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第1章 西挟の砦

第60話 えっ!? おい、正気かよ!?

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 霊廟になった洞窟を出て3日経った。

 時刻は判らんが、夜だと断言できる。

 夜空に双子月、ああ、俺が勝手に呼んでるんだが、出てるのさ。間違いようがねえ。



 ーー間違う。



 ああ、そうさ。何処をどう通ったのか知らねえが、湖にも川にも出れなかったんだよ。

 まあ、迷子だな。



 ……森で迷子はみじめだぜ?



 いや、森の中で寝起きしてた時はそれが精一杯だったから思わなかったけどな。

 腰を下ろした後で、迷うと心に来る。正直折れそうだ。

 でもよ、明らかに可怪しいんだよ。

 俺らはちゃんと、湖を見定めて山を下りたんだ。ああ、軍隊骸骨アーミースケルトンが湧く古戦場を避けてな。そこから湖なら半日ありゃ出れたはずなんだが、森の中を3日3晩、森の中を彷徨さまよいいながら、俺たちは無言で歩いていた。

 勿論、その間に深淵しんえんの森に棲む魔物共がひっきりなしに襲ってきやがるからな。休む間もねえ。

 ヒルダとプルシャンは、魔力が無くなると使い物にならねえだろ?

 だから、2人を太い木の枝に上げておいてその根本で寝ずの番だ。

 息を潜めながら、泥を塗りたくって、木の枝を両手に持ちながら魔物共をやり過ごしたこともある。そりゃそうさ。魔力も体力も底を突いてたら、誰だってそうするだろうがよ。

 レベル10,000とか5,000とか関係かんけえねえ。

 疲れない体でも、無尽蔵に湧く魔力でも無えんだ。四六時中、ドンパチやってたら減ることくらいガキでも分かる計算だぜ。

 それもよ、ヒルダもプルシャンも「魔力の消費が有り得ないくらいに激しい」って可怪しなこと言いやがる。自分が使う魔法だ。加減を知ってるはずなのに、それを間違えるって無えだろ、普通。

 それを言えば、俺もそうだ。

 俺の場合、魔力じゃなく体力だがな。体が重いんだよ。

 獣人という特性で、人間様より筋力とか他の感覚器官が鋭くなってるのは実感したし、レベルが上がればその恩恵を強く感じてたんだが……。今はそうじゃねえ。それらが一気に取っ払われたって言えば良いのか、そんな感じなのさ。

 スピカも良く分からんらしい。

 じゃあ、森自体の悪戯いたずらってことかよ。富士の樹海みたいに……。

 確か、方向感覚をずらすんだったな。でも、そこまで強いもんじゃなかって検証してた覚えがあるが……。莫迦野郎ばかやろうまだ向こうの感覚が抜けてねのかよ。

 ボリボリと、泥にまみれてガサガサになった手で後頭部をく。次の瞬間ーー。



 《パッシブスキル【耐磁力】、パッシブスキル【偽装】を獲得しました》



 無機質なアナウンスが、俺の疑問を解決してくれた。

 流石は異世界。海の中でクジラやイルカが、迷わされて浜辺に上がるように俺らも深淵の森に迷わされてたってことかよ。今まで起きなかったのが不思議なくらいだな。

 けど、クジラが浜に打ち上げられるのも毎回同じ浜じゃねえし、3日で済んで良かったと思うべきかもな。やれやれ。

 「それにしても、上手いタイミングで【偽装】が手に入ったな。泥を塗りたくったり、サバイバル的な格好をしてたお蔭か? あ~風呂入りてえな……。ん?」

 「主君、どうしたのだ?」

 「ああ、ちょっと声が聞こえたような気がしてな。それより、【偽装】のスキルが取れたぞ。後でどうすりゃいいか教えてくれ」

 「それは良かった。われも【偽装】を取得したぞ」

 「わたしも!」

 こりゃザニアのねえさんか誰かが裏で手を引いたか?

 あまりにタイミングが良すぎる。ま、詮索しても始まらんから有難ありがたもらっておくことにするか。

 「ちょっと周りの様子を見てくる。危なくなったら火の玉打ち上げてくれ。出来るか?」

 「うむ。問題ないぞ、主君。だが、また迷うかもしれぬから一緒に行ったほうが良いのではないか?」

 「あ~……それもそうだな。じゃ、一緒に行くか」

 「うむ」「うん!」

 見上げながら2人に答えると、嬉しさが滲みでたような返事が降って来たもんだから、思わず頬が緩んじまった。飛び降りさせる訳にも行かねえから、1人ずつ抱えて降りる。

 何故か判らんが、お姫様抱っこを所望された。スピカはヒルダが大事に手に乗せてる。目も開けれ無え感じだな。まあ夜だから眠くなるもんだ。

 あとな、ヒルダ。その姿で照れても俺は何とも思わんぞ?

 後は良くわからんが、体が楽になった気がする。

 【耐磁力】というのはもしかしてそういうことか?

 方向感覚を狂わすだけじゃなく、体も引っ張ってたってことなのか?

  ん~……重力と磁力って違う力じゃなかったか?

 解らん。

 そもそも俺は理系じゃ無え。異世界の不思議現象ってこったろう。

 「主君、声はどっちから聞こえたのだ?」

 「ん? ああ、こっちだな」

 歩きながら、ヒルダの問い掛けに指差す。目の前にあるのは鬱蒼うっそうとした森だ。

 「全然聞こえなかったよ?」

 「吾もだ」

 「ああ、そりゃこの耳だから聞こえたんだろうよ」

 そう言いながら、月明かりの下で耳を動かして見せる。確か、耳介筋じかいきんとかなんとか。要は、人間よりも耳の筋肉が発達してるってことだな。

 「そうか、いつも居ると忘れてしまうが、主君は兎人族とじんぞくであったな」

 「とじんぞく?」

 「うむ。獣人族の1つだ。獣人は、獣の特性を色濃く受け継いだ者たちのことだ。国によっては……まあこれは今は要らぬか」

 プルシャンの言葉にヒルダが説明してくれたが、途中で言いよどむ。

 言いたいことは解る。自分と違う姿を嫌う傾向が人間にはあるってことだろう。

 こんななりだからな、俺も無関係じゃ居られねえな。

 「ふ~ん。じゃあ、色んなじゅうじんが居るってことだね?」

 「ああ、そういうことだ」

 「……複数人間が居るようだぞ? なあ、ヒルダこの世界の犯罪への罰はどうなってんだ?」

 2人の遣り取りを聞きながら、耳を動かす。男と女の声が聞こえる、な。立ち止まった足を声のする方に進めながら、ふと浮かんで来た疑問を後ろへ投げ掛ける。

 「そうだな。300年前では・・・・・・・・・という但書ただしがきが付くが、軽犯罪は罰金か、数日の牢獄暮らしだ。重犯罪。これは、殺人、強盗、強姦、謀反、脱税、贈収賄だが、死刑か良くて奴隷落ちだな。貴族であれば、領地と爵位の没収だと記憶してる」

 「……そうか」

 楽しそうな宴の声じゃねえな……。ヒルダの説明に短く反応しながら、自然と拳を握る。

 「じゃあ、捕まりたくねえからって逃げる奴も居るんじゃねか?」

 「ああ、そういう奴らは盗賊や山賊に成り下がるのがオチだ。更生する者が居たとしても、まれだろう。奴らは何処にいても討伐対象だ。生死は問わぬが、生け捕りにした方が賞金は高い。盗賊は奴隷落ちさせて、鉱山奴隷にするのが常だったからな」

 生死は問わぬデッド・オア・アライヴか。

 賞金首なら、最悪首級しるしだけでも問題ねえってこったな。

 「ヒルダ。お前さんだったらそいつらを見つけたらどうすーー」

 「焼き殺す」

 おっかねえ。即答かよ。被せ気味に返って来た答えが、背中に刺さる。

 ふぅ。あとは俺の方の踏ん切りかよ。

 情けねえとこ見せれんよなぁ……。



                 ◆◇◆



 そう思いながらしばらやぶき分け進んでいると、月明かりに照らされた廃墟と、その中で火を焚く集団が見えて来た。かなりの人数が居る。

 「主君、これはーー」

 「祭りじゃねえのは判る。ここまで来たら道に迷うことはねえ。2人はここでお留守番だ」

 「主君!?」「わたしも行くよ!?」

 「ダメだ。わりいが、今回は俺の我侭わがままを聞いてくれ」

 変なとこで察しの良いヒルダだ。気が付かん訳無えよな。

 けど、行かせるとまずい。

 ま、俺自身どうなるか分かったもんじゃねえが、いきなり激昂げきこうして魔法をぶっ放すよかマシだろう。

 何とかなだすかしてから廃墟の物陰に移動する。

 廃墟の中心部でどんちゃん騒ぎしてるお蔭でこっちには気付きもしねえ。

 かなり近づき物陰から様子を見た瞬間、俺は目を疑った。



 えっ!? おい、正気かよ!?



  そこに見えたのは、裸で乱交を繰り広げ、酒らしきものをあおって騒ぐ輪の中心で、手足を綱紐に縛られ四方に馬に引かれようとしてる全裸の美女の姿だったーー。





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