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第4章 カヴァリ―ニャの迷宮

第145話 えっ!? んなの見分けられるか!

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 「おやおや。裏切り者を殺せたかと思いましたが、邪魔が入ったようですね」

 ノボルから出た血の臭いが鼻を突く中、ピリピリとした殺気が充満し始めた空間に、その場に似付かわしくない優しげな青年の声が闇の名からするりと抜けて来た――。

 「手前てめえはシュウッ!!」

 声の主を知ってるんだろう。ノボルが真っ先に反応した。

 裏切り者、ね。つう事はだ。奥から歩いてくるのは律令神殿の関係者ってことだな。

 名前からして十中八九勇者だろうが……。

 「おい、ノボル。誰だ?」

 「第2席の剣王けんおうシュウと第5席の弓姫きゅうきマイだな。さっきの矢がマイが何時も使う矢だ」

 さっぱり分らん。

 「けんおうってのはこぶしか、それとも剣の方か?」

 「剣の方だ」

 当たり前だが、例の長兄ではないか。

 「もう1人のきゅうきってのは? 吸う鬼か? 姫か?」

 「いや、ゆみひめで、弓姫きゅうきだ」

 「なる程。察するに得意武器を冠してるわけだな」

 「かんする? 何言ってる?」

 「あ~気にすんな。そいつらが得意な武器は剣と弓ってことでいいんだな、って話だ」

 難しい言い回しは通じんらしい。

 「ああ。けど、強えぞ」

 だろうな。

 第5席の力の片鱗は前回見てる。第2席というのと、二つ名に“王”って入れてるとこを見ると、彰以上に剣の腕が立ちそうな予感がするぜ。

 ここに来て第2席と第5席の組み合せペアが来るとは思ってもねえんだからよ。

 厄介なことこの上ねえ。

 それよりも、だ。ノボルは第30階層に居る蟻牛ぎぎゅうの群れを引っ張りながらどうやって上がって来た?

 いや、その為には階層移動の転移陣を使わなきゃならん。そもそも、あれだけの群れが一度に通れるほど転移陣がある場所は広くねえ。



 どうなってる?



 ノボルの持つ固有ユニークスキルか?

 だとすれば、あの2人はノボルが第30階層から帰って来るのを、物陰から見とけば良い。ノボルこいつのことだ。気配なんてもんは読めんだろうからな。

 初めから信用してなかったか、俺がノボルに言ったみたいに、美味いとこだけ持ってくつもりだったのか……。両方だろうな。

 何となくだが、俺の勘がそう言ってる。

 おまけに、この殺気はシュウっていうやつのモノだろう。修羅場を潜った良い殺気だ。

 顔がまだ見えんが、輪郭は見える。ちっこいおかっぱ頭の嬢ちゃんの姿もあるな。男の方の背丈は、6ペース180cmはあるだろう。

 兎になってから随分耳も良くなったからな。声の質からして若いはずだ。

 「無闇に動くな。男の方はかなり強い。ガイ、守りは任せた」

 ガイの腰の辺りをコツンと右拳で叩いてから、ゆっくり大盾の前に出る。

 「迷宮も物騒になったもんだな。何時から斬り捨て御免になったんだ?」

 油灯カンテラの明かりが届かない薄暗がりをこちらに向かって歩いてくる2人組に声を掛けてみる。人の意見よりも自分の目だ。どんな奴らかを見極めねえとな。

 「毛虫が何の用です? ああ、そこの美しい人は置いて行って良いので、行きなさい。見逃してあげましょう」

 こいつもか。思わず、溜息をきそうになる。

 異世界人はどいつもこいつも色事しか目がねえのかよ。

 確かにわけえ時はそれしか目がないというのは、経験上俺も解る。けどな。無理やり人から引き剥がしてはべらせるというのとは違う。まあ、俺も人のことは言えねえが、無理強いはしてねえつもりだぞ?

 「わりいが他を当たってくれ」

 「……迷宮に入って耳が悪くなったようです。他を当たれと聞こえたのですが?」

 「おう、十分補聴器なしで生活できるぞ。良かったな、あんちゃん」

 「へぇ。これは飛んだ掘り出し物ですね。毛虫に転生した同郷の人が居るとは」

 まあ、補聴器で判らなかったら、それ以上言うつもりはなかったからな。莫迦ばかじゃねってこった。嬢ちゃんは動く気配がねえな。

 「勇者様に同郷と言ってもらえるとありがたみが増すね~」

 「それは不名誉なことです。毛虫が同郷人など、あってはならないことです」

 おいおい。相当毒されてねえか?

 「おい、ノボル。こいつは何時もこんな感じなのかよ?」

 「すまん。第5席以上は月1で顔を合わせる程度だったから良く判らん」

 使えねえな、おい。

 2人の距離が4パッスス6mぐらいになった時だった。

 「マイ」「――」「マヂかよっ!?」「何だっ!? おわっ!?」

 シュウという男に呼ばれたおかっぱ頭の嬢ちゃんが、溜めもなく、一気に莫迦でかいいしゆみを普通の弓と同じように引いて撃ってきたのさ。

 しかも、無拍子むびょうしで、だ。

 ありゃ、嬢ちゃんが怪力というよりも、弓の方にカラクリがありそうだぜ。尤も、嬢ちゃんの技術があっての話なんだろうがな。

 向かってくる矢が一瞬で間を詰めてくるのがスローモーションのように見てた俺は、ノボルを足払いで倒して一歩前に踏み込む。

 「良い動きです」

 予想通り、シュウという男が間合いを詰めて来てやがった。随分遠くから踏み込んでくるじゃねえかよ。獲物は剣だ。刀ではないらしい。

 肩に剣を担いだ構え、確か乙女の構えって言ったか。そこから来るのは反動を効かせた強烈な斬撃だ。ご丁寧に矢のタイミングに合わせてやがる。

 矢をかわしても、体を斬撃の延長線上にさらす事になるし、矢を受け止めるには代償がデカイ。なら――。

 「随分使い慣れた戦法のようだが、まだまだだぜ?」

 「な、にぃっ!?」



 ギィィィン!



 二指しん……おほんっ。流石に指二本じゃ、このふてえ矢を勢いを殺さずに返す芸当は出来ねえよ。矢柄やがらに右手のてのひらと、左腕を添えて、グルンッと上手に回転を利用して狙った方向に逸らすのさ。

 左腕を添えるのにも意味がある。例え躱されても肘打ちを相手に喰らわせ、相手のえりつかむことが出来る。



 ――因幡いなば流古式骨法術・はすノ葉



 「おら、胸元ががら空きだぜ?」「なあっ!? ぐはっ!!」

 剣王という二つ名通り、またたく間に目の前に迫った矢を剣で弾いたのは凄えが、残心ざんしんがなってねえ。肘が届かねえから、そのまま懐に入って背負投をましてやった。

 嬢ちゃんが弓の2射目を撃ってくるかと思ったが、どうやら指示待ちらしい。

 「おら、起きろ」

 「五月蝿え。かしたの手前だろうが!?」

 さっさと色男から離れ、ノボルの襟を引っ張りって立たせる。

 「くっ。油断した……」

 苦々しい顔付きで起き上がる色男に、俺は声を掛けた。

 「違うね、色男さんよ。そりゃ油断じゃなく、慢心だ」

 受け身もまともに出来ねえって、どういうこった? 剣技はそこそこあるようだが、剣道しか修めてねえ口か? もしくは、こっちに来てから異世界流の剣術を習ったか、だな。

 「ぐっ」

 「お前さん、俺が殺す気だったら死んでるぜ? ったく、同郷同士で殺し合うなんざ勘弁してくれ。俺は何も見てなかった、色男のあんちゃんも、何もなかった。あったのは、ノボルの血塗れの鉄仮面と革ジャンだけだったでいいだろ?」

 「黙れっ! 虚仮こけにされたままで、おめおめと帰れるかっ!」

 「……誰も虚仮にしたつもりはねえんだが? あれか? 投げられたことが恥ずかしいのか? こいつなんか、俺に蹴倒されたんだぜ?」

 「五月蝿いっ!」「おいっおっさん! 俺を巻き込むなっ!」

 「おっと、そりゃ悪かったな。昔から口がわりいもんでよ」

 2人から怒鳴られて、思わず首をすくめてみせた。

 折衷案せっちゅうあんは今言ったやつくらいしか思いつかねえ。あとは、誰かが傷付かねえと収まらんだろう。それは避けたいんだがな。

 と思った矢先だった。

 「マイッ、あれ・・を射てっ!」

 色男の声に間髪入れず飛んで来て、俺たちから少し離れた地面にざんっと刺さる矢。

 腕の良い弓使いのはずが、わざと外すか?

 「まずいっ! おっさん、あの矢は付与魔法が掛かった矢だ!」

 えっ!? んなの見分けられるか!

 ノボルの叫び声がトリガーになったのか、もともと矢が刺さって何秒かして発動する仕組みだったのか知らねえが、矢を中心に俺たちをすっぽり覆うくらいの魔法陣が足元へ現れやがったのさ。

 「固まれっ!」『「「「「はいっ!」」」」』「えっ!?」

 そして次の瞬間、俺たちは緑色の閃光に包まれた――。





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