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幕間

閑話 7つ首の胎動(※)

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 コツ、コツ、コツ

 光も届かない纏わり付くような闇の中を、3つの人影が靴音を従えて歩いていた。

 先頭を進む者の手には円筒状の中に明かりを灯した物が握られており、進行方向だけを照らしている。

 そこに不自然さを感じるのは、明かりが筒の中に流れる風でも揺らがないことだろう。

 揺らぎも、燃えたあとに香り立つ煙もない。



 ――自然ならざるもの。

 

 だが、3つの人影はそれに驚きをあらわにすることもなく歩を進める。

 その人影たちが発する靴音を嫌うように、時折水のせせらぎが耳朶じだを撫でた。

 そう、水が人影のすぐ傍を流れているのだ。

 し掛かるような空気の重さを感じるのはそのせいだろう。

 角を曲がる時に、明かりに照らし出される先の見えない水路と黒く聳そびえる壁、そして覆い尽くす暗闇と鼻を突く悪臭。

 それらは、ここが巨大な地下水路迷宮であることを雄弁に物語っていた。

 実際、3人とも口元や鼻に手や布を当てているのがその証だろう。

 どれほどの時間、3つの人影が水路を歩いていたのか定かではないが、ある扉の前に立ち止まった。

 先頭の人影が周囲を確認し、扉の上部にある蛇の口にはままる鉄の輪で扉を1回、3回、1回、2回と叩く。

 すると、小さな覗き窓がザッと引き開けられ中からの光が外に漏れる。

 「首は」

 覗き窓からは誰の姿も見えず、ただくぐもった男の声がするりと抜けて来た。

 「斬られてもよみがえる」

 扉を叩いた男がそう答えると、一拍ほど沈黙の間が生まれた後――。

 ガチャッ ガコッ ギィィィィ

 「入れ」

 鍵が開けられ重い片扉かたとびらが動く音が先程の男の声と合わさって、3人の上に降ってきた。

 「「「――」」」

 出迎えた男はフード付きの袖なし外套クロークまとい、顔には白い無表情の仮面を着けて素性が判らない。

 ただ、声から男であると判断できるだけだ。

 その怪しげな男の横を無言で通り過ぎ、通路の奥に進む3人。

 3人が中へ入ったのを確認した男は、まるで見えているかのように左右の暗闇を確認し、ゆっくりと扉を閉めるのだった。

 再び、施錠される音が人気のなくなった水路の上を踊り、せせらぎに流されていく。

 光のない地下水路迷宮。

 纏わり付くような闇が何処からともなく流れてきた微風びふうに押され、今しがた閉じられた扉の前で渦巻いていた――。



                 ◆◇◆



 5パッスス7.4m四方の広間の中央に、直系2パッスス2.96m程の円卓が置かれている。

 7つの椅子が円卓を囲むように置かれ、6人の男女が既に席を埋めていた。

 6人の背後には、それぞれ様々な表情を模す仮面を着けた1人の付き添いが立つ。

 だが、その広間はとても奇妙に装飾が施されていることに気が付く。

 天井にも、壁の上部にも明かりがないのだ。

 あるのは床と壁が接合する角にり貫かれたくぼみにある明かりだけ。

 それも、全ての窪みの上部にはひさしが付けられて上を照らさないように細心の注意が払われていた。

 四方の角に1つずつ。その間に1ずつの計8つの明かり。

 バテ―の卵を思わせるくらいの宝石に似た石が光を放っているのだが、光を透かして石が見えるくらいの光度だ。

 それゆえ、男女の輪郭や装いはおぼろげに判ったとしても顔までは判別できないでいた。

 コンコン

 「失礼致します。参られました」

 とそこへ、片扉をノックする音が広間に響き、扉を開いた黒を基調とする執事服に身を包んだ老紳士によって待ち人の来着が告げられる。

 洗練されたその動きに感銘を受けることもなく、2人の男がゆったりとした歩調で広間に現れ席に向かうのだった。

 2人とも無表情の仮面を着けている。

 2人が広間に入ると同時だろうか、一斉に6人が席から立ちあがり胸元に指を伸ばした掌を当てた。

 それを一瞥いちべつした男が席に背中を預けると、ぎしりと背凭せもたれが鳴く。

 扉の開閉の際に老執事も外に出たが、その際に生じた空気の揺ぎと同じく誰にも気に留められることはなかった。

 「皆待たせてすまない。座ってくれ」

 仮面の男の言葉に6人の男女が席に着く。

 それに反して、彼らの後ろに突く付き添いは誰一人動かない。

 その中の1人、最後に来た男の真正面の席に着く男がおもむろに立ち上がった。

 「先の総会で決めたように、この度は俺、ティンセルのロドリゴが議長を努めさせてもらう。意義がある者は挙手によって意を示せ」

 体格の良いその男の野太い声に空気が震えるが、誰1人手を挙げる者はなく沈黙によって了承された。
 
 「では、イークセルから順に報告してもらおう」

 ロドリゴの着席を待って、最後に入って来た男の左隣りに座る長身痩躯ちょうしんそうくの男が立ち上がり口を開く。

 「では。報告致します。現在公国の北方守護を担っていたヴェルレーヌ侯爵家が国家転覆を図ったとして、候爵は斬首、その家族は奴隷落ちしております。イークセルが持つルートで、それらを買い付けているところです。内通者も摘発されていることをかんがみれば、しばらくは忙しくなるでしょう」

 男が座ると、そのまま左回りに次席の男が立つ。

 先の男よりも肉付きが良いが、中肉中背ちゅにくちゅうぜいで特筆すべきとこはない。

 「まず、皆に謝罪を。ドーセルの子飼いの者をホバーロに回して金策していたのだが、何者かに殺された。定時連絡のために走らせた使いからの話だと、“白い悪魔”に連れ去られたと要領を得ない答えばかりだという。その辺りの話は、ティンセルにも入っているのではないか?」

 2人目の男がまだ立っている中で、先にロドリゴと名乗った男も立ち上がって頭を下げたのだった。

 「俺からも謝罪を。深淵しんえんの森に近い西の廃墟に拠点を任せていたイヴァンが殺られた。姫付きの騎士団長や主だった女騎士を捕まえたとこまでは良かったんだが、思わぬ邪魔が入った」

 「2人が同時に失敗しくじるとは珍しい。目星は付いてるのか?」

 2人目と3人目ロドリゴの報告に、最後に入って来た男が問いかける。

 「わたしの方では“白い悪魔”としかつかめてません」

 「俺は莫迦バカデカイ白騎士が暴れまわったとしか。情報が出てこなかったな」

 「ほう。白騎士?」

 無表情の仮面を着けた男が興味を示して、椅子の上で身動みじろぐ。

 「何でも身の丈8ペース236.8㎝もある全身鎧フルプレートメイルを身に着けて、身の丈よりも長い斧槍ハルバードを振り回していたそうだ。矢を撃とうにも、全身が覆い隠せるくらいの五角盾カイトシールドを持ってるせいで、矢も投槍も使えなかったという話だ」

 「随分詳しいじゃないか」

 それに答えるようにロドリゴが饒舌じょうぜつなると、仮面を着けた男は右腕を肘掛けに乗せ、頬杖ほおづえを突いてから一言投げ返した。

 「西狭砦さいさとりでにも手の者を潜入させてるからな。ま、ヴェルレーヌ侯爵が斬られたというのは、正直誤算だったよ。次の候爵が扱いやすいかもまだ判らないからな」

 その姿勢を気にすることなく、得意気に話すロドリゴの左隣りに座る女が溜息をく。

 「何にせよ、騎士団のが手に入らないのは残念ね。楽しみしてたのに」

 「すまん」

 「まあ良いわ。今はヴェルレーヌ侯爵家の娘たちをどう仕込むか忙しいの」

 右手で気怠そうに空気を払う仕草をした女に、更に左隣りの獣人の男がわらう。

 「精々壊さぬことだな」

 「あら、失礼ね。あたしは愛を持って扱ってるのよ?」

 「ふん。どうかな。まあ、オレには関係のない話だ」

 そう肩をすくめる獣人へ仮面の男が尋ねた。

 司会を立ててはいるものの、この男が会の長であることは明白だ。

 ロドリゴもそれに口を挟むことなく、成り行きを見守っているのが何よりの証拠だろう。

 「ヴォル、パーンチセルの動きはどうだ?」

 「は。南狭砦なんさとりでから東北へ行ったところに宿営シヴィルを張っています。横は大砂海だいさかいです。あれを越える者は、居たとしても数える程度。数に物を言わせれば露見することはないでしょう」

 「規模は?」

 「5000」

 5000という数が人数であるのなら、それは村を超え、1つのまちに相当する人数だ。

 その上にまちというくくりがあるが、これは10000から20000の集合体と捉えて良いだろう。

 それ程の人を集めて何を為そうと言うのか……。

 「そのまま頼むよ」

 「は」

 「アラン様宜しくて?」

 「何だ?」

 仮面の男はアランというらしい。

 アランのすぐ右隣りに座る女が声を掛けてから、居住いずまいを正す。

 それが男の本名なのか偽名なのか確かめるすべはないが、呼び掛けによどみなく応じたところを見ると、使い慣れた・・・・・・名前なのだろう。

 「オークションの開催日をいつにすべきでしょうか? 貴族や商人たちからも問い合わせが多数来ていますの。チェーセルで、今商品を集めているということを言わせて居るのですが……」

 「皆、目玉商品は手に入ったのかい?」

 アランの問い掛けに、気不味い沈黙が広間を覆う。

 「ということだ。ビーを困らせるのは本意ではないが、皆も本気で探せ。開催は六月後むつきごの風の第2の月に開催することとする。場所はいつもの所で良い。任せたよ、ビー」

 「「「「「は」」」」」

 「ありがとうございます、アラン様。チェーセルの名に恥じぬ働きを誓います」

 アランからビーと呼ばれた女が席を立ち、胸に右手を当てて優雅にお辞儀をする。

 豊かな膨らみがその動きに合わせてドレスを揺らし、長い時間掛けて整えられたのであろう金色の縦巻髪が明かりに照らされてふわりと踊るのだった。

 「ロドリゴ、すまない。仕事を取ってしまったな。後は任せた」

 「いえ。滅相めっそうもありません。全てはサーツェルの意のままに。では、議題に戻る。報告が途中で切れていたな。チャーセル、報告を」

 ロドリゴが席を立ち、ビーと呼ばれた女と同じように右手を胸に当ててお辞儀をすると、進行を再開するのだった。

 彼に呼ばれて、その隣りに座っていた女が立ち上がり口を開く。

 先程、女騎士たちを逃したことを残念がっていた女だ。

 「報告するよ。チャーセルの経営する青楼せいろうは――」



 ――報告は続く。



 足元を照らす明かりに目が慣れてくると、広間の様子も薄っすらと見えてくる。

 特に注意を引くのは中央の円卓の意匠だろう。

 円卓の外縁は当初の目的通り、書類や食事を置くために従来のテーブルと同じく凹凸はなく平面に仕上げられているのだが、真ん中はそうではない。

 1頭の獣、いや、魔獣がそこに彫られていたのである。

 金箔で、闇に浮かぶように躍動的に彫られた体を装飾されたそれは――。



 ――蜷局とぐろを巻き、7つの首をもたげるヒュドラ。



 その首は斬られてもまた生え出ると言われる、王金級オリチャルクムの脅威を持つと認定された魔獣だ。

 その魔獣を模した闇の組織が静かに胎動を始めた――。





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