えっ！？ そっち！？ いや、骨法はそういう意味じゃ……。◇兎オヤジの見聞録◇

幕間

閑話 女神たちの茶会19

　
　歓談室サロンの水盤に映し出されているハクトたちの様子を横目にお茶を口に運びます。

　この緑茶と言う飲み物は良いものですね。

　珈琲コーヒーという飲み物も試してみましたが、何倍も良いものです。アウヴァ姉様は「断然、コーヒーだ」と仰おっしゃっていましたが、まあ良いでしょう。

　ここに来て色々と判わかって来ましたからね。

　ハクトたちも、無事に"調律者"と遇あえたことですし、様子見で良いでしょう。

　それにしても……と、目の前に置かれている報告に目を落とします。

　アイヒベルガー家ヒルダの家族の顛末てんまつが、自我を残したまま支配下に置いた魔獣との融合だとは思いませんでした。

　あの娘の祖父母が蟻牛ぎぎゅう種の変異体になっていたなどと誰が予想しえたでしょう。侯爵家以外で当時生き残った者らも……耐え切れなかったようですね。気懸きがかりは、ヒルダの侯爵父親と侯爵夫人母親ですが……。

　報告を目で追いながら、思わず瞑目めいもくしてしまいました。



　――出遭であわぬことを願うばかりです。



　地上の些事さじにまでわたしたちは関与できませんからね。

　かなりハクトを依怙贔屓えこひいきしているのは否めませんが、ヘゼ姉様主動案件だという事にしておきましょう。

　コホン。

　次は、鬼オーガですか。

　光輝く巨人ヴクブ・カキシュの尖兵せんぺいが鬼オーガ族だったという事も驚きでした。

　鸚鵡オウムの頭に巨大な体、そして……翠玉エメラルドの歯を持った邪神。

　ハクトたちは"翡翠ひすいの岩"だと思っているようですが、くすんでいるからでしょう。まあ宝石に詳しくなければ、"翡翠ジェイド"と"翠玉エメラルド"の違いも判らぬというのも頷うなずけます。

　その歯を集めているという事は、確定ですね。



　――トキ・ヨリトウですか。



　危険な思想家です。

　死んだ異世界の魂をフォルトゥーナこちらに呼び寄せて、受肉させるのが召喚の儀。

　その時点で身体能力は、この世界で生まれたものよりも格段に高い。それが禁術きんじゅつによって"鬼化"してしまうのですから、手に余るのは仕方のないことでしょう。

　ですが、【同化・・・】の術はいけません。

　【変化へんげ】の術で、他人に成り済ましてるように見せるのは良いとしても、【同化】は完全に皮の下が別物になってしまっているではありませんか。

　再度【同化】すれば、前の者の記憶や身体能力まで引き継いでいるようですし……。そのような術が、何の危険も欠点もないのでしょうか？

　普通に考えれば軽はずみに使って良い術ではないはず。

　蟀谷こめかみに右手の中指当てて【同化】に意識を向けます。わたしが司るのは魔術全般ですからね。調べるのは造作ぞうさもありません。

　【同化】。これですね――。



　――大きな代償がある。



　結果に愕然がくぜんとしました。

　【同化】
　発動条件：対象者との同意が必要／同意なしの場合、副作用*が発生（※無作為）
　発動対価：寿命10年／同意なし寿命20年
　消費魔力：30,000／同意なし60,000
　発動効果：本人に成り済ませる／皮膚の下は前回【同化】した顔
　効果期間：皮膚が裂けて、素顔が露あらわになるまで／皮膚の裂傷は傷薬で回復可能
　潜在危機：【同化】回数が増すと【同化】で得た記憶と混濁こんだくし、別人格へ至る
　　　　　　【同化】回数が増すと溶血が発症し、重症化すると酸欠死に至る

　禁術きんじゅつに指定して差し支えない内容ですね。

　現時点で鬼オーガ族の中の上位種しか使えない術の様ですが、抑々そもそも鬼オーガ族の寿命は100から200歳。格が上がれば300歳くらいまでは寿命が伸びそうですね。

　その中で10年は他愛たあいもないのかもしれませんが……。いえ、子らが使う術では、対価の部分は出ませんね。せいぜい魔力をどれ程使用するか、くらいでしょう。

　でも、この消費魔力だと鬼オーガ族では賄まかない切れませんよ？



　……ああ。だから勇者ですか。



　考えたものです。

　彼かの者たちの血を引くもの、或あるいは勇者を言葉巧みに騙だまし、祭り上げて堕落だらくさせ、力に溺おぼれさせるのですね。伸びしろだけはこの世界の者の何倍もあるのですから。

　そう思いながら、お茶受けにと手に入れた黒糖かりんとうに手を伸ばすと何も摘つまめませんでした。

　よく見ると黒糖かりんとうを出した皿すらもないではありませんか。



　ん？



　目を凝らすと、水盤を囲む円卓の反対側辺りで衣の裾がひらひらと動いているのが見えました。

　なるほど。静かにしていると思えば、碌ろくな事をしませんね。良いでしょう。少し濃い目の緑茶を飲ませてあげようでありませんか。

　愛しい妹たちを労ねぎらわねばなりませんからね。

　急須きゅうすに茶葉を足して残っているお湯を注ぎ濃い目のお茶を出します。その間にちょっと行儀が悪いのですが、円卓を跳び越えて――。



　――と。



　「「ぎゃああああっ！！？」」ゴンッ！

　テーブルのしたに隠れてモシャモシャモグモグしていた末の妹たち2人が、降って来たわたしの登場に驚いて円卓の天板の裏に頭をぶつけて鈍い音を立てます。

　流石、ヘゼ姉様作のテーブル。頑丈さは太鼓判付たいこばんつきですね。

　シュルマ、ライエル・アル・アウラ、行儀が悪いですよ。食べたいなら、欲しいと一言いえば良いのです。

　え？　わたしが難しそうな顔をしていた？

　声を掛けづらかったから、コッソリ皿ごと移動させたと？

　それは悪かったですね。黒糖かりんとうによく合う美味しいお茶を淹いれてあげますから座りなさい。

　わたしの言葉に残り僅わずかになった皿をテーブルに乗せて、2人がいそいそと椅子に座ります。まだ黒糖かりんとうの残りはありますから、少し足してあげましょう。

　そうでした。予防線を張らないといけませんね。

　ああ、これから淹いれるお茶は大人の味なのであなたたちの口には合わないかもし――え？　問題ない？　そうですか。

　新たに木の受け皿とセットになった汲くみ出し茶碗を2つ取り出します。

　作法はヘゼ姉様に教えて頂いている最中ですので、形だけで良いでしょう。まだお湯の残りがありましたので、茶碗に注いで温めると、2人が目をキラキラさせて凝視しています。

　少し後ろめたくなってきましたが、わたしの黒糖かりんとうを断りもなく食べたのです。その罰はあたえなければなりません。

　温め用のお湯を捨て、急須きゅうすの中で濃く出た緑茶を注ぎ、手盆てぼんですが2人の前に運びます。少し冷めて飲み頃ですから火傷やけどはしないでしょう。

　さあ、召し上がれ。

　「いただくのだ！」「いただきますなの！」

　2人がグイッと一気に口の中に流し込みます。ああ、そんなに一度に呑のむと――。

　止める間もなく、濃厚な緑茶を口に含んだ2人の口が横一文字に広げられたかと思うと、緑色に煌きらめく滝が彼女たちの口から流れ出しました。

　「苦いのだ」「苦いなの」

　黒糖かりんとうのことを怒るか、吐き出したことを怒るか逡巡しゅんじゅんした瞬間、ゴンッという鈍い音と痛みが後頭部から頭全体に広がります。

　痛いっ！？

　いったい誰――アウヴァ姉様！？

　この状況ですか？

　わたしの黒糖かりんとうを黙って食べた、シュルマ、ライエル・アル・アウラにお仕置き――あたっ！？

　何故拳骨げんこつなのですか！？

　え？　わたしが悪い？

　せ、正座ですか？

　シュルマ、ライエル・アル・アウラがアウヴァ姉様の後ろから顔を出し、わたしの姿を見て哂わらいます。じろりと睨にらむと、手刀を頭に落とされました。

　うぐっ。

　納得できません。何故こんなことになったのでしょうか？

　くどくどと始まったアウヴァ姉様の小言を聞きながら、わたしは時間を潰つぶすべく、先程まで見ていた報告を頭の中で反芻はんすうするのでした――。