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第4章 カヴァリ―ニャの迷宮

第144話 えっ!? 手前、もしかして!?

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 「おい、毛虫野郎っ! 蟻牛ぎぎゅうの群れをどうしやがった!?」

 あの暗殺拳を伝承し損なった三男坊男をリスペクトした鉄仮面の男が、奥から現れたと思ったら罵声を浴びせて来たんだ――。

 「よお。尻尾巻いて逃げた三男坊さんよ。元気だったか?」

 「誰が三男坊だ!?」

 元気そうだな。周りに気配がねえとこ見ると、まだ召喚してねえって事か。

 「わりいが俺は長男だ。ガイこいつも、長男。シャドウ次男はさっき帰ったな。後は女子おんなこどもだ。該当者はお前さんしかねえだろ?」

 俺の背後に立つガイを、右手の親指で指差す。

 「だから、何で俺が三男坊なんだよ!」

 「違うのか?」

 「ちげえよっ! 俺は次男って何を言わせるんだっ!」

 「まあ、落ち着け。そのノボルが何の用だ?」

 「ここに来て名前で呼ばれた!? しかも俺の名前何で知ってやがる!?」

 「カズマが教えてくれたぜ?」

 「あの野郎……第6席だと思って良い気になりやがっぐぼおぉっ!? げはっ! な、何しやがるっ!?」

 あんまり緊張感無えから、腹に一発蹴りを入れてやった。礼拝堂の時の仕返しだな。思った通り吹っ飛んで坂道をざざっと背中をこすりながら下ってった。

 ちっ、転がって行かなかったか。

 「何って……蹴っただけだが?」

 「ちげえよっ! 何で蹴りやがった!? がはっ、ごほっ。いってえ……」

 腹を抑えながらき込むノボルを見ながら、俺は呆れてしまっていた。

 「お前さん阿呆あほだろ?」

 「あ゛!?」

 「俺たちは農耕神殿に世話になってる。お前さんは律令神殿付きの勇者だ。で、ちょっと前、農耕神殿の礼拝堂を派手にぶっ壊したよな? 修理にも、弁償にも来て無えんだ。蹴られて当然だと思うがね? 話が解るか、ノボル?」

 「五月蝿うるせえっ! 何でお前に名前で呼ばれなきゃいけねんだよ!?」

 「阿呆だから?」

 「やかしい! くそっ! 蟻牛の群れをトレインしてやったのに何処にも居やがらねえ。どういう事だ。状況を考えたら毛虫が何かしたとしか考えられねえだろうが!」

 「トレイン? 列車がどうした? んなもん走ってこなかったぞ?」

 「ああ、くそっ。オンラインゲームの事なんか解らねえオヤジに説明……は!? えっ!? 手前てめえ、もしかして!?」

 驚いた表情が鉄仮面の隙間越しに透けて見てた。

 そりゃ、この世界には列車なんかねえ。あれば話題に出ても可怪しくねえくらいは、この世界に居るんだ。その世界の住人がトレインの別の意味を口にすれば気付かねえ方が可怪しいよな。

 「見ての通りただの兎人族のオヤジだな」

 取り敢えずうそぶく。

 「……転生者だったのかよ。通りで、強えと思ったぜ」

 「んなに褒められると照れるから止めてくれ」

 「褒めてねえよ! くそっ、調子狂うぜ。つうコトは手前が蟻牛をどうにかしたってことだな」

 自暴自棄になってあの召喚を目の前で使われた日にゃ、面倒なことになる。俺のペースで引っ掻き回すしかねえな。それに今召喚してねえってことは、ちっとは話す気があったってことだろう。

 「ああ、正確には俺が喚んだ次男に助けてもらったんだが、美味い肉をたんまり用意してくれてありがとうな、ノボル。バーベキューする時呼んでやるぞ?」

 「マジかよ。じゃねえっ!」

 「ぶわっはっはっはっ! お前ほんっとうに阿呆だな? んなことだから、上の席の奴らに巧く使われて美味しいとこだけ持ち逃げされるんだよ」

 「ぐっ」

 図星か。しゃあねえな……。はあ。俺のお人好しも困ったもんだぜ……。

 「異世界くんだりまで来て、再出発した同じ日本人のよしみで一応聞いてやる。真剣な話だ。この話を蹴ったら、ノボル。お前に明日はねえ」

 「何を――」「黙って聞け」

 文句を言いそうになったノボルをにらんで黙らせる。

 「ちっ」

 「悪いことは言わん。勇者の肩書きはどうにもならんだろうが、律令神殿と縁を切れ。本人の意志で喜んで協力してる奴もいるかも知れんが、俺が見るにノボル。お前はだまされる側だ。律令神殿と変な契約を結んでるかも知れんし、呪詛を掛けられてるかも知れん」

 「何を根拠にそんな莫迦ばかげたことを」

 「お前、俺を毛虫と呼んだな? こっちに来て直ぐはそんな呼び方も知らなかっただろうし、雪毛への差別も知らなかったはずだ。それなのに、いつから人族至上主義に傾倒した?」

 「いつから……?」

 「それが動かぬ証拠だ。今引くなら見逃す。農耕神殿へ行って来い。けどな。見逃すのはこれっきりだ。お前さんの気が変わらずにここで殺り合うってんなら受けて立つし、次会った時に敵対してたら容赦はしねえ」

 「……本当なのか?」

 俺の話に段々と顔色が悪くなってくのが、薄暗い迷宮の中でもよく判る。

 「さあてね。死んだカズマの頭からにょろっと蚯蚓ミミズみたいな虫が出てきのは見たぞ? 呪詛らしいがな。お前さんの頭の中にそれが入ってねえとは俺も言い切れねえ。むしろ、律令神殿の姉ちゃんとねんごろな関係になってるんなら、十分あり得る話だと俺は思うがな? ま、信じるも信じないもお前さん次第だ、ノボル」

 「死んだ!? カズマが!?」

 俺の話を聞きながら視線を足元に落としていたノボルが、驚いて顔を上げた。

 「ああ、死んだな。呆気無あっけなく胸を一突きだったぞ?」

 「マジかよ……」

 影使いっていう二つ名が付いてたからな。そこそこ怖がられる存在だったんだろう。10席中の第6席って言えば、言い方を変えりゃ下級のトップだ。

 場所に寄っては厄介な相手だったんだろうが、先に始末できて良かったのかも知れんな。

 「で、お前さんはどうする?」

 「俺は……」

 もう一押しか?

 「逃げるんなら、農耕神殿で今後の流れを聞いてからで遅くねえぞ?」

 「え?」

 「どうも、律令神殿は遣り過ぎたらしい。女神様も御怒りだ。お前さんがのこのこ律令神殿に帰って、『俺の体に何しやがった!』って怒鳴り込んでも、女を充てがわれて有耶無耶うやむやにされ、寝てる内に体の良い駒に成り下がるだけだ。待ってるのは、意思を奪われ人形になった勇者という兵隊だけだろうぜ?」

 逃げの方向へ傾いたか?

 「何で、俺にそんな事を……」

 「言ったろ? 同じ再出発した日本人のよしみだって。あとは、そうだな。お前さんのなりだ」

 「なり?」

 「世紀末の暗殺拳を伝承し損なった三男坊男をリスペクトしたその出で立ちがな。気に入っちまったのさ。けど、逃げるんならその鉄仮面と革ジャンみたいな奴は脱いでけ。それと、ヒールポーションをやるから、鉄仮面も革ジャンも表と裏に自分の血を結構な量塗りたくれ」

 「何で見逃すのかって」目でマギーが見てるな。 

 例の三男坊は、漫画じゃ殺られキャラだったが、それを地で見せて貰えたって言う、俺の自己満足にるとこが大きいな。けど、それを説明してもマギーにゃ解からんだろう。

 「……判った」

 「つう事だ。マギー殺すなよ?」

 無言で頭を下げるマギー。ま、気持ちは解る。マギーはどっちかといえば警備する側の立ち位置で色々と考えてくれる。礼拝堂に乱入した時の光景を忘れてねえんだろう。

 「自分で手首切れねえなら、マギーに手伝ってもらうか?」

 「……た、頼めるか? こ、殺さないでくれよ?」

 ノボルの怯えたような表情が素なんだろう。それが、スイッチが入るとああも変わる。呪詛って怖えもんだな。というか、今それが顔を出してないのが不思議なんだが……?

 「……大の大人が何を女々めめしいこと言ってるのです。仮面と革のそれをを脱いで、裏が見えるように置いて下さい」

 有無を言わせぬ冷たい口調でノボルを急かすマギー。

 「わ、判った。こ、これでいいか!?」

 慌てて、鉄仮面を外し革ジャンらしきものを脱いで地面に置く、ノボル。その時に、ノボルの素顔が見れたんだが、一気に見逃したくなくなった。

 けっ、こいつもイケメンか。あ~やだね~。

 「利き腕でない方の腕を、ゆっくりこちらに差し出して下さい」

 マギーが少しでもノボルに見惚みとれたら、この話無かったことにしてやろうかと思ったんだが。杞憂に終わった。というか、んな事を考えた自分に恥ずかしくなった。

 兎人のオヤジが餓鬼ガキ相手に何嫉妬してんだ。

 「ぎゃあっ!? むがっ!?」

 マギーの右手がかすむと、ノボルの左手首から鮮血が舞った。その叫び声を封じるかのように、マギーの左手がノボルの口にヒールポーションの瓶を突っ込んだ。早業だな。

  けどヒールポーションの苦さ、あれどうにかならねえもんかね? 等級が上がれば上がるほど効き目と比例して苦くなるって、『良薬は口に苦し』を地で行かなくても良いだろうに。

 痛みのせいか、苦味のせいか判らねえが、眉間に皺を寄せてヒールポーションを飲むノボルを見てると、白い影が頭上を飛び越えて地面に刺さる。

 何だ!?



 カッ



 ――と思ったら、太い矢がその白い影に弾かれて俺の足元に刺さったんだよ。

 「ガイ、助かった」

 ガイには判ってたのか? 俺の後ろに居たガイが立ちはだかるように、前へ立つ。

 ガイが、咄嗟とっさに体が隠れるくらい大きな五角盾カイトシールドで壁を作ってくれねえと、穴が開いてたのは俺たちだったな。

 ザザッと皆が緊張を高めて何時でも行動できる姿勢になる。なった上で、俺は足元で小さく震える矢に視線を落とした。

 俺はこの矢に見覚えがあった。あん時のおかっぱ嬢ちゃんが、使ってた矢と同じもんだ。

 つう事はだ、と思った矢先――。
 
 「おやおや。裏切り者を殺せたかと思いましたが、邪魔が入ったようですね」

 ノボルから出た血の臭いが鼻を突く中、ピリピリとした殺気が充満し始めた空間に、その場に似付かわしくない優しげな青年の声が闇の名からするりと抜けて来た――。





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