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第1章 砂塵の里
第275話 えっ!? これが、あれかよ!?
しおりを挟むあれよあれよと手を引かれて高座に座らされ、赤いチビ四翼竜を膝に抱いたヒルダの前に、酒やら肉が差し出されるのを見て、笑っちまったね。
どうやら、あの高座は里での祭りの際に使われるものだそうで、毎年恒例の腕比べがあるらしい。その時に一番強かった者が座る椅子なんだそうだ。
だからヒルダのためにあつらえた訳じゃねえんだが、しっくり来るのも妙な話でな。そこが俺のツボに入ったのもある。
出された肉は燻製だったんだが、何とあの鮫肉でよ。美味えんだわ、これが!
「えっ!? これが、あれかよ!?」
「臭くない!?」「美味しいね――っ!」「「『……(コクコク)』」」
ヒルダの周りでご相伴に与ってる俺たちの反応もこの通りだ。プラムとマギーと何故だか青い小鳥も口一杯に料理を詰め込んで首を縦に振ってる。
いや、スピカさんや。
あんたそれ、喉詰まっても知らねえぞ?
「なあ、何で鮫肉の燻製がこんなに臭くねえんだ?」
給仕で傍を通った砂蜥蜴族のおばちゃんを捕まえる。何でおばちゃんかと判ったかというとだ。傍で莫迦話を同族の男としてからだな。
じゃなきゃ、歳なんか判るかよ。
判かるのは胸の膨らみがあるかねえかだ。そこは人も獣人も蜥蜴も違いはねえ。
「え、ああ。それはね、竜鱗樹の実で作った酢に1晩漬けるからだよ」
「酢ぅ? んなに酸っぱくねえぞ?」
この世界に来て初めて酢を使った料理に出会したな。けど、どうやって酢なんか出来んだ? ここにゃ葡萄も柑橘類も穀類もねえだろうがよ。
「そりゃそうさ。水で薄めるんだからね。昔は腐らせた肉を燻製にして食べてたって年寄りは言ってたけど、今はこのやり方が主流さ。あたしも小さい頃食べたことあるけど、今じゃもう食べたくないね」
おおう。あれか? くさや、みてえなもんか?
あれは干してる時点で臭えらしいが、この肉は臭くねえぞ?
「あの、竜鱗樹というのは?」
口の中の物を漸く飲み込めたマギーが俺も引っ掛かってた言葉を聞いてくれた。そう、それだぜ。どの木がそれか分からねえからな。
「あんたたちも里に入る前に見ただろ? あの樹の事だよ」
そういって両手が塞がってるおばちゃん蜥蜴が顎で指す先に、夕暮れの中、風に揺れる椰子っぽい樹があった。
「あれ!? 椰子の樹じゃねえのか……」
エルフの国で見た楓の樹と同じパターンかよ。
そりゃ確かに椰子の樹の皮は鱗に見えなくもねえ。
「やし? 何言ってんだい。あれは竜鱗樹だよ。あの樹に出来た実はテーティカルって言ってね。あの実を絞った汁でお酢を造るのさ。そうだね~。差し詰めテーティカル酢ってとこかね? あはははは! ま、しっかり食べるんだよ!」
あれ? 意外としっかりした料理って事か、これ!?
「ぶふぉっ!?」
と思ってたら、おばちゃんが去り際に尻尾で俺の背中をブッ叩いて行きやがった!
意外に力が籠ってたせいで、思わず噎せちまったぜ。
「旦那様!?」「ハクト!?」「「『ん゛――っ!』」」
マギーとプルシャンが慌てて寄って背中をさすってくれたが、プラムとマリアと青い小鳥が口の中に料理を一杯に詰めて何か言ってたわ。
いや、スピカさんや。
あんた、その格好でも女神様だろうが?
「ハクト殿――っ! 皆さんも飲んでおられるか!?」
住人たちを掻き分けてドラザザが手を振りながらやって来た。見慣れたせいか、ドラザザとギギの親子だけは見分けが付くようになったな。
後は十把一絡げだ。サッパリ判らん。
「見ての通り楽しくやってるぜ? あそこのお飾りにされちまったヒルダはどうだか分からんがな」
木製の取っ手のついた大きな器を挙げてそれに応える。
「相済みませぬ。ですが、ヒルダ様やアル様は我ら砂蜥蜴族にとって特別な存在なのです。伴侶であるハクト殿からは奪ったりはしませぬので」
「当たり前だ呆け」
間髪入れずツッコむ。
何を藪から棒に言い出すのかと思えば、吃驚させんな。
「この里に居る間は、我らからの敬意と感謝を受け取って欲しいのです」
小さく頭を下げるドラザザ。
はあ……。そうは言うがな。
「こんな騒ぎは今日だけだ。色々と良いことが重なる時は祝いたくなる気持ちもわかるがな。毎日やってるとありがたみもなんもなくなっちまうぞ? つうか、よくこんだけ酒や料理が出て来たな? 聞いてた話じゃ、不漁で食うものにも困ってたんじゃねえのかよ? まだ俺が預かってる鮫も出してねえのに」
「肝に銘じます。酒と肉は、……あるだけ出しました」
「おいっ!?」
何やってんの!?
予想の斜め上の答えに思わず空いてた左手でドラザザの右肩を掴んでたわ。
「良いのです。皆様。特にヒルダ様とアル様を我らの里にお招きで来たのは、そうするだけの価値があるのですから」
ドラザザの言い分にちょっとカチンと来た。
巫山戯んな! 自分らの食い分を出し切ってどうするつもりだったんだ!? 女子どもが居るんだろうが、後先考えろ!
クソッ。何にも考えずに食っちまったじゃねえかよ!
「莫迦か? 俺に何かあって預かってた肉が無くなっちまったら、お前ら明日死ななきゃならんかもしれねえんだぞ!? ちっ、普通に飲み食いしちまったじゃねえか。里の餓鬼どもにもちゃんと食わせてんのか? 足らねえんなら――。何なのつもりだ?」
鮫肉じゃねえ、他の肉だってまだ【無限収納】に大量にある。それを出そうと思ったら、ドラザザが目の前で土下座しやがったじゃねえか。
その姿が見えてる周りがしんっとするのが判った。
「今日は、今日だけは。我らに、我らの宴で持て成させてください!」
蹴ってやろうかと本気で思った瞬間、大人たちの間を縫ってギギがひょこッと顔を出したのよ。俺と親父の姿を見て表情が曇るのが薄暗がりに見えた。
「ちっ。ほら、立て。ギギが心配そうに見てるぞ? 親が子どもに心配掛けさせんじゃねえ」
「う……」
教えてやると、ギギの姿を見付けたドラザザが狼狽えながら上半身を起こす。
ちっ。ったく世話の焼ける……。
「ギギ、悪いな! お前の父ちゃんが酔った勢いでマギーを嫁にくれって言いやがるからよ、俺の嫁だから誰にもやるつもりはねえ! って怒ってたのさ。苛めてたんじゃねえんだぞ?」
俺の説明にマギーが焦るが、マギーに見える様に左目でウインクしておいた。
驚かして悪いな。大人の事情を子どもに理解させるのはまだ早えわ。6歳だぞ?
「はあっ! もう、仕方ないなおとうちゃんはっ! 仕方ないから、あたしが慰めてあげりゅ!」
「ギギ……」
「よしよし」
大きく溜息を吐いたギギが、皿の上に調理された鮫肉を載せたまま親父のとこにくると、頭を撫で始めたのさ。
ドラザザ、お前の娘は出来た娘だぜ。大事にしな。
「にしても、この酒は美味えな! 何の酒だ?」
宴の席でこれ以上しんみりするのもあれだからよ。強引に話題を変えてやった。
「んむ」「わきゃっ!?」「それは、テーティカルの酒です」
俺の目の前で、ギギを腕に載せて立ち上がるドラザザが、自分の持ってたエールジョッキを顔の辺りに掲げて見せる。
さっきから、てーてぃかるとか言ってるが、要は棗椰子の実の事だろ? 干し果物にしかならねえのかと思ってたが、色んな使い道があるのな? けど――。
「蜂蜜酒飲んでるとか言ってなかったか?」
「普段の酒はそうですね。この酒は特別な時のために寝かせてあった酒ですよ。収穫期に、皆で採ったテーティカルを踏み潰して皮や実や種ごと桶で発酵させて、いくらか発酵したら今度は上澄みだけ濾して樽詰めにして寝かせるんです。失敗する樽もありますが、上手くいけば美味しい酒になるんですよ」
あれだ。昔ながらのワイン製法と同じだな。
二次発酵とか言うやつが上手くいけば酒になるって寸法だ。ふ~ん。何もねえとこかと思ってたが、意外と食生活に知恵が利いてるのな。
「ふ~ん。ま、何にせよ。美味い酒を馳走になるんだ。あそこで助けを求めてる、今日の主役にお礼も兼ねてご機嫌伺いに行って来るわ」
「是非とも、そうしてください!」
背中に当たるドラザザの鼻声に空いてる左手で応えながら、俺はグイッとジョッキの酒を喉に流し込み、甘い酒香をお供にヒルダたちの方へ歩き出した――。
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