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第4章 カヴァリ―ニャの迷宮

第160話 えっ!? あんのか!?

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 「いつつつ……」

 俺が全身に感じる痛みで意識を取り戻した時、皆が俺を覗き込んでいた。

 『ハクトさん!』「主君っ!」「ハクト」「「旦那様!」しゃまっ!」「おっさん!」「ハクト様!」

 「ん……よお。わりい。下手こいた……って皆死んじまってそろってる訳じゃねえよな? うおっ! シャドウかっ!? んなに顔近づけんな! 吃驚びっくりするだろうが」

 心配してもらえるって、ありがたいもんだな。って思ってたらよ、その上からぬうっと【餓者髑髏シャドウ】が顔を出すじゃねえか。思わず、体がビクッてなっちまったよ。恥ずかしい。

 と言うか、あの時感じてたポッカリ穴が開いたような感じはもうねえ。「元に戻ってると考えても良いのか?」って思ったら、上の方で莫迦ばかでかい頭蓋骨がうなずいてるじゃねか。

 へっ、なら良い。

 どうなるかと思っちまったが、元に鞘に収まったんなら言うことはねえよ。

 まあ俺に取ってシャドウの件はこたえたんだが、ヒルダも内心穏やかじゃ居られなかったはずだ。結局どうなった?

 「なあ。ヒルダの祖父じいさんと祖母ばあさんどうなった?」

 「ああ、それなんだけどよ。おっさんが気を失ってる時に、このでかいのが狂ったみたいに大暴れしてさ。ほとんど出番なかったんだわ」

 ノボルの奴、兄貴からいつの間にかおっさんに変えやがったな。まあ、兄貴って呼ばれるよりかはくすぐったくねえか。

 「なる程ね。そりゃ助かった。ありがとな、シャドウ」

 まあ、この巨体が暴れ回ったんなら仕方ねえわな。そう短く礼を言うと嬉しそうな感じが伝わって来た。一回繋がりが切られてるからな。その分、治ったら筋肉みたいに太くなったか?

 「おっさん、俺と鬼姫と、マギーさんでお宝探してくるぜ」

 と思ったら、ノボル立ち上がってそう宣言した。

 「えっ!? あんのか!?」

 てっきり実験場だと思ってたからよ。お宝何てすっぽり抜け落ちてたわ。

 「判らねえ。けど、ここが迷宮の最下層で階層主の部屋なら、あると思うんだよな」

 そういわれてみれば、第10階層の階層主を倒したときはすぐ宝箱出てたな。話を聞く限りじゃ出てなさそうな雰囲気じゃねえか? 本当にあるのか?

 「そうか。マギー、お守りを頼む」

 「畏まりました」

 「俺は子どもかよ!?」

 「似たようなもんだろうが。宝があったからって飛び込んで泳ぐんじゃねえぞ?」

 俺は、やったがな。

 「うぐっ」

 どうやらやるつもりだったらしい。

 「まあ、気を付けてな」「おうっ! 行ってくるぜ!」

 嬉しそうに歩き出すノボルの後ろを、お辞儀して鬼姫とマギーが追う。「餓鬼ガキだな」と自分を棚にあげて見送っていると、ヒルダが身動みじろいだ。

 「主君」

 「何だ?」

 どうやら俺はヒルダに膝枕してもらってるらしい。後頭部が嬉しがってねえ。真上から降ってくるヒルダの声に、顎を浮かせて顔を見上げる。泣いては……ねえみたいだな。

 「済まないが、迷宮に吸収される前に、御祖父様と御祖母様の骨を抜いてはもらえぬだろうか? モナの骨と合せて家の墓に埋葬したいのだ」

 Oh……平然と骨抜きを頼むようになってきやがったな。と言う俺も、忌避感きひかんも薄らいで馴染んでるんだが……。

 「……墓って言ってもよ、話を聞く限り荒らされてる可能性もあるんだろう?」

 「うむ。だが、出来るならばそうしてやりたいのだ」

 「ま、お前さんが良いなら俺は何も言わんがね。いつつ。【骨治癒ほねちゆ】。これで少しは楽になるか? うし、問題ねえな。よっと」

 体を起こそうとするとまだ体の各所が痛い。打ち身は仕方ねえが、骨のひびならこれでどうにかなる。【骨治癒】を掛けると、思った通り痛みがほとんど消えた。

 両手を握ったり開いたり感触を確かめて、ヒルダの膝から上半身を起こす。

 起こしてみて初めて気が付いたんだが、大分さっぱりして矢がる。詰まりあれだ。ヒルダが言うように迷宮に吸収されちまったんだろう。その中で、銀色の蟻の胴体と金色の蟻の胴体が2パッスス3m四方の敷布しきふの上においてあるのが見えた。

 放っとくと布ごと吸収されちまうだろうが、直置きよりかは時間が稼げるって事か。

 蟻の胸部分に着いてたはずの甲羅はがしてある。ガイの姿もあるから、あいつに頼んだのかもな。しかし……。

 「デスマスクだよな、これ」

 俺にはそう見えた。昔、いや、今もやってるのか知らねえが、死んだ人間の顔に石膏を塗って型取りし、精巧な本人の頭部なり上半身なりを残す、あれだ。聞いた話じゃ、夏目漱石とか森鴎外とか、犬養毅とか歴史に名前が出てくる日本人もデスマスクを取ってるらしいぞ?

 蟻の黒い筋肉のような繊維の中で目を閉じて顔だけあるんだ。

 下手なスプラッター映画のワンシーンより迫力があるぜ。目え開けねえよな?

 灰色のような青白いような肌は、死んでそんなに時間が経ってねえ証拠だ。妙な気分だぜ? 全く知らねえ赤の他人なら、骨を抜くのに躊躇ためらうことはねえのによ、知り合いの縁者となるとどうもな。

 「主君?」

 「ああ、すまん。別れは済ませたか?」

 「うむ。死に際にも立ち会えた」

 俺が気を失ってるときか。そりゃ良かったな。いや、良かったと言って良いのか?

 「そうか。ならさっさとやっちまうか」

 パフパフと毛の生えたてのひらで二拍し、手を合わせたまま一礼する。ん? これ、神社の方だったか? まあ良いか。祖父さん祖母さんには分からんだろうさ。

 「……」

 「【骨盗ほねとり】。【骨盗り】」

 俺の隣りで似たような仕草をするヒルダを横目に見ながら、2体から頭蓋骨あたまのほねを抜きとる。あるのかどうか不安だったんだが、頭蓋骨ずがいこつはあったぜ。

 頭蓋骨を抜いた瞬間、それを待っていたかのように蟻の体がサラサラと砂の様に崩れ落ちていったんだ。思わず見惚実とれちまった。ああ、確かに異形だがな、何というか散り際の美学というかよ。散っていくときの美しさみたいなもんを感じたのさ。

 「……」

 「どうする? 今ならその砂も持っていけるぞ?」

 黙ったまま肩を震わせるヒルダを抱き寄せて尋ねる。柄じゃねえと思ってたが、案外キザな振りもやりゃあ出来るもんだな。

 そんな事を考えている俺の胸で小さくうなずくヒルダの頭を優しくたたいた俺は、何も言わずにしばらく胸を貸すことにしたーー。





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