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第1章
第13話 トワイライトホール
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ジンがかすかに重心を落としたことで、いよいよ〈疾風剣〉から逃れられる可能性がほぼゼロになった。
それでも、怯むつもりはない。
「正気か? 俺を殺せば討伐記録に残るぞ」
ギルドカードにはモンスターの討伐記録が自動で記録される。
人を殺した場合も例外ではない。
さらに俺は冒険者カードを持っている。
その場合、ジンが俺個人を殺したことが、彼のカードに記録されるのだ。
「ところがどっこい、そうはならねぇんだな」
「嘘をつけ。討伐記録はごまかせない」
討伐記録はギルド運営の基幹をなす技術だ。
何者だろうと、ごまかせるようなものではない。
そう思って彼を見据えたが、ジンは笑みを崩さない。
「おっさんよぉ、なんでわざわざここにきたと思ってんだ?」
「なに?」
そのとき、ジンの視線がわずかにズレた。
俺の少しうしろをチラリと見たので、思わず振り返る。
「トワイライトホール……」
そう呟いてジンに向き直ると、彼は笑みを浮かべたままゆっくりと頷いた。
「テメェをぶった斬ったあと、死ぬ前にそこへ放り込みゃあいいだけの話よ」
たしかに、それだと討伐記録は残らないのかもしれない。
「いや、だが、トワイライトホールへ追い込んだことで討伐と見なされる可能性もあるじゃないか」
「だといいなぁ、おっさん」
俺の言葉に、ジンは余裕の笑みを浮かべたままだった。
まさかこいつ……。
「実証済み、ってことか?」
「さぁ、どうだかなぁ」
ニタリと笑みを浮かべたままのジンが、さらに重心を落とす。
もう、瞬きの間すらなく斬りかかれる体勢だ。
「なんで、そこまでするんだよ」
「あぁ? 目障りなもんは、さっさと片付けちまったほうがいいにきまってんだろ」
「なっ……」
さらりと言ってのけたジンに、思わず絶句する。
それと同時に、いまさらながら恐怖がこみ上げてきた。
この男は、本当にそういう些細な理由で、何人もの人を手にかけたのではないか。
そう確信させるなにかが、ジンにはあった。
これまでは俺をアゴで使うことで、惨めな思いをさせていたと、そう思っていたのだろう。
ジンはそれを、おそらく楽しんでいた。
だが一昨日ギルドで、あらためて礼をいわれたことで、俺がなんとも思ってないことに気づいてしまった。
たったそれだけのことで、ジンは俺の命を躊躇なく奪おうと思ったわけだ。
まったく理解できない。
だが理解できない考えの持ち主がいることは、知っている。
「つーわけで、さっさとライフポーション渡すか、俺にぶった切られるか、選べや」
最悪の二択だ。
「ライフポーションを渡せば、見逃してくれるのか?」
シャノアのために必用な物だが、セイカに頼めばなんとか手に入るかも知れない。
それよりも、俺が死んでシャノアの面倒を見る者がいなくなるほうが問題だ。
「ああ、もちろん」
「そうか」
到底信じられなかった。
こいつのことだから、俺が安心したところで斬りかかるくらいのことはやってのけるだろう。
どうやら助かる道はなさそうだ。
ならイチかバチか、〈帰還〉で逃げるか……。
「おうコラおっさん!」
不意に、横から声が飛んできた。
「てめージンさんを待たせるたぁどいうつもりだ!? さっさと答えやがれ」
威勢よくそう言いながら、タカシが割り込んできた。
「死にたくねーんならさっさとポーション出せやコラァ!」
突然の出来事に唖然とする俺の胸に、なにかが押しつけられる。
視線を落とすと、タカシが1本のナイフを俺に押しつけていた。
「モタモタしてんじゃねーぞ!」
彼はナイフをグッと俺に押しつけながら、一瞬だけ視線をずらす。
「おうこらタカシ……」
彼の背後から、重く冷たい声が発せられた。
「勝手なことすんじゃねぇ。テメェごとぶった斬るぞ?」
「ひ、ひぃっ! すんません、ジンさん!!」
彼は悲鳴のような声を上げながら、少し大げさな動作で振り返る。
それと同時に、俺も身を翻した。
ナイフはすでに〈収納〉している。
「てめ――」
ジンの発した声が途切れ、視界が黄昏色に染まった。
○●○●
トワイライトホールに飛び込んだあと、しばらくはなにが起こったのかわからなかった。
立っているのか、座っているのか、あるいは寝転んでいるのか。
落下しているのか、浮かび上がっているのか。
わけもわからず叫んでいるつもりだが、耳には何も届かない。
視界はどこまでいっても淡く暗い朱色に覆われていて、目を閉じてもそれは変わらなかった。
いや、目を閉じられたのかどうかすら、認識できなかった。
そもそも呼吸すら、できているのかどうかわからない。
とにかく自分になにが起こったのかよくわからないまま、時間だけが過ぎていった。
数秒か、数分か、数時間か、それすらも、曖昧だった。
そして突然、視界が開けた。
「――っはぁ……!!」
空気が、肺に飛び込んできた。
あたりは薄暗い森だった。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
呼吸はできていた。
異様に高まった鼓動も、感じ取れた。
「生きて……る」
どうやら生き延びたようだ。
「はぁ……はぁ……おえっ……!」
しゃがみ込み、地面に手をついて荒い呼吸を繰り返していると、突然吐き気に襲われた。
「ぐぉ……くせぇ……」
悪臭が、鼻を突いた。
なんの臭いだと当たりを見回すと、人の死体が目に入った。
腐敗が始まっており、それが悪臭を放っていた。
その死体は、上半身と下半身が断たれていた。
腐敗によってちぎれたのではないことは、明らかだった。
「まさか、ジンが……?」
死因は〈鑑定〉をするまでもなく明らかだった。
「とにかく、すぐに帰らないと!」
俺は自分に言い聞かせるようにそう口にしたあと、〈帰還〉を使おうとした。
だが、発動しなかった。
「そんな、使えないのか!?」
誰に問うでもなく、叫ぶ。
「落ち着け……」
そう口にして心を落ち着けながら、もう一度〈帰還〉を試みた。
「……使えない、わけじゃないのか?」
使えそうな気はするが、なにかが足りないという感覚だった。
そこで俺は、試しにギルドのホームポイントを解除して現在地を設定し、少し歩く。
念のため、〈収納〉から拳銃を取り出した。
「ん?」
違和感があった。
銃は問題なく取り出せたが、いつもはもう少しスムーズにとりだせるのだが……。
そんな疑問を抱きつつも、俺は10メートルほど歩き、そこで〈帰還〉を発動してみた。
「できたな」
一瞬で景色が変わり、先ほどの場所に転移したことがわかった。
スキルは使えるが、効果が下がっているようだった。
そこで俺は死体から離れるためさっき歩いたところまで移動し、何度か深呼吸をした。
少し落ち着いたところで、ふと感じるものがあった。
「……魔素が、薄い?」
10年近く冒険者をやっていて、地上とダンジョンを行き来したおかげか、魔素濃度の差は肌で感じられた。
地上とダンジョンではスキルの効果が変わる。
魔素濃度の薄い地上だと、スキルの効果が低くなるのだ。
それも野良モンスター退治が不人気な理由のひとつだった。
「というか、ここはどこだ?」
もしかするとここは外国で、そのせいで魔素濃度が低いのかもしれない。
もしそうなら、少しでも日本へ近づくように移動すれば〈帰還〉できる可能性はある。
とりあえず俺は近くの木を〈鑑定〉した。
なんの木があるかで、どこにいるかはある程度判別できるかもしれないからだ。
「ピーノの木? なんだそりゃ」
聞いたこともない名前に首を傾げながら、さらに詳しく見ていく。
すると、このピーノの木とやらはナウスタト大陸全体によく見られるものだとわかった。
「いやどこだよ!」
思わず叫んだ。
その後も目に入る物を鑑定していったが、知らないものばかりだった。
大抵の動植物には、和名がついている。
〈翻訳〉スキルを持っている俺なら、マイナーな言語だろうが訳されるはずだ。
ダンジョン内の生態系も、モンスターがいる以外は地球と変わらない。
見たことも聞いたこともない植物など、ほとんど存在しないのだ。
そもそもナウスタト大陸などというものを、俺は知らない。
地球にダンジョンが出来、日本が孤立しているあいだに大陸の呼び名が変わったか、あるいは……。
「異世界、か?」
それでも、怯むつもりはない。
「正気か? 俺を殺せば討伐記録に残るぞ」
ギルドカードにはモンスターの討伐記録が自動で記録される。
人を殺した場合も例外ではない。
さらに俺は冒険者カードを持っている。
その場合、ジンが俺個人を殺したことが、彼のカードに記録されるのだ。
「ところがどっこい、そうはならねぇんだな」
「嘘をつけ。討伐記録はごまかせない」
討伐記録はギルド運営の基幹をなす技術だ。
何者だろうと、ごまかせるようなものではない。
そう思って彼を見据えたが、ジンは笑みを崩さない。
「おっさんよぉ、なんでわざわざここにきたと思ってんだ?」
「なに?」
そのとき、ジンの視線がわずかにズレた。
俺の少しうしろをチラリと見たので、思わず振り返る。
「トワイライトホール……」
そう呟いてジンに向き直ると、彼は笑みを浮かべたままゆっくりと頷いた。
「テメェをぶった斬ったあと、死ぬ前にそこへ放り込みゃあいいだけの話よ」
たしかに、それだと討伐記録は残らないのかもしれない。
「いや、だが、トワイライトホールへ追い込んだことで討伐と見なされる可能性もあるじゃないか」
「だといいなぁ、おっさん」
俺の言葉に、ジンは余裕の笑みを浮かべたままだった。
まさかこいつ……。
「実証済み、ってことか?」
「さぁ、どうだかなぁ」
ニタリと笑みを浮かべたままのジンが、さらに重心を落とす。
もう、瞬きの間すらなく斬りかかれる体勢だ。
「なんで、そこまでするんだよ」
「あぁ? 目障りなもんは、さっさと片付けちまったほうがいいにきまってんだろ」
「なっ……」
さらりと言ってのけたジンに、思わず絶句する。
それと同時に、いまさらながら恐怖がこみ上げてきた。
この男は、本当にそういう些細な理由で、何人もの人を手にかけたのではないか。
そう確信させるなにかが、ジンにはあった。
これまでは俺をアゴで使うことで、惨めな思いをさせていたと、そう思っていたのだろう。
ジンはそれを、おそらく楽しんでいた。
だが一昨日ギルドで、あらためて礼をいわれたことで、俺がなんとも思ってないことに気づいてしまった。
たったそれだけのことで、ジンは俺の命を躊躇なく奪おうと思ったわけだ。
まったく理解できない。
だが理解できない考えの持ち主がいることは、知っている。
「つーわけで、さっさとライフポーション渡すか、俺にぶった切られるか、選べや」
最悪の二択だ。
「ライフポーションを渡せば、見逃してくれるのか?」
シャノアのために必用な物だが、セイカに頼めばなんとか手に入るかも知れない。
それよりも、俺が死んでシャノアの面倒を見る者がいなくなるほうが問題だ。
「ああ、もちろん」
「そうか」
到底信じられなかった。
こいつのことだから、俺が安心したところで斬りかかるくらいのことはやってのけるだろう。
どうやら助かる道はなさそうだ。
ならイチかバチか、〈帰還〉で逃げるか……。
「おうコラおっさん!」
不意に、横から声が飛んできた。
「てめージンさんを待たせるたぁどいうつもりだ!? さっさと答えやがれ」
威勢よくそう言いながら、タカシが割り込んできた。
「死にたくねーんならさっさとポーション出せやコラァ!」
突然の出来事に唖然とする俺の胸に、なにかが押しつけられる。
視線を落とすと、タカシが1本のナイフを俺に押しつけていた。
「モタモタしてんじゃねーぞ!」
彼はナイフをグッと俺に押しつけながら、一瞬だけ視線をずらす。
「おうこらタカシ……」
彼の背後から、重く冷たい声が発せられた。
「勝手なことすんじゃねぇ。テメェごとぶった斬るぞ?」
「ひ、ひぃっ! すんません、ジンさん!!」
彼は悲鳴のような声を上げながら、少し大げさな動作で振り返る。
それと同時に、俺も身を翻した。
ナイフはすでに〈収納〉している。
「てめ――」
ジンの発した声が途切れ、視界が黄昏色に染まった。
○●○●
トワイライトホールに飛び込んだあと、しばらくはなにが起こったのかわからなかった。
立っているのか、座っているのか、あるいは寝転んでいるのか。
落下しているのか、浮かび上がっているのか。
わけもわからず叫んでいるつもりだが、耳には何も届かない。
視界はどこまでいっても淡く暗い朱色に覆われていて、目を閉じてもそれは変わらなかった。
いや、目を閉じられたのかどうかすら、認識できなかった。
そもそも呼吸すら、できているのかどうかわからない。
とにかく自分になにが起こったのかよくわからないまま、時間だけが過ぎていった。
数秒か、数分か、数時間か、それすらも、曖昧だった。
そして突然、視界が開けた。
「――っはぁ……!!」
空気が、肺に飛び込んできた。
あたりは薄暗い森だった。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
呼吸はできていた。
異様に高まった鼓動も、感じ取れた。
「生きて……る」
どうやら生き延びたようだ。
「はぁ……はぁ……おえっ……!」
しゃがみ込み、地面に手をついて荒い呼吸を繰り返していると、突然吐き気に襲われた。
「ぐぉ……くせぇ……」
悪臭が、鼻を突いた。
なんの臭いだと当たりを見回すと、人の死体が目に入った。
腐敗が始まっており、それが悪臭を放っていた。
その死体は、上半身と下半身が断たれていた。
腐敗によってちぎれたのではないことは、明らかだった。
「まさか、ジンが……?」
死因は〈鑑定〉をするまでもなく明らかだった。
「とにかく、すぐに帰らないと!」
俺は自分に言い聞かせるようにそう口にしたあと、〈帰還〉を使おうとした。
だが、発動しなかった。
「そんな、使えないのか!?」
誰に問うでもなく、叫ぶ。
「落ち着け……」
そう口にして心を落ち着けながら、もう一度〈帰還〉を試みた。
「……使えない、わけじゃないのか?」
使えそうな気はするが、なにかが足りないという感覚だった。
そこで俺は、試しにギルドのホームポイントを解除して現在地を設定し、少し歩く。
念のため、〈収納〉から拳銃を取り出した。
「ん?」
違和感があった。
銃は問題なく取り出せたが、いつもはもう少しスムーズにとりだせるのだが……。
そんな疑問を抱きつつも、俺は10メートルほど歩き、そこで〈帰還〉を発動してみた。
「できたな」
一瞬で景色が変わり、先ほどの場所に転移したことがわかった。
スキルは使えるが、効果が下がっているようだった。
そこで俺は死体から離れるためさっき歩いたところまで移動し、何度か深呼吸をした。
少し落ち着いたところで、ふと感じるものがあった。
「……魔素が、薄い?」
10年近く冒険者をやっていて、地上とダンジョンを行き来したおかげか、魔素濃度の差は肌で感じられた。
地上とダンジョンではスキルの効果が変わる。
魔素濃度の薄い地上だと、スキルの効果が低くなるのだ。
それも野良モンスター退治が不人気な理由のひとつだった。
「というか、ここはどこだ?」
もしかするとここは外国で、そのせいで魔素濃度が低いのかもしれない。
もしそうなら、少しでも日本へ近づくように移動すれば〈帰還〉できる可能性はある。
とりあえず俺は近くの木を〈鑑定〉した。
なんの木があるかで、どこにいるかはある程度判別できるかもしれないからだ。
「ピーノの木? なんだそりゃ」
聞いたこともない名前に首を傾げながら、さらに詳しく見ていく。
すると、このピーノの木とやらはナウスタト大陸全体によく見られるものだとわかった。
「いやどこだよ!」
思わず叫んだ。
その後も目に入る物を鑑定していったが、知らないものばかりだった。
大抵の動植物には、和名がついている。
〈翻訳〉スキルを持っている俺なら、マイナーな言語だろうが訳されるはずだ。
ダンジョン内の生態系も、モンスターがいる以外は地球と変わらない。
見たことも聞いたこともない植物など、ほとんど存在しないのだ。
そもそもナウスタト大陸などというものを、俺は知らない。
地球にダンジョンが出来、日本が孤立しているあいだに大陸の呼び名が変わったか、あるいは……。
「異世界、か?」
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