213 / 333
第5章 公都
第182話 えっ!? 雪毛っ!?
しおりを挟む俺たちは一旦席を立ち、控え室に来てる。
ああ、そうさ。
競りに勝ったよ。
ヴォルフガングは苦虫を噛み潰した様な、何とも言えねえ顔だがな。
ま、常識的に考えれば金貨1000枚を使って奴隷を1人買う莫迦が何処に居るって話だ。普通に買えば10分の1の値段で済んだのに、とでも言いたいんだろうよ。
最低の生活レベルだと、1年銀貨1枚でいける。でも、極貧レベルだ。綺麗な言葉で言い換えると、慎ましく生活すれば、となるな。
金貨1枚は銀貨100枚分に相当する。計算上100年いける。
とはならねえのが人の営みってもんだ。金があればあるように生活するもんさ。
市民が恥ずかしくない程度のレベルで生活するためには、1年間で銀貨65枚あれば良いらしい。金貨1枚にも満たないのが、庶民の暮らしって訳だ。
金貨10枚あれば、庶民レベルで裕福な暮らしが10年はできる。あれだけ、「血税が」とか言って苛々してた奴が、どれだけ浪費したか判るだろ?
ま、でもそれは俺の懐に無い金だ。タダで手に入れた竜の鱗の売値を横流ししたにすぎん。人の懐の金を使って、買い物しただけ。オマケに、買い物した店は金の出処と同じそいつの持ち物だったって言うオチだ。
競りで、「金貨1000枚!?」と言う驚きが演出できただろうから、「却って良かったんじゃねえのか?」と思ったりもしたが、流石にそれ以上は野暮ってもんだな。
とそこへ、麻の頭貫衣を着たエルフの嬢ちゃんが、金髪の縦巻き髪の女に連れられて部屋に入って来た。
「よお」
「落札おめでとうございます。こちらが商品の森エルフでございます」
「……」
例の頬まで隠れる蝶を模した仮面は着けたままさ。その後ろでエルフの嬢ちゃんがペコリとお辞儀をするのが見えた。
「そのまま連れて帰れるのか?」
「ここで隷従契約を結んでいただければ可能です」
「結ばなければ?」
「既に、当会の商品ではありませんので、不法侵入者として対処致します」
「ちっ」
俺の舌打ちに、動じることなく縦巻き髪の女が微笑む。
「隷従契約がお嫌であれば、この娘を再度競売に掛けて売ることも可能ですが? そうであれば、当会が責任を持って管理いたします」
「――っ!?」
女の後ろで体を強張らせるエルフの嬢ちゃん。またあの場所に晒されるって思えば、その反応は正常だ。
ここで契約をして帰らせる理由は1つしかねえだろ。何のために麻袋被ったんだって話だ。
「あ~心配すんな。それはねえよ。この場所を秘匿するため、ここに関する一切の情報を話さないと言う契約を盛り込むんだな?」
「流石は“鰐の君”。理解が早くて助かります。その通りでございます。お前の新たな御主人です、挨拶なさい」
「この度はわたくしをお買い上げ頂きありがとうございます。非才なる身の全力を以ってお仕え致します。何卒、末永く可愛がってください」
女に促され、斜め後ろに立って深々とお辞儀するエルフの嬢ちゃんを見てると、苦笑いが自然と頬に浮かんできたよ。
「立派な口上をよく覚えたもんだ」「――っ!?」
その一言に、お辞儀したままビクッと肩を揺らす。
「ふふふ。流石に付け焼き刃だとバレてしまいますか」
「そりゃあな。それだけ感情を込めずに言われれば、莫迦でも判るってもんだ。さてと、名前を聞く前に確認しておく事がある。悪いが、少しの間、他の客が入らんようにしてくれるか?」
「ええ、問題ありませんわ」
「さてと」
フードを取り、鰐骨の仮面を外すと、兎の耳が久し振りの自由を得てピコピコ動かすことができた。案外気持ち良いもんだな。
「えっ!? 雪毛っ!?」
まあ、そのリアクションが普通だろう。
「金貨1000枚も叩いたのが、雪毛の兎人だって驚いたか?」
「い、いえ……はい」
「正直なのは良いこった。俺の目を見な。ステージの最前列に陣取ってた“美食の君”たちに売られた喧嘩を買って、結果お前さんを買うことになったんだが、3つの選択肢がお前さんの前にある。提案はこれっきりだ。そして願いは尊重する」
そんなに擦れてねえのかもしれんな。
「え、あの……?」
「はぁ。“鰐の君”、失礼ですがそれは奴隷に取る態度ではありませんよ?」
飽きれたような溜息と一緒に、縦巻き髪の女が釘を刺してきた。放っとけ。
「俺はこれで良いんだよ。ふんぞり返るのは性に合わん。良いか、1度しか言わねえから、良く聞いて考えろ。お前さんには3つの選択肢がある。1つは、雪毛の俺に奴隷として買われて行く。2つ目に、もう1度競売に掛けられて新しい主人のとこに行く。最後は、誰の奴隷にもならずこの場で殺される」
隷属の首輪を嵌められてるんだ、逃げだせんだろうし、目の前の縦巻き紙の女が契約主とも限らん。いや、競売での奴隷の扱いを考えれば別に居ると考えた方がいいだろう。
ゆっくり10数えるくらいか、色々考えた上で嬢ちゃんが決意を口にした。
「…………連れて行ってください」
「判った。んじゃ契約するか。俺から求めることは、俺と俺に属する者の情報を妄りに喋らない、害さない。お前さんが居たこの施設の事、ここで見聞きしたことを妄りに喋らない。どちらも、話したくなったり、話すように強調された場合、俺に伺いを立てること。これを飲めるか?」
「え? それだけですか?」
反射的にか、呆気に取られたような表情で俺を見返すエルフの嬢ちゃん。
「不服か?」『……』
ここの連中は『不服です!』みたいな顔で俺を見てるが、知ったことか。
「い、いえっ! わたくし、ロサ・マリア・ベル・スルバランは、ご主人様とご主人様に属する者の情報を妄りに喋らない、害さない。わたくしが居たこの施設の事、ここで見聞きしたことを妄りに喋らない。どちらも、話したくなったり、話すように強調された場合、ご主人様に伺いを立てることを誓いますっ!」
慌てて俺の言った事を復唱するエルフの嬢ちゃんを横目に、籠手を外し、その指先の尖った爪で指をチクッと刺す。
「ん」
「えっと、血の出てるその指をどうすれば宜しいのでしょうか?」
鼻っ面に突き出された、ぷくっと血玉を膨らませる右の人差し指を見て戸惑う嬢ちゃんに命令する。お願いじゃない、わな。
「口開けな」
「こう、でしょうか? あむぅっ!?」
それに応じた嬢ちゃんの口の中に、指を突っ込んで血を舐めさせた。と同時に、隷属の首輪が閃光を放ったのさ。
『――っ!?』
俺も含めて皆が眩しさのせいで目を瞑ったが、目を開けるといつもの通り、隷従の首輪がレースのチョーカーに変わってたよ。今度は嬢ちゃんの瞳の色と同じ、綺麗な翡翠色だな。
「ほい、契約完了。手枷足枷を外して、同じ袖なし外套もサービスしてくれ」
「それは構いませんが、今の契約はなんですか!? それにそのレースのチョーカーは!?」
目配せして、俺に詰め寄ってくる縦巻き髪の女。知るか。
そもそもデミア姉さんが何か弄ってるに違いねえ。それを俺が説明するなんて土台無理な話だ。契約できちまった。それだけさ。
「あん? 契約? 隷従契約だろ?」
「いえ、違います。隷従契約は、魔法契約書にサインして血判を押さないと発動しません。何をしたのですか!?」
「いや、だから隷従契約?」
俺の斜め後ろで、腕組みして相変わらず苦虫を噛み潰した様な、何とも言えねえ表情のオネエに振ってみる。
「そんな訳ないでしょ!? あたしに聞かないでちょうだい! 魔法契約証もないのよ!? と言うか、この娘の魔法契約証どうなってるのかしらん!?」
逆ギレされた。俺のせいか? まあ、俺がしたことには違いないか……。
何かに気付いた2人が羊皮紙の巻物を持って来させて調べてる内に、フード付きの袖なし外套を嬢ちゃんに手渡しておいた。
「お、ありがとさん。ほら、服は帰ってから皆と買出しに出りゃ良い。一先ずこれ羽織っとけ」
「は、はい。ありがとうございます、ご主人様」
「な、何よこれ!? 名前が消えてるじゃないっ!?」
「嘘っ!? あれで契約が上書きされたってこと!? スキル持ち!?」
オネエと縦巻き髪の女が同時に、俺の方に振り向く。
「んな訳あるか。律令の女神様の覚えがめでたいだけだ」
「兎人なのにヴィンデミアトリックス様の覚えめでたい!?」
「気がする」
適当にはぐらかすか。
「「気がするだけなの!?」」
良い突っ込みだ。
「わはははははっ。ま、んな事どうだっていいだろ? 契約はちゃんとできた。もう少し競売を見てきてもいいだろ? おい、行くぞ」
「は、はい。ご主人様!」
「あ、ほれ、お前もこれ着けとけ」
鰐骨の仮面を着け直してフードを被ってから、同じ物を取り出して渡そうとしたら……。
「わ、鰐の骨ですか? も、申し訳ありません。祖父から、鰐の骨は身に着けるなと……」
面白え言い訳で断りやがった。
「ぶっ。なかなかいける口だな、おい。ま、今更顔を隠す必要もねえか。フードくらいはしっかり被っとけよ?」
「は、はい。ご主人様!」
と言うのも、あの最前列に陣取ってた精神病質者どもの誰かが、【識別】に類するスキルを使ったからこそ、俺の正体がバレた。じゃねえと初見で『毛皮を剥ぐ』とは言わんだろう。
正体を隠してる方が、考察できるヒントが多く手に入るって事だな。
「おい、俺たちだけで行かせるつもりか? 絡まれても知らんぞ?」
扉の前で振り返ってそう言うと、オネエが天井を仰ぎながらボヤいた。
「ああ、もう。何て日かしら!」
「そんなに喜ぶなって。張り切っちまうだろうがよ」
「止めてっ! それに喜んでないからっ! お願いだから静かにしててちょうだいっ!」
「そりゃ、相手に言ってくれ。俺はなるだけ揉め事を避けたいんだからよ」
「きーっ! どの口が揉め事を避けたいって言ってるのかしら!? この口ね! この口が悪いのねっ!? あたしの口で塞いじゃおうかしらっ!!」
キレて、俺に襲い掛からんばかりに迫ってくるオネエの両肩を押し返しながら叫ぶ。
「おい、莫迦っ、止めろっ! 俺にはそんな趣味はねえっ!! お前らも笑ってねえで助けろ!? ぎゃーっ! 喰われるーっ!!」
俺から目を逸らし、口を抑えて肩を震わせる4人に怒鳴りながら、青い小鳥のことをすっかり忘れていた俺は、自分の不運を嘆いていた――。
0
お気に入りに追加
574
あなたにおすすめの小説
転生貴族のハーレムチート生活 【400万ポイント突破】
ゼクト
ファンタジー
ファンタジー大賞に応募中です。 ぜひ投票お願いします
ある日、神崎優斗は川でおぼれているおばあちゃんを助けようとして川の中にある岩にあたりおばあちゃんは助けられたが死んでしまったそれをたまたま地球を見ていた創造神が転生をさせてくれることになりいろいろな神の加護をもらい今貴族の子として転生するのであった
【不定期になると思います まだはじめたばかりなのでアドバイスなどどんどんコメントしてください。ノベルバ、小説家になろう、カクヨムにも同じ作品を投稿しているので、気が向いたら、そちらもお願いします。
累計400万ポイント突破しました。
応援ありがとうございます。】
ツイッター始めました→ゼクト @VEUu26CiB0OpjtL
スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活
昼寝部
ファンタジー
この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。
しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。
そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。
しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。
そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。
これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。
スマートシステムで異世界革命
小川悟
ファンタジー
/// 毎日19時に投稿する予定です。 ///
★☆★ システム開発の天才!異世界転移して魔法陣構築で生産チート! ★☆★
新道亘《シンドウアタル》は、自分でも気が付かないうちにボッチ人生を歩み始めていた。
それならボッチ卒業の為に、現実世界のしがらみを全て捨て、新たな人生を歩もうとしたら、異世界女神と事故で現実世界のすべてを捨て、やり直すことになってしまった。
異世界に行くために、新たなスキルを神々と作ったら、とんでもなく生産チートなスキルが出来上がる。
スマフォのような便利なスキルで異世界に生産革命を起こします!
序章(全5話)異世界転移までの神々とのお話しです
第1章(全12話+1話)転生した場所での検証と訓練
第2章(全13話+1話)滞在先の街と出会い
第3章(全44話+4話)遺産活用と結婚
第4章(全17話)ダンジョン探索
第5章(執筆中)公的ギルド?
※第3章以降は少し内容が過激になってきます。
上記はあくまで予定です。
カクヨムでも投稿しています。
性的に襲われそうだったので、男であることを隠していたのに、女性の本能か男であることがバレたんですが。
狼狼3
ファンタジー
男女比1:1000という男が極端に少ない魔物や魔法のある異世界に、彼は転生してしまう。
街中を歩くのは女性、女性、女性、女性。街中を歩く男は滅多に居ない。森へ冒険に行こうとしても、襲われるのは魔物ではなく女性。女性は男が居ないか、いつも目を光らせている。
彼はそんな世界な為、男であることを隠して女として生きる。(フラグ)
異世界転生!ハイハイからの倍人生
カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
僕は死んでしまった。
まさか野球観戦で死ぬとは思わなかった。
ホームランボールによって頭を打ち死んでしまった僕は異世界に転生する事になった。
転生する時に女神様がいくら何でも可哀そうという事で特殊な能力を与えてくれた。
それはレベルを減らすことでステータスを無制限に倍にしていける能力だった...
元34才独身営業マンの転生日記 〜もらい物のチートスキルと鍛え抜いた処世術が大いに役立ちそうです〜
ちゃぶ台
ファンタジー
彼女いない歴=年齢=34年の近藤涼介は、プライベートでは超奥手だが、ビジネスの世界では無類の強さを発揮するスーパーセールスマンだった。
社内の人間からも取引先の人間からも一目置かれる彼だったが、不運な事故に巻き込まれあっけなく死亡してしまう。
せめて「男」になって死にたかった……
そんなあまりに不憫な近藤に神様らしき男が手を差し伸べ、近藤は異世界にて人生をやり直すことになった!
もらい物のチートスキルと持ち前のビジネスセンスで仲間を増やし、今度こそ彼女を作って幸せな人生を送ることを目指した一人の男の挑戦の日々を綴ったお話です!
特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった
なるとし
ファンタジー
鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。
特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。
武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。
だけど、その母と娘二人は、
とおおおおんでもないヤンデレだった……
第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。
黒き魔女の世界線旅行
天羽 尤
ファンタジー
少女と執事の男が交通事故に遭い、意識不明に。
しかし、この交通事故には裏があって…
現代世界に戻れなくなってしまった二人がパラレルワールドを渡り、現代世界へ戻るために右往左往する物語。
BLNLもあります。
主人公はポンコツ系チート少女ですが、性格に難ありです。
登場人物は随時更新しますのでネタバレ注意です。
ただいま第1章執筆中。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる