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第4章 カヴァリ―ニャの迷宮
第156話 えっ!? ここで俺に振る!?
しおりを挟むえっ!? 何でそんなとこに入ってるんだ!?
『「「「「「「っ!?」」」」」」』
他の者も驚きで息を呑む。単純に驚きすぎて声が出ねえのさ。
想像の遥か上の出来事に何もできないでいると、将軍蟻の胸に埋まってる老人の目が開き、その口から嗄れた人の声が紡ぎ出されたーー。
「御初に御目にかかる。この様な成りで貴殿らの前に出ることをお許し願いたい」
喋ったな、おい。
飾りじゃねえって事だろ?
だが、これまでの人間臭い行動はこれで説明がつく。納得できるかどうかは別問題だがな。
考えてもみろ。「普通に日常を送っていて、朝目が覚めたら蟻の胸の中に頭が埋まってました」ってある訳根えだろうが。どう考えてもヤバい臭いしかしねえ。
「……まさか、そんな……」
「お、おいヒルダどうした?」
ふらふらとした足取りで、ヒルダが前に出るようとするのを腕を出して制する。仮面越しだから表情は読めんが、様子が可怪しい。
「ここ暫く貴殿らの動きを観察して、話すに足ると判断した故に、この場をもうけさせてもらった。改めて名乗ろう。儂はジギスヴァルト・ヨーゼフ・アイヒベルガー、だった者だ」
「だった?」
「うむ。この姿を見て誰が儂を人と思う?」
「確かに、な」
御尤も。どんな経緯でそんな姿になったのか気になるとこだが、と思ったらヒルダが俺の腕を振り払って将軍蟻の前に立って叫んだんだ。
「まさかっ!? 御祖父様なのですかっ!?」
は!? どういうこと!?
おい、待てまて待て。ヒルダが生きてた時代は300年も前の話だろうが。そん時生きてた祖父さんが、ここに居ること自体自然の摂理からぶっ飛んでんぞ!?
「むっ!? 其方は?」
「そなたは?」、じゃねえ!
「わたしです! ヒルデガルド・セイツ・アイヒベルガーですっ!!」
「何とヒルダかっ!? 生きておったのか!?」
Oh……。マヂかよ。
マヂで話がぶっ飛んでやがる。チラッと後ろの様子を窺うと、ポカンと口を開けてやがった。
何処をどうひっくり返せば、300年前に死に別れた者同士が迷宮の奥深くで出逢えるってんだ!? 滅茶苦茶過ぎるだろ!?
ご都合がどうとかじゃなく、訳が分からん!
そんな俺たちの事は放っておいて、ヒルダは仮面に手を掛けて素顔を晒す。
おい、良いのかっ!? その状態の顔は隠したかったんじゃねえのかよ!?
「話せば長くなりますが、今から300年ほど前に人としての生は終えてしまいました。ここに在るのは女神の恩赦を受けた身で、未だ本当の身体を取り戻せておりません。仮面も主君であるハクト様に備えて頂いた物です」
「……何と、そうであったか」
ヒルダの木乃伊の様に皺くちゃな顔を真剣な眼差しで見ながら、祖父さんが短く返事する。それだけで意図が通じたって事か?
いや、ヒルダさんや。長くなく十分短く収まったと思うぞ?
んで、祖父さん、あんた良くそれで納得できたな? 俺だったらできんぞ?
バリバリバリッ
そんな事を考えていたら、将軍蟻の後ろから何かを引き剥がすような音が聞こえて来たじゃねえか。まさかとは思うが……。
「ヒルダ!? ヒルダなのですかっ!?」
年齢を感じさせる女の声が響き渡った。
「まさかっ!? イングリット御祖母様なのですか!?」
ヒルダの反応を見りゃ、間違いないんだろう。だがな、一言言わせてくれ。
ーー祖母さん、あんたもか。
思わず、そう突っ込まねえと可怪しくなりそうだった。
だってよ。金ぴか女王蟻の胸に祖母さんの顔が生えてると言うか、埋まってるんだぜ?
「ああーっ! 感動の再会に水を差して悪いんだが、俺たちにも解るように説明してもらえるとありがたいんだが? 察するに、ヒルダもこの件に関しては無関係とは言い難いようだしな。どうだっ?」
このままずるずる話だけが進むのは避けたい俺は、後頭部をボリボリ掻きながら大きな声を張るのだった。3人の世界に入り掛けていた2人が慌てて頭を下げる。
「願ってもない」「主君、済まない」「……」
「良いって事よ」
賛同が得られたので、俺たちは将軍蟻の傍に円陣を組むように腰を下ろし話を聞く事にしたのさ。落ち着いてゆっくり整理しねえと、感情だけが先走って大事な事を見落としちまう事にも成り兼ねん。それに、聞かなきゃいけないという勘が働いたんだよ。
奇怪な蟻人(?)とでも呼ぶ者たちに囲まれた俺たちは、300年前の記憶を辿り、ジグソーパズルのような小さな記憶の断片と情報を合わせる作業を始めたーー。
◆◇◆
話を纏めるとこんな感じだ。
事の発端は300年前の深淵の森に棲んでいた赤竜討伐戦役に遡る。
大方予想してたんだが、当時ヒルダの家、アイヒベルガー公爵家が当代の勇者と懇意にしていたということもあり、凪の公国で赤竜討伐の気勢を煽ったらしい。
ヒルダたちにしてみればそんな気は毛頭ないし、煽ったと言われる事自体心外なんだが、周りから見ればそう映ったんだろう。
結果として国を挙げた戦支度が始まり、周辺諸国を巻き込んで討伐に出兵する。
結末は歴史が示す通りだ。俺もその結果を偶々だが、実際に古戦場を見て来た。
そうなると、大規模な戦争だっただけに責任の所在が重要になってくる。言わずもなが、アイヒベルガー公爵家が槍玉に挙げられた。国家転覆罪と言う謀叛の罪も着せられてな。俺に言わせれば完全な身代わりさ。
大概の国で十悪は大罪とされてるらしい。簡単に説明するとこういう事だ。
謀反…未遂を含む王の殺害を企てること。
謀大逆…王族が住まう城を破壊すること。
謀叛…国家を転覆させようとしたり、国外亡命したりすること。ヒルダの家に烙印を押したのは、この罪だな。
悪逆…近親者に対する殺人。
不道…大量殺人や呪詛すること。
大不敬…神殿に対して犯罪を行うこと。「ノボルはここに抵触するかもしれねえぞ?」って言ったら泣きそうな顔になってたぞ。
不孝…祖父母や父母を罵しり訴えること。
不睦…対立し、家庭の和を著しく乱すこと。
不義…主君や上司を殺害すること。
内乱…不倫や近親相姦。この「内乱」は今現在あるにはあるが、貴族の中で近親結婚も行われているため、近親強姦にのみ適用されるんだとか。
やれやれ、どうなってやがる。
ヒルダはこの時点で赤竜に焼き殺されてたから、初めて知る事の顛末だな。正直、聞かない方が良いんじゃねえかと思ったが、頑として首を縦に降らなかったよ。大したもんだ。
公爵家は取り潰し。
一族郎党奴隷落ち。公爵家に仕えて禄を喰んでた者の内、主だった立場に在った者たちも同罪となったらしい。
ただ、ヒルダの血の繋がった弟に当たる生後1ヶ月の赤ん坊は、王の恩赦で何処かの貴族へ養子として出されたんだと。記録に残されない遣り取りの可能性があるよな。
分からない事をうだうだ言ってる程時間が余ってる訳じゃねえ。
問題は、ヒルダの一族が奴隷落ちしてからだ。
驚いたことに、1つの商家が纏めて買い上げたらしい。『家族が近くに入れる』、そう喜んだのも束の間。地獄はそこから始まった。
聞くに悍ましい人体実験だ。
何処かの地下室に連れて来られると、裸にされ、冷たい石のベッドに横になるよう命じられる。どれだけ嫌でも、隷属の首輪をしてる限り拒否できないんだ。
胸糞悪いぜ。
その上で、手足に拘束器具をつけられ、麻酔無しで腹を刃物で裂かれたらしい。殺すためではなく、臓器を触れるくらいの深さで腹を裂くと、そこに何かの肉の塊をポトッと落とされるだけの実験だったらしいが、結局は殆どがその肉を腹に入れられて直ぐに死んだんだと。
口から泡を吹きながら絶叫し、最後には声も出せずに痙攣して事切れる。その後、肉も骨も解けて床がドロドロな何かで埋め尽くされるそうだ。
その様子を延々見せつけられたと、蟻人姿の2人が話してくれた。
……酷え事しやがる。
けど、その実験で何人かに1人は、その肉を身体に入れられても拒絶反応を起こさず、問題ない者が居る。そういう者は、別の部屋に連れて行かれて、奴隷とは名ばかりの贅沢な生活を1ヶ月程おくるんだそうだ。
そうやって選別されて連れ出された者は、全部で30人程度。
その中にアイヒベルガー家の直系は全員残っていたらしい。直系ではないが、アイヒベルガー家に嫁ぎ子を生んだ者も居て、この祖母さんもその中に居たってこった。
そこから更に凄惨だった。
1ヶ月の生活を送っている最中に、突然痛みもなく身体が崩れ落ちていく者が現れたんだそうだ。ああそうさ。そうなったらもう助からねえ。ヒルダの両親と目の前の祖父母、メイド3人に公爵家付き騎士団長の8人しか結局は生き残れなかったんだと。
1ヶ月が過ぎた時点で、ヒルダの両親と騎士団長の3人と引き離され、今日に至るまで会ってないらしい。
ここに居るのは、ヒルダの祖父母とメイド1人の3人なんだと。後の2人のメイドは蟻の身体へ成ることに耐えきれずに発狂して死んでしまったんだとか。普通はそうだろうよ。
「それにしても、どうやったらこんな事になるんだ?」って聞いたらよ、「大蟻の胸の甲羅を剥がして、蟻の身を剥き出しにした上に、足の裏の皮を全面切り取られて血が滴る状態の足を密着させるのだ。そうすると2日経つ頃には、足が蟻の肉と融合しとる。40日もすればこの通り、顔だけ残した人成らざる化け物の完成じゃ」、だと。
……巫山戯んな。人の命を何だと思ってやがる。
それから、牛の身体にも同じようにして接合され、今の身体になったらしい。その段階で迷宮に連れて来られ、迷宮の最深部で同族を生み出し、迷宮が生む魔物を狩り続け、気が付けば現在に至る……。
そんな莫迦げた話があるかよ。
300年だぞ? 一言300年と言うがな、人族や獣人族にそんな長生きの奴は居ねえ。妖精族なら別だ。木も特別な生命力を持つ大樹に育つ樹なら、それくらいは生きるだろうさ。
蟻も精々長生きできたとしても50年だ。女王蟻がな。
一体、何の肉を埋め込まれたらんな事になるっていうんだよ。想像も、発想も出来やしねえ。
んな事を思ってたらーー。
「ヒルダ。儂らの意識がまだ残ってる内に、人として儂らを殺してくれ」
って言い始めるじゃねえかよ!?
「何を言ってるんですか!? わたしに御祖父様と御祖母様を殺せと!? 出来る訳ないではありませんか!? 死に別れ、最早逢うことも叶わぬと思っていたのに。殺せと、言われるのですか!?」
俺たちと話す時と随分話し方が違う。こっちがヒルダの素何だろう。
「すまぬと思うておる。だがな、メイドのナーサはもう人の意識を失って久しい。今は蟻の本能で動いておる。胸を開いても目を閉じたままだ。遅かれ早かれ、儂らもそうなる。…………300年か。そんなに時が流れてるとは露知らなんだ」
「わたしたちの為に泣いてくれるのね。優しい子。でも、わたしたちの事を大切に思うなら、この命を絶って欲しいの。人の意識はあってもしてることは女王蟻のそれと変わりないわ。もう耐えれない……。お願いヒルダ」
何て業の深い話だ。
「嫌ですっ! 出来ませんっ! わたしに御祖父様や御祖母様を……っ!?」
素顔はもう仮面で隠してるが、ヒルダの首から鎖骨にかけて光る筋が見えた。そりゃ辛い話だぜ。
「ハクト殿。貴殿はヒルダの主君だと聞いたが誠か?」
「ああ。ひょんな事でな。女神経由で主従の契約を結んだのさ」
あんまその辺を詳しく話す気はねえ。
「ならば、伏してお願い申し上げる。我らを殺してくれまいか?」
えっ!? ここで俺に振る!? 嘘だろっ!?
「いやいやいや、どうしてそうなる!? そもそも死にたければ、自殺するなり、お互いに急所を刺し合うなりすれ良いだけの話だろ!?」
「それが出来ぬのだ」
「は?」
どういうこった!?
「隷属の首輪をしたまま儂らは蟻と融合した。つまり、自害や同士討ちは命令で禁じられたままなのだ。命令を覆すことが出来ぬ。なれば、誰かに頼むしか他あるまい?」
Oh……マヂかよ。
「なかなかの妙案だが、『どうぞ御自由に』と手放すには時間も金もかけてるものでね。此方としては快諾しかねるな」
『「「「「「「「「「っ!?」」」」」」」」」』
突然の第三者の声に俺たちは息を呑む。
声の主を探すと、俺たちから遠く離れた壁際にフード付きの袖なし外套を着た男らしき者が2人絶って居やがったのさ。1人は仮面を着け、もう1人はそいつの後ろでフードを被ったままだが、体格を見るに2人も男だろう。
「誰だ?」
「ああ、失礼。そこの被検体の主人とでも言っておこう」
俺の質問に答える仮面の男。その瞬間、空気が張り詰めたーー。
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