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第3章 迷いの樹海
第228話 えっ!? これって紅葉じゃねえの!?
しおりを挟む「やれやれやっと着いたぜ」
「でも、予定通りですよ、ご主人様!」
ロサ・マリアの言う通り半日歩き、陽が沈み始めた頃、俺たちはロサ・マリアにの故郷に辿り着いた。
ロサ・マリアが言うように、目印となる大木が村の真ん中に聳え立ってる。
家は何と地面じゃなく、樹の上だ。ハックルベリー・フィンの家みてえにな。ま、あれよか立派だが。
嬉しそうに笑うロサ・マリアの笑顔に陰を感じたが、敢えて言わねえことにした。作り笑いもしたくなるだろう。
「わたしが先触れに行って来ますね」
国境警備隊の副隊長の女エルフが、そう言い残してサッと村の中に入って行く後ろ姿を見送っていると、誰かに袖を引かれた。
「見過ぎです、旦那様」
「……おう、すまん」
マギーさんや、別にそう言う目で見てた訳じゃねえんだぞ? いや、ここで言い訳をして痛くもねえ腹を探られるのも面倒だ。素直に謝るのが正解だな。
「どう、ご主人様? 凄いでしょ? 森エルフの集落」
「樹の上に家が一杯あります!」
ロサ・マリアとプラムが並んで俺の横に立つ。確かにな。
「ああ、驚えたぜ。それにしても、あんなにでかい家を樹の上に建てて大丈夫なのか? それこそ、根元から樹が折れたら大事だろうがよ?」
「家を建ててる樹は折れないわ」
「な」「何で折れないの?」
俺が聞き返すよりも先にプルシャンが口を挟んで来た。俺の腰に抱き着いて、ロサ・マリアの視線と高さを合わせてるのは、何となくだろう。
「あの樹というか、家の載ってる樹やこの大樹は、"竜鉄楓"っていうこの森でしか成長しない樹なの。名前の通り鉄みたいに、固くて折れないのよ」
「それでは説明になるまい? 竜の名を冠してるのだ、意味があるのだろう?」
それもそうだな、と、参戦して来たヒルダの質問に俺も肯く。
「簡単よ。ほら、これ見て!」
そう言って俺の顔程もある落ち葉を、一枚拾い上げで俺に見せるロサ・マリア。楓ね。確かに、楓の特徴である五つの切れ込みが入って、葉っぱが大小六枚……。
えっ!? これって紅葉じゃねえの!?
いや、葉っぱの長さの違いはあるんだが、日本の紅葉によく似てるんだわ。
けどな。紅葉を知らねえ奴に向かって、これ紅葉だろって言っても分かってもらえねえのが、簡単に想像できる。説明も面倒だ。確か、紅葉も楓の種類だったか?
「おう、でかい葉っぱだな」
素直に受け入れることにした。
「でしょ? いや、そこじゃなくて、この形が竜の手に似てるって言うとこから竜って名前が付いてるのよ。あ、です」
「宜しい」
ロサ・マリアがビクッと体を震わせて、言い直した。何だ? って見たら、マギーが頷いてやがった。何処に居てもお前さんらは平常運転なのな。
「どうだ、ヒルダ? アルの奴は何か言ってるか?」
「うむ。竜の手というよりも蜥蜴の手だそうだ」
アルって言うのは、ヒルダの中に現れた赤竜の意識だ。俺も良く分かってねえ。魂と言われても、「ああ、そうですか」程度の認識なんだわ。
アドヴェルーザって言うのも長えから、今はアルって呼んでる。
こいつの事も考えてるんだが、他の奴の目があるから今は実行に移せてねえのが現状だ。どう考えても、一つの体に二つの意識って言うのが可怪しいだろ?
ま、そこは追々さ。
「へ、蜥蜴の手かよ。そう言われたらそう見えなくもねえな。でもよ。これだけ森の中に根が出てんだ。薬草とかも限られた場所にしか生えてなかったしよ。土地が痩せてるのに、よくこんな大きく育ったもんだな?」
「む~。蜥蜴じゃなくって竜なんです! それと、"竜鉄楓"は堅い岩盤を砕いて、その下の柔らかいとこにまで根を伸ばせるんです。柔らかい大地からの養分と、溶岩岩の養分を吸ってこんなに大きくなるんですよ?」
「いや、待てまて待て」
「はい?」
得意そうにない胸を逸らせながら、講釈を垂れるロサ・マリアに口を挟む。
「サラッととんでもねえこと言ったな。溶岩岩の養分を吸う? そもそも溶岩岩には樹が育つ養分なんかこれっぽちもねえだろうがよ!?」
ひっくり返しても、溶岩岩は鉱石の塊に変わりはねえ。それを吸う?
「ふふん! この"竜鉄楓"は女神ライエル・アル・アウラが授けてくださった神授の内の一つなのよ。痩せた土地でも育つ植物を授けてくださったお蔭で、わたしたちは生活できてると言う訳! です」
何だそりゃ!? 自然の摂理を完全に無視してる存在じゃねえかよ!? 下手したら、無限増殖しちまうんじゃねえの!?
「そりゃ、国外に持ち出したら大変な事になるんじゃねえのかよ?」
アルっ子何やってんだ!?
……いや、アルっ子だけで暴走させる訳ねえか。ザニア姐さんが黙っちゃいねえだろう。つう事は、問題ねえのか?
「それはないわ。土の養分と、溶岩岩の養分がないと枯れちゃうから、ここ以外じゃ育たないのよ、です」
いや、マギーが睨みを利かせてるからって、語尾に「です」付けりゃ良いってもんじゃねえだろうが。
「なる程な。その割には、道中で目にしなかったのは何でだ?」
それだけこの森に適した植物なら、もっと目にしてても良いはずだろ?
警備隊の奴らは、常識過ぎて話に興味も示しやがらねえ。家の者も、半分は聞き耳を立ててるが、プルシャンとプラムは周りに意識が飛んでやがる。
「ふふふ。よくぞ聞いてくれました! それが、もう一つの神授。神獣"Մեծ սղոց"よ! この神獣のお蔭で森が生きてると言っても過言じゃないわ! のです」
「"めっさぐほーつ"? 何だそりゃ?」
「え~と、共通語で何て言うんだっけ……?」
「知るか。俺に聞くな」
「"大ナメクジ"が適当かと」「ああ、そうそう! "大ナメクジ"ね! 隊長さん、ありがとう!」
「いえ」
ナイスアシスト。
「大ナメクジだあ? ナメクジが神獣と言うのは、ちと無理があるんじゃねえか? 深淵の森で見た大ナメクジは肘から先ぐらいの大きさだったぜ?」
「ちっちっち。甘いわね、ご主人様。"迷いの樹海"に居る"大ナメクジ"は、高さが一パッスス、長さが二パッススはあるのよ!」
得意げに顔の前で、右手の人差し指だけを器用に動かすロサ・マリアがどや顔で説明する。イラッとしたが、それよりもだ。
「マヂで!? んなにでけえのかよ!?」
「概ねその理解で良い」
ロサ・マリアを信じねえ訳じゃねえが、俄かには信じられねえ情報だからな。隊長の方に視線を向けると、肯き返された。
「神獣はね、集落以外で生えた"竜鉄楓"だけを食べるの。食べて、消化して糞をするんだけど、それが森の養分になるのよ。その糞が混ざった土地では"竜鉄楓"は育たないの。育つのは他の植物。糞の栄養分が消えたらまた"竜鉄楓"も生えるんだけどね。だから、この森と言うか、エルフの国で"大ナメクジ"を殺せば死罪になるって子どもでも知ってるわ」「ちっ」
おい、今舌打ちしやがっただろう!?
ギロッとネストリを睨むが何処吹く風だ。
「手前、知ってて言わなかったな? 運よく"大ナメクジ"に遇わなかったから良い様なものを。知らねえで、こいつらの誰かが手え出すとこだったじゃねえか」
「ロサ・マリア嬢が居るのだ、お嬢様から聞いておくのが筋と言うものだろう。パトリック様やリサも居る。情報源には困らぬはずだが?」
確かに、樹は無闇に切るなとは言われてたが"大ナメクジ"の事は聞いてねえ。勝手に、禁止事項はそれくらいだと自己完結してた俺が悪い。
悪いが、こいつはそうじゃねえ。
「けっ。大方、手を出すのを待ってたんだろうが」
「当然だ。殿下の召しを受けた者とはいえ、禁忌を犯せば毛虫を斬る大義名分が手に入る。使わん手はあるまい?」
俺が追及すると、悪怯れずにしれっと言い放ちやがった。
「良い度胸じゃねえか」
「マリアッ!!」「っ!?」
ネストリに食って掛かってやろうと思って村に背中を向けた時だった。
俺の背中に駆け寄って来る複数の足音と、若い女の声がぶつかって来たのさ。
その声の主にロサ・マリアは心当たりがあるのか、一気に身体が横で強張ったのが判った。こりゃ、件の人物がいきなり来たって事か?
ゆっくりと振り返ると、十数人の集落に住む森エルフの男女が、火の点いた松明を片手に少し離れたとこで立っているのが見える。村の入り口か?
当たり前だが、誰が誰なのかさっぱり判らん。
松明を燃やすために使った何かの脂の燃える臭いが、つんと鼻を刺激した――。
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