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第5章 公都
第189話 えっ!? そんな仕掛け要るのかよ!?
しおりを挟む「……ハクトちゃん。その名前を口にする意味を解った上で聞いてるのかしら?」
思わず身を乗り出して聞き返したが、返って来たのはゾクリとする様な感情が消えた声と、剣呑な視線だったーー。
「凡その経緯は聞いてるぜ?」
ヒルダからな。辺境伯爵領の領都の迷宮で聞いた話を纏めればそこそこの情報量だと思うぞ。まあ俺が気を失ってた時に話してた内容までは知らんがな。
「……」
プラムが足にしがみ付いて体を隠す。いつもと雰囲気が違うことくらい、6歳の子どもでも判るってもんだ。プラムの背中に手を回しながらイドゥベルガの反応を待つ。
「……何処からその名前を聞いたのかしら?」
「何処? いや、何処でもねえ。本人からだが?」
「え?」
顎に当ててた左手を顔から離し、口を小さく開けっ放しにする婆さん。
「いや、だから、アイヒベルガー家の者から直接聞いたんだが?」
「はぁっ!? わたしも老いたのかしら……。血が絶えた家の者から話を聞いたと聞こえたのだけど……?」
「いやいや、婆さんの耳はまだ遠くなってねえよ。そうしか言ってねえ」
「……本当に?」
「ああ」
「本当の本当に?」
「その使い方は意味が良く解らんが、嘘じゃねえよ」
「誰? 何処に居るのかしら?」
「おわっ!? 急に近寄ってくんな。吃驚するだろうが!」
「あら、失礼ね」
「そういう意味じゃねえよ。年の割りには品が良くて綺麗な婆さんだと俺は思うが、抱き合う関係じゃねえだろ、って話イデデデデッ!!! 髭っ!! おい、ババアッ! 髭引っ張んじゃねえっ!! 抜けるっ! 抜けちまう!?」
その瞬間、俺の右髭がむんずと握り締められた。で、容赦なく引っ張りやがったんだよ、クソババアッ!! 痛えに決まってるだろうがっ!
「何か物凄く失礼な事を言われた気がしたんだけど、気のせいかしら? 年のせいで耳が遠くなったかしらね?」
何て澄ました顔で言いやがる。いや、嘘です! そんなつもりで言ったんじゃなくてだな!
「いや、今でも充分綺麗ですっ! なあプラム、お前もそう思うだろっ!?」
「ふ、ふぁいっ!! 姿勢がシュッとしてていつもいいなあって見てます!」
慌てて、後ろに隠れてるプラムに助け船を求める。プラムも頬を押さえて、カクカクと首を縦に振りながら良く分からんフォローを入れてくれた。
「じゃあ、教えてくれるかしら? 誰がアイヒベルガー家の生き残りなのかしら?」
「ヒルダだ。痛だだだだだだっ! 本当だって! 嘘じゃねえって!」
酷え婆さんだぜ。まだ俺が嘘言ってると思って、髭質で脅迫してきやがった。暫く髭を引っ張ってた婆さんの手が緩んだから、頬を押さえながら顔を引いて髭を救出する。
「……本当のようね?」
「髭質取られてんのに、嘘言うかよ。あ゛~~酷え目に遭ったぜ」
両手で頬を押さえてぐるぐると解しながらボヤくと、白い手が下から伸びて来た。プラムの手だ。それに気付いて屈むと、プラムが同じように頬を解してくれたよ。へっ。娘に気遣われるってえのもむず痒いもんだな。
結局、死体を収めて晩飯を食ってから出直す事になったーー。
◆◇◆
「これが……」
大きな石棺の前にヒルダが立ってる。
地下特有の、湿気た黴臭い臭いが鼻を突く。
石棺は短い辺が2パッススで長い辺が4パッススぐらいある。上の三角屋根みたいな石蓋の先まで1パッスス半はあるか。重量的にも軽く見積もって60リーブラはあるだろう。石は見た目以上に重いからな。
地下墳墓でヒルダの背中を見てるのは、イドゥベルガの婆さんとその娘のクラリッサ。後は俺、プルシャン、マギー、プラム、ロサ・マリアだ。ロサ・マリアは新入りだが仲間外れにするのはちょっと気が引けたのさ。
まあ、正直後で「あれ何だったの?」って聞かれて説明するのも面倒だったのもある。
「良かったな、ヒルダ」
「主君……」
呆然と突っ立てるヒルダにそう声を掛けると、振り向いて俺に頭を下げそうになったから、慌てて軌道修正してやった。
「おっと、礼なら俺じゃなく婆さんたち墓守に言うんだな」
農耕神殿が、アイヒベルガー家の墓の上に神殿を建ててるって誰が思うかよ。
詳しくは教えてくれなかったが、大恩があったらしい。
借りは返せても、受けた恩はすぐには返せんってやつか。
「まさか300年も経ってアイヒベルガー家の墓が朽ち果てず、健在であった事は驚きだ。ご助力感謝申し上げる」
「それはこちらの台詞です。彼の高名な“狂炎”がハクトちゃんの従者になってるなんて、夢を見ているようです」
“きょうえん”? 何か物騒な二つ名……。いや、そういやあヒルダの【ステータス】に“狂炎”ってあったな。何やったらそんな称号が付くんだ?
「え、え、え? ちょっと計算が合わないんだけど!? 300年前ったら、わたしもまだ生まれてないわよ!? 人族が300年も生きるって聞いたことも見たこともないわ!? それに300前だったら赤竜討伐役に絡んでたんじゃないの!?」
ヒルダと婆さんが頭を下げ合ってる横で、ロサ・マリアが疑いを挿んできた。そりゃそうだ。普通に考えれば、まず有り得ん事だぜ。何せ、死んでアンデッドになってたのにザニア姐さんたちのお蔭で、魔族とはいえ生き返れたんだからな。
「あ~、ロサ・マリアさんや。そこら辺はおいおい説明してやるから今は黙ってな」
「でも、わたしの兄上もその戦いに出たのよ!? 顔も見たことないけど……」
何でも言うこと聞けって契約してないから結構自由に喋るね、こいつ。
ああ、じゃああの骨の中に居たんだろうな。エルフ族もあの戦いに参加してたとは、ヒルダから聞いてる。気にするなって言う方が無理な話か。
「ヒルダは特殊な例だ。俺絡みだから今ここに居るんであって、俺に逢わなきゃ深淵の森を今も彷徨ってただろうさ。あの森で生きてるのは魔獣と怪魚だけだったぞ?」
「何でご主人様がそんなこと知ってるのよ!? 見た訳じゃないのに!」
「いや、この目で見たぞ? 俺も、ヒルダもプルシャンも2ヶ月近く一緒に深淵の森で生活してるからな。お前さんにやった袖なし外套もそこで集めたもんで作ってんだぞ?」
『え……。ええええっ!?』
Oh……。ややこしくなってきやがった。
声を合わせて「どういう事」って顔で驚く俺たち3人以外の面々を見ながら、俺はボリボリと後頭部を掻くしかできなかった。何をどう説明しろってんだ。【ピー】って自主規制を入れにゃならん情報が多過ぎるだろ?
そもそも女神が絡んでること自体が、俺的にはアウトだ。
“使徒”認定を胡麻化しながら来てんのに「実は俺……」とか今更言えるか!
「あ~……まあなんだ。育ての親と一緒に深淵の森と外縁の森の境で暮らしてたって話しただろ? その延長線だ。色々と言いたいことはあるだろうが、何で俺らがそこに居たのかは聞かんでくれ。話せるようになれば話すかもしれんが、今はこれ以上話せん。それよりも、ヒルダの方が先だ。ほら、墓参りしてこい」
「うむ」
ヒルダとプルシャンには、この件を詳しく話さないようにとは言い含めてあるから漏れることはねえだろうが……。本当、ブレんねお前は。
この騒がしさを気にする様子もなく、小さく頷いたヒルダが墓に近づいて石棺に触れた時それは起きたーー。
ガコンッ ゴゴゴゴゴゴゴゴ・・・・・・
石棺の上蓋じゃなく、石棺自体が奥にスライドし始めるじゃねえか!?
えっ!? そんな仕掛け要るのかよ!?
思わずそう突っ込みそうになって、慌てて口をパフと右手で塞ぐ。
感傷に浸ってるであろうヒルダに悪いからな。心の中で色々突っ込ませてもらうさ。
「嘘……墓自体が魔道具なの?」
おう、俺の変わりに説明ありがとな、ロサ・マリアさんや。
「凄いね~」
「勝手に動きました」
プルシャンとプラムが感心してる。マギーは動じてねえ。俺に比べればって事なんだろう。平常運転だな。
つう事はだ。エルフでも珍しいカラクリって事か? まあ一国の公爵家だからな。財がない事はねえだろう。もしものことを考えて、色々と納めてる物もあったんだろうな。
どうせ、家から少し離れた所にあったんだろうし。よく隠し通路が墓地に繋がってるって言うのを、若い頃映画や小説で見た記憶がある。それに近い物だろうと思うことにした。
墓参りだ。
家族に関係のねえ俺たちがゾロゾロ付いていく必要はねえ。
語らう時間が必要だろうさ。祖父さんと祖母さんの遺骨も納めにゃならんだろうし、骨の谷で見つけた勇者の遺骨も……。あ~そう言やぁあいつ、彰にやった剣に憑いてたな……。
「では皆、行ってくる」
「おう」「いってらっしゃ~い!」「「いってらっしゃませ」」「あ、いってらっしゃいあせ! あっ」
ロサ・マリアの奴、慌てて噛みやがったな。マギーに睨まれてしゅんとしてるから、放っとこう。何か言えばマギーに「甘やかすな」って怒られそうだ。
石棺のあった場所に地下へ続く階段が口を開けてる。
ヒルダが小さくお辞儀して、手元に魔法で明かりを出すのが見えた。
ここみたいに光源がないって事か。
階段を下りていく様子を見送っていると、どこに隠れてたのかパタパタと青い小鳥がヒルダの左肩に止まり、そのまま行ってしまったじゃねえか。
「あっ」と呼び止めようとしたがもう遅え、階段の下に消えちまったよ。
伸ばした手を戻し、どう参れば良いのか正解が分からまま神社でするようにパフパフと二拍手を叩き、俺は墓に向かって一礼しておいたーー。
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