて、オレに復讐するために帰ってきやがったんだ!!」

 いや、お前がそんな目に遭ったのは、タツヨシとつるんでセイカに手を出したからだけどな。
 まぁ、そのうちタカシの仇討ちはしてやろうと考えてはいたけど。

「アラタ、お前トワイライトホールに入ったのか?」

 困惑した様子で、補佐官が尋ねてくる。

「逆に聞きますけど、俺がジンたちとはぐれた……えっとS-66ダンジョンで、トワイライトホール発見の報告ってありました?」
「いや、聞いとらんが……」

 そこで補佐官は、受付さんに目を向ける。

「少なくともここ数年は、そのような報告を受けておりませんね」
「いや、ちがっ、それは……」

 言い訳をしようとするジンの前に、受付さんが一歩踏み出す。

「トワイライトホールを発見した冒険者には、報告義務があります。これは未確認モンスターの発見に匹敵する、重要な情報ですからね。報告を怠ると、最悪の場合冒険者資格剥奪のうえ実刑もありえますから、よほどの事情がない限り隠蔽などはされないと思いますが?」

 ジンに対してそう告げた受付さんは、補佐官と俺を交互に見て、一歩下がった。

「というわけだがジン、あのダンジョンにトワイライトホールがあるのか?」
「それは……」

 補佐官に問われ、ジンは気まずそうに目を逸らす。

 はっきり言って、ジンが冒険者を続けるのは不可能だ。
 今回のやらかしもあるが、なによりあの手脚を回復する方法が、この日本には存在しない。
 それでもAランク冒険者の肩書きは、あいつにとってかけがえのない拠り所なんだろう。
 冒険者資格の剥奪を突きつけられると、あれほど強気だったのが嘘のように、ジンは口をつぐんだ。

「アラタ、一応聞くが、トワイライトホールの存在を知ったうえで隠している、なんてことはないよな?」
「ないですよ。知っていれば報告しますって」
「本当だな?」

 補佐官は凄みを利かせた視線を、俺に向けてきた。
 以前の俺なら、ビビって洗いざらい話していたかもしれないな。

「俺がそんなアホなこと、すると思います?」

 そう答えると、補佐官は厳しかった表情を緩めた。

「だよな。お前に限ってそれはねぇわな」

 彼はそう言って笑うと、俺の肩をバンバンと叩いた。
 ……ジョブレベルが上がったいまも、これはちょっと痛いぞ。

「ぐ……ぎぎ……」

 俺の言葉をあっさりと信じた補佐官を見て、ジンが悔しそうに歯ぎしりする。

 どうだ、おじさんが10年かけて築き上げた信用もバカにできんだろう?
 こういうときのために、人は常日頃まじめに生きることを心がけなくちゃいかんのだよ。

「さて、これ以上の立ち話もあれだし、そろそろお開きにするか」

 補佐官がそう言ったのを機にあたりを見回してみると、遠巻きにこちらを窺う野次馬の姿がちらほら確認できた。
 マツ薬局でもこちら向きにある窓が少し開いて、従業員と思われる何名かがこちらを見ていた。
 従業員入口には警察官が立っているので、出入りを禁止していたのだろう。
 これだけ銃を持った人間がいる以上、不測も起こり得るからな。

「あの、彼らはどうしましょう?」

 警官のリーダーさんが、補佐官に尋ねる。

「ん? ああ、もちろんウチで預かるよ」

 さらりとそう言ったあと、補佐官はジンに歩み寄る。

「んぁ……」

 そして補佐官がジンの頭に手をかざすと、彼は白目を剥いて意識を失った。
 ジンが抵抗レジストできないレベルの状態異常系スキルとか、ちょっとすごいんだけど。
 さすが叩き上げは違うなぁ。

「連絡を! 誰か親父に連絡――」

 自分も連れていかれると察したタツヨシが慌てて訴え始めたが、彼もすぐに意識を失った。
 見れば受付さんが、タツヨシに人差し指を向けていた。

 数メートル離れた距離で無力化できるとか、この人もなかなかすごいな。
 まぁ冒険者なんていう荒くれ者を相手にするわけだから、それなりのスキルは持っているか。

「あの、鵜川氏もギルドが?」
「はい。彼もEランク冒険者ですから」

 警官の疑問に、受付さんが答える。

 へええ、あいつも冒険者資格持ってたんだな。
 ってか、人のこと底辺扱いしておきながら、俺よりランク低かったのかよ。

「あー、悪いが転がってる手足を持ってきてくんねぇかな」

 補佐官の指示で、数名の警察官がタツヨシの手足と、雷撃で黒焦げになったジンの腕を運び始める。
 眠らされたふたりは、補佐官たちが乗ってきた乗用車のバックドアから、車内に押し込まれていた。

「補佐官、俺は?」
「ああ、今日は疲れただろう。報告は明日でいいから、帰ってゆっくり休めや」
「ありがとうございます」

 このあと事情聴取とか、しんどいからな。
 警官の何人かはこの対応に驚いてるけど、冒険者だと案外普通のことだったりする。
 なにせスマホやらカードやらで、ギルドは俺たちの位置をほぼ把握できるからな。
 逃げるのは難しいんだよ。

「彼女さんも怖い思いをしたんだ。ちゃんとケアしてやるんだぜ?」

 補佐官はちらりとセイカを見たあと、すぐ視線を俺に戻してウィンクをした。
 受付さんも、なにやら生温かい視線をくれている。

「いや、違いますよ、彼女とはそういうんじゃ……」
「そうだぜおっさん! あたしはアラタの彼女じゃねぇ、婚約者だかんな!」

 セイカは誇らしげにそう言って、俺の隣に立った 
 ……いや、この状況でなに言ってんの!?

 セイカの言葉に、補佐官と受付さんは同時に目を見開いたあと、ふたたび生温かい表情を浮かべる。

「そうかアラタ。お前さんにもようやく嫁さんができたか」
「おめでとうございますアラタさん。もしかしたらネコチャンが俺の嫁、なんて考えてるんじゃないかと、実はちょっと心配してました」

 あんたらまでなに言ってんの?
 ってか、シャノアはオスだからな!
 まぁ、あのイケボには抱かれてもいいと思えるので、どちらかと言えば俺が嫁か?

「あー、いや、その……」

 なんと言うべきか困った俺だったが、これはごまかしちゃいけない場面じゃないだろうか。

 今回の件で、セイカは完全に俺の事情に巻き込まれてしまった。
 ジンとタツヨシは撃退できたものの、元議員のヤスタツとは完全に敵対することになるだろう。
 そうなれば、セイカに身の危険が迫るおそれは大いにありうる。

 なら、彼女にはきっちり説明して、ことが落ち着くまでは異世界で保護することも考えるべきじゃないだろうか。

 俺はまだ、セイカのプロポーズに対する気持ちの整理ができていない。
 たが、いまは俺の気持ちなんかより、セイカの安全のほうが大事だ。

「そうですね。彼女は俺の大切な婚約者です」

 だから結婚はともかく、婚約というかたちを取るのは、悪くない。

「えっ、アラタ……本当に?」

 俺の言葉に、セイカが驚く。
 冗談半分のつもりが、受け入れられたわけだからな。

「ああ、いろいろ話すことはあるけどな」

 シャノアのこと、異世界のこと、それに元議員のヤスタツにかかわるごたごたについても、しっかり聞いてもらわなくちゃいけない。
 そのうえでセイカの考えが変わるのだとしたら、それはしょうがないと受け止めるしかないかな。

「うわーん! アラタぁー!!」

 俺を見て目を潤ませていたセイカが、抱きついてきた。

「ちょっと、セイカ、人が……」
「だってぇ……あたし、嬉しくて……」

 セイカは俺の胸に顔を埋めて、肩をふるわせていた。
 こうなると、離れてもらうってのも無理だろうなぁ。
 みんなこっち見てるんだけど……。

「ふははっ! ではお邪魔虫は退散するとしよう」
「アラタさん、おしあわせに」

 補佐官と受付さんはそう言い残して車に乗り、去っていった。
 警察官たちも、ニヤニヤと俺たちを見ながら、それぞれパトカーに乗ったり、自転車にまたがったりした。
 何人かは、俺の横を通るついでにポンポンと肩を叩いていった。
 いや、ついさっきまで俺に銃口向けてた人たちがなにやってんのさ。

 ガチャリ、と音がして従業員入口が開く。
 なぜかニコニコ顔のおやっさんが出てきた。

「おう、アラタ! ついにセイカをもらってくれる気になったか!!」

 おやっさんはそう言って、俺の肩をバンバン叩く。
 いや、痛いですって。

「いやー、こんなガサツな娘をもらってくれるやつがいるとは、まさに拾う神ってやつだなぁ」
「オヤジ、うるせーよ!」

 しんみりと言うおやっさんに対して、セイカは顔を上げて抗議をした。

「おやっさん、それは違う」

 ただ、俺はおやっさんにもの申したいことがあった。

「セイカは美人でスタイルもよくて、性格だっていい。優しくて、仕事もできる、そんな素晴らしい女性ですよ。ガサツだなんてとんでもない。細かいところによく気がつく繊細な人だってことは、よく知ってますよ、俺は。そりゃしゃべり方は個性的だけど、いつもまっすぐな言葉をかけてくれるセイカに、俺は何度も救われたと思ってます。俺が拾う神? とんでもない! むしろ拾われたのは俺のほうで……」

 どうやら自分の娘がどれほど素晴らしい女性かを理解していないおやっさんにわからせようとしていたら、いつの間にか離れていたセイカが、俺の服をつまんで何度も引っ張ってきた。

「ん、どうした?」
「も、もういいから、そのへんで勘弁して……」

 なぜかセイカは、顔を真っ赤にして俯いている。

「お、おう、なんつーか、お世辞でも、そうやって娘のことを褒められると、なんかこう、照れちまうなぁ」

 おやっさんはそう言って、困ったように頭をかいている。

「いやお世辞とかそう言うんじゃないですから。俺が普段から普通に考えていることを言っただけで……」
「いいから! もういいから、勘弁してくれよぉ……!」

 セイカがさらに強く服を引っ張って訴えてくる。

「あー、いや、あれだ、セイカのこと、よろしく頼むわ」

 そしておやっさんもなぜか顔を赤くし、あたふたしながらお店に帰っていった。

「セイカ? おやっさん?」

 なんだかよくわからないが、妙な空気になっちまったなぁ。
 見ればセイカは、顔を真っ赤にしてプルプル震えている。

「えっと……俺、なんかまずいこと言った?」
「そんなこと、ねーけど……」
「そっか……なら、よかった」

 セイカの表情が和らいだので、少なくとも彼女を傷つけたり怒らせたりしたわけじゃないとわかり、俺は胸を撫で下ろした。

(はぁ……主……)

 あれ? いまシャノアのため息が聞こえたような……いや、気のせいだろう。
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