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第1章 南方正教会
第199話 えっ!? その子、誰!?
しおりを挟む「また厄介な者に目を付けられたね。あんたの見知った顔は居そうかい?」
白髪をポニーテールに結い上げた婆さんが、馬車から降りて来るなりそう俺に聞いて来た。そりゃ揉めたがよ。
「今の時点では何とも言えんな。矢を射て来た者には心当たりがある」
姿を見たわけじゃねえから、絶対とは言い切れんが居るだろうと踏んでる。それくらいのレベルだ。それにこれだけ離れてると流石に顔の判別は無理だわ。
「派手に打ち噛ましたみたいだね?」
「ああ、俺に手傷を負わせたと興奮しちまってな。すまんね」
白髪をポニーテールに結い上げた婆さんが、にやりと笑う。
「荒事が好きそうな笑顔だな」と思っちまったが、それには触れずに差し障りのない言葉を返しておいた。まだ顔を合わせて丸1日経つかどうかだ。
遠慮なく言い合うには、お互いを知らな過ぎるのさ。
気にせんでも良い奴は既に居るがな。
『止まれ! 我らは律令神殿に仕える、聖絶騎士団である! 唯今、律令神殿が早急に身元を検めねばならぬ者を捜索中だ。中を検めさせてもらいたい!』
そう思ってたら、200パッススは離れているんじゃ、という距離から張りのある声がはっきりと聞こえて来たのさ。ありえねえ。
反響するものも何もない草原で、声が散らずに届くなんて不可能だ。
というか、どっかで同じ台詞を聞いたような……?
「ほっほっほっ。あやつらは己が正義のためなら人の命など気にせぬ狂信者でな。懐へ入れてしまえば、内側から食い破るまで出てこん。知らぬ存ぜぬが最善じゃよ」
お、エロパンダ爺。
「ふん。どうせ喧嘩売るんだ。遅いか早いかの違いだろう?」
刀傷を頬に持つ婆さんがボリボリと頭を掻きながら出て来た。どうもこの爺さん婆さんの気配が読み辛い。一癖も二癖もありそうな雰囲気を纏っているのは判ったんだが、案外達人の域にいたりしてな。
「ふ~ん。二葉ねえ。あの女の姿が見えないようだけど? またいつものような嫌がらせかな?」
エルフのイケメンもそう言いながら馬車から降りて来る。
あの女って言うのが"美食の君"って名乗った女と同一人物なら、こいつらが知ってる存在だって事だぞ?
なんて思ってたら、ドサッと馬車の後ろの方で荷物か何かが落ちる音が聞こえた。
「ん゛――っ!」
『えっ!? その子、誰!?』
俺が振り返る前に、そんな声が耳に届く。
おいおいおい。
振り返ると、そこに居たのは大弓と一緒に縛り上げられた、あのおかっぱ頭の勇者ちゃんだったのさ。ご丁寧に猿轡まで噛まされてるから呻き声しか出せねえ。
「いや~、後ろの方でコソコソしてたからよ。何してんだ? って聞いたら弓ぶっ放してくるじゃねえか。全く人の話も聞きやしねえし、埒が明かねえからよ。縛って来てやったぜ?」
は? 縛って来た?
痩せた無精髭の爺さんが、ゆらりと縛られた嬢ちゃんのすぐ後ろに立つ。
いやいやいや。ちょっと待て。
俺とヒルダが前後で見張ってただろうが? いつ馬車から降りた!?
「ヒルダ、あの爺さんが馬車から降りたの見たか?」
「いや、我は見てない」
慌ててヒルダに耳打ちするが、即座に首を左右に振られたよ。だよな。俺もそんな気配を感じなかったんだ。どうなってやがる!?
「ん~ハクトとか言ったか。お前さん、こいつの事分かるか?」
そんな俺の様子に気付いたのか、痩せた無精髭の爺さんに見咎められたよ。よく見てやがるぜ。
「あ、ああ。律令神殿の勇者だったはずだ。カヴァリーニャの迷宮で顔を見た記憶がある。と言うか、お互い忘れられん顔だろ。なあ?」
「っ!? ん゛――っ!」
数人を間を縫って嬢ちゃんの前に屈む。今時やってる奴が居るか知らねえが、ヤンキー座りってやつだな。左右の膝に、左右の手を当てて顔を覗き込むと――。
「だ、奥様! 何てはしたない恰好をなさるのですかっ!? 大事な部分が見えておりますよ!!」
「おっ!? ああ、すまんすまん」
そういやあ、俺の体が女になって、オマケに赤不浄になっちまったせいでズボンが穿けなくなっちまったのさ。血で汚れちまうからな。
んで、苦肉の策でマギーが布切れで巻きスカートを作ってくれたんだわ。
本当は1周半腰に巻き付けるのが正式らしいんだが、窮屈でな。1周とちょっぴり縫い代を取って作ってもらった、大胆な裂け目入りのセクシー巻きスカートを穿いてたのを忘れてたんだよ。
マギーに引っ張り上げられるように立ち上がろうとしたところへ、何処からどう抜けて来たのか、エロパンダ爺の頭が俺の足元にぬっとでて来たじゃねえか。
「ほっほっほっ。どれどぶへええっ!!?」
そこへ、ぼふっともどふっとも聞こえた打撃音と一緒に、刀傷の婆さんが振り落とした左の踵が、パンダの腹に減り込むのがゆっくり見えたよ。
本当、ブレねえな。
「ああっ!? マルカ様っ!?」
御者席からエロパンダ爺の付き人の姉ちゃんが飛び降り、駆け寄って行くのを見ながら、刀傷の婆さんがプイッと顔を逸らして毒づく。
「腐れパンダが」
おっかねえ婆さんだぜ。まあ、女に対して不埒な事をしようとする奴に容赦ねえんだな、って言うのは見てて判る。判るんだが、あと数日で俺もその対象になるのかと思うと他人事じゃねえんだわ……。
「あらあら、イングヒルト程々ねにね?」
おっとり婆さんの窘める声を聞きながら、緊迫した雰囲気が霧散していくように感じたのは俺だけじゃねえはずだ。
それに、このおっとり婆ちゃんも「するな」とは一言も言ってねえのな。
「やってもいいけど」っていう枕言葉が抜けてるだけで容認してるという底知れぬ怖さがある。
だってよ、刀傷の婆ちゃんが一言も言い返さねえんだぜ? 一番おっかねえのはこの婆さんじゃねえのか? と薄々感じ始めてたりする。
まあ、今のとこ俺に矛先が向いてねえだけでも良しとするか。
それよりも、だ。
「で、どうすんだ、あれ?」
マギーに引っ張り起された俺は、遥か後ろに陣取ってる連中を肩越しに親指で指さしながら、痩せた無精髭の爺さんに振ってみた。この中で一番真面事を言ってくれそうな気がしたのさ。
「ああ、あれな? ほっとけ」
「は?」
俺の耳には、ほっとけって聞こえたんだが? 思わず聞き返してた。
「だから、放っておけってんだよ」
「じゃあ、この嬢ちゃんは?」
「ほっとけ」
「おい、それじゃ答えにならねえだろうが」
「お前な。あ~ハクトっつったか? 少しは腕が立つかもしれんが、もう少し周りに気を配れ」
「言われなくたってやって」
その言葉にカチンと来た俺が、向きになって言い返そうとして更に遮られた。
「い~や、やってないね。俺に言わせりゃ種族特性に頼り過ぎだ。視野は広い、鼻が利く、耳も良い。何もしねえでも色んな情報が勝手に入ってくる。だから騙されるのさ」
「騙される? 俺が?」
おいおい、俺だって気配も探ってるんだぜ? 酷え言われようじゃねえか。
「ほっほっほっ。この子らよりは年を取っとるようじゃが、まだまだじゃな」
エロパンダ爺が上半身を起こして、顎から下に伸びる長い白髭を撫でながらそう言ってきやがった。爺さん婆さんは年長者として敬いはするが、怒らないとは言ってねえ。
「ふん、この旅の間に習得すれば良い。片鱗は見た」
「おい、一体何の話を」
スタスタと、いつの間に取り出したのか分からない三叉槍を肩に担いだ刀傷の婆ちゃんが、それだけ言って馬車の向こう側に姿を消す。
完全に言い逃げだ。
「失望させなかったというだけで、ギリギリ及第点だがな」
「なっ!?」
馬車の屋根から、おかっぱ頭の爺さんがそう言って来たのさ。いつの間に!?
「ほっほっほっ。まあ、それだけお前に皆期待しとるという事じゃよ。むううぅんっ!!!」
そうエロパンダ爺が笑ったかと思うと、老人とは思えない身の熟しで立ち上がり、何もない空間にいきなり殴りかかったのさ!
おいおいおいっ!?
爺さん呆けたのかよ!?
『はあっ!!?』
「ガアアアア――――ッ!!」
そう思ったのも束の間で、エロパンダ爺さん拳が何処から出て来たと突っ込みたくなる、青緑色の肌をした2パッススはあろうかというオーガの土手っ腹を殴り飛ばすのを見た時、俺たちの驚嘆の声がその巨体と一緒に飛び去っていた――。
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