えっ!? そっち!? いや、骨法はそういう意味じゃ……。◇兎オヤジの見聞録◇

たゆんたゆん

文字の大きさ
上 下
232 / 333
第1章 南方正教会

第199話 えっ!? その子、誰!?

しおりを挟む
 
 「また厄介な者に目を付けられたね。あんたの見知った顔は居そうかい?」

 白髪をポニーテールに結い上げた婆さんが、馬車から降りて来るなりそう俺に聞いて来た。そりゃめたがよ。

 「今の時点では何とも言えんな。矢を射て来たもんには心当たりがある」

 姿を見たわけじゃねえから、絶対とは言い切れんが居るだろうと踏んでる。それくらいのレベルだ。それにこれだけ離れてると流石に顔の判別は無理だわ。

 「派手にましたみたいだね?」

 「ああ、俺に手傷を負わせたと興奮しちまってな。すまんね」

 白髪をポニーテールに結い上げた婆さんが、にやりと笑う。

 「荒事が好きそうな笑顔だな」と思っちまったが、それには触れずに差し障りのない言葉を返しておいた。まだ顔を合わせて丸1日経つかどうかだ。

 遠慮なく言い合うには、お互いを知らな過ぎるのさ。

 気にせんでも良い奴は既に居るがな。



 『止まれ! 我らは律令神殿に仕える、聖絶せいぜつ騎士団である! 唯今、律令神殿が早急に身元を検めねばならぬ者を捜索中だ。中をあらためさせてもらいたい!』



 そう思ってたら、200パッスス300mは離れているんじゃ、という距離から張りのある声がはっきりと聞こえて来たのさ。ありえねえ。

 反響するものも何もない草原で、声が散らずに届くなんて不可能だ。

 というか、どっかで同じ台詞せりふを聞いたような……?

 「ほっほっほっ。あやつらはおのが正義のためなら人の命など気にせぬ狂信者でな。懐へ入れてしまえば、内側から食い破るまで出てこん。知らぬ存ぜぬが最善じゃよ」

 お、エロパンダ爺。

 「ふん。どうせ喧嘩売るんだ。遅いか早いかの違いだろう?」

 刀傷を頬に持つ婆さんがボリボリと頭を掻きながら出て来た。どうもこの爺さん婆さんの気配が読み辛い。一癖ひとくせも二癖もありそうな雰囲気をまとっているのは判ったんだが、案外達人の域にいたりしてな。

 「ふ~ん。二葉にようねえ。あの女・・・・・の姿が見えないようだけど? またいつものような嫌がらせかな?」

 エルフのイケメンもそう言いながら馬車から降りて来る。

 あの女って言うのが"美食の君"って名乗った女と同一人物なら、こいつらが知ってる存在だって事だぞ?

 なんて思ってたら、ドサッと馬車の後ろの方で荷物か何かが落ちる音が聞こえた。

 「ん゛――っ!」

 『えっ!? その子、誰!?』

 俺が振り返る前に、そんな声が耳に届く。

 おいおいおい。

 振り返ると、そこに居たのは大弓おおゆみと一緒に縛り上げられた、あのおかっぱ頭の勇者ちゃんだったのさ。ご丁寧に猿轡さるぐつわまで噛まされてるから呻き声しか出せねえ。

 「いや~、後ろの方でコソコソしてたからよ。何してんだ? って聞いたら弓ぶっ放してくるじゃねえか。全く人の話も聞きやしねえし、らちが明かねえからよ。縛って来てやったぜ?」

 は? 縛って来た?

 せた無精髭ぶしょうひげの爺さんが、ゆらりと縛られた嬢ちゃんのすぐ後ろに立つ。

 いやいやいや。ちょっと待て。

 俺とヒルダが前後で見張ってただろうが? いつ馬車から降りた!?

 「ヒルダ、あの爺さんが馬車から降りたの見たか?」

 「いや、われは見てない」

 慌ててヒルダに耳打ちするが、即座に首を左右に振られたよ。だよな。俺もそんな気配を感じなかったんだ。どうなってやがる!?

 「ん~ハクトとか言ったか。お前さん、こいつの事分かるか?」

 そんな俺の様子に気付いたのか、痩せた無精髭の爺さんに見咎みとがめられたよ。よく見てやがるぜ。

 「あ、ああ。律令神殿の勇者だったはずだ。カヴァリーニャの迷宮で顔を見た記憶がある。と言うか、お互い忘れられん顔だろ。なあ?」

 「っ!? ん゛――っ!」

 数人を間を縫って嬢ちゃんの前にかがむ。今時やってる奴が居るか知らねえが、ヤンキー座りってやつだな。左右の膝に、左右の手を当てて顔をのぞき込むと――。

 「だ、奥様! 何てはしたない恰好をなさるのですかっ!? 大事な部分が見えておりますよ!!」

 「おっ!? ああ、すまんすまん」

 そういやあ、俺の体が女になって、オマケに赤不浄せいりになっちまったせいでズボンが穿けなくなっちまったのさ。血で汚れちまうからな。

 んで、苦肉の策でマギーが布切れで巻きスカートを作ってくれたんだわ。

 本当は1周半腰に巻き付けるのが正式らしいんだが、窮屈でな。1周とちょっぴりぬいしろを取って作ってもらった、大胆な裂け目スリット入りのセクシー巻きスカートを穿いてたのを忘れてたんだよ。

 マギーに引っ張り上げられるように立ち上がろうとしたところへ、何処からどう抜けて来たのか、エロパンダ爺の頭が俺の足元にぬっとでて来たじゃねえか。

 「ほっほっほっ。どれどぶへええっ!!?」

 そこへ、ぼふっともどふっとも聞こえた打撃音と一緒に、刀傷の婆さんが振り落とした左のかかとが、パンダの腹にり込むのがゆっくり見えたよ。

 本当、ブレねえな。

 「ああっ!? マルカ様っ!?」

 御者席からエロパンダ爺の付き人の姉ちゃんが飛び降り、駆け寄って行くのを見ながら、刀傷の婆さんがプイッと顔を逸らして毒づく。

 「腐れパンダが」

 おっかねえ婆さんだぜ。まあ、女に対して不埒ふらちな事をしようとする奴に容赦ようしゃねえんだな、って言うのは見てて判る。判るんだが、あと数日で俺もその対象になるのかと思うと他人事じゃねえんだわ……。

 「あらあら、イングヒルト程々ねにね?」

 おっとり婆さんのたしなめる声を聞きながら、緊迫した雰囲気が霧散していくように感じたのは俺だけじゃねえはずだ。

 それに、このおっとり婆ちゃんも「するな」とは一言も言ってねえのな。

 「やってもいいけど」っていう枕言葉まくらことばが抜けてるだけで容認してるという底知れぬ怖さがある。

 だってよ、刀傷の婆ちゃんが一言も言い返さねえんだぜ? 一番おっかねえのはこの婆さんじゃねえのか? と薄々感じ始めてたりする。

 まあ、今のとこ俺に矛先が向いてねえだけでも良しとするか。

 それよりも、だ。

 「で、どうすんだ、あれ?」

 マギーに引っ張り起された俺は、遥か後ろに陣取ってる連中を肩越しに親指で指さしながら、痩せた無精髭の爺さんに振ってみた。この中で一番真面まとも事を言ってくれそうな気がしたのさ。

 「ああ、あれな? ほっとけ」

 「は?」

 俺の耳には、ほっとけって聞こえたんだが? 思わず聞き返してた。

 「だから、放っておけってんだよ」

 「じゃあ、この嬢ちゃんは?」

 「ほっとけ」

 「おい、それじゃ答えにならねえだろうが」

 「お前な。あ~ハクトっつったか? 少しは腕が立つかもしれんが、もう少し周りに気を配れ」

 「言われなくたってやって」

 その言葉にカチンと来た俺が、向きになって言い返そうとして更にさえぎられた。

 「い~や、やってないね。俺に言わせりゃ種族特性に頼り過ぎだ。視野は広い、鼻が利く、耳も良い。何もしねえでも色んな情報が勝手に入ってくる。だから騙されるのさ・・・・・・・

 「だまされる? 俺が?」

 おいおい、俺だって気配も探ってるんだぜ? ひでえ言われようじゃねえか。

 「ほっほっほっ。この子らよりは年を取っとるようじゃが、まだまだじゃな」

 エロパンダ爺が上半身を起こして、顎から下に伸びる長い白髭を撫でながらそう言ってきやがった。爺さん婆さんは年長者として敬いはするが、怒らないとは言ってねえ。

 「ふん、この旅の間に習得すれば良い。片鱗は見た」

 「おい、一体何の話を」

 スタスタと、いつの間に取り出したのか分からない三叉槍みつまたやりを肩に担いだ刀傷の婆ちゃんが、それだけ言って馬車の向こう側に姿を消す。

 完全に言い逃げだ。

 「失望させなかったというだけで、ギリギリ及第点だがな」

 「なっ!?」

 馬車の屋根から、おかっぱ頭の爺さんがそう言って来たのさ。いつの間に!?

 「ほっほっほっ。まあ、それだけお前に皆期待しとるという事じゃよ。むううぅんっ!!!」

 そうエロパンダ爺が笑ったかと思うと、老人とは思えない身のこなしで立ち上がり、何もない空間にいきなり殴りかかったのさ!

 おいおいおいっ!?

 爺さんけたのかよ!?

 『はあっ!!?』

 「ガアアアア――――ッ!!」

 そう思ったのも束の間で、エロパンダ爺さんこぶしが何処から出て来たと突っ込みたくなる、青緑色の肌をした2パッスス3mはあろうかというオーガの土手っぱらを殴り飛ばすのを見た時、俺たちの驚嘆の声がその巨体と一緒に飛び去っていた――。





しおりを挟む
感想 138

あなたにおすすめの小説

【書籍化】パーティー追放から始まる収納無双!~姪っ子パーティといく最強ハーレム成り上がり~

くーねるでぶる(戒め)
ファンタジー
【24年11月5日発売】 その攻撃、収納する――――ッ!  【収納】のギフトを賜り、冒険者として活躍していたアベルは、ある日、一方的にパーティから追放されてしまう。  理由は、マジックバッグを手に入れたから。  マジックバッグの性能は、全てにおいてアベルの【収納】のギフトを上回っていたのだ。  これは、3度にも及ぶパーティ追放で、すっかり自信を見失った男の再生譚である。

レベルが上がらない【無駄骨】スキルのせいで両親に殺されかけたむっつりスケベがスキルを奪って世界を救う話。

玉ねぎサーモン
ファンタジー
絶望スキル× 害悪スキル=限界突破のユニークスキル…!? 成長できない主人公と存在するだけで周りを傷つける美少女が出会ったら、激レアユニークスキルに! 故郷を魔王に滅ぼされたむっつりスケベな主人公。 この世界ではおよそ1000人に1人がスキルを覚醒する。 持てるスキルは人によって決まっており、1つから最大5つまで。 主人公のロックは世界最高5つのスキルを持てるため将来を期待されたが、覚醒したのはハズレスキルばかり。レベルアップ時のステータス上昇値が半減する「成長抑制」を覚えたかと思えば、その次には経験値が一切入らなくなる「無駄骨」…。 期待を裏切ったため育ての親に殺されかける。 その後最高レア度のユニークスキル「スキルスナッチ」スキルを覚醒。 仲間と出会いさらに強力なユニークスキルを手に入れて世界最強へ…!? 美少女たちと冒険する主人公は、仇をとり、故郷を取り戻すことができるのか。 この作品はカクヨム・小説家になろう・Youtubeにも掲載しています。

最強無敗の少年は影を従え全てを制す

ユースケ
ファンタジー
不慮の事故により死んでしまった大学生のカズトは、異世界に転生した。 産まれ落ちた家は田舎に位置する辺境伯。 カズトもといリュートはその家系の長男として、日々貴族としての教養と常識を身に付けていく。 しかし彼の力は生まれながらにして最強。 そんな彼が巻き起こす騒動は、常識を越えたものばかりで……。

異世界転生漫遊記

しょう
ファンタジー
ブラック企業で働いていた主人公は 体を壊し亡くなってしまった。 それを哀れんだ神の手によって 主人公は異世界に転生することに 前世の失敗を繰り返さないように 今度は自由に楽しく生きていこうと 決める 主人公が転生した世界は 魔物が闊歩する世界! それを知った主人公は幼い頃から 努力し続け、剣と魔法を習得する! 初めての作品です! よろしくお願いします! 感想よろしくお願いします!

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

日本列島、時震により転移す!

黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。

神様との賭けに勝ったので、スキルを沢山貰えた件。

猫丸
ファンタジー
ある日の放課後。突然足元に魔法陣が現れると、気付けば目の前には神を名乗る存在が居た。 そこで神は異世界に送るからスキルを1つ選べと言ってくる。 あれ?これもしかして頑張ったらもっと貰えるパターンでは? そこで彼は思った――もっと欲しい! 欲をかいた少年は神様に賭けをしないかと提案した。 神様とゲームをすることになった悠斗はその結果―― ※過去に投稿していたものを大きく加筆修正したものになります。

貞操逆転世界に無職20歳男で転生したので自由に生きます!

やまいし
ファンタジー
自分が書きたいことを詰めこみました。掲示板あり 目覚めると20歳無職だった主人公。 転生したのは男女の貞操観念が逆転&男女比が1:100の可笑しな世界だった。 ”好きなことをしよう”と思ったは良いものの無一文。 これではまともな生活ができない。 ――そうだ!えちえち自撮りでお金を稼ごう! こうして彼の転生生活が幕を開けた。

処理中です...