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第2章 辺境伯爵領
第91話 えっ!? 軟派かよ!?
しおりを挟む「では、これで皆さんは正式に冒険者としての登録が完了しました。この度はご迷惑を掛けて本当に申し訳ありませんでした」
木製のカウンター越しに、綺麗な姉ちゃんが立ち上がり、45°のお辞儀をしてくれる。
そうするとだ、育ちの良い胸がこうたゆんと揺れる訳で……。
「いっ!」
妙に勘の良い左右の連れから脇を抓られ、眉間を嘴でザクッと突き刺された。
「どうかされましたか?」
「い、いや何でもねえ。謝罪を受け入れるから座ってくれ。綺麗な姉ちゃんに謝らせてると、回りの目が痛くて敵わん」
胡麻化しながら額を擦る。スピカめ、本気で刺しやがったな。
「ふふふ。そうですか。ハクトさんは面白いですね。それでは、改めて冒険者のご説明をさせていただきますね?」
「ああ、宜しく頼む」
俺たちは、西狭の砦から徒歩で西へ3日ほど下がって来た所にあるホバーロという川辺の街に居る。正確に西かどうかは分らんが、川伝いに下って来たのと、陽が沈む方向という条件から西だと思った訳さ。
今はその中にある冒険者ギルドで事務手続きをして、砦の街でやり損ねた身分証の発行手続きを今し方終わらせたとこだ。
これから、冒険者がどういうもんかの説明を受ける。
「では、ご説明させて頂きます。まず冒険者とは、魔物を狩る事を主たる仕事だと思っている方が多いのですが、基本は何でも屋です」
「ほ、ほう。何でも屋ね」
何となく言いたいことは解る。
「はい。家屋の修繕、荷物運び、汚物の処理から、薬草の摘み取り、人探しなど多岐にわたります。ですから、冒険者になったからといって、魔物を狩るだけではダメだという事です」
「ダメ? 魔物を狩ることも立派な仕事だろうに。そればっかりじゃダメってことか?」
「はい、その通りです。説明する前に、皆さんの身分証の材質を見て頂けますか?」
「材質? ああ、銅製品だな」
「冒険者には階級が定められていて、どんな立場の人でもまずは銅級から始まります。そこから順に、鉄級→銀級→金級→白金級→真銀級→王金級と上がって行きます」
そう言って説明しながら、カウンターにではなく、俺たちにだけ見えるように自分の前に身分証の形をした色んな材質の板を置いていく。
銅、鉄、銀、金、白金……後はよく分からんな。
「 」
そう思っていたら、ヒルダが小声で教えてくれた。【鑑定眼】、仕事しろ。
「あ~質問いいか。素材の名前と、等級の名称が微妙に違うのは何でなんだ?」
「よくぞ聞いてくださいました!」
キランと目が光った気がしたぞ!?
「それは、貨幣と混同しないためです。数字を等級にするという案もあったのですが、どうも響きが悪かったので、それならばと、こうなった次第です。それと、魔物の強さに応じてこの等級で格付けをしています」
まともな答えが帰って来たな。
「へえ。よく考えてあるな。けど、等級付けって冒険者でした訳だろ? 強さの基準になった者が居るんだろうが、そいつにも倒せそうにない魔物だって居たんだろ? どうすんだ?」
「……それを聞きますか?」
「あ、いや、悪いな。単なる好奇心だ」
「まず、格付けを行ったのは王金級冒険者であり、当時の勇者様だと聞いています。勇者様がなんとか単独で倒せる魔物を王金級と呼び、その魔物を殺せる魔物を、災害級、災害級の魔物を殺せる魔物を災厄級とよんでいます」
あ~……そういうことか。勇者単独で倒せないとなりゃそりゃ他の者はお手上げだわな。格付けの信憑性も高まるし、これを考えた奴はそうとう頭が切れたんだろうよ。
「なる程、良く解ったよ。脱線させてすまなかった。その等級と、何でも屋がどう関係してるかって話だったな」
「え、あ、そ、そうですね。こほん。銅級、鉄級は、単純に依頼を規定回数完遂させれば昇級します。銀級も基本同じですが、昇級のための試験を受けていただくことになります。以降、上の級にあがるためには上級者からの推薦、そして立ち振舞が関係してきます。それを踏まえた上での昇級試験となるのが大まかな説明ですね」
「何でも屋っていうのが入ってねえよな? それじゃ」
「ふふふ。流石ハクトさん。よくお気付きですね。ここまでの説明で納得して帰られるので、これ以上は突っ込まれないと教えないようにしてるんです」
「……人を見るってことか?」
「血気盛んな人には、痛い目を見てもらうという戒めでもありますね」
おお、怖え。
「で?」
「はい。何でも屋というのは街の人との関係を築く上で大切です。ココだけの話、幾ら依頼の完遂率が高い魔物狩り専門の冒険者でも、街での素行が悪ければ試験も受けさせてもらえないということです」
何処の世界でも、花形に憧れるってえのは一緒か。
こっちは命が軽いからな。憧れだけじゃ生きていけねえ。そのために気付かせようとしてるってことか。
「随分優しいんだな、ここは」
「っ!? 若い命を無駄にして欲しくないだけです」
そういうと、恥ずかしげに一瞬だけ顔を俯かせる姉ちゃん。
「ところで、さっきから依頼、依頼と連呼してるが何のことだ?」
「あ、それはですね、ここの向かいにある壁に羊皮紙が貼り付けてある場所があるのが分かりますか?」
「ああ、疎らに羊皮紙が張り付いてるな」
大きな額に嵌った掲示板みたいな板に、同じサイズに加工された羊皮紙が貼り付けられてるのが見える。何やら似たような文字の配列だが、決まった書き方があるんだろうな。
冒険者らしき男女がそれを眺めているのが見える。回りに円卓と席も何セットかあり、何組かの冒険者が雑談していた。
暇なのか、待ち合わせなのか、これから冒険なのかもな。
人族だけじゃなく、色んな種類の獣人も居る。砦の街では余り見かけなかっただけに、どうしてもチラチラ見てしまうのは仕方ねえだろう。勿論、目は合わせねえ。
「あれが依頼です。街民や他のギルド、個人商店、貴族、あるいは冒険者ギルド側からの依頼を規定の羊皮紙に書き出して、貼り付けてあるんです。依頼内容と、依頼期日、依頼人、完遂時の報酬額が書いてあります。後で見てみて下さい」
「依頼ということは、請負仕事だ。失敗することもあるよな?」
肯きながら疑問をぶつけてみる。
「勿論です。その場合は、事情はどうあれ、報酬額の3分の2の額を違約金として貰い受けることになります」
結構高額だな。金が無えとその日の飯も危ねえんじゃ……。
「払えない場合は?」
「……残念ですが、借金奴隷になります」
Oh……あったよ、奴隷落ち。奴隷制度があるってことをすっかり忘れてたぜ。
つまりだ、下手すりゃ俺も奴隷になるってことだ。気を付けねとな。
「それは一番大事な情報だな。ありがたい」
「皆がハクトさんみたいであれば良いのですが、手っ取り早くお金が手に入るという甘い計画で冒険者になる者も多いんです。後、稀にですが仲間に裏切られて奴隷落ちする事もありますので、パーティを組む場合はご注意下さい。その辺りの責任は冒険者ギルドとしても負いかねますので」
ま、そりゃそうだな。ここまで親切丁寧に説明をしてくれてるんだ、聞かねえ方が悪い。
「色々とありがとう。助かった。ちょっと掲示板を見てくるよ」
「はい。何かめぼしいものがあればお持ち下さい。依頼を受け付けますから」
「そん時は頼む。今日は感触だけさ。あっちに行ってみるぞ?」
「うむ」「うん」
ヒルダとプルシャンを連れて、掲示板の前に移動する。野郎どものプルシャンに向けられる視線にイラッと来たが、こればっかりはどうしようもねえから、余程の事がない限り喧嘩は吹っ掛けないし、買わないことにしようと一先ず自分に言い聞かせた。
けど、どうしようもねえことがある。くそっ。
……字が読めねえ。
「ヒルダ、悪いが残ってる依頼書を端から順に読んでくれるか?」
「うむ。任せろ」
ヒルダにそう頼んだ時だった。殺気がねえから放っておいたんだが、俺の後ろに大きな気配が近づいたと思った瞬間、肩を抱かれた。
は!?
同時に、柔らかいもんが顔に押し付けられてくるじゃねえか。女か!?
見上げると、獰猛な笑顔を見せる俺より頭1つデカイ虎の獣人の姉ちゃんがそこに居た。体も胸もデケえな、おい。
「むーっ。誰? ハクトから離れろ」
「プルシャン、今は良い。ヒルダもだ」「むー」「うむ」
短く、2人を空いた側の手で制す。スピカはヒルダの肩に移動したようだ。
「よお、おっさん。綺麗なのと、怪しいの連れてるじゃないかい。あんた字が読めないんだろ? あたしは読めるよ?」
「そうかい。またこんなオヤジに、何のようだい? ウチにも字の読めるやつは居る」
「みたいだねえ。ここで遇ったのも何かの縁だ。どうだい、これからあたしと寝ないかぃ?」
虎女の冒険者から出た脈絡のない言葉に、理解が追い付かない。
あ? 何言ってんだ?
字が読める云々じゃなくて……寝る? 寝るっ!?
「ーーえっ!? 軟派かよ!?」
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