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第1章 西挟の砦
第76話 えっ!? 何だこれ!? ゴム!?
しおりを挟む「検閲官殿、早く訊いてもらぬか? 吾もこの手を長く晒しておくのは心苦しいのだが」
「す、すまぬ。犯罪を犯したことはあるか?」「「「「「「「「っ!?」」」」」」」」
ヒルダの声に、その場へ居合わせた誰もが我に返る。それだけインパクトがデカかった。
「いや、無い」
粛々と手続きを進めるヒルダからは、焦ったような気配はない。落ち着いたもんだ。
ヒルダの声に反応して、魔道具の珠が白く光る。問題なしだな。
「ーー」
「では、約束通り面を」
黙ったまま魔道具の珠を見つめる検閲官のおっさんに、ヒルダがムキになって面に手を掛けたところで、副団長さんがヒルダの顔の前に手を差し出す。
「お待ちください、ヒルダさん。ステファン殿、ヒルダさんの身の潔白は証明されました。顔は女の命とも言うものです。腕から察するに、お顔を親しい者以外に晒すというのは酷な話です。情状酌量をお願い致します」
「「お願いします」」
その動きに合わせて、プルシャンの尻を軽く叩き、一緒に頭を下げる。
こういう時は勢いが大事だ。押しきれるかと思った矢先ーー。
「分かっ」「何の騒ぎですか?」
エレンさんが部屋に入って来たじゃねえか。後ろに誰か居るぞ。
「もう身元調べは終わったのでしょう?」
「「「「「「「っ!?」」」」」」」
その声を聞いて、ステファンと呼ばれた検閲のおっさんも椅子を蹴り倒さんばかりの勢いで、立ち上がる。立ち上がるというのはちょっと違うな。直立不動というか。ああ、そうだ。軍隊式の敬礼の時みたいな感じに、衛士も騎士もぴしっと背筋を伸ばしたのさ。
おっとしりた声の主がエレンさんの後についてゆっくりと部屋に足を踏み入れた。
部屋の明かりが乏しいために、ハッキリとは見えないが高校生くらいに見える少女が綺麗なドレスの裾を靡かせながら、エレンさんの横に立つ。扇子は持ってねえのな。美少女と言っていいレベルの姫さんだ。
名乗ってねえが、察するにそういう事だろう。
あ~俺たちは跪く必要があるのか?
籠手を嵌めて立ち上がったヒルダの方に視線を飛ばすが、特に反応がない。
このままで良いということだろう。
「あなたが雪毛の兎人ね?」
「はい」
「名前は何と言うの?」
「ハクトです」
「貴様っ!」「殿下対して何と言う口の利き方を!」「これだから毛虫はっ!」
衛士たちが気色ばむが、知るか。俺は無位無冠でこの国の者じゃねえ。敬意は払うが、媚びるつもりはねえぞ。
「静まりなさい。ここは公式の場ではありません。それよりも、何か問題がありましたか?」
「い、いえ。3名とも犯罪歴はありませんでした。身分証がないということでしたので、預り金を3名分受け取ったところです」
検閲のおっさんの声が緊張で少し上ずった。へえ。おっさん、しっぽ振る口か。
「期限はいつまでですか?」
「はっ。3日以内としました」
「可怪しいですね。公国の関所法では7日以内のはずですが?」
3日と聞いた瞬間、姫さんの目がスッと細められた。おお、迫力あるな。
それにしても、関所法なんてあるのか。意外にしっかりしてる。
ま、仕組みがしっくりしてても、それを扱う人間次第なのはどこも同じか。
「はっ。さ、3名とも身分証が無く、出身地を外縁の森と申しておりますので、警備上やむを得ずそういたしました」
「そう。ちゃんとした理由があるならわたしの方から言うことはありません。では、3人を借りても宜しくて?」
「はっ」
「そういう事ですので、どうぞこちらへ。私の夕餉に付き合って頂きたいの。参りましょう」
言うだけ言うと、姫さんはクルッと向きを変えて出て行った。
おいおい。俺らの意見は?
「は? 俺、いや、わたしたちが一緒にですか?」
「場所はすでに押さえてあります。3人とも色んな意味で目立ちますからね。外に袖なし外套を用意させています。使って下さい」
慌てて言い直した俺に、エレンさんが微笑みながら答えてくれた。
騒ぎを大きくしたくねからな。今回は付き合うしかねえってことか。
「分かりました。ヒルダもプルシャンもそういう事だ。エレンさんと一緒に出掛けるぞ」
「うむ」「分かった」
姫さんと出掛けるって言うと、間違いなくこの部屋の野郎どもが吠えるだろう。
ったく、まるで躾の出来てない犬だな。
あ~金は返ってこなくても良いんだが、受け取りに行かないことで怪しまれるのも面倒だ。仕方ない。また来るか。
後ろで「ゆうげって何?」と質問してるプルシャンに、ヒルダが説明しているのを聞きながら、俺らも外に出ることにする。流石に姫様を待たせるってのは、外聞が良くねえよな。
「じゃあ、また伺います」
余所行きの言葉で短く会釈し、俺たちは取調室を後にしたーー。
◆◇◆
あれから、馬車に揺られてドナドナ状態で連れてこられた先は、1軒の小洒落たレストランだった。
何ていやあ良いんだ? 西部劇映画に出てきそうな建物だ。
窓の数も少ねえ。通りの左右に木造の建物が立ち並ぶ様は、少し心が落ち着くな。
そんな感じで初めての異世界に来て、テンションを上げながら街のレストランに入ったんだが、どうも気分が優れねえ。
原因は臭いだ。
嫁さんと新婚旅行で行った、ハワイの西洋風惣菜店の香りにそっくりなのさ。良い香りに感じれば良いんだが、食欲が湧かない臭いなんだよ。
味付けが大雑把で、はっきりしない香りが混ざり合ったような感じだ。
まあ、香りの感じ方も人それぞれだからよ、この香りが良い匂いだって言う奴も居る。
エレンさんや姫さん、ヒルダもそうだな。ヒルダは懐かしさもあるだろうから、一入だろう。けど、俺とプルシャンはそうじゃない。だから困るのさ。
俺たちが通されたのは二階の個室だ。袖なし外套のフードをシッカリ被って店内に入ったんだが、案内する給仕が俺を見た瞬間、顔を顰めやがった。つまりそういう店さ。
次に俺たちだけで行っても、門前払いだろう。
「雪毛にしたのはこういうことかよ」ってザニア姐さんの怖さを思い出したね。まあ、それはいいとしてだ。どうにもならん事でウジウジする気はねえ。
問題は、飯が不味いんだ。
嘸かし高級の店なんだろう。食器や、彩りよく配膳された料理は見た目に綺麗なんだが、味がしねえ。いや、味がしないってのは言い過ぎか。
他愛もない世間話や自己紹介をしながら進んだ夕餉だったが、流石に我慢できなくなる事件が起きた。
出てきたメインディシュであろう、赤ワインソースが掛かった何かの肉のステーキを口に運んだ瞬間ーー。
えっ!? 何だこれ!? ゴム!?
何とも言えない感触が口の中に広がったんだ。
流石に飯が不味いのは我慢ならねえよな。気が付いたらエレンさんに声を掛けてたーー。
「エレンさん。店の人を呼んでもらますか?」
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