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第3章 領都

第123話 えっ!? 分かっているものだとばかり思ってましたが!?

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 あれからマルギットが頑張って、「雪毛ゆきげの兎人も良いぞ」と言ってくれる宿を確保できた。

 ちょうど昼過ぎたくらいだ。

 色々探してみたが、結局ホバーロの時と同じで相方が獣人の宿に落ち着いたな。いや、そういう組み合わせの方が偏見を持ちにくいのかも知れんっと思ったね。

 今回は宿の女将さんが獣人だ。ねずみのというか、マーモットの獣人らしい。

 いや、これは面と向かって言ってねえがずんぐりむっくりで、カピパラとは違ったゆったり感というか、癒やしを感じる容姿だぞ。薄い灰黄色の毛並みなんだが。光の当り具合によっては、何故か青っぽく見えたのは俺の気のせいだろう。

 ん? いや、流石に食指は動かん。守備範囲外だ。

 可愛いというか、ん~ありゃ保護欲の方だろうな。

 そう思ったのは、宿の主人が女将さん好き過ぎて見てるこっちが胸焼けするくれえ熱々なんだわ。6ペース180cm超えの、およ333リーブラ100kg近くはあるんじゃねえかっていう熊みたいにいかついおやっさんが、甲斐甲斐しく女将さんの機嫌を取ってるんだ。

 女将さんは4ペース120cmちょいくらいだから、余計にな。体重は野暮ってもんだ。

 思わず笑っちまった。凄えにらまれたがな。

 歳は俺くらいか、とは思ったが聞いてねえ。泊めさせてくれるんだ、文句言ったら罰が当たるってもんさ。

 幸い、4人部屋が空いてたんでな。そこを借りた。

 ここもホバーロと同じで、4人部屋で1人1泊鉄貨2枚と小鉄板5枚らしい。俺の脳内円換算をすれば2500円くらいか。

 飯は別途金が要る。1食小鉄板2枚だ。こっちは200円。贅沢ぜいたく言わなけりゃこれで十分さ。食うとこは、入れるかどうかは別としてかなりある。屋台もな。

 こっちの世界でまだ慣れねえ習慣は、朝夕の1日2食ってことだ。

 俺はホームレスで1日食。晩飯だけの生活が長かったからな。つい晩飯食った後、「明日の晩飯何にすっかな」って考えちまうのさ。飯のありがたみが解る。

 ああ、連れて帰った子だが、女の子だったよ。

 ん? スピカは判らんが、他の3人は気付いてたな。だったら言ってくれって言ったらーー。

 「えっ!? 分かっているものだとばかり思ってましたが!?」とマルギットに突っ込まれた。

 というか、ヒルダとプルシャンがうなずいてるのを見る限り、マルギットが2人の気持も代弁したっていうのが正解だろう。

 獣人の女の子だぜ? 成人して出るとこ出た女の子なら判るが、「ちょっとお股を開いてくれ」って態々わざわざ言うかよ。その前に言ったら色々アウトだろうが。

 あ? 玉袋だ? 阿呆か。四足で歩いんてんじゃねえんだぞ? 四足でブラブラさせてる獣は、大人になってしっかり成長してるからだ。子猫の尻とか見たことねえのか? 直ぐには見分けつかねえだろうが。

 少なくとも、俺は・・・そうだ。

 マルギットからのジトリとした視線は、「同じ兎人なのに何で判らないんですか?」的な不満を含んでるのがバレバレだ。知るか。俺は元々人間なんだよ。

 ま、早い話「本人に聞け」って話なんだがな。

 で、「お前さん女か?」って確認したら、「はい」だとよ。一見落着だ。

 腹をかしてるだろうから、飯も食わせてやりたかったんだが、先に色々済ませてから飯にすることにした。宿にはちょっと「五月蝿うるさいかも知れんが、勘弁してくれ」とだけ断ってる。

 「さてと。じゃあ、マルギットから契約するか」

 4人部屋で、ベッドの端に腰を下ろしているマルギットの前に立つ。立ち上がろうとすのを、手で制してそのままステイだ。

 「えっ……あの、旦那様? 契約書がありませんが?」

 そう思うのも無理はねえ。俺も、逆に契約書が要るなんて知らなかったからくれえだからな。こっち・・・の遣り方が正規だと思ってたんだよ。

 「ん~裏ワザみたいなもんだからな。上手くいかなかったらそん時考えるって方法だ」

 「う、うらわざ?」

 それも通じねえのかよ……。

 「正規の方法じゃねえが、上手くいけば問題なく出来るってこった。ま、上 手 く い け ば な?」

 失敗もあり得るって臭わせておく。

 しゃあねえだろ。女の前で自分を格好良く見せたいって願望は俺にだってあらあな。保険くらい掛けさせてくれ。

 「は、はぁ……」

 腰の剣鉈けんなたを抜いて、左の人差し指の先をぷすっと刺す。剣鉈が目の前に来たせいでマルギットがビクッとしてたが、ああ、すまん。斬りつける気はねえから。

 「ああ、手頃なナイフが無くてな。驚かせちまった。すまん」

 「い、いえ。旦那様が理不尽な方ではないのはこの4日で理解できましたので」

 「ケツの穴が小さい男だってガッカリさせたかもな」

 「け、ケツーーい、いえ。そんなとこまでみ、見ており、おりませんのでーー」

 そういった途端、見えていた胸元から漫画の1コマみてえに首、頬、顔全体、耳って真っ赤になっちまいやがった。勝手にな想像したんだ!?

 「ばっ、莫迦バカ! 文面通り取るんじゃねえよ!? 小心者だって意味の方だからな!? 変なこと想像すんな。俺にはそんな趣味はねえ!」

 「もっ、申し訳ありません!!」

 慌てて取りつくうと、座ったままだったが思いっ切り頭を下げられた。っぶねーっ!? 手に剣鉈持ってんのに、そんな恐ろしい速度でお辞儀すんなよ。ザクッて切れたら俺治せねえんだぞ!?

 まあ、良いさ。気を取り直してやり直しだ。

 「あ~スピカさんや。お前さんの姉さんの名前なってったっけ? ザニア姉さんじゃなく、ヴァ……じゃねえな。ヴィンなんとか」

 『ヴィンデミアトリックス姉様のことですか?』

 俺の頭の上で羽を休めてるスピカに振ると、答えが返って来た。長くて覚えきれねえ。

 「ああ、それそれ。ヴィンデミトリクス」

 「主君。ヴィンデミアトリックス様だ」

 ヒルダの真っ当な訂正にどう返せば良いのか迷っちまう。だってよ。正直、どこが間違ったのか判らん。凄えな、お前。

 「あ~……まああれだ。俺のオツムじゃ覚えきれねえから、姉ちゃんには割り切ってもらうしかねえな」

 「「ね、姉ちゃん?」」「……」「ふあ~~。少し寝てて良い?」

 おい、お前らそんな目で俺を見るな。ちびはベッドの上に座らせたままだ。手足がまだいびつに曲がったままだからな。歩けねのさ。で、プルシャンは眠いらしい。

 「そ、スピカの姉ちゃんだろ? おう、寝てろ寝てろ」

 2人に返事しながら、プルシャンの方には手を振っておく。

 『そうです!』「た、確かにそうだが……」「「……」」「ふあ~ぃ」

 マルギットとちびは、怖いものでも見るかのような強張こわばった顔になりやがった。

 「おい、取って喰やしねえよ。まあ、色々と訳ありなのさ。同じとこで生活するんなら、あれこれ隠し事しててもそのうちバレちまうだろ? そん時気不味くなるんなら、始めから話しとけば済むって事さ」

 「は、はあ。旦那様が凄い方なのか、莫迦ばかなのかよく解らなくなってきました」

 「お前さん、意外にサラッと毒吐くよな?」

 素が出始めてるのは良い傾向だ。気を遣ってばかりじゃ肩が凝っちまうぜ。

 「申し訳ありません」

 「ああ、そのまんまで良いぞ。そういう奴が居たほうが面白おもしれえ。さて、んじゃやっちまうか」

 「よ、よろしくお願いします」

 「おう。デミア姉ちゃん。余所じゃ従者契約が上手い事いかねえんだわ。ヒルダやプルシャンの時みてえに力を貸して下さい。頼んます」『「「デミア姉ちゃん……」」』「……」

 血が出てる指には当てねえように、神社でするような柏手かしわでをぽふっぽふっと2回打って1礼する。

 ヒルダとプルシャンの主従契約もスピカからよくよく話を聞いてみたら、権能がザニア姐さんとは違うらしいって言うじゃねえか。「じゃあ、契約の権能を持ってるのは誰だ?」って話したらデミア姉ちゃんだろうって結論に行き着いたのさ。

 スピカとは話が出来ねえとも聞いてたからな。

 だったら直接言うしかねえだろう、ってこった。

 あ~デミア姉ちゃんをまつってる神殿か? ありゃダメだ。あそこは人族至上主義だってヒルダから聞いてるから、俺が行っても礼拝堂まで入れねえよ。門前払いが関の山だ。

 選択肢はねえだろう?

 これでダメなら、スピカを祀ってる神殿に行くつもりなんだがな。まずは試してみる。

 女神の名前を正しく言わないどころか、勝手に愛称呼びをしてる俺にスピカとプルシャンを除いた3人の視線が射さる。

 何だ? 誰もしてねえだけで、ダメだとは聞いてねぞ?

 「ほら、んな顔してねえで、この指を加えろ」

 「えっ!?」

 「正確には血だな。指の血を舐めろってことだ。多分だが、デミア姉ちゃんが何とかしてくれるさ」

 「そんな女神様の名前を勝手に変えるなど畏れ多い……ぁむ」

 非難するような目で見上げてきたが、鼻っ面にぷくっと血玉が出てる左の人差し指を差し出すと、ゆっくりその指をマルギットが口に含んだ。その時だったーー。






 《ハクトに限り、デミアと呼ぶことを許します。よくわたくしに辿たどり着きましたね。その2人は、ヴィンデミアトリックスの名にいてハクトの従者になることを認めます。以後は農耕の神殿にきなさい。幾久しく、ハクトとスピカの事を頼みましたよ》






 いきなり部屋全体が重々しい、それでいて厳かな空気に包まれたかと思うと、夢の中で聞いたデミア姉ちゃんの声が響き渡ったのさ。いや、あり得ねえだろ!?

 デミア姉ちゃんの声を聞きながら、どこか遠くで面倒な事にならなきゃいんだがな……と思わずにはいられなかったーー。





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