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第4幕 世界樹の森 序章

第193話 えっ!? 君、あのスルバラン家の子なの!?

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 あれから俺たちは農耕神殿の所有する馬車に揺られて、公都の東門に向かってる。

 都の城壁が段々と大きくなってる事から察するに、もう直ぐ到着するだろう。

 俺はというと、イドゥベルガの婆さんの向かいに座ってはずかしめをこらえてるとこだ。

 このババア。笑い声を出さねえように顔をそむけて肩を震わせやがるんだよ。

 あ~仮面で顔をという案は、このババアのせいでえ無く却下きゃっかとなっちまった。どうせ兎人とじん族の顔を見ても見分けられる奴は居ないだろうから、かえってそのままの方が良いんだと。

 装いは男の時のまんまだが、変わった事がある。俺に限ってのことだがな。

 ケツの下に折り畳んだ布を敷いてるのさ。

 あそこに当て布はしてるが、急に量が増えることがあるんだと。そうなった時に馬車の椅子を汚さねえために敷いてるのさ。時々尻を持ち上げて、見てもらうのが面倒なんだよな。

 で、それをしてまた笑われる。その繰り返しさ。

 ババアだけじゃなく、娘のクラリッサにもな。

 ババアの付き人の嬢ちゃんは、御者席にマギーと一緒に座ってるからここには居ねえ。居ねえんだが、これから会う奴らの事を考えたら憂鬱ゆううつになるってもんだぜ。

 落ち合うことになってる他の7人は、ババアと腐れ縁なんだと。

 そう聞いただけでクラッと来たね。

 貧血のせいもあるが、きっとろくな奴が居ないんだろうと察してしまったのさ。

 暴走を止めれる奴が居てくれることを願いながら、俺は何度目かの酷い生理痛の波に襲われて、視線を揺れる足元に落とした――。



                 ◆◇◆



 都から出る時の手続きは、公都だろうが領都だろうが簡単なもんだ。

 入る時は列に並ばにゃならん。荷物検査、身体検査、身元検査というのも場合によってはあるから、出る時に比べて倍以上の時間が掛かっちまうのさ。

 カッパカッパなのか、パッカパッカなのか、馬たちの地面を蹴る音が小気味良く耳に届く。東門を出たとこで待ち合わせるのかと思いきや、その先の森が約束の場所らしい。遠目に見えてたあれか。

 ま、そりゃそうだわな。

 八柱神殿のお偉いさんたちが雁首揃がんくびそろえてたら、「何事!?」って思うのが普通だろう。波風立てたくなけりゃ、目立たねえ場所を選ぶのが定石セオリーだ。

 俺たちがバタバタしたせいで、出発するのが少し遅れちまったのはあるが、遠くで昼を知らせる鐘が鳴るころに森に着いた。



 兎の耳舐めんなよ?


 窓が開いてて遮蔽物しゃへいぶつがなけりゃ、色々聞こえるのさ。

 まあ、それがレベルが上がった恩恵なのかもしれんがな。

 ブルルルッと馬の鼻息が到着を知らせる。合わせて馬車が止まるんだ間違いようがねえ。チラッとのぞき窓から見ると、そこそこ大きい円錐型のテントが1つポツンと建ってだけだ。布を染めているのか、薄い茶色のような、枯れ草色だな。

 ああ、周りに輓曳馬ばんえいばっていう畑を耕すのにも使えるでかい馬が4頭、草をんでるのが見える。それぞれ綱を木にゆわわえてあるから、逃げられる心配はないんだろう。

 それと俺たちが乗って来た馬車の倍は長いんじゃ、という6輪の馬車も少し離れたとこにある。こっちの馬車は4輪だから、少し異質に見えるな。

 馬車が止まり、両開きの扉が開けられてから出る。

 勝手に出ようとして、何度かマギーに腕をつかまれたことがあったのさ。だから、それからは待つようにしてるんだよ。

 と言っても、仕事は護衛だからな。婆さんたちより先に出る。

 そしたら、わらわらと円錐型のテントから鎧を身に着けた男や女が出て来たじゃねえか。皆、動きやすいように半身鎧ハーフプレートだ。男が……5人、女が3人か。俺の見た感じじゃ、8人とも30代に届いてるかどうかだな。

 どいつの鎧を見ても、剣を下げてる側の肩当ポールドロンが大きく上腕まで覆い隠してる感じだ。騎士団の連中が着けてた鎧のように、左右の肩当ポールドロンが対象になってねえ。でかい方の肩当ポールドロンには、それぞれの神殿の印らしきものが刻まれてる。

 どの印がどこの神殿ていうのはさっぱりわからんがな。

 お互いに観察し終えるが、誰も俺を見て舌打ちしなかったわ。珍しい事もあるもんだ。そう思っていると、8人が長尺ちょうじゃく馬車の方に歩み寄り始めた。

 誰か居るのか?

 そういえば、こいつらは俺たちと同じ護衛っぽい。メインが居ねえな。

 「あ」

 ロサ・マリアの声に顔を上げ、その視線を追うと爺さん婆さんたちがぞろぞろと長尺馬車から降りてくるとこだったわ。パッと見るだけで一癖ひとくせも二癖もありそうな面構つらがまえをしてやがる。

 まあ、イドゥベルガの婆さんと腐れ縁だって言うくれえだ。

 「ふああ~あ。やっと来やがったか。待ちくたびれたぜ」

 ボリボリとケツを掻きながら欠伸をする白髪を短く刈った、胸に開いた本に羽ペンを走らせる印を付けたせてる爺さんがぼやく。無精髭ぶしょうひげも白いな。

 「何言ってるんだい。あんたも今しがた来たばかりじゃないかい」

 それに合わせて綺麗な白髪をポニーテールに結わえた婆さんが、両手を左右の腰に当てながら呆れてた。こっちはそこまで痩せてねえな。こっちの婆さんの胸には太陽みたいな印がある。

 「ほっほっほっ。流石はイドゥベルガ。旅には華がないとつまらん。ようも綺麗処を集めて来たもんじゃわい。ほっほっほごふっ」

 熊猫人パンダの爺さんが顎から伸びた白髭を撫でながら俺たちの方近づいて来たんだが、白髪なのか銀髪なのか判らん髪を短く刈った婆さんがつかつかっと来たと思ったら、ボディーブローをお見舞いしやがったのさ。笑い声が変な声に変って吹き出す。

 「「「「「「っ!?」」」」」」

 驚くなって言うのが無理な話だ。

 けど、イドゥベルガの婆さんやクラリッサが驚いた様子はねえ。つまり、いつもこういう事なのか?

 パンダの爺さんの胸には天秤に似た印があるし、暴力婆さんの胸には女神の横顔みたいな印がある。ああ、暴力婆さんの右頬には刀傷スカーもあるな。

 「ふん。野蛮人どもめ」

 「イングヒルト。どうしてあなたは言葉より先に手が出るのかしら? イドゥベルガからも言って頂戴」

 おかっぱ頭の白髪爺は態度がでかい。こいつは大きな水滴と水の流れみたいな印が胸にある。暴力婆さんをいさめてる世話焼きの婆さんは後頭部に白髪をまとめて団子に結ってて、胸に菱形から翼が生え出てる印が見えた。

 「まあまあ、この面子めんつで旅をするのも本当に何十年かぶりなのだから、仲良くやろうじゃないかい。ほら、護衛の子たちもそれぞれ司教のところに行った行った。どんな繋がりか判らないだろ?」

 とそこへ、ポロンッと竪琴リラげんを弾きながら、明らかに他の8人とは年齢が違う美男がやって来たのさ。

 人族では有り得ない美しさだ。

 声を先に聞いてなけりゃ、女だと思い込んでたに違いない。口喧くちやかましいアマデオの美貌びぼうかすんじまうぜ。

 「ご主人様、あの人、あたしと同じ森エルフです」

 「おや、こんなところで同郷の者に逢えるとは珍しい。わたしはパトリック・ツアン・エリクソン。お嬢さんの名前を教えてもらえるかい?」

 俺にささやいたのを聞かれたのか、胸に竪琴リラを模した印を付けた優男やさおとこがにこりとロサ・マリアに微笑んだのさ。

 「俺に気を遣うことはねえよ。お前が名前を言いたくなけりゃ黙っときゃいい」

 俺の方に「どうしよう?」って視線を送ってくるから好きにさせた。

 「ロサ・マリア・ベル・スルバラン」

 「えっ!? 君、あのスルバラン家の子なの!?」

 ロサ・マリアの答えに、優男が食いついた。入れた瞬間に食いついたな。

 パトリックの声が思ったより大きかったようで、皆の視線が何事かと集まる。

 何事かと視線が集まる中、沈黙を嫌うように草をんでいた馬がブルルルと鼻息を荒く吐き出していた――。





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