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第5章 公都

第168話 えっ!? そんなの有りかよ!?

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 ガルニカ塁砦るいさいから公都まで馬で5日。徒歩で10日かかる。

 じゃあ、馬車は?

 徒歩と同じ速度しか出ねえし、出すと間違いなく分解しちまう。

 ああ、戦車はあるらしいぞ? タンクじゃなくて、チャリオットの方な?

 凪の公この国にはねえが、余所の国には二輪で一人乗りか、御者も乗れる二人乗りのがあるらしい。あれだ、エジプトの壁画とかに描かれてるやつな。秦の始皇帝の墓にもあったか?

 そんな訳で、のんびり馬車の旅を続けること5日。

 見渡す限り金色の麦畑だ。

 風が吹き抜けると、サァーッと波打つ光景は圧巻だぜ?

 残念だが姫姉様は出てこねえよ。横に居るのは美人の近衛騎士の姉ちゃんだ。

 もう一つ言えば、俺は大麦か小麦かを見分ける事が出来ん。【鑑定眼】も相変わらず気紛きまぐれで、絶賛熟睡中だ。鬼若ノボルの使ってた【識別】は、任意の時にささっと使えてたんだがな。

 原因もさっぱり分からんのさ。誰彼だれかれ構わず聞く訳にもいかんし……。

 で、隣りでプラムを膝の上に抱いてる赤毛混じりの金髪ストロベリーブロンドおっぱい姉ちゃんジェシーに聞いたら、小麦だって教えてくれた。貧しい農家は、スープめしに入れる大麦も植えてるんだと。オートミールみたいなものを想像したんだが、正解かどうかは分からん。

 あ~季節な? 今は風の第一の月らしい。これもさっぱり分からん。

 ただ、朝晩の空気がそれなりに冷えて来たとこから判断するに、11月くらいかとも思ったりする。これからどれくらい冷え込むかにもよるが、防寒具も考えねとな。

 ……つう事はだ。この麦は冬麦ってことになるな。どう見てもこれから収穫だし。収穫してる畑もチラホラある。

 なぎの公国は気候が温暖で、雨が少なく麦を作るのに適した土壌なんだそうだ。まあ、見渡す限り麦畑だし、間違いなくこの国の基幹きかん産業は麦作だろう。

 外貨を得るために麦を売る、か。

 普通に考えれば、当たり前の営みだ。

 俺も日本で真面目に仕事してた頃は、しっかり日銭を稼いでたからな。今の方がそれに比べると、刺激的で奇妙な生活さ。魔法があるんだぜ? それに慣れ始めてるのも驚きなんだが……。

 「プラム、嫌ならはっきり言ってやれ、じゃねえとずっと抱き枕にされるぞ?」

 「むーっ。またそういう事を言う。そんなにぎゅーってしてないわよ」

 いや、抱き方の問題じゃねえんだが?

 「わ、わたしは大丈夫です!」

 「ま、嫌そうな匂いもしねえし、良かったな。嫌われなくてよ。あと、花摘みしたくなったら我慢するんじゃねえぞ?」

 「は、はい。ふあぁぁぁぁ~」

 そう言って頭を撫でたら、毎度のごとく変な声を上げてた。

 ああ、花摘みな。トイレのこった。しょんべんって言ったら、ジェシーこいつに怒られたのさ。「そこは花摘みって言わせない!」ってな。

 この世界は都合良く魔法が存在する。何百年にも渡って異世界人がチラホラ入ってるから、上下水道の知識が浸透して下水文化も定着してるって言う優れもんだ。日本みたいに一軒ずつじゃねえがな。

 街に何箇所か大きな屎尿捨しにょうすて場があって、そこが下水に繋がってる造りだ。で、面白おもしれえのは行き先だ。小さな村や街は、川に魔法で【浄化】して流したり、肥溜めに溜めて畑に使ったりするんだが、迷宮がある都はそこに流し込むんだと。



 えっ!? そんなの有りかよ!?



 って思わず突っ込みそうになっちまった。

 この世界では常識らしい。いや、確かに迷宮にもってた時は、ログハウスのトイレが溜まったら迷宮に捨ててたし、道中も普通に用を足してたわ。でも、「流石に外からは迷宮の壁に穴あけれんだろ?」って聞いてみたら、迷宮の壁で地下下水道は行き止まりになるらしいんだが、溢れもせず下水道が詰まることもないんだと。

 結論として、迷宮が吸ってるんだろうと言う暗黙の了解のもと今まで来てるんだとか。随分いい加減だな、おいっ!?

 何て考えてたらーー。

 「むーっ。何であんたが撫でたらそんなに気持ち良さそうにするのかしら。わたしの時はそうでもないのに、不公平よ」

 と膨れ面で抗議された。いや、10代の女の子がする……いや、何でもないです。

 「知るか。主従契約してるからじゃねえのか?」

 俺の考えてる事がバレバレなのか、ジト目で俺を睨んでくるジェシーから目を逸らして適当に答えておいた。勘が鋭いのは、ヒルダやプルシャンと変わらんな。

 「ちょっと試しにわたしの頭を撫でてみなさいよ」

 「はあ? 何で俺が」

 「何でって、あんた以外が撫でても、何も反応が返ってこないからでしょうが」

 そうか? プラムで色々試したって事か。まあ考えてみたら、他のもんは気軽には触らせてはくれねえか。何でんなとこを探求するかね?

 「いや、知らんがな」

 「良いから撫でなさい。女が自分から頭を出すってなかなか無いのよ? しかも近衛騎士よ? 皆にうらやましがれ、る……くぅっ。な、何なのこれふ、ふぁっ」

 御託を並べ出したから適当にジェシーの頭に雪毛に覆われた手を載せて、ぽふぽふとしてやったら、交換反応が可怪しかったな。パシッと自分で口を手で塞いでたから、何となくは読めるが……。

 「これで良いか?」

 「うぅ~なんでよぉ~。何したのよ!? 何かスキル使ったんでしょ!?」

 「だから、知るかって!」

 「スキルも使ってないのにこの気持ち良さは反則だわ。でも、プラムちゃんみたいに強く出た訳じゃないわね……。やっぱり、主従関係が関係してるのかしら?」

 「おい、そこのポンコツ近衛騎士。心の声がダダ漏れだぞ?」

 「はっ!? や、やあねえっ! そんな訳ないじゃない」

 良かったな。馬車の中で済んで。皆空気読んで知らん顔してやがる。慌てて、無かったことにしようとする仕草は年齢より可愛らしく見えたが、言ってることはかなり怪しい。

 俺たち7人は馬車で移動だが、馬上の近衛騎士が8人と、砦からの付き添い騎士が2人の17人からなる小隊だ。

 砦の連中はただ単に、馬車の回収係らしい。ご苦労なこって。

 まあ、折角都に戻れるんだからと、俺たちが降りた後の馬車を使って色々頼まれた買出しを済ませるんだそうだ。羽根も伸ばすと息巻いてたが、程々にな。

 だがまあ、それだけ人数が居れば飯もそれだけ要る。村に寄って宿泊せずに、野宿する時は俺も少し食材を提供してるのさ。不味い飯は食いたくねえからな。

 深淵しんえんの森で仕留めた猪蛇いのへびの肉を、珍しい猪肉だって言って焼いてやったら滅茶苦茶食いやがるんだわ、こいつら。

 「遠慮ってもんがねえのか!?」と言いたくなるのをこらえて、せっせと焼いたね。

 何でかって? あ~、近衛騎士に調理の腕を求めてなかったが、こいつら干し肉だけで済まそうとしてやがったんだよ。スープもねえときた。それで10日も過ごせるかってんだ。御貴族様が騎士になったんだろうが、だったら料理人くらい連れて歩けってんだ。

 てなもんでよ、俺とマギーとプラムで人数分をささっと支度して振る舞う様になったのが現実だ。勿論、後で金を払ってもらう事はアマデオ色男に確認済だ。

 手間賃てまちんと材料費でむしり取ってやる。

 あいつ、俺らの馬車にまったく近寄ろうともしねえんだぜ? 2人居る女近衛騎士のどっちかが苦手なのか。俺と絡むと、周りの評価が下がるのを恐れてかは知らんがな。良いよな、イケメンは食ってる姿だけでも絵になるからよ。けっ。

 「ハクト、膝貸して」

 「ん? ああ、ほらよ」

 チラチラと俺の様子をうかがってくるジェシーは放っておいて、ボーッと今夜の飯の事を考えてたら、プルシャンがそう言って眠そうな顔で近づいて来た。

 確かにこの陽気で、涼しい秋風に撫でられたら眠くなるわな。

 「えへへ。ありがとう。んふあぁぁぁ~。あむっ!?」

 こてんと俺の太股に頭を乗せたプルシャンが大きく欠伸あくびをする。こら、人前で喉の奥を見せるんじゃねえよ。欠伸の終わりそうなとこで、ぽふっと口を塞いでやった。

 「人前じゃ、大欠伸すんなら片手をえろ。変なもん投げ込まれたら大変だ」

 「え、そこなの!?」

 「うん、分かった!」

 「ヒルダはそこで良いのな?」

 「うむ。われの事は気にするな。もう少しこの矢を調べておきたくてな」

 「何その矢? 見せて見せて!」「……」

 結局、迷宮に居る間から今日ここに至るまでおかっぱ頭の嬢ちゃん弓姫が射った矢を解明できずにいたのさ。それにジェシーが興味を示したんだわ。プラムを膝に乗せたまま、矢を手渡すように催促する身振りにヒルダが視線で「どうする?」と聞いてきた。見せても減りやしねえよ。

 「呪われることもねえだろうから、見せてやりな」

 「……」「話が分かる人好きよって、何で取り上げるの!?」

 「何故かな。主君に対する貴殿の振る舞いを見てると、いらっとするのだ」

 「あら、御馳走様。愛されてるわね、ハクトさん?」

 「お蔭様でな。ほら、ヒルダもこっち側が空いてるから、矢を渡してここに座れ」

 「そうか? 是非にと言うのなら仕方があるまい」

 仮面越しに声が弾んでるのが分かる。嬉しそうに矢をジェシーに手渡すと、ヒルダがそそくさと俺の隣りに腰を下ろすのだった。その様子をジト目で追い掛けるジェシー。言うな。わかってくれ。

 「はぁ。何か釈然しゃくぜんとしないわね」

 ジェシーの溜息ためいきに何処となく居心地の悪さを感じながら、プルシャンを膝に乗せたまま尻の位置を直そうと俺は身動みじろぐ。

 馬車の後ろに流れてく風に揺れる金色の麦畑に視線を向けながら、俺は現実逃避すべく麦のざわめきに耳を澄ませることにしたーー。





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