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第1章 西挟の砦

第66話 えっ!? 俺が刺客!?

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 「酷い」「外道が」

 松明たいまつの明かりに照らし出された全裸の姉ちゃんの顔を見た途端とたん、プルシャンとヒルダの声が怒気をはらむ。

 「ほい。ヒルダ、松明持っててくれ」「え、ああ」

 ほっとくと飛び掛りそうだったから、松明を渡して俺が動く。

 俺だって腸煮はらわたにえくり返ってんだ。

 この世界じゃ命が軽いってのは今回の1件で良くわかった。けどよ、ソレとコレとは話が別だ。



 ーー下衆げすが。



 「わかってんのか? 俺らヒュドラ・・・・だぞ!?」

 1歩踏み出すと男が近くにあった剣を手にして抜剣する。

 ヒュドラ? あのRPGで定番の多頭の蛇のことか?

 「あん? ヒュドラだかヒドラだか蛇だか知らんが、それ食えるのか?」

 「は?」

 俺の言葉に何を言ってのか解らないって反応が帰って来た。

 「お前さんをここから連れ出せるのか?」

 そう聞いておいて背後に回り込み、尻の方に貫手を出す。

 一瞬だから姿が消えたように思っただろうよ。

 「ーーっ!? 俺を殺してみろ、組織が、があっ!?」 ぱんっ

 目の前で手を伸ばせば助かるのに、手を引っ込める方が今は良いって考え方が出来ねる奴は、当たらず触らずの良い方法でも思い付くんだろうがよ。一族の御頭おつむの弱さを受け継いでる俺には、んな考えは窮屈なことこの上ねえ。悩むなら体動かせってな。

 どうせ、こいつらの頭は殺ってんだ。1人増えたってどうってこっとねえさ。

 ま、こいつは直ぐには殺さねえがな。

 俺の手の中で、下衆野郎の玉袋の中身が二玉ふたたま握り潰されてる。さっきの「ぱんっ」って音はそういうこった。



 ーー胡桃潰くるみつぶし。



 スポーツ武道なら金的きゅうしょねらいは禁じ手だ。

 「があああああああーーーーっ!! 痛い、痛い、痛いっ!? た、助けてくれ! 頼む! 何でもする! あがああぁぁーーっ!!」

 ただし、効果は見てもらえば判るだろうが、男にとっちゃ死ぬほど痛え。ああ、下手すりゃ死ぬ。自分で使った技だが、俺の股の間にある袋もキュッとなっちまった。

 鎧を着込んだ侍に立ち向かえるよう編み出した技だ。

 次の一手で、今度は自分が死ぬかもしれねえ。そんな極限で命の危険を犯すような、んな生易しい技なんか有る訳ねえだろ。1撃で相手の動きを封じる、それが骨法こっぽうだ。

 痛みで絶叫しながら転げまわる男を余所よそに、男に突き飛ばされた全裸の姉ちゃんを抱き起こす。顔がひどくれ上がって目も満足に開けねえ状態だ。鼻の骨も折れてるかもな。

 「あんた大丈夫……じゃねえのは見たら判る。起きれるか?」

 「ゔ……あ゛、あ゛な゛だば?」

 「通りすがりの兎だ。ちよっと痛えかもしれんが我慢してくれ。【骨接ほねつぎ】。息が出来るか?」

 鼻の形を整えてから、【骨接ぎ】で元に戻す。鼻に触った時「ゔっ」と痛みで声が漏れてたが……。良し、こんなもんだな。これでひびは入ってても時間があれば元に戻るだろうさ。

 「ば、ばい゛。あ゛り゛が、どゔ、ござい゛、ま゛ず。え゛っ!?」

 腫れた顔でも驚いた時はそれなりに判るもんだな。

 姉ちゃんが驚いたのは、男の持ってた剣を手渡したからだ。野郎はあまりの激痛で気絶してる。鬱憤うっぷんを晴らすんなら持って来いだろう。

 「こいつは痛みで気絶してる。思うことがあるんなら、これを使いな」

 「ーーっ」

 「ああ、ついでに言っとくが、あんたが何もせんでも、その内そいつは死ぬぜ? そういう壊し方をしたんでな。わりいが動けるようなら、広場に行ってくれ。騎士団の姉ちゃんたちが居るはずだ。俺らは、盗賊どもの残党狩りをしなきゃならんから好きにすると良い」

 「あ゛……」

 「ヒルダ、プルシャンいくぞ」

 「うむ。また後でな」「またね~」

 剣の柄を握るの見て、俺は顔の腫れた姉ちゃんから身を離す。

 早い話、責任転嫁だな。俺が助けた奴の全部の人生を背負う? 

 阿呆あほか。

 何でそんな面倒事背負しょいい込まねえといけねんだ。

 これまで溜ったモノは、他人がどうこうできるもんじゃねえ。酷な話だが、どうするかは自分で決めて、後は好きにすれば良いのさ。それこそ、そこで自決するのも、な。

 ヒルダとプルシャンを引き連れて、現場を後にする。
 
 RPGで言うところのポーションなんて見たことねえし、そもそも持てないから顔を治してやれなかったのは心苦しいが、骨は綺麗に治してるから、と納得することにした。

 少し離れてるとこに篝火かがりびが2つ見える。次はあそこにするか。

 さっきの廃屋が大分遠くになった時、背後から男の絶叫が聞こえて来た。

 チラッと後方に視線を戻すと、声が聞こえた事もあってか松明が何本か近づいてるのが見える。任せておけばいいな。

 「主君、今度はわれがやってもいいだろうか?」

 「あ~いや、わりいが今回は我慢してくれ。ここで火の手を上げると、それに気付いた奴が逃げちまう恐れがあるからな」

 「うむ。それも一理あるな。……そうであれば致し方あるまい」

 「その代わり、飯を振る舞う時は期待してるぜ?」

 「む、勿論だ!」

 「わたしも! わたしも手伝うよ」

 「ああ、頼む」

 プルシャンの頭をポフプフと撫でてから、松明をヒルダに手渡して移動する。

 本当、兎人族は暗殺向きだな。俺の場合、雪毛なしろいのが問題なんだが、後は肉球のねえ足裏の深い毛のお蔭で物音を立てずに済むんだよ。

 篝火の横に立つ見張りは1人。

 「よおっ!」

 「っ!? がはっ!? んぐっ!!」

 いきなり目の前に現れて、気管に指を突っ込んで風穴を開け、後ろに回って絞め落とす。ものの数秒だ。

 これで気が付いても声は出ねえし、動けたとしても息苦しくてろくに動けねえ。

 結構大きめの建物だが、奥で殺気を隠しきれてない奴が居る。ま、返り討ちだがな。気付かねえ振りして入ってみるか。

 「よおっ。助けに来たぜ?」

 「だまされるかっ! サーツェルの刺客めっ!」

 えっ!? 俺が刺客!?

 若い女の声と合わさるように、暗がりから篝火かがりびの明かりを反射した白刃がきらめいた様に見えたーー。





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