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第3章 領都

第122話 えっ!? そんなまさか!?

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 「えっ!? 今何と!? ほ、本気でございますか!?」

 そこへマルギットが爆弾を落とすもんだから、笑えて来る。男が驚きで腰を浮かし、目をみはるのが見えたーー。

 紹介されれば、黙っとく必要はもうねえよな。

 「わりいな、おっさん」

 「おっさーー」

 「さきに金を払っても良いか? 雪毛は信頼されてねえからよ。金払いが良くねえと次もねえだろ?」

 おっさん呼ばわりされるのが嫌みてえだな。そういって、両紐巾着の革財布を取り出し、銀貨を3枚チャラリとテーブルの上に置く。

 「1枚多いようですが?」

 「ああ、その1枚は迷惑料だ」

 「迷惑料ですか?」

 「雪毛と商売してケチが付くかも知れねえだろ? 悪いなって気持ちさ」

 「なる程。そういう事でしたらありがたく頂戴致します」

 「ああ。わりいが、それの受け取り証か、領収証を一筆書いてくれねえか? 雪毛との取引は無効だって言われても困るからよ」

 「随分と用心深いのですね? 宜しいでしょう。但し書きは?」

 テーブルの下から、20㎝四方でカットされた羊皮紙が出て来た。

 「『雪毛の兎人の譲渡代金を受け取りました』で頼む」

 俺のリクエストに、目の前のペンを使ってサラサラッと書き終えると、俺の前にスッと差し出された。が、達筆すぎて読める訳ねえだろ!

 「これで宜しいですか?」

 「文面としては問題ないと思うが、お前さんも確認してくれ」

 ここまでこいつの前では名前は言ってない。いや、この子を追加してもらった時にヒルダがマルギットを呼んだか? でも、こいつは人族だ。聞こえてねえだろう。

 後ろの2人が黙ってるから問題ないだろうが、このまま名前を使わずに遣り通す。スッと、マルギットの前に羊皮紙をずらして確認を促した。俺のはハッタリだ。字が読めねんだからよ。

 「はい、わたしもこれで良いと思います」

 「ということで、これにお前さんの店の印を押してくれ」

 「は?」

 そう言って、領収証を男の前に押し返す。驚かれた。

 「そこの魔法書に押してあると同じ印をここにも押してくれって言ってるんだよ」

 「理由をお聞きしても?」

 「人の筆跡て言うのは、練習で真似できる。あんたのサインをここに書いてもらっても『わたしの字ではない』と言われれば終わりだ。証明の仕様がないんだからよ。でも、印は違うだろ? 店の信用が押してあるんだからよ。この取引が、誰から見ても問題ありませんでしたっていう信用の印が欲しいってこった」

 「「「「……」」」」

 4人の視線が熱い。プルシャンとヒルダの顔は見えんが、頭に視線が刺さってるのは何となく判るんだわ。

 マルギットはぼーっと呆れてるのか、感心してるのか良く判らんが……。

 うん、お前さんも不思議なものを見る目は止めてもらおうか。いや、そんなに見んな。横に居る兎人の子の目がこう、何か来るものがあるな。俺なんか変なこと言ったか?

 「ーー」

 難しい顔をする支配人の男の目をみながら話をした感触は、「捺印1つで大袈裟な」というのが正直なとこだ。日本じゃ印鑑普通に使われてたからな。

 欧米では印鑑というより印章という方が近いだろうから、こっちの世界もそうなのかも知れんな。だったら、捺印を渋るのも解らなくはない、か。

 「印を押すと都合の悪いことでもあるのかい?」

 「あなたは本当に雪毛ですか? 失礼ですが、こうまで理で諭されると導師グルと話してるような気になってしまいます」

 「ちぃと育ちが特殊なだけで、正真正銘、この子と同じ雪毛の兎人さ。で、印は押してくれるんだろ?」「っ!?」

 そう言いながら、俺の隣りで布にくるまってる雪毛の子の頭をガシガシと撫でる。急に手が伸びてきて吃驚びっくりしたみたいだが、目が合ったとこでニコッと微笑ってやると照れてやがった。可愛らしいな。

 「普段はこうした事のためには押さないのですが、わたし自身今の弁に納得いたしましたからね。特別です」

 それを見ながら、懐から印を取り出す支配人。

 恐らくだが、【空間収納】か、内ポケットが【魔法鞄マジックバッグ】みたいになってるんだろう。

 そしたら、何も付けずに印を押すじゃねえかよ。「朱肉は要らねえのか?」ってそこまで声が出掛かってたんだが、慌てて口を閉じる。

 何とまあ、魔道具みたいだわ。あの印鑑。印を押した状態で数秒待ったら、赤い印が羊皮紙に写ってるじゃねえか。

 「へえ。綺麗に押せるもんだな」

 「ありがとうございます。では、ご確認下さい」

 小さくお辞儀して男が俺の前に羊皮紙を差し出す。うん、問題ねえな。

 「すまんね。雪毛なもんで面倒を掛けちまったな」

 領収証をさっと取り上げ、マジックバッグへ収める振りをしながら【無限収納】へ入れる。こう言うもんは盗られねえ場所に置いとかねえとな。

 「とんでもありません。良い勉強をさせていただきました」

 そう言いながら、マルギットとこの子用の魔法契約書を自然に並べ始める支配人。本当、顔に出さねえでよくもまあしゃあしゃあと出来るもんだ。どんだけこの方法で被害者を増やしてきたんだか……。

 考えただけでも胸糞が悪くなる。

 予想通り、マルギットの前には偽装された魔法契約書が差し出された。誰がさせるかよ。

 「最後に確認なんだが、この子の状態は今どんな状態だ? あんたが主人のままか?」

 「いえ。契約するためには一度解除する必要がありますから、隷属の首輪が嵌めてあるだけで、どんな状態でもありません。普通であれば目の前で解除するのですが、ソレは手足が悪いですからね。逃げる心配がありませんので、奥で解除させておきました」

 つまりは、主人はこいつじゃなく別に居るってことか。

 ま、誰が主人か判れば狙われる商売だろうからな。用心するに越したことはねえ。

 「きゃっ!?」「なら安心だ。よし、今からお前さんはウチの子だ。一緒に帰るぞ?」

 膝の上に乗せながらそう言い聞かせたんだが……。

 ん? 「きゃっ!?」ってまた女みてえな声を出すやつだな。ま、あれか、変声期が来てねえのはこんなもんか。

 「は、はい、ご主人様」

 「あ~そこら辺は帰ってから直すか。さて、と。商談は終わりだ。胸糞が悪くなる契約はここではしねえ。帰るぞ」

 「「「「「えっ!?」」」」」

 ソファーから立ち上がってそう宣言した俺に、5人がハモる。

 「どうした? この子の金は払った。気が変わった。契約はしねえ。何か問題があるか?」

 「い、いえ。ただ、契約をしないということは逃げられる恐れがあるわけで……」

 「誰が誰から逃げるって? わりいな。俺も歳でよ、時々耳が遠くなるんだわ。逃げる心配がねえって言ったのは誰だ?」

 「わ、わたしです」

 「だろ? んじゃ問題はねえ」

 「だ、旦那様。ここでないと契約が出来ません。領都の奴隷商はここだけですから」

 「あ~それだがな。ちょっと思い出したことがある。それがダメならそん時考えりゃ良い。それとな。お前さんの目の前にある契約書にサインでもしてみろ、目の前の奴の奴隷になっちまうぞ?」

 「っ!?」「えっ!? そんなまさか!?」

 俺が問題の契約書を指差すと、支配人の男が引き取る前にマルギットが取り上げて文面を確認し始めた。いや、それじゃ判らねえよ。

 「旦那様。どこにも問題はないようですが?」

 「そうかよ? さっきまで涼しい顔して微笑ってたおっさんが随分険しい顔で汗かいてるぜ? 可怪しいんじゃねえのか?」

 「っ!?」

 「……まさか、本当に?」

 そうだ。さっきまで汗一つかいて無かった男が、ハンカチで顔や首元を拭き始めてるんだ。怪しまれねえと考える方が可怪しいだろ。

 マルギットの目もすっと細くなるのが見えた。イラッと来た時の顔か?

 「おい、支配人。取引だ」

 「っ!?」

 俺の声にビクッと上半身を揺らす男。

 「俺たち5人に手を出すな。口を挟むな。情報を流すな。それを踏まえた上で、ここから帰すってんなら黙っとく。どうだ? 悪い話じゃねえだろ?」

 「か、金は幾らーー」

 「要らん。金をお前さんの懐から出させれば、恨まれる。面倒事はこの部屋で精算して終わりてえ。俺からの条件はそれだけだ」

 「わ、分かりました。寛大なご処置に感謝致します」

 「おう。じゃあ、その壁の裏で息を殺してる奴らにも言っとけ。話を穏便に済ませるのはこれっきりだとな」

 「「「「「っ!!?」」」」」

 俺と抱いてる子を除いた、4人が4様に身構えたり立ち上がったりする。壁の向こうからも息を呑む雰囲気が伝わって来た。こいつら素人かよ。

 「お前さん。兎人の耳の良さめてんのか?」

 「けっ、決してそのようなーー」

 「あ」「ほらよ。これは俺らが持ってても火種にしかならんもんさ。この子を買った証明はちゃんとここにある。この子を買った以外は何もなかった。で良いじゃねか。ほら、行くぞ」

 マルギットからするっと問題の契約書を取り上げ、支配人に渡す。

 「あ、ありがとうございます!」

 背中で支配人の声を受けながら、俺たちは部屋を後にした。

 正直釈然としねえが、今の俺にはこれが精一杯だってえのも判る。

 圧倒的な魔法の力がある訳でもねえ。

 どこぞの主人公みたいに1人で何でも問題を解決できるわけでもねえ。

 手の届くもんを守れりゃそれでいい。今回がまさにそれだ。

 ここで波風立てちまったら、目立つ上に命が狙われる危険が増す。だったら、何も見なかったってさらって流した方が良いんだよ。

 しばらくは、何もしてこねえだろうがああ言うやからは裏と繋がってるのが相場だ。遅かれ早かれ、何らかの接触があるだろうさ。それもそん時に考えりゃ良い。

 「帰ったら、美味いもん一杯食わせてやるからな」「わわわっ!?」

 ま、ガキんちょが1人増えたが、賑やかになっていいだろう。ガシガシと頭を撫でてやりながら俺たちは露地ろじに出た。後ろから追ってくる気配も、見送りに来る気配もない。

 『ハクトさあ~ん!』

 散策に出掛けていた青い小鳥スピカが俺の頭の上に降りて来た。

 「さて、雪毛が2人になってさらに宿のハードルが上がったぞ? おら、マルギット、んな顔するんじゃ無えよ」

 「あう……ですが旦那様」

 マルギットの腰を叩きながら、発破を掛ける。

 「宿見つけたら契約もぱぱっと済ましちまおうぜ? 良い方法を思い出したんだよ。頼りにしてるからな?」

 「……」

 「マルギット諦めろ。主君はこうなったら梃子てこでも動かん」

 「そうだよ。諦めて宿探そ!」

 ヒルダとプルシャンに慰められてんのか、説得されてんのか知らねえが、表通りに出て聞き込みを始めてくれた。それを見ながら、フード付きの袖なし外套クロークとか買うなり、作るなりしねえといけねえなと、ぼんやり空を見上げる。

 領都の空を流れる風は早く、白い雲の塊が綿菓子を引き千切るように別れては、重なり、青空を賑わせていたーー。





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