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第1章 西挟の砦
第79話 えっ!? あ〜もしかして……踏んじまった!?
しおりを挟む俺は今、眩暈で倒れそうになってる。
いや、病気じゃねえよ。自分の置かれた状況にクラッっときたのさ。
何で俺たちが、何が楽しくって姫さんたちと同じ高級宿に泊まらなきゃならねえんだ?
あ゛?
エレンさんに小声で抗議はしたんだが、聞き入れて貰えなかった。
「そうまでして何を企んでる?」って逆に聞いてやったら、今度は姫さんが、笑顔で「宿でお話します」って言うもんだからよ。馬車から逃げるに逃げれなかったというな。
そりゃそうだろう。逃げて訳の判らん指名手配にとかされてみろ、悪目立ちし過ぎるだろ。
寝ても醒めても賞金稼ぎの相手は御免だぜ。
それにこれだけ姫さんと一緒に居るって時点で、色々とアウトなきがするしな。
ん? ああ。……宿に来てから、視線を感じんだよ。
姫さんとの関係を疑ってる奴が居たとして、そういう奴らから見れば俺たちは、間違いなく姫さん一派だわな。やれやれ、困ったもんだぜ。
「ヒルダ、プルシャン、ちょっと来てくれ」
しょうがないから2人に注意を促しとく事にした。
「何だ、主君? 久し振りにというか、300年振りにふかふかのベッドで寝れるのだぞ! ふああぁっ!?」「ふかふかなんだって! ふああぁっ!?」
近づいて来た2人を左右の腕で1人ずつ抱き締めて、2人の顔の間に俺の顔を埋める。端から見たらいちゃついてるようにしか見えんだろう。例の変な声が上がってるが、良く分からんから放っておく。それよりもだ。
「良いか、良く聞いてくれ。この宿は誰か知らんが見張られてる。1人で動くな。俺と一緒か、2人で動くように。解ったら、声を出さずに、もちょっと強めに抱きつけっ、ぐえっ!? 強すぎだっ!!」
遠慮無く抱き着いてきたものの、ミシッと骨が軋む音に思わず突っ込む。
「す、済まない。浮かれてしまった」「えへへ。ごめんなさい」
忘れてた。こいつらまだ神殿に連れて行ってなかったから、レベル1になってねえんだわ。さっきの力を思い出して、「早えとこ神殿で転職させねえと体が保たん」って思ったね。
「おほん。往来でそういうことは控えてもらえると、姫様の教育上助かるのですが……」
「ああ、すまんね」
エレンさんに答えながら視線を高級宿の入り口に向けると、両手をパーに開いて顔を隠し、その隙間からしっかりこっちを見てる姫さんの姿があった。おませさんか。
視線は感じるが、襲ってくる気配もないし、……ま、様子を見るか。
ヒルダとプルシャンに両腕を封じられたまま、宿に入ると何言わずに部屋に案内された。上客は金払いの良い客って事か。俺にとっちゃあ「雪毛か」って顔を顰められるよりは、気が楽でいい。
案内されたのは、ダブルベッドがある個室だった。2階の一番奥。角部屋だ。
建物の強度はあるらしく、この宿は3階建てで、姫さんが借り切ってるらしい。
ああ、全部だ。流石、貴族様、いや姫様、か。
「「「あああっ! ふかふかだっ!」」」
3人仲良くベッドの軟からさを堪能してるところで、扉がノックされエレンさんが入って来たーー。
◆◇◆
「よく来てくださいました。ハクトさんの質問に答えさせて頂くことと、これからお話することは同じ意味だと思って下さい」
ソファーの背凭れには背中を預けず、ピンと背筋を伸ばした姫さんが対面でそう口を開いた。エレンさんは姫さんの背中を守る形で直立不動だ。勿論、俺たちの後ろにも副団長さんと狼娘が立ってる。こっちは警備のためだろう。
「このままベッドで寝るか」って話してたらエレンさんが呼びに来たもんだからな。俺の左右に座る2人はちと機嫌が悪い。スピカはプルシャンの手の中ですやすや寝てる。暢気なもんだ。
部屋の広さは20畳ぐらい、か。
部屋に張った時にぐるっと間取りを見たが、執務室と言っても良いような空間で寝室を伺わせるものは何もない。奥に扉が見えるから、そこが寝室だろう。高級と謳うだけはある。
……けどな。
「あ~……その前に。窓際のカーテンに包まってる奴。出て来い。宿の外に居た奴とは違うようだが、10数えるまでに出てこなかったら、敵と見なす。1、2、さ」「マルギット」
「はっ」
姫さんの反応が良かったな。幼いなさがあるのに、なかなか判断が早え。
姫さんに名前を呼ばれてすっと出来てたのは、黒装束に身を包んだ姉ちゃんだった。
あ~黒装束と言っても忍者みたいなスタイルじゃねえぞ? どっちかって言うと特殊部隊のような感じだな。関節各部と、急所を守る形での防具は着けてる。黒塗りの革製品か?
「まさか、気付かれるとは思いませんでした。警備とはいえ、失礼致しました。マルギットはわたしの騎士団の副団長を務めてもらっています」
「マルギットと申します。警備のため顔を晒すわけには参りません。ご容赦下さい。以後お見知りおきを」
姫さんの紹介でマルギットと名乗った姉ちゃんは、小さくお辞儀する。頭も黒い布で隠して出てるのは目だけだ。要人警護、か。普通に考えれば、必要な手駒だな。
「ハクトだ。こっちの仮面がヒルダで、こっちがプルシャンな」
そう言って2人を簡単に紹介しておく。どうせ知ってるんだろうが、一応礼儀だ。
「……」
それに頷きだけで答えると、すっとマルギットって姉ちゃんは姿を隠した。
「すみません、姫様。話の腰を折ってしまいました」
「良いのです。告げてなかったわたしも悪いのですから。それと、ここは完全に個人の部屋です。もっと砕けていただいて構いませんよ? エレンやリリーに接するように」
「あ~そう言ってもらえると有り難いんですが、何せ田舎者で、雪毛ですからね。ちょっとした言葉遣いで首が飛ぶかもと思うと」
「うふふふ。可笑しな方ですね、ハクトさんは。今までマルギットの存在を初見で見破った方は居ません。そんな方が、多少の齟齬で咎められたとしても、自力でどうにかしてしまうのではありませんか?」
「はぁ、じゃあ御言葉に甘えて、そうさせてもらいましょうかね」
完全な余所行き言葉から、砕けた余所行き言葉にランクダウンだな。
ボリボリと後頭部を掻きながら、ソファーの背凭れに背中を預けることにする。その素振りに、背後の狼娘と向かいの騎士団長さんから小さな笑いが零れるのを、俺の耳は拾ってた。
ほっとけ。天井を見上げながら心の中でボヤく。
そこへ姫さんの声が降って来た。
「レストランでも少し口にしましたが、ヒュドラという組織を知っていますか?」
「いえ、知りませんね。1人の娘さんを助ける時に、それらしい事を言ってた盗賊は居ましたがね。どの道、今回の盗賊騒ぎは末端でしょう? 騒ぎに乗じて何をしたかったか、でしょね~」
天井を見ながら答えていた俺は、余りに素になり過ぎてたことに気付き、姿勢を正そうと顔を起こしたところで姫さんと目が合ってしまった。
えっ!? あ~もしかして……踏んじまった!?
何故だか判らんが、可愛らしい笑顔なのに感情の起伏を全く感じない表情なんだよ。美術的には彫刻像のような微笑みっていうんだがな。姫さんの醸しだす雰囲気と騎士たちの緊張を感じて、俺の背筋をゾクリと悪寒が走った――。
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