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第2章 辺境伯爵領
第95話 えっ!? 全員お買い上げ!?
しおりを挟む「さっきまで居たコワリスキーの旦那が、俺達が棟上げしてる時に隅の柱を斬ったのを見ちまったんスよ!?」
えっ!? それって自作自演だろ!?
そう突っ込みたくなったが、気が付いて回りを見回す。
他の面々は何で俺がキョロキョロしてんのか解ってねえ顔だ。
ーー居たっ!
建物の影からスッと居なくなる影があった。
流石に、街を裏から動かそうと言うやつは頭が切れると見える。
「おい、兄さん、何キョロキョロしてんだ?」
「あ、いや、何でもねえ。兄ちゃんよ、あんた家族で住んでんのか?」
「いや、ビリーも含めて、ワシの家で他の職人も面倒を見てるぞ」
兄ちゃんが答える前に、おっさんが答えてくれた。
住み込みの徒弟制度か? なら、丁度良い。
「そうかい。良いか、兄ちゃんの為を思って1度だけ忠告しといてやる。今日は、今日だけじゃねえな。暫く1人でウロチョロすんな」
「……え?」
「おっさん、あんたもだ」
「……兄さん、おめえが何者か知らねえが、悪いやつじゃねえってのは判る。忠告ありがとうよ! 落ち着いたら店に顔出しな! 大工が必要な仕事なら格安で請けてやるからよ! おら、ビリーもたもたすんじゃねえっ!」
「いや、そこはタダでだろうがよ。案外しっかりしてやがる」
若い男の尻を叩きながら、威勢よく戻っていく親方に思わず呆れてしまった。
まあ、今はこれでいい。あとはーー。
「さあて、一仕事したら腹減ったな! なあ、安くて量のある店知らねえか? 後、美味けりゃなお良いんだが?」
飯だ。ここに来てからそんなに時間は経ってねえが、動けば腹も減る。
「勿論、奢りだろうね?」
獰猛な笑顔で訊いてくるクロに、なるだけ笑顔で答えてやる。引き攣ってねえよな?
「おうっ! タダ働きさせちまったからな! しっかり食ってくれ!」
「おお~太っ腹っスね! ウチのリーダー大食いですけど大丈夫っスか?」
あの体格で少食とかだったら余計に驚くわっ!
「まあ何とかなるだろうさ。ウチの2人も負けてねえと思うぞ?」
「へぇ~。ヒルダとプルシャンも大食いなの~? 見かけによらないものね~。それなら跳ね豚の憩い亭がお薦めよ~」
凄えネーミング来たな。そんな豚が居るのかよ!?
「量・質・味、問題なし。向かうべき、じゅるっ」
おい涎、涎! ったく、美味いというのはしっかり伝わって来たぜ。
「ひ、久し振りのご飯!」
そんなに食ってなかったのかよ!?
まあ依頼がどれくらい請けれるのか知らんが、安い依頼でも、動けば腹が減るだろう。ついでに食料を調達できるような依頼いいんだろうが、そんなばかりでも無さそうだし……。
腹が減ってるなら好都合だ。今回の詫びとしては、丁度良い。んで、飯食いながら宿の情報とか仕入れればいいさ。まだ宿も取ってねえんだし、俺が泊まれる宿ってのも限られるだろうからな。
そんな打算を働かせながら、俺たちはクロたちパーティに案内されて跳ね豚の憩い亭へと向ったーー。
◆◇◆
何てことはねえ。
案内されて行った先は、クロたちが定宿にしてる宿屋だった。
まあ、俺の感覚では民宿に毛が生えたような感じだな。
跳ね豚の憩い亭は3階建てで、2階に2人部屋が4部屋、3階に4人部屋が2部屋ある造りだ。宿賃も他と比べて安いらしい。安いらしいというのも、俺が他を知らんからだな。
4人部屋で1人1泊鉄貨2枚と小鉄板5枚らしい。円換算すれば2500円くらいか。
飯は別途金が要る。1食小鉄板2枚だ。こっちは200円。
円感覚で考えれば随分安いが、こっちは60㎝くらいの食パン1斤が銅貨8枚で、4人家族で4日は保つそうだ。80円で4日だぞ? 物価の価値がまるっきり違う。
で、クロたちはいつも5人で4人部屋を借りるらしい。
オリーブがホビット族で小さいというのもあって、まけてくれるんだと。
それでも、4人泊まれば1泊で小銀板が1枚消えてく計算だ。飯抜きでも、10日で銀貨1枚は稼がねえとここには泊まれねえ。熊ハーフが久々の飯だと言ってたのは、察するにそういう事だろう。
依頼日照りなのか、訳ありなのかは聞くつもりはねえが、今日の感謝と詫びの分は払うと決めてる。もともと湧いて出た人様の金だ。有効に使って、世の中に回さねえとな。
他にも客が居るのかと思ったら、俺たちの貸し切りになっちまった。
まあ、宿の主人が見事な熊人族のおっさんだったからな。初見は怖えわ。
俺の時は、中華包丁かっていうような肉切り包丁を片手に奥から出てきやがったからな。ビビッて「おわっ!」って叫んじまった。肉を切ってたんだと。
怖くて寄り付かねえって。
んで、奥さんは何処で捕まえてきたのかしらねえが、ポチャッとした可愛らしい女将さんだったよ。肝っ玉母ちゃんというよりも、ニコニコと接客してくれる人族のおばちゃんだ。ソレンヌの両親かと思ったら違ったよ。こっちは息子らしい。
どうせ、あの大工のおっちゃんに森で作った丸太長屋の手直しを頼むつもりだから、ここいらで長居しようと思ってたんだ。
だから、雪毛も関係なく泊まらせてもらえるこの宿は、俺たちにとっても有り難い存在なんだよ。特に俺が、な。
ん~宿泊費? 俺たち3人と、クロたち5人を合わせて8人だろ?
1泊小銀板2枚だ。奮発して金貨1枚払っておいた。8人で50泊分だな。1ヶ月半は泊まれる計算だ。それだけここに居るかどうかは別だが、飯を食った感じではそれもありだな。
金貨を見て、熊人のおっさんがびびってたが、「食事代も込み込みの値段でまけてくれるか? まあ、食べ過ぎた分は払うから」というと、親指を上げるだけで答えてくれたよ。あんまり喋るのは得意じゃないらしい。
女将さんも、ダメだって言わなかったから問題ねえだろう。
個人的には拾った金だから、宝くじで当てたようなもんだ。泡銭は手元には残らねえのさ。
集られるのは嫌いだが、奢る方は悪い気はしねえ。可笑しなもんだ。
「ここに居る全員の宿賃を1ヶ月分先払いしたから、暫く世話になる」
「「「「「えっ!? 全員お買い上げ!?」」」」」
「違うわ! ボケッ! ヒルダもプルシャンも落ち着け!? そういう意味じゃねえからっ! 座れ! 説明するから、一先ず座ってくれ!」
そう宣言したら、軽く混乱した。
クロたち5人がなんとなく嬉しそうだった感じがしたのは、気の所為だと思いたい。
それよりもだ、ガタンッと椅子を蹴倒して立ち上がった2人を宥めるのが先だ。2人の後ろに回って椅子を起こし、腰を掛けさせる。立ち上がらないように、それぞれの肩に手を置こうとする間も、外野が五月蝿い。
「元々寝るつもりだったし、あたしは良いよ」
「ここまで大胆なアプローチは初めてです~」
「ホビットは身持ちが堅いッスけど、ハクトなら良いっスよ」
「優良物件。寧ろ歓迎」
「よ、よ、宜しくおね、お願いしましゅっ! あ……」
「よし、お前ら黙れ。話が進まん。まずだ、体を買うということから頭を離せ。それじゃねえ」
「「「「「…………」」」」」
「流石、主君。吾の勘違いだったか」「安心したよ」
「そこ、あからさまに落胆するな。良いか。俺ら3人は今日冒険者登録したばかりで、狩りのイロハを何も知らん」
「いろは?」
ホビット娘が耳慣れないと言った表情で聞き返してきた。
あ~そこからか。『色は匂へど 散りぬるを 我が世誰そ 常ならむ』っていう仏教の歌らしいから、知らねえわな。
「狩りの初歩的な事って意味だ。依頼も処理もそうだな。だから、これは先行投資って思ってもらえればいい。つまりだ。クロたちは俺たち3人に依頼の熟し方、狩りの仕方、この2人に武器の使い方を教えてもらいたい。その為には、しっかり食って安心して休む必要がある。で、ここを拠点とした方が、俺も宿を探さなくて助かるし、懐も助かるって算段だ」
「それは、この8人で動くって意味でいいんだね?」
「そういう事だ。依頼を複数熟せるなら、儲けが出るような依頼を取れば良いと俺は思う。ただ、この街に帰ってこれない依頼は、今は省きたい」
「そういう事でしたら、わたしたちにかなり美味しい仕事ですから、わたしは賛成です~」
「有り難いっス」
「雪毛なのに聡明。でも賛成」
雪毛ってそんなイメージなのかよ。
「ご、ご飯、ありがとうございます!」
ソレンヌは何処に思いが向いてるのか分かりやすよな。
「って事で、あたしら“自由の牙”はあんたからの依頼を受ける。あたしらは正直助かったが、本当に良いのかい?」
「ああ、伽は間に合ってるから要らんが、男に二言はねえ」
「じゃあ、合意の握手だ。話が纏まったら依頼主とはこうやって握手するんだよ」
クロがそう言いながら右手を差し出してくる。
握手か。向こうに居る時は全然したことなかったからな。これから慣れなきゃいかんということか。
「おう。宜しく頼むんぐっ!?」
応えるように右手を差し出すと、ガシッと掴まれ引っ張られたと思ったら――。
「「「「「「あ゛――――――っ!!!?」」」」」」
クロに唇を塞がれてた――。
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