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第2章 巣喰う者
第287話 えっ!? シャドウちゃん!?
しおりを挟む双子月が西に傾き始めた夜空の下で、俺たちは土下座中の餓者髑髏に相対して、腰を下ろしているとこだ。
俺たちの服や体は【生活魔法】で乾かしてもらった。砂漠の夜は冷えるからな。風邪でも引いたら堪らん。
ん~~本当はもっと冷えるかと思てたんだぜ?
"世界樹"が生えてるおかげなのか、ここがエルフの国にあった"聖域"みたいになってるからなのか判らんが、意外に温かい。
ま、それはそれで助かるがな。
餓者髑髏は【白骨化】がしっかり効いたみたいで、綺麗に黒色が抜けて真っ白な骸骨に戻ったんだが、如何せん角はダメだ。残っちまったわ。残っただけというか、白くなったついでにちょっと太く長くなった感じがする。
でもな――。
相対してても、結局喋れねえから首の動きだけで判断するしかねえのさ。
んで、今は猛省中ってこった。
「まあ、大事に至らなかったのが不幸中の幸いだな。突然、毛虫を喰い始めたと思ったら、角生やしてるんだからよ。つうっても、ガイも角持ってるんだからこれでお揃いか。良かったな?」
俺の言葉に、ハッと顔を上げた餓者髑髏がカクカクと首を縦に振る。
嬉しそうだな、おい。
何となくだが、口が開いた状態で首を振られると感情が読み取れる気がするわ。
「しっかし、何であの女、シャドウの事を鬼の眷属って言ったんだろうな? 俺は見ての通り兎人だしよ? ガイがあの姿になったのも偶然だしな?」
「あぎゃ? あぎゃぎゃ。あぎゃあぎゃ、あぎゃぎゃぎゃ、あぎゃ」
ヒルダの膝に抱かれている赤いチビ四翼竜が何事か話し始めた。
話始めたのは良いんだが……。
「悪い、アル。さっぱり分からん。何て言ってんだ?」
ヒルダに助けを求める。
「ふむ。主君は、カヴァリーニャの迷宮で意識を失ったとこがあったのを覚えておるか? 吾の祖父と祖母が悍ましい姿にされていた場所だ」
「ああ、忘れる訳がねえ」
マリアはあの時に居なかったからな。蚊帳の外みたいになっちまうが、マギーやプラムに聞いてくれ。少し機嫌を損ねたような顔をするマリアを見ながら思う。
「そこで仮面を着けた男にシャドウが一時的に奪われた事は?」
「あの後、それに気が取られてぶっ飛ばされちまったけどな」
あの時の喪失感は思い出しても嫌なもんだぜ。
「アルはあの時はまだ表に出れるほど力がなかったが、意識はあってな。吾の目を通して見ていたらしい」
「へえ。そりゃ面白えな。で?」
随分前からアルの自我が目覚めてたって事か。
「うむ。あの仮面の男。確か、アランとか言ったが、能力を使う時に【支配】と言っていた。一時的だったがシャドウの支配権が、主君からアランと言う男に移ったのではないか? と言ってる」
「あ~~そりゃ当りかもな。俺の方でも、シャドウとの繋がりがぶつっと切れた感じがあったし」
「そうであるなら、アランと言う男が"鬼"の因子を持っているということになる」
「ん? どういうこった?」
「ここからは吾の言葉だが、【召喚魔法】というものは古い文献を見ると、一口に召喚と言っても2つに分類されるとある。自分よりも上位の存在を召喚する【召喚魔術】と、自分より下位の存在を喚び出す【喚起魔術】を一括りにしてた呼び方が【召喚魔法】だ」
「……」
黙ったまま顎を動かして先を促す。
プルシャンは興味がねえみたいだな。おい、欠伸する時は手で口隠せ。
「主君の場合、【骸骨騎士】や【餓者髑髏】は下位の存在。つまり、主君が使ってる【召喚魔法】は【喚起魔術】ということ。これは、召喚主との繋がりが色濃く出る。主人の魔力を対価に顕現する故に、支払う対価が少なければ止まれる時間が短くなるということだ」
「……」
思い当たる節はある。【熟練度】がそれだろ?
「主君の場合は2人の創造も行った上での【喚起魔術】だから、対価が元々少ないが、アランは主君から奪っただけだ。そして、シャドウの顕現を維持するために命を削るほどの魔力を支払うことになった。文字通り魔力だけでなく生命力を魔力に替えて……」
「……何となく言いたい事は解ったぜ? つまり、その生命力の中に"鬼"の因子が入ってって、今回芽吹いたってことか?」
「うむ。恐らくだが、先の毛虫もあの黒い蛾も"鬼"絡みだったのだろう。それらが相俟ってシャドウの格が上がったのを機に変化が生じた。……そう考えると腑に落ちると言うものだ」
「あぎゃ」
同意するようにヒルダの膝の上に居る赤いチビ四翼竜が肯く。
「んで? 今はどうなんだ?」
「あぎゃ~~」「それは吾にも分からぬ。無論、アルもだ」
然様か。
まあ、【鑑定】系の能力を俺以外持ってねえんだ。俺が判らなきゃ、他はもっと分からんよな。
『今は大丈夫ですよ~~』
そう言おうと口を開きかけたとき、頭上からスピカの声が聞こえて来た。そう言えば、最初の爆発で逃げたっきり姿が見えなかったと気付く。
今まで何処に居たんだ?
パタパタと羽撃くがしたと思ったら、青い小鳥の奴、【餓者髑髏】の頭の上に下りやがった。
「あ、旦那さま!」
「ん?」
「あれ!」
「おおっ!?」「「わあ~~」」「綺麗……」「美しい……」「あぎゃ?」
プラムの指差す方を見ると、"世界樹"の周りを旋回する神秘的な蝶が飛んでたんだ。いや、蝶と蛾の見分けるポイントがあやふやだから、どっちか判らんな。蛾、かもしれん。
さっきのは明らかに蝶とは違う輪郭だったからな。すぐに蛾だって判った訳よ。でもほら、蝶みたいな姿をしてる蛾もいるだろ?
地面に止まってりゃ見分けも付くが、飛んでる時は判らねえよ。
翅を広げたままが蛾で、縦に翅を閉じれるの蝶だろ?
ただ、さっきみたいな真っ黒でも、汚い茶色や焦げ茶のような色じゃねえ。こっからじゃ月光で白く見える……。ん~~薄緑色か?
「スピカさんや、あれ、お前さんの知り合いか?」
『そうですよ~~。と言っても、さっき"世界樹"の枝に逃げたらお遇いできただけなんですけどね。え~と、"世界樹"の守り蛾さんです!』
「「「「「「あれが守り蛾!?」」」」」」「あぎゃ?」
蛾って言うと、つい毒々しい想像が付いて回るが随分綺麗な蛾も居るもんだな。あれか? まささっきの黒蛾女みたいに【人化】すんのか?
『守り蛾さんが下りて来る迄もう少し時間がありますから、シャドウちゃんの説明をしておきますね?』
「「「「「「えっ!? シャドウちゃん!?」」」」」」
『はい。シャドウちゃんは女の子ですよ?』
「「「「「「ええええええ――――っ!?」」」」」」
青い小鳥の爆弾発言に、俺らは声を重ねてた。そりゃ驚くわ。今まで男だと思ってたし、確か確認した時は男だったはずだぞ?
何がどうなった!?
それに――。
「なあ、シャドウ。お前さん、三つ目だったんじゃねえの? 眼窩1つ減ってるじゃねえか!?」
「「「「『あっ!?』」」」」
どうやら、角が生えた代わりに目が1つ減ったらしい。嫁たちは、俺に言われて初めて気が付いたみてえだ。ま、俺も今の今まで気に止めもしなかったんだがな。
「ああ、悪い。話の腰を折っちまった」
『おほん。では、改めて説明しますね? シャドウちゃんは、毛虫たちの持ってた魔核と蛾の持っていた魔核、それと"世界樹"の根を痛めていた毛虫の排泄物に混じった瘴気を全部吸い上げて、三つ目の餓者髑髏から、"瘴骨鬼"へ堕ちるところだったのですが、プラムちゃんの機転のお蔭で、堕ちることなく格が上がりました! パチパチパチパチ! ただ、蛾の魔核を食べたせいで、格が上がる時に性別が女の子に変わっちゃったと言う訳です!』
魔核って言うのは、魔石の別の呼び方なんだろうが、それよりもヤバイ言葉出て来たよな?
「スピカさんや、堕ちたらどうなってたんだ?」
『ん~~そうですね。ハクトさんとの繋がりは切れて、所謂、悪鬼羅刹になり、"世界樹"も折られてたでしょうね~~』
軽い調子で話す内容に耳を疑った。
Oh……。マヂか。
プラム、ファインプレーだぜ!
『あと、ハクトさんの【白骨化】には、"穢れ"を浄化する力があるというのが判ったのも大きいですね! 対象は骨だけですけど』
「然様か。ま、汚れ落としにだけ使ってた能力に使い道が増えたってだけで十分さ。お、どうやら下りて来たみたいだぜ?」
見上げると、話の終わりに合わせたかのように、天女の羽衣のように伸びた翅の尾をひらひらと舞わせながら、翡翠色の巨大な守り蛾が俺たちの前にふわりと降り立った――。
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