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第3章 塒と亡骸
第35話 えっ!? そこまで!?
しおりを挟むOh……。
不思議と鳥肌は立たなかったから、「まあ良いとするか」、何て思ってたら。
「あたっ!? ちょっ、スピカさんや急に何を!?」
ザクっとスピカに眉間を突かれた。
『ハクトさん、そこに正座です!』
は? 怒ってらっしゃる?
「え、あ……・」
『正座です!』
「――はい」
よく通る綺麗な声が俺の頭に響く。間違いなく怒ってるよな。俺何やらかした?
『通訳して下さい。ヒルデガルドさんは立ち上がるようにって』
「わ、分かった。骸骨ねえちゃんは立ってくれと、スピカがあたたっ!?」
「は、はい」
通訳し終わる前に、再び眉間にスピカの#嘴__くちばし_#がザクっと刺さった。
何を怒ってるのかさっぱり分らんな……。
あれか? 月のもんか?
いや、流石に鳥はねえか。
骸骨ねえちゃんが立ち上がると、スピカが俺の頭からねえちゃんの髑髏に移動する。
『ハクトさん!』
「お、おう」
『わたしはとっても怒ってます! 分かりますか?』
「え、あ……いや……俺にはさっぱり……」
ここで間違った事を言っても火に油。分からなくても火に油。まさに火上加油。
『そこです! ハクトさんはもっと女の子に気を配らなければなりません!』
「お、おう」
そこなのか?
『今ハクトさんは、ヒルデガルドさんの事を何と呼んでましたか?』
「何てって……骸骨ねえちゃ」
『それです!!』
最後まで言わせてもらえなかった。
「お、おう」
『1度も、そうです。1度もヒルデガルドさんの名前を呼んでいないじゃないですか! そんなのあんまりです! 従者は物ではありません。物にも名前があるのに、名前で呼ばないなどと、物以下の扱いです! 改善を要求しますっ!』
がい――おほん。ヒルデガルドの頭の上で、両方の翼を開いたり畳んだり忙しく動かす青い小鳥を見ながら反省した。嘴の開き具合を見るに相当キテるな、これは。
まあ、そう言われてみれば……そうだ、な。
思い当たる。
それもあちこちに激しく。
確かに悪ぃ事をしたな。
「ヒルデガルドさんや、悪かった。この通りだ」
「めっ、滅相もありません! 頭をお上げ下さい!」
頭を下げたら、ヒルデガルドが慌てた。ああ、隷従契約をしたんだっけな。
ヒルデガルドの動きに頭から飛び立ち、俺の頭の上に戻ってくるスピカ。ご機嫌だ。
『流石ハクトさんです』
まあ、嫁さんが機嫌が良いのが一番平和だもんな。嫁さん繋がりで言えば、前の嫁さんとの関係が離婚前一番悪かった記憶がある。原因は俺にあるんだが、正直あんな冷たい時間はもう懲り懲りだ。居場所がねえんだよ。
同じ轍を踏まないようにしっかりしないとな、と改めて思った。
それでも、と思う。
「どうやら俺は長い名前を憶えるのが苦手らしい。ヒルデガルドっていうのを短く呼んでも良いか?」
誤解のない様にしておきたいだろ?
「それでは、ヒルダ、とお呼びください。幼少より親しい者は皆、そう呼んでおりましたので」
「分かった。ヒルダ、だな。うん、それなら間違えんな」
「ところで主君」
「お、おう?」
呼ばれ慣れてねえよ!
聞き返してどうする!
「炎帝の死骸はどうなさるのですか?」
ヒルダに指摘されて、崩していない正座のまま洞窟の奥に視線を向ける。
そこには、何故か血も流れ出さないで鮮度を保ったままのように見える、赤竜の死体が転がっていた。
さて、どうしたもんかね。今までの獲物は狩った後、皮を剥いで、骨を抜き、肉を切り分けて食事へと流れてたんだが、流石にデカ過ぎるよな。かと言ってこのまま放置するのも勿体無い気がするし。
「う~ん、どうするかな。こんなにデッカイ物は邪魔になるだけだろうし、そもそも、喰えなきゃ意味ねぇ」「主君! 本気で仰っているのですか!?」
「おわっ!? ヒルダ、どうした急に!?」
そんなに顔を寄せて来たら吃驚するだろうがよ!
「そもそも、竜は貴重な種で、その素材は滅多に市井に出回りません。頭の先から尾の先まで、内臓、筋肉、鱗、皮、爪、血に至るまで捨てる所がない貴重な素材なのです! その骨といえど、死後幾百年が経っていようが高値で取引される程なのですよ!? 主君は理解っておられるのですか!?」
えっ!? そこまで!? 流石ドラゴン。鮟鱇みたいだな。
『ハクトさん、良い教師をザニア姉様が用意してくださいましたね。わたしたち足りないのはこの世界の一般常識ですから』
全くだ。
「そこまでとは思ってなかった。気が付いてるかも知れんが、俺はこの世界に落ちてきた者だ。だからこの世界の一般常識がさっぱり分らん。ヒルダが教えてくれると助かる」
スピカの言う通りだった。竜の死体の価値なんて、これまで狩って来た森ザリガニや猪蛇と同列だったからな。言ってもらわないとこのまま腐らすところだった。
「やっぱり“稀人”」
頭を下げたら何か聞こえた気がした。
「ん?」
「いえ、なんでもありません! であれば、血が解体で大地に流れ落ちてしまわないように大きな敷物が必要ですね」
「敷物?」
何で敷物なんかが要るんだ?
「主君。これほど巨大な体を容れれる器などありません。普通は、切り出す部所に桶や樽を置いて血を回収し、零れ落ちる血を幾重にも敷き詰めた布に染みこませ、それを絞って集めるのです」
「おお、なる程。頭良いな」
そうか。日本の感覚だと何でも手に入るからな。つい、今までの価値基準を物差しにしてしまう。そういうところからも考え方を変えなきゃいかんな。
「吾はシーツを1枚おりますが、主君は何かお持ちですか?」
吾っていう1人称は変える気ねえのな。それはそれで面白えからいいが。
「んにゃ、持ってねえ。持ってねえが、無いんなら作ればいいだろう?」
「――――は?」
たっぷり間を開けて、ヒルダが聞き返して来た。言葉の意味を理解するには脳みそが足らなかったのかどうかは知らんが、口をぽかんと開いた顔を見ると、「意外に骸骨でも表情があるもんだ」と頬が緩んでしまった――。
「だ、か、ら。無けれりゃ作ればいいんだよ。ここにデッカイ風呂をな」
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