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幕間
閑話 女神たちの茶会17
しおりを挟むこれは……。
歓談室の中央にある水盤の水面に映るものに息を飲んでしまいました。
どうやら、表面だけしかわたしたちは見てこなかった様ですね。
創造主様と違い、わたしたちは全知全能ではありませんから……。
いえ、それはなくとも大いなる力を授かっているのです。最善を尽くしましょう。
地上にある律令神殿はデミア姉様を祀った神殿です。神託と共に硬貨鋳造の技術を授けたからそれほど時は経ってないでしょう。それがこんな汚らわしい事になっていようとは……。
水面に映し出されたのは、硬貨鋳造の場所ではなくその更に地下深くにある空間です。今までこの鋳造場までしか見ていませんでしたからね。
ここが作り出された当初、この場所が最地下室でしたのに……。
まさかその真下に、屠殺場があろうとは。
ハクトの居た世界ではこれを食人嗜好と呼んでいる様ですね。ですが、それは人が人を食す場合でしょう。この者らは悪食で何でも食しますが、一番の好物が人の肉なのですからね。
鬼族。
四方や【変化の魔法】で人に成り済まし、律令神殿の要職に就いていようとは驚きです。
幸いなのか、敢えてなのかはまだ判断できませんが、硬貨鋳造場でオーガが働いている様子は見えませんね。流石に聖域に入る愚は冒しませんか。
あら?
屠殺場に像が祀ってありますね。
鬼族が崇拝する神なのか、はたまた別の存在か……。
男神?
この世界を管理している者に男神は居ません。可怪しいですね。
邪神の類が紛れ込んできたという記憶はありませんし。元々居た土地神の一種かしら?
これはヘゼ姉様に確認してみる必要がありますわね。
これは面倒な事になったものです。わたしたちは地上に干渉できません。
一部の鬼族が神を恐れぬ所業をしていたとしても、です。その為の勇者であり使徒なのですから。
しかし、この屠殺場にある魔方陣は……。
なるほど。【変質】ですか。
屠殺場で出た肉を喰い、その場で媾う事で、知らず知らずのうちに心と体を変えていくのね。生粋のオーガは一握りで、残りは変質した者ですか。
人の肉が食べれない者たちは、【洗脳蟲】を寝てる間に耳へ入れるのね。
少しずつ人の心を蝕み、己れが正しいと信じ込まされた正義を振り翳し人族以外を弾圧し、食料として確保する。何と狡猾なやり手でしょう。
それならば、何故勇者を召喚する必要があるのでしょう?
隠れ蓑とでも言うつもりかしら?
考察をしていると、ハクトたちがその勇者たちと交戦し、迷宮の奥深くへ転移で飛ばされたではありませんか。迷宮を調べてみると、合成魔獣の巣ができてました。それも、禁忌の【生物融合】を使って。
待ちなさい。
ヒルデガルドの血縁者?
300年前、命の灯火が消える瞬間、強い怨念と無念が彼女を骸ノ王へと変化させた。彼女が現在まで存在してこれたのはその特異な存在故。
そうではない普通の人族が【生物融合】されたとはいえ、300年も生きれるものなの?
ハクトの【骨融合】は、わたしたちで色々と禁止事項を盛り込んだものですからね。危険はないのですが、それよりも何処からこれだけの禁忌の呪法が詳らかに流されたのか、調べなくてはなりませんね。
「誰か」
「お呼びでございすか、ザニア様」
談話室の入り口に下級神族の娘が立つ。
「300年前に起きた、アイヒベルガー家の顛末の記録を調べなさい。何が起きたのか、誰が関与したのか、報告して」
「畏まりました」
地上で起きた事は地上で処理する。これが鉄則なのだけど、何か胸騒ぎがするのです。
とそこへーー。
「ザニアか。早いな」
アウヴァ姉様が入ってこられました。腕組みをしたまま、水盤に映し出されるハクトと銀色の上半身蟻、下半身牛の生物と戦っている様子を眺めておられます。
姉様の広角が少しずつ上がってるところを見ると、ハクトはそれなりに姉様の及第点をもらえる動きをしているのでしょう。わたしから見ても悪くない動きです。
地上での時の流れは早いもので、瞬く間に場面が切り替わって行きます。
ああ、勇者として召喚された者が【骨融合】の結果種族が変わりましたか。
やはり、予想通りでしたね。【骨融合】を施しているハクトと従者は、危険物として今後取り扱いましょう。その方が安心できるというものです。【骨融合】だけならまだ可愛げもあったのでしょうけど、【骨譲渡】は一度ハクトに取り込まれてハクトの一部になった骨が、拒絶反応なしに骨に溶け合うのです。
姉様たちが、何処までこのスキルの危険性を認知されているのか分かりませんが、注視しなければなりませんね。それこそ、将来的には顕現している【骨法】の統廃合も視野に入れるべきでしょう。
「ふん。【支配】のスキルが地上に顕れているのだな。ハクトが召喚したものが奪われるというのは……む」
突然、迷宮の最下層に顕れた男によってハクトの【餓者髑髏】が支配権を奪われたのが見えました。同時に、ハクトが顎を打たれて気絶した様です。まだまだですね。
アウヴァ姉様の眉間に皺が寄ります。
確かに、ハクトが喚んだ者が奪われるのは頂けません。
アウヴァ姉様の眉間に皺が寄った理由が解りました。2体とも自我が芽生えている様です。それも、ハクトから相当の魔力を得て顕現してる……。あの男では御しきれないでしょう。
それにしても、この仮面の男……。
「ザニア」
「はい」
「鬼族の文献はお前のところにあるのか?」
「はい。フォルトゥーナに在る全ての種の生態、繁殖、文化、固有スキルに関して纏めてあります。司書の者が文献庫に居りますので、声を掛けてくだされば」
「そうか。分かった。少し気になる事があってな。……行ってくる」
「いってらっしゃいませ」
アウヴァ姉様もわたしと同じ事が気になったのでしょう。姉様が調べてくださるのでしたら、わたしは他の事に時間を掛けることにしましょう。
アキラたちも無事に深淵の森に着いた様ですね。
砦の廃墟に拠点を置いて、外縁の森で鍛えるという感じですか。ええ、その辺りが今は無難でしょう。頑張りなさい。
ハクトは……ああ、大公家とパイプが出来ていたのですね。
目立たない様にしたいとあれ程口に出してる割りには、騒がしさが付いて回るのは【陰徳の指輪】の効果もあるのでしょう。口は相変わらず悪いですが、功徳は積めている様で何よりです。
「今、アウヴァちゃんが難しい顔して擦れ違ったのだけど、何かあったのかしら?」
そう後ろから、優しげな声がわたしの背中に当たりました。
へゼ姉様。
「鬼族について少し調べたいと席を外されたとこだったのです。姉様」
「オーガを? そう……。あら、ハクトちゃん、変わった趣味の人と友だちになったのね?」
ヘゼ姉様の視線を追って水盤に視線を戻すと、筋肉質の体をくねらせる虎人族の男の姿が飛び込んで来たではありませんか!?
「――っ!?」
思わず鳥肌が立ち身震いをするとへゼ姉様に笑われてしまいました。
どうも心と体が一致しない者は苦手です。彼らは彼らなりに折り合いを見つけて生きているのでしょうが……。いえ、地上の営みの有り様に口は挿みません。彼らは彼らの意志で生きているのですから。
わたしが我慢すれば良いだけの話です。
「あら……」
そう思っていると、へゼ姉様の声のトーンが下がりました。これは危険です。
「どうかなされたのですか?」
恐る恐る、火の粉が降り掛からない様に様子を伺います。
へゼ姉様の声が低くなった時は、例え口調が穏やかでもご立腹のサインなのです。今歓談室に居るのはわたしとへゼ姉様の2人。気を付けなくてはなりません。
「どうやら、地上ではわたしたちの気付かない内に、不穏な事が起き始めている様ですね。それにあのエメラルドの塊……。あれは」
「あのエメラルドが何か?」
「ザニアちゃん。あなたこのフォルトゥーナに赴任した時のこと覚えてる?」
「……朧げではありますが」
「その時、誰が居たか覚えてるかしら?」
「あの時は、 ヘゼ姉様、ザヴィヤヴァ姉様、アウヴァ姉様、ヴィンデミアトリックス姉様の4人が先にいらっしゃったところへ、後付けで移動してきたと記憶しております」
「そう……だったわね」
「ヘゼ姉様?」
「良いのです。ならばこの案件はわたしが調べましょう。まだ確定事項ではありませんが、看過できない事態になりそうですから……ハクトちゃん?」
ピシッ
不穏な亀裂音がしたと思ったら、水盤の縁に姉様の指が食い込み始めているではありませんか!?
何事です!? ハクト何をしたのですか!?
「姉様っ! 水盤が壊れてしまいます! どうぞ、水盤から手をお放しくださいっ!」
まずは水盤を確保です。
それから、揺れる水面に視線を移すと、ハクトが人の姿に戻れたヒルダを押し倒す様子が見えました。睦まじいのは良いことでは? と言いそうになり掛けて言葉を止めました。
そうです。今へゼ姉様はご立腹なのです。
「ザニアちゃん」
「は、はい! 姉様」
「皆を喚んでもらえるかしら?」
「へゼ姉様?」
「嫌がる女性に乱暴するなど、ハクトちゃんにはお仕置きが必要です」
えっ!? あの2人は一応夫婦なのでは? と言いたくもなりましたが、グッと我慢します。
ハクト、何と間の悪いときに閨事をしてしまったのでしょう。ヒルダの事を想っていた反動ということを鑑みれなくもないのですが、ハクト、諦めなさい。
こうなった時の怖さはお前もよく記憶しているでしょう?
これから起きる惨劇に嘆息しながら、皆を呼び集めるために歓談室を後にします。
振り向くと、歓談室からゴゴゴゴゴゴッとでも形容したくなる重苦しい怒りの波動が溢れ出して来ている様でした――。
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