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第1章 南方正教会
第203話 えっ!? 気にするのそっちかよ!?
しおりを挟む「くふっ。兎狩りなんて久し振りだわ」
口は閉じていても、三日月のような何とも言えねえ気持ち悪い笑みを張り付ける"美食の君"に、俺は違和感を覚えた。
「言ってろっ!」
不安を振り払うように叫ぶが、何かが可怪しい。
「あら、自分から来てくれるなんて良い子ね」
ゾクリッ
またさっきと感じたのと同じ悪寒が背筋を駆け上って来やがった。
女オーガは目の前に居やがるのに、左から嫌な気配を感じるんだよ。
「ちぃっ!?」
【粉骨砕身】であっという間に間合いを詰めはしたが、俺は勘を信じて掴み掛らずに、右へ跳ぶ。
同時に頬を撫でる吹き下ろす風を感じたぜ。
ドンッ!
また地面が爆ぜたっ!?
「あら、完全に騙せたと思ったのに【幻身】を見抜かれたのかしら?」
【げんしん】が何かは知らんが、見抜いてねえよ!
けど、俺の勘も満更じゃねえってこった。右に跳んで距離を取って判ったのは、俺が違和感を感じた場所に女オーガが立ってったって事だ。
さっきのがスキルなんだとしたら、厄介なことこの上ねえ。
連発されたら、躱しきる自身がねえよ。
パンパンと手に付いた土を払い落としながら、俺に尋ねるでもなく呟きを漏らした女を睨む。
「シュウの奴は肌の色が変わったのに、あんたは白いままなんだな?」
動揺を気取られない様に、話題を逸らして違和感の正体を探る。
今姿が見えてた方は、擦れ違った瞬間、気配が限りなく消えかかってた。俺が気配を感じた方に吸い寄せられるかのようにな。
臭いがしない、気配が読めんと言うのがこれほど面倒だとは思わなかったぜ。
「あれは嫌なのよ。醜い色でしょ? だから剥いだ人の皮を被ってるのよ」
外道が……。
何とか感情を押さえてやり過ごす。
腸が煮えくり返るとはこのことだ。目の前の女は人ではないが、他人の命をモノとしか思ってねえことが良く解ったぜ。
「分かった」
「あら、わたしと一緒に来てくれるという事かしら? 大歓迎よ?」
「いや、手前らとは相容れねえって事が良く解ったぜ」
「女の子がその口調と言うのもどうなのかしらね?」
「女としては育てられなかったもんでな」
確かにスカート穿いて、胸を揺らしながら汚い言葉遣いをすりゃ、大概の大人は眉を顰めるだろうさ。俺も、自分の娘がこんな口調なら小言の一つや二つは言うに決まってる。
「……でも、ちょっと遣り過ぎたわね?」
「そうか? こっちとしちゃあ降り掛かる火の粉を払っただけだ。燃えるモンが端からなけりゃ素通りしてたぜ?」
「ああ言えばこう言う。本当、嫌になるわ。けど、襟巻にするにはあなたの雪毛、丁度良くてよ?」
「皮剥がされるのは、火傷だけで十分、だ!」
一気に懐へ飛び込み、顎に掌底打を噛ましてやろうと膝を伸ばす――。
「残念。こっちよ」
「しまっ!? がはっ!?」
目の前の女オーガがふっと幻のように消えちまい、掌底打を当てて止まるはだった俺の体が宙に浮いたところを掴まれちまったのさ。
そのまま足首を掴まれて、叩き付けられた。ビキッと嫌な音がしたぞ。
いってぇ――っ! 足首付近が折れたな。
このまま右へ左へ叩き付けられたら、幾ら【粉骨砕身】で強化してるといっても体が持たん。
「脆いわね。でも、いつもなら千切れるのに千切れなかったって事は、少しは楽しめるって事かしら?」
千切れるくらいに振り回すってどうかしてやがる!
「【骨釘】!」
足を引っ張られて持ち上げようとした瞬間に、胸に向けて白い五寸釘を十本撃ち出してやったぜ。
「きゃあっ!?」
慌てて顔を隠そうと俺の足首を放した隙を突いて、距離を取る!
馬車は俺の背中側だ。間違ってもヒルダたちに当たることはねえ。
「【骨釘】、【骨釘】、【骨釘】、【骨槍】。【骨治癒】」
「ぐぼっ!?」
逃げを打たれる前に太い楔を打ち込んでやる!
やられっ放しは性に合わん。距離を取りながら腕を振ると、白い五寸釘が数十本、白い投げ槍が一本女オーガの体に突き刺さったのが見えた。
「今度は実体のようだな。うおっ!?」
体に槍を刺し通したまま、女オーガが殴りかかって来やがったんださ。
女の拳が俺には届かず、地面に突き刺さった反動で地面が爆ぜる。どんだけ莫迦力なんだよ!?
「よくもわたしのお気に入りの皮に穴を開けてくれたわね」
えっ!? 気にするのそっちかよ!?
「痛くねえのかよ!?」
腹に白い投げ槍を刺したまま怒りの矛先を向ける、女オーガに思わず聞き返してた。半分反射的な突っ込みだな。
「これくらいどうってことないわね。どうやら面倒な材質で出来てるみたいだけど、魔法で作ったものと同じでどうせ時間が来れば消えるわ。それよりも、わたしの一張羅を台無しにしてくれた責任を取ってもらわないと……あら、良い皮があるじゃない」
痛みに対する耐性があるって事か!?
血は出てるんだ。ダメージが入ってない訳ねえ。
瞬時に思いを巡らせるが、最後の一言と視線に俺は凍り付く。その視線の先に居たのは、ヒルダとプルシャンだ。明らかに獲物を見る目に変わったのが、鈍い俺にも判った。
「ババア、させると思うか?」
「……誰が何ですって?」
視線を遮って貶してやったんだが、今度は空気が変わったのが判った。
こりゃあれか?
虎の尾を踏んじまったか?
まあ、あいつらから注意をこっちに持って来れるんなら安いもんだぜ。
「若い姉ちゃんの皮を被って、若ぶるなよババア、って言ったのさ。化けの皮は剥がれるもんだ。若作りするんじゃねえよ」
「……襟巻にしてあげようと思ってたのに気が変わったわ。ここで、骨までしゃぶってあげるわ!」
遅かれ早かれ殺す積もりだったってことだろ!?
巫山戯んな。
俺がここで手心を加えれば、ヒルダたちに害が及ぶ。泣くのは俺だ。ならやることは決まってる。
俺に向かって歩いて来る女オーガに刺さっていた、白い五寸釘と投げ槍がボロボロっと崩れ落ちるのが見えた。一定時間が過ぎるとスキルで作り出した物は、消えちまうのさ。
良く知ってやがるぜ。
怒った振りを見せて、俺を飛び越えてヒルダたちを狙うパターンも有り得る。
なら――。
「やれれるもんなら、やってみな。ここから逃がすつもりはねえぞ、ババア? 来い、【餓者髑髏】!」
「と、兎人の召喚士!? ちっ。がっ!?」
俺の背後に【餓者髑髏】が上半身を出す。何もない目の穴の奥に赤い光が点ってる。「この女を」と口を開こうとした瞬間、音もなくシャドウの肋骨の隙間を抜けて飛んで来た太い矢が、女の額に突き刺さったんだよ。
「マヂかよ!?」
美味しいとこ持っていきやがった!
思わず振り返ると、ふんすとない胸を張り、大弓片手に親指を立てているおかっぱ嬢ちゃんの姿が、馬車の横にあるのが見えた。マギーの姿もある。
「あの小娘……」
「嘘だろ!? 今の当たって死なねえの!?」
その声に視線を戻すと、矢を額から引き抜く女オーガがあるじゃねえか!?
腕や腹の傷からの血がもう止まってる。どういう体の造りになってんだよ!
「――ッ!」
「おいおいおい、ここで怒髪天を衝いてスーパーな何かに変身するって事ねえよな!? シャドウ! 打っ潰せ!!」
普通の表情だった女オーガの雰囲気が更にガラッと変わったのさ。丸かったはずの黒目が、山羊の目みてえに四角くなったのが見えたんだよ。
ご丁寧に変身を待つつもりはねえ。
変身するならだが、ここでお色気変身シーンなんか期待しちゃいねえんだよ。重心を落として次の動作が取れる様に身構えたまま、シャドウの莫迦でかい骨の拳が女オーガに振り下ろされるのを見守る。
轟音と土煙が同時に上がり視界を遮ったが、血の臭いは濃くなってねえ。
つまり、今の攻撃を受け切ったってこった。マヂかよ。
「毛虫と小娘風情が、わたしに何をした?」
シャドウの拳が持ち上げられてるのか!?
土煙が晴れて、拳の刺さっていたであろう窪みから、あの女オーガの怒りを含んだ低い声が聞こえて来たのさ。怒気と殺気が混ざった圧力が押し寄せてくる。
これがオーガの上位種の力ってやつか? これ程なら爺さんたちが命懸けでっていうのも肯けるぜ。
シャドウの拳が持ち上げられ現れたのは、殴られる前まで白かった肌を青緑色に変え、矢が刺さった額の真ん中から一本の太い角を突き出させたあの女だった。
体格は然程変わったように見えねえんだが、大きく感じるのは俺が圧力に押し負けてるって事だろう。額の角も、二、三歳児の肘から先くらいの大きさだぞ?
シュウの角なんか比べ物にならねえ。これが本物か。
「おおっ!?」
んな事を考えてたら、あの女オーガがシャドウの拳を一瞬押し返し、力が抜けた瞬間を見逃さずに俺に向かって来たじゃねえかよ!
女の両拳には、ナックルガードから扇のような斧の刃が生え出た物がいつの間にか握られてた。あれで殴られた時点で細切れだろうが!?
気い抜くなっ!
集中しろっ!
「死になさい」
恐ろしく冷たい声が俺の耳に届く。
次の瞬間、全ての動きがまるでスローモーションのように見え始めたんだよ。
何だこれ!? 死ぬ前に見る走馬灯ってやつか!?
と思ったが、走馬灯は今までの経験した事が浮かんでくるって聞いたぞ。
今の流れが見えてるって事はそうじゃねえってことだ。
つまりあれだ。【粉骨砕身】のスキルで能力全般が底上げされて、集中力が突き抜けちまった訳か!?
走ってる訳じゃねえから「おお、神よ!」とか言えねえわな。
女オーガが俺の目の前で右手を振り被り、凶悪な右拳を突き出して来るのをゆっくり躱していると、俺の背筋を再びゾクリと悪寒が駆け上る。躱した方に大きな気配と言うか、気配とは違う何かを感じ取ったのさ。
そしたら――。
《【魔力感知】を獲得しました》
――と来たもんだ。
後ろに居るだと!?
スキルを獲得した瞬間、俺が違和感を感じた場所に淡く虹色に発光する人型の輪郭が見えたんだ。そいつも、俺に向かって右の拳を突き出そうとしてやがったのさ。
これが【げんしん】つまり、幻の体って事か!?
いつまでこの状態が続くか判らんが、どんな状況なのかを確かめるために輪郭の右腕へ、俺も右腕を振り下ろしてやった――。
「【骨盗り】!」
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