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第3章 迷いの樹海
第235話 えっ!? まさか、使ってねえよな!?
しおりを挟む「ぶわあああ――ッ!?」
エルフ団子が俺の上に生ごみをひっくり返したように振って来やがった。
俺の尻は地面に着いてるから、今更焦る事もねえが、頭から落ちて来る奴らだけ襟首をひっ捕まえて横へ放り投げるようにしてる。
折角助かったのに、打ち所が悪くて首が折れた、じゃ笑えんだろう。
いや、それも正解かどうかは判らん。
何っといっても、蟒蛇の腹を裂いて出来て来たばかりの俺たちの上に、蟒蛇が圧し掛かるって事が有り得るからだ。奴の鼻が生きてる限り、熱源の塊である俺たちに気付く。見逃すはずがねえ。
けど、背骨を抜いてるから今まで通り撓りを利かせた動きはできねえだろう。
「一体、何人呑み込まれてやがる!? 限がねえぞ!?」
流石に1人ずつ丁寧に、ってのんびりできる状況じゃなねえかならな。タイミングよく1人を単独で捕まえる事ができれば、1人だけ横に投げるが、2、3人を纏めて放り投げるのが関の山だ。
「ううっ、ハクトさんに投げられた」
横で、警備隊の女副隊長の声が聞こえる。
「ヴェニラ! ぼさっとすんな! 動ける奴を起こして、引っ張って逃げろ!」
「わ、分かってますよ! 何を寝てるのです! 起きなさい!」
「旦那様!」「マギーか!? ぐふっ」
ヴェニラが俺の発破を受けて声を出した瞬間、俺を呼ぶ声と衝撃が背中に入った。
「はいっ! 良くぞご無事で! いえ、信じておりました!」「お、おう。今、汚えからあんまり抱き着くな。お前も汚れるぞ?」
蟒蛇の消化液ベタベタになった俺に抱き着いて来たのは、マギーだったよ。あの女騎士は居ねえみたいだが……。護衛対象のとこに戻ったか? まあ良い。
背中から腕を廻して、俺を抱き締めるマギーの腕をぽんぽんと叩きながら疑問を口にする。いや、勝手に思った事が漏れてたんだろう。
「何であの蟒蛇が動かねえんだ?」
「ヒルダ様が……」
「えっ!? まさか、使ってねえよな!?」
そんなとこで句切るんじゃねえよ。「火を使ったんじゃ!?」って思っちまうだろうが! と言うか、実際どうなんだ!?
「旦那様を追ってこちらに来られた時にわたしとリサに出会しまして――」
歯切れが悪い。嫌な汗が流れてる気がするぜ。
「……どこまで話した?」
「旦那様が、大蛇に呑まれた、と」
「莫迦正直も時と場合によるだろ!?」
「申し訳ありません! わたしも気が動転しておりましたので、その後無事であることはお話ししたのですが」
背中でシュンとする雰囲気が伝わってきた。これ以上言うのも、な。
「こればっかりは順番が違ったな」
「はい……」
それはそれ、これはこれだ。他に確認しねえといかん事がある。
「つまり、アルがブチ切れて殺気を蟒蛇にぶつけてるせいでこいつが大人しいって事か!?」
「恐らくは……」
「と言うか、俺が顔見せねえと【火魔法】ぶっ放しちまうだろうが!? ヴェニラ! ここは任せた! アルがブチ切れて【火魔法】使わねえうちに止めて来る!」
「ええっ!? わ、わ、分かりました!」
離れた場所からヴェニラの声が返って来た。問題なさそうだな。
「マギー、行くぞ!」
「はいっ!」
慌ててマギーを抱き着かせたまま立ち上がり、腕を解かせた俺は蟒蛇の視線の先へ駆け出した――。
◆◇◆
「あの森からノコノコ出て来たと思えば、蛇風情が何をしたのか分かっておるのだろうな? 消炭にしてくれる! プルシャン、袖を引くな集中できん!」
「だから、アルは火を使っちゃダメって言われたでしょ!?」
「アル? 何言ってるの? ヒルダじゃないの!?」
「えっと、アルさんはモガモガ――」
「プラムも黙ってよっか! ヒルダはね、興奮するとアルになるの! だから、マリアもアルの体を揺すって! ハクトに怒られちゃうよ!」
「何だか良く分からないけど、分かったわ!」
俺が森を駆け抜けると、灯りの魔道具の光に照らされた4人が揉めている様子が飛び込んできた。何を揉めてるのか、兎の耳は筒抜けだがな。思った通りヒルダの頭上に莫迦でかい火の玉が出来つつあったぜ。
――間一髪じゃねえか。
「アル! 火は使うなって言っただろうが! さっさと消せ!」
「主殿!?」「ハクト!?」「旦那しゃま!?」「ご主人様!?」
俺の声に4人の視線が集まる。んで、気が付いたのよ。
「【骸骨騎士】の奴、何処行った!?」
留守を守ってたガイの姿がねえってな。7ペース越えの真っ白い全身鎧を着た騎士を見失うはずがねえだろ!?
「旦那様、後ろを!?」
そう思ったら、後ろからマギーの声が左に振れた。
「おいおい、マヂかよ」
どんな仕組みか知らんが、大盾を片手に、斧槍を肩に載せた状態で前傾姿勢になって、結構な速度で駆けてやがる。
ああ、走る、じゃねえな。どう見ても、駆ける、だな。
いや、確かに骨粘土製のフルプレートだから、頑丈でオマケに軽いのは解ってるんだが、「元から、あんなに素早く動けたのか!?」って思いが現実を否定しようとしやがるのさ。
「主殿!」「ハクト!」「旦那しゃま!」「ご主人様!」
「アル、飛び付く前に頭の上の火を消せ! じゃねえと抱いてやらん!」
「うぐっ。そこまで言うならば仕方あるまい。主殿の顔を立てるのが妻の務めと言うものだな」
4人が揃って俺に駆け寄ろうとしたからよ、先に言ってやった。
先にプルシャンを褒めんといかんな。
「プルシャン、よく言い付けを守ったな。偉いぞ~~」「なっ!? 主殿!?」
「えへへ」
火を消そうとするヒルダが驚く横で、プルシャンを抱き締め水色の髪を撫でてやると、抱き着いてきた。あ、しまった、俺の体蟒蛇の消化液でベタベタだったわ。
「【清さよあれ】」
マギーの声と同時に、俺の体から酸っぱい異臭と粘り気が消える。
どうやら、魔法で綺麗にしてくれたらしい。相変わらず、俺は【生活魔法】と呼ばれる魔法が使えねえ。
教えてはもらってるんだが、さっぱりダメだ。
まあ、獣人族ってえのは基本的に魔法が使えねえらしいから、【骨法】という形で魔法を使っている俺は既に可怪しい存在なのよ。
そこを気にし過ぎて死んだら元も子もねえだろ?
【生活魔法】が使えねえからと言って、今不自由してる訳じゃねえからな。そこは個性だと割り切ってるのさ。
いや、そうじゃねえ!
「ガイの奴どうする気だ!?」
嫁たちを抱き止めて撫でながら、顔を蟒蛇の方へ振る。
『うわあああああ――――っ!!』
腹の穴から流れ落ちたエルフどもが蜘蛛の子を散らすように逃げる中、真逆の流れで蟒蛇に挑むガイが大盾を地面に突き刺す。
「おいおいおい! 体格差を考えろっ!?」
「ガイさん、頑張るです!」
「いや、プラム。そこは逃げろだろ!?」
煽るプラムに思わず突っ込んじまったわ。
「――なる程の。そういうことか」
「どういう事だ!? アル、独りで納得すんな! 説明しろって!」
「大蛇がガイに気付いたよ!」
「何!?」
プルシャンの声に再度ガイの姿を目で追うと、月明かりに照らされた森の中で斧槍を両手で握り、振り上げた骸骨騎士の白い鎧姿が見えた――。
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