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第4章 カヴァリ―ニャの迷宮

第159話 えっ!? 吸われてる、のか!?(※)

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 「ふははははははっ! 素晴らしいっ! 毛虫が使役するには勿体ないモノだ! わたしが貰い受けよう!」

 「主君っ!」「ハクトッ!」「旦那様っ!」「おっさんっ! ぼさっとすんなっ!」「「きゃあ――っ!!」」『ハクトさんっ!』



 それは一瞬の出来事だった。



 ハクト身体が金縛りにあったように、ビクンと動きを止めた、しばたくほどの短い時間。その隙を老練な将軍が見逃すはずは無い。

 将軍蟻の左手にある長方形の大盾スクトゥムが、唸りを上げてハクトの横っ面を容赦なく殴り飛ばすと、ハクトの口から鮮血が飛び散るのが、彼女たちの瞳に映し出された。

 激しく迷宮の壁へ身体を打ち付けて、力なくずり落ちる様を見たヒルダが間髪入れず鬼姫の手を引いて駆け出す。

 「主君っ! まずい、鬼姫、道をつくる。主君の回復を任せる! 【炎の荊棘】!」

 「わ、判りました!」

 「任せてよいか?」と聞くのではなく「任せる」と言ったヒルダの心が、今何処にあるのかよく判る一言だ。主従の契りを結んだとは言え、それ以上にハクトを大事に思っていたということだろう。

 蟻たちとヒルダたちを遮るように、炎をまとった赤い荊棘いばらが足元から伸びて蟻たちに絡み付き、焼き焦がす。蟻酸と肉の焦げる何ともいえない臭いが鼻を突き始めた。

 「ガイッ! あの銀ピカぶっ飛ばすから手伝って! ノボルはプラムを見てて!」「おうっ!」「【霧結界】! マギーは何して良いか分かんない! 勝手に動いて!」「承知しました!」

 誰が何をすべきなのか、ハクトが指示を出すように皆が勝手に、それでいて連携を保ちつつ動いているではないか。

 プルシャンの声に呼応する形で白い全身鎧フルプレートに身を包んだ騎士が、無言でプルシャンの前に立ち盾を構える。

 驚くべき事だが、プルシャンはいつもハクトがどう指示を出すかそのそばで観察しており、流れが理解出きるようになっていたのだ。見取りと言われる技術を、彼女はいつの間にか習得していたのだろう。

 そのプルシャンが魔法を使い、蟻たちを濃霧で包み込む。

 大量の水分を含んだ霧のせいで、ヒルダの作り出した炎の荊棘の勢いが落ちてくるが、ヒルダの目的はハクトまでの道を確保すること。目的は果たされていた。

 「行っくよーっ! 【水槍すいそうの雨】っ!」

 その横で、プルシャンの頭上に作り出された20本近い水で形作られた投槍ジャベリンがドドドドッと霧の中に降り注ぐ。長さ1パッスス1.5m前後で、1ペース半45cm程の返しがついた刃を思わせる先端をした槍が降って来るのだ。無事ではす済むまい。

 「主君っ! 鬼姫!」

 「【手当て】!」

 ハクトの下に辿たどり着いたヒルダと鬼姫。滑り込むように、ヒルダがハクトの頭を己が膝にのせ、灰色肌の頬に銀髪を張り付かせた鬼姫を急かす。動かすことがハクトにとって良くないと言う事を考える間もなく、衝動で行動しているのだろう。

 「もう1回行くよーっ! 【水槍の雨】! 耳塞いでーっ! 【霧炎】っ!!」「【清らかな守り】!」



 ドウウゥウンン!!



 爆音が、爆風と蟻の身体の一部であろう破片を伴って迷宮の壁にぶち当たる。

 プルシャンの一言で、咄嗟とっさに鬼姫が自分たちを白く淡い光の膜で覆い、ヒルダが上半身を折ってハクトの上に覆い被さるのと同時に、爆音が空気を震わせる。

 爆風に吹き飛ばされた飛来物がその半球型の膜に当たり、足元に転がる様子を伏した姿のまま鬼姫たちは見ていたのだった――。



                 ◆◇◆



 ここ迄は、ハクトが気を失ってからほんの数分の出来事だ。

 現に、仮面の男アランたちは、アラン自身が成し遂げた事に酔いしれていた事もあり、戦況がまたたく間に変化していく様に対応できずにいたのである。アランに付き添う男からすれば、その危険を肌が粟立つほどに感じていたのものの、先の失言も合わさって声を掛けるタイミングを逸してしまったのだ。

 【餓者髑髏巨大な骸骨】を自分の主人がハクトから奪い取ったと言う、優越感も彼の持つ危険察知の感度を歪ませていた一因であろう。

 その顔をプルシャンの放った【霧炎】の爆風がつ。

 「何だっ!?」「水属性の魔法かと」

 正気に戻ったアランの誰ともなく出した問いに、付き人の男が背後で答える。

 「あの中にこれ程の位階の水魔法を使える者が居たと言う事か。惜しいが、今はこのバケモノを支配下におけたのだ。おい、バケモノ。わたしが貴様の新たな主人だ。まずはひざまずけ」

 呆然と立つ巨大な骸骨へ、アランは嬉々として命令を下す。

 「……」

 人の背丈ほどもある頭蓋骨の眼窩がんかに灯る赤い光が揺らぐ。その赤に青色が混ざり始めていたのだが、今は微々たる変化であることと、天井に近い位置に骸骨の頭部があるため確認できないでいた。

 黙ったまま視線を下げた骸骨が、己に命令を下した者を視界に捉える。

 そしてゆっくりと膝をかがめ始めたのだ。

 その間も、巨大な骸骨がいこつの背後で霧が立ち籠め、爆風や轟音が響いているのだがアランたちは気にした素ぶりもない。いや、付き人の男は違った。良いえぬ悪寒を感じていたのだ。



 ……このままではまずいことになるのではないか。



 そんな焦りにも似た不安が沸々と湧き上がっていたのだった。

 しかし、彼のそんな思いとは裏腹に主人であるアランは機嫌良く、新しい玩具を得た子どもの様に仮面の奥の目を輝かせ、目の前で跪く巨大な骸骨に命令を下す。

 「ふはははははっ! 喜べ! 最初の仕事を与えてやろう。お前の主人だったあの忌々しい毛虫をひねり潰してこい!」

 余程、左腕の事が気に掛かっているのだろう。だらりと力無く垂れ下がる左腕は、手首から先の重みで少し伸びているように見えた。

 「アラン様。発言をお許し願えますか?」

 膝をゆっくり伸ばし立ち上がる巨大な骸骨を視界に収めつつ、付き人の男がフードを被ったまま白い蟻人にまたがるアランに歩み寄る。

 「許す。何だ?」

 状況が状況だけに、胸に手を当てた簡易な儀礼をして男は口を開く。

 「ここは遊ばずに、この機を利用して撤退すべきかと具申ぐしん致します」

 「それも一理ある。だがな。下賎な毛虫に遣られたままでおめおめと逃げ帰るなどと、わたしの血が許さぬ」

 「ですが……」

 「くどいっ! 今回の件は完全に想定とは違う動きだが、ヒュドラの肉を移植された被検体の強さを測る上でまたとない機会だ。被検体を数体持ち帰るつもりだったが、別の巣から持ち帰れば良い。効果はこの目で確認した。後はこのバケモノの強さを確認できればそれで良い」

 「はっ」



 オオオオオオオオ――――ンッ!!!



 突如、立ち上がった巨大な骸骨が天井に向かってえる。

 何かに対して怒りをあらわにしているのか、悲しみを露にしているのか、それとも、己を奮い立たせているのかは定かではない。定かではないが、戦場を止めるだけの咆哮ほうこうであった。

 実際、ビリビリと空気が震える程だ。密閉された空間ではたまったものではない。

 「くはっ。良いではないか。見せてみろ、貴様の力を」

 「くっ」

 咆哮が止むと、巨大な骸骨がアランたちを見下ろしていることに、付き人の男は気付く。そして、その眼窩に灯っていた光が紫色に変色している事も。

 骸骨の額から細い紫色の光線がアランに向かって下って来る。自然の光であればあっという間に届くがゆっくりその長さが伸びていることをるに、魔力が目に見える形になった物だろうか。

 「ほう。“魔力の小路こみち”でわたしを試すか。面白い。完全に支配下においていなかったと言う事実は興味深いが、ならば完全にわたしに従わせてみせよう」

 “魔力の小路”。ハクトたちの居た世界から来た、ノボルたちのようなラノベに精通した若者であればパス・・とか、魔力回路と呼ばれる物だと理解したことだろう。

 契約主と契約を交わした従者なり、従魔が主人との繋がりを得た証拠となるものだ。事実、これによって人の言語を解さない従魔は主人の言うことに聞き従うようになる。仕組みは解明されていないが、そういうものだと受け入れられているのが現状と言えるだろう。

 人であれば、主従契約や隷従契約がこれに当たる。これがある故に、主に対する敬愛や崇敬の念が増すらしいのだが、虐待されるような環境に置かれていた場合、獣であろうが人であろうがそのような効果は期待できない。誰がそのような主人を敬えというのだ。

 そして通常、契約主側から・・・・・・・・・・“魔力の小路”は伸ばされる。

 「宜しいのですか!?」

 「問題ない。わたしを人と比べるな」

 「はっ」

 注意を促すも、男に取ってアランの言葉は絶対だ。余程の事がなければいさめることはない。

 今迄もそうであったし、これからもそうであろう。そう思いながら、主人の額と骸骨の額が半透明な紫色の光で結び合わされるのを見守ろうとした矢先ーー。

 「かはっ!? 何、だと!? あの毛虫は、わたし以上だ、と、でも言うのか!? ひゅかっ」

 突然、自分の方に倒れ掛かって来る主人の肩を受け止めながら、付き人の男は目を剥く。主人の体が木乃伊ミイラのように乾涸ひからび始めてるではないか!?

 「えっ!? 吸われてる、のか!? まさかっ!? アラン様、御気を確かにっ!! 直ちに“魔力の小路”お切り下さいっ! アラン様っ!!!」

 事の異常さと、緊急性に気付いた男が主の肩を激しく揺さぶる。その視界の片隅で、巨大な骸骨の右拳が振り上げられるのが見えた男は、主の言葉を待たず主を両腕に抱え滑り込むように奥へ飛び退いたのだった。

 「り……【解放リハァエ】!」「ちいぃっ!」

 プチッ

 とも、ピチッともとれる何か膨らんだモノが潰れる音が2人の耳朶じだを打ち、ズウウンと地面を穿つ振動がその後を追って来た。さっきまで主がまたがっていた白い蟻人の姿はもうない。

 あるのはツンと鼻を突く蟻酸ぎさんと、体液が黒い水溜まりのように巨大骸骨の拳で出来たくぼみに溜まってるだけだ。

 「【闇潜やみもぐり】っ!!」

 男の声と同時にぬるっと地面に沈み込む2人。



 オオオオオオオオ――――ンッ!!!



 その姿を追うように、再びあの咆哮が迷宮を揺らす。

 2人が倒れ込んだ辺りを執拗しつように殴り付ける、巨大骸骨。

 やがて、対象が居ないことに気が付いた骸骨は身をひるがえし、かいなを開きながら足元でうごめく蟻を踏み潰し父の下に帰ろうとまた一歩、足を踏み出したのだった――。





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