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第4章 杜の都
第246話 えっ!? 今何つった!? はぁ? 康永元年!?
しおりを挟む「えっ!? マヂでそれ投げんの!?」
俺の常識も飛び越えて、気狂い王子の手から槍が放たれた――。
悪い夢見てるようだぜ。
あの気狂い。戦闘にしか興味ねえのか?
前に遇った時も、俺のこと見て「婆娑羅」とか言ってやがったからな。戦国も戦国、俺らよりも随分前の人間が転生したパターンか?
だったら、政よりも血を好むって理由にはなる……?
ま、本人に聞いてもねえことをうだうだ考えても仕方ねえ。短絡的に見える行動を踏まえてみれば、さっきの矢を撃って来たのも、恐らく目の前の気狂い王子の指示だろう。
俺の力量をもっと測りたいのか、単に俺を煽りてえのか……。
「分からねえな。てか、あそこから投げて届くのかよ!?」
王子の位置から、馬車まで少なく見積もっても133パッススはあるぞ!?
槍投げの選手も吃驚だぜ!?
勢いを落とすことなく、一直線に俺を狙って飛んでくる槍に驚きながらも、俺は腰を上げて屋根の上に立つ。矢は【無限収納】に放り投げといた。調べるのは後だ。パッと見た感じじゃ、毒系の液体が塗ってあるようには見えなかったな。
腰を少し落とし右半身に構えたところで槍が目の前に来た。早えな、おい。
ま、無理に槍の勢いを殺す必要もねえ。
体の真ん中へ狙い澄ましたように突き刺さろうとする槍を、右手の甲で外に払いながら受け、手首を返して槍の柄を掴む。
その勢いに乗って、左足の軸を利かせたまま右足を引き、槍を掴んで時計回りにぐるりと回る。
回りながら、空いてる左手で槍の石突に近い側をポンと上に弾いてやるのさ。
あら簡単。槍扇風機の出来上がり。
元の位置に戻った状態で、ぐるぐると4、5回槍を回転させてやれば槍の勢いは削がれて俺の武器になるし、周りに被害も出ねえ。
そうこうしてると、止まらずに進んでた馬車が大通りのど真ん中に立つ、常識外れの第8王子の前で止まったよ。
馬車の扉が開いて慌てて騎士野郎が飛び出て来たと思ったら、王子の前で跪いてる。ああいう光景を見れば、「ああ、やっぱり王族なのは間違いねえんだな」と思えるわ。厄介な話だぜ。
俺としちゃあ、他の大神殿に行ってちゃっちゃと顔を直してえんだが、何故か良く分からん騒動に巻き込まれてる気がする。"七つ首"と凪の公国。律令神殿絡みと"鬼狩り"。ヒルダの家族への人体実験。で、エルフ王国で世界樹に絡まれて、目の前の第8王子に絡まれてるって訳だ。
我ながら……トラブルメーカーっぽいと思ってしまう内容だよな?
――解せぬ。
んな事を考えてたら……。
「良い。俺も屋根に上がる」
「しかし殿下! それでは臣下や民に示しが付きませぬ!」
「斯様なものは知らぬ。父上や、兄上、姉上に任せておればよかろう。政や王位には興味の欠片もない。あるのは、体を動かせるようになった俺が何処まで高みに登れるかだ」
という遣り取りが聞こえて来た。
どうやら筋金入りの戦闘狂のようだわ。面倒な者に目を付けられちまったぜ。
それに王侯貴族の常識もねえみたいだな。まあ、権威を笠に着てることには変わりはねえが、だいたいすう不特定多数に迷惑をかけてねえだけでも評価はできる。
まあ、俺に絡んだ時点でマイナス評価ではあるがな。
そんなことを、屋根の上でクッションに腰を下ろし、右肩に受け取った槍を立て掛けながら見下ろしてると、ニヤリと笑う殿下が屋根に上がって来やがった。
「流石だな。躱さずに受けるとは思ってもなかったぞ?」
機嫌良さそうに屋根に上がり、ドカリと屋根に腰を下ろして胡坐を組む王子を見ながら、さっきの事を確認してみた。
「その前の狙撃は?」
「俺が命じた」
「街中で莫迦なのか?」
悪怯れること無く、嬉しそうに笑う男を見て俺は思わず自分の右蟀谷を押さえていた。そのまま上目遣いで思った事を口にする。
「貴様! 毛虫の分際で殿下に何という無礼な口の利き方を!?」
案の定、石畳に立つ騎士野郎が噛み付いて来た。知るか。敬意を払いたいと思ったら、そん時はちゃんとする。コイツには要らんと思っただけだ。
「良い。この者は俺に力を示した。因って、この者たちの口調は以後不問とする」
「しかし、殿下!?」
「貴様は何者だ? 俺より偉いのか?」
「――っ!? も、申し訳ありません。出過ぎたことを申しました」
撒き散らす殺気じゃなく突き刺すような殺気を受けた騎士ががくがくと膝を震わせながら、胸に右手を当ててお辞儀をする。こんな殺気を受けちゃ冷静ではいられねえだろうよ。
「ふん。もう良い。興が失せた。屋敷に向かわせろ」
「はっ!」
「それにしても……何やら不快な空気を纏いおって、何をした?」
そう言ってジロリと俺を睨む殿下。白い肌に切れ長な一重の眼。目鼻立ちが通って間違いなくイケメンだ。それも、キツメのな。女みたいに長い金髪は、ポニーテールに束ねてある。都で作ってるのか、髪を束ねるのに使ってる紫色の編み紐は妙に品が良い。
流石は王族と言うことか。まあ良い。
ガタガタと車体を揺らしながら、石畳の上を馬車が進みだす。騎士は馬車の中に入ったのかと思いきや、御者席に御者と並んで座ってやがる。体が緊張でガチガチなのが上からでも良く分かるぜ。
「さてな。昨日の晩、神殿に泊まったからな。御利益あったんだろうぜ?」
「ふん。気に入らんな」
鼻息荒くあしらわれた。
ああは言ったが、何かしたか? "夢渡り"でアルっ子には礼を言われたが、それくらいだぞ? 後は、くんずほぐれつだが……。まあそれは関係ねえな。
「放っとけ。てかお前さん、何時の時代の記憶があるんだ? 婆沙羅って歌舞伎者って言われるよりも前だぞ?」
一先ず、こいつが誰で、どのタイミングで転生して来た奴なのか探らねえとな。
「……」
チラッと殿下の横色を窺うが、俺の問いに別段腹を立てた様でもなさそうだ。
「ま、言いたくねえなら無理は聞かねえよ」
「そう言う貴様はどうなのだ?」
おっと。探り返されたか。
「俺? 俺はお前さんよりずっと後に生まれた人間だと思うぞ? 西暦っていう暦、分かるか?」
「知らん」
「昭和、平成って聞いたことは?」
「……」
俺の問いに首を振る殿下。
随分大人しくなったじゃねえか。さっきまでの傍若無人が嘘だったんじゃねえかと思えるくらいに静かだぞ?
「腹でも痛いのか?」
「図に乗るな。絞め殺して貴様の皮を敷物にするぞ」
って言ったらマヂギレされちまった。
「お~怖え怖え。悪いな。借りてきた猫みてえに急に静かになっちまったからよ。腹でも痛くなっちまったのかと思っただけだ。因幡の白兎は1回丸焼きになって経験済みだからな。これ以上は勘弁だぜ」
首を竦めながらそう返すと、俺から顔を背けて体を小刻みに震えさせ始めたじゃねえか。俺みたいに胡坐を組んでる訳じゃなく、片膝を立てて座ってるんだが、「何があった!?」って思ってたらよ。
「……………………ぶふっ」
堪え切れずに、吹きやがった。
「おい、今の何処に笑いのツボがあった?」
「……………………ぶふっ」
聞いちゃあいねえ。
片手で腹を押さえ、右手で口を覆ってはいるが本人の意思とは無関係にドツボに嵌ってる感じだわ。普段から、余程笑ってなかったんだろうな。
おいおい、「ひっ、ひっ」て痙攣してるようにも見えるぞ?
いや。一層のことこのまま笑い死んだ方が世のためになるんじゃねえか? 戦闘狂で世間知らず。おまけに横暴と来たとんでも王子だ。
つうか、このまま横っ面を蹴れば転落事故知ってできるんじゃね?
「落ちたくらいじゃ死なねえか」
「……くっ、何やら物騒な言葉が聞こえて来たが」
「おう。漸く口が利けるようになったかよ? そのまま、笑い過ぎて落ちりゃよかったのに、って言ったのさ。おらおら、落ちやがれ。おわっ!?」
「き、貴様! 毛虫の分際で殿下を足蹴にするだと! 今すぐぐはっ!?」
俺から顔だけじゃなく、上半身も捩じって顔を見せまいとする気狂い王子の背中を軽く押すように蹴って揶揄ってると、御者席に座ってた騎士の野郎が俺の足首を掴んで来るじゃねえか。
驚いたが、俺が蹴る前に王子の左足が騎士の顔を蹴り貫いてたよ。
おいおい、首逝ったんじゃねえか!?
思わず騎士の腕を掴もうと手を伸ばし掛けたが、屋根の縁に手が掛かって外れてねえし、蹴られた顔も真後ろじゃなく、横にずれるように回ってたからな。辛うじて落ちずに済んだって訳よ。
ピクッと体を動かすだけで止めといた。
曲がりなりにも騎士様だからな。柔な鍛え方はしてねえとは思うが……。
「あ~あ。折れてるな、そりゃ」「にゃ、にゃにを!? 痛ッ!」「良いから黙っとけ。【骨治癒】」
蹴られた顔がこっちに向き直ると、だーだー鼻血が出てたからよ。王子の方を目で牽制して、鼻が詰まった鼻血エルフの鼻を摘まんでやった。
「……余計なことを」
「お前な。部下と言うか、家臣を何だと思ってるんだ? 使い捨ての矢じゃねえんだぞ?」
摘まむついでに骨元の位置で治したんだが、王子様はそれがお気に召さねえらしい。ジロリと睨みやがるのさ。
鼻血騎士の態度に思うところがない訳じゃねえが、「それくらいで殺してたらこの世の中誰もおらんわ!」と、俺は声を大にして言いたいね。
そもそも、雪毛の兎人が云々という話どういう経緯で始まったのかも分からねえしな。今は、人族、エルフ族、獣人族の中で常識になってるってこった。他の種族は見かけたとしても、そう言う反応をする程近くに居ねえし……。
「ふん。使えぬ者を切り捨てるのは戦場の習い。まだ矢の方が使い道があると言うものだ」
「いやいやいや。戦場の習いって、この平和な都の何処に戦の気配があるって言うんだ!? あ!?」
「常在戦場」
「はあ、然様か。お前さんの頭ん中は、戦う事しかねえみたいだな。ったく、何時の時代の人間だってえの。阿呆らし」
その短い答えで、俺は諦めた。
この手の奴は、何を言っても聞かん。自分が正しいと思ってるからな。オマケに俺と同じ時代の人間じゃねえ。それこそ戦国時代みてえな、人斬りが生業になってる時代の人間の感覚だ。己の下に家臣が付いてても平然としていられるという事は、上に立つ人間だったんだろう。
何て思ってたら、爆弾を落として来やがったのさ。
「俺は康永元年に、京の六条河原で首を斬られたのは覚えてるぞ? 首と胴が分かれる刹那を見たな」
「えっ!? 今何つった!? はぁ? 康永元年!?」
俺は耳を疑った――。
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