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俺のモノなのに。

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「……まって。今、電気つけるね」

 パッと玄関が明るくなって靴を脱ごうと視線を下げる。見覚えのないポインテッドトゥ・パンプスが2足増えていた。
 黒のスエード、スムース、色こそ地味だが高さは8センチくらいあるだろう。萌があまり履かないタイプの細いヒールのものだ。

「……新しい靴、買ったんだ」
「うん。お姉ちゃんが服くれるって言うんで貰おうと思ってるんだけど、『でも、私の服にペタンコ靴は似合わないよ』って言うから……」
「ああ、美咲さんか……」

 萌の姉の美咲さんは正直いって少し苦手だ。
 萌は悪くいえば面白みがなく地味だが、圧倒的な安心感があるというか隣にいて落ちつく。美咲さんは違う。顔立ちや声はそっくりなのに、おっとり癒し系の萌と違って、言うことや口調や視線が強すぎてキツイ。

「でも美咲さんの服って、萌のイメージと違くない? 萌はナチュラル系じゃん」

 ゆったりした服が多くナチュラルカラーのイメージの萌とは反対に、美咲さんは身体のラインをガンガン拾うデザインとウィンタータイプのパキッとしたカラーを好む。
 ああいう戦闘力高そうな服は萌には似合わないというか、正直、あまり着てほしくはない。

「……私がお姉ちゃんみたいな服、着ちゃいけない?」

 たずねる萌の声の硬さにドキリとする。

「え? いや……いけなくはないけど……」

 歯切れわるく答えながら、どこか怖いような感じがした。萌が変わってしまったようで。

「何を着たって、私の自由でしょう。私の身体だし、私の人生なんだから」

 つきはなすように言いながら、萌はローヒールのパンプスを脱いで、部屋の奥へと歩いていく。
 慌てて革靴を脱いで追いかける。

「……なぁ、萌」
「届いた?」
「え? あ、ああ。持ってきた」

 ビジネスバッグから白いビニール袋を取りだす。段ボールは捨てたが、さすがにむきだしのままは恥ずかしかったので、コンビニの袋に入れてきたのだ。

「……ありがとう」

 ニコリと微笑んで手を差しだしてくる萌にホッとしながら、今渡そうとしているものが何かを思いだして、うっ、となる。
 ガサリと問題の品が萌の手に移る。
 袋から取り出し、プラスチックケースを目にした萌の目が見開く。

「……すごい」

 くるりとケースを裏返して、もどして、また裏返して、スタスタとローテーブルまで歩いていくと、すとんと萌はクッションに腰を下ろした。
 後を追って、萌の向かいに腰を下ろそうとして。

「じゃあ、脱いでくれる?」
「えっ」
「これ着けるから。脱いで。あ、でも、最初に洗うから、下だけじゃなくて全部脱いでね」
「う、うん、わかった」

 カチャカチャと銀色の物体を取りだす萌から視線をそらしつつ、立ったまま服を脱いでいく。
 脱いだ服をどうするべきか迷って、律儀に畳みながら脱ぐのも変だな、と散らかさない程度にまとめて重ねることにした。
 ジャケット、シャツ、アンダーシャツ、スラックスを脱いで、靴下。最後の一枚、黒のボクサーパンツに手をかけてためらう。
 チラリと萌をみれば、萌は説明書を熟読していた。コートを脱いだだけ、クリームベージュのハイネックニットに黒のテーパードパンツ、通勤時の格好のままの萌の前で自分だけ服を脱いでいる。
 この状況が何だか妙に恥ずかしく思えた。

「……どうしたの?」

 萌が説明書から顔を上げる。

「あ、ううん。服脱いだあと、どうすればいいのかなーって思って」
「……まずは洗わなきゃいけないから、とりあえずお風呂いこうか」

 立ちあがってユニットバスに向かう萌の後ろで、サッとパンツを脱いでから、何となく落ちつかなくて、さりげなく前を隠して後を追った。



「……萌は脱がないの?」
「濡れないようにするから大丈夫」
「……そっか」

 萌はユニットバスのタオルをしまってある棚を開け、使い捨てのラテックス手袋の箱とローションのボトルを取りだした。
 どちらも初めて見るものだ。きっとこのために買って来たのだろう。
 すっすっと手袋を二枚引きだして淡々と装着する様子を見ながら、本気でやるんだな、と今さらながらにドキドキしてくる。

「……こっち来て、拓海。バスタブに入って」
「うん」
「足冷たいと思うけど、ちょっとガマンしてね」

 そういって萌はカランをひねった。

「――っ」

 足元ではねる水の冷たさに身をこわばらせる。早く熱くなれ、と願いながら排水溝に流れていくのをながめていると。

「……何で隠してるの?」

 さらりと股間を覆う手をのけられて、萌の指が俺のモノをかすめた。慣れないラテックスの感触に息を呑む。

「あ……えっと……」

 半勃ちのモノを前にしながら萌は何もいわない。
 それがムクムクと育って上を向いても、いつもみたいに顔を赤らめることなく、血管を浮かせて先っぽに透明な滴を滲ませはじめたモノを静かに見つめるだけ。

「……め、めぐみ、あの……」
「これじゃ着けられないから、一回出しておこうか」

 スーツケースがしまらないから荷物を減らそうか、というような軽い口調で言うと、萌は無造作に俺のモノを右手で握った。

「えっ、ちょ……」
「ローション使うから、大丈夫だよ」

 そういうと萌は洗面台に置いてあったローションのボトルを取って、カチッと蓋を開け、傾ける。

「っ、つめたっ、~~っ、うぅっ」

 ぎゅぷぷ、とローションをボトルから直接、俺のモノへと搾りだして、ぬるりと絡める。
 ことん、とボトルを洗面台に戻し、「じゃあ、やるね」と萌はバスタブの外に膝をついた。
 ちらりと上目遣いに見つめられて、ドキリとする。
 咎めるような、煽るような、攻撃的なまなざしは、初めて見るものだった。
 俺の怯えを笑うように唇の端を上げながら、萌は俺のモノへと視線を落とした。

「我慢しないで出していいから」

 言っていることはエロいのに、萌の声はそうじゃない。
 俺だけが一人昂ぶっていた。
 ゆっくりと萌の指が絡んで、ぬりゅぬりゅと扱かれる。

 ――なんだ、この状況。

 俺だけが一人で脱いで、一人で勃起して、一人で気持ちよくされている。
 萌は袖をまくっただけで服一枚脱いでいない、息ひとつ乱していないのに。
 違和感だらけの状況に脳と身体がバグを起こしたようだった。淡々と扱くだけのゆるい刺激が、やけに鮮烈に感じられて。

「……っ、っ、めぐみ、もう」

 ありえないほどの早さで限界が来た。
 きゅっと睾丸がせりあがるような、引きつるような感覚。
 あ、いく――思った瞬間、ふっと萌が顔を上げた。
 目と目が合って、萌が微笑んだ。
 しかたないな、と許すようにも、早すぎるでしょ、と嘲笑うようにも見える、不思議な表情。

「っ、――ぁ」
「きゃっ」

 最後のひとしごきで、吐きだした。
 とめられなかった。
 勢いよく飛びでたものが萌の頬を直撃する。
 反射的に彼女があげた悲鳴は、いつもの萌のまんまで。不本意な射精に息を荒げながら、何だか妙にホッとしてしまった。



「……じゃあ、まずはリングからね」

 ぱかりと左右に開いたステンレスのリングが玉の下をくぐり、裏側へと当てられて、ゆっくりと閉じる。
 ひんやりとした感触に、う、と思わず声が漏れる。

「はさんでない? 大丈夫?」
「う、うん、大丈夫」
「よかった」

 やさしい声が逆に怖い。

「じゃあ、こっちもつけるね」

 モノを下向きに仮定するステンレスのケース――コックケージを萌が手に取る。

「……うん」

 一仕事おえて休憩中のモノをそっと摘ままれて、その刺激に首をもたげかけたところで、ケージが先っぽに触れた。

「――っ」
「冷たい? だよね。でも、この方が縮こまってくれるから」

 うっすらと笑みを浮かべながら、萌は俺のモノを冷たい檻の中に押しこんでいく。

「……ほら。全部、はいった」

 男が女に言うような台詞を満足そうに呟きながら、萌はリングの上の凸部をケージの穴に通して、凸部の穴に南京錠を通した。
 かちり、と響いた音に、ごくり、と唾をのむ。

「はい、完成」

 すっと萌が手を離して、途端に、ずしりとした重みを感じた。

「……あ……はは、なんか、これ……スゴイね。ガチじゃん」

 試しにケージを引っぱってみると、玉の根元がギュッと締めつけられた。
 無理に引き抜くことはできなくもないかもしれないが、確実に痛い。玉が潰れる。

 ――ステンレス、こええ。

 プラスチックかシリコンの物を頼んでいればよかったと思うが、今さらだ。

「鍵は、私が持っておくね」

 そういって萌は首の後ろに両手をやってネックレスを外すと、貞操帯の鍵の穴にダルマカンを通した。

「……こんな感じ。どう?」

 プラチナの細い鎖にぶら下がった、小さな鍵とひとつぶダイヤモンド。そういうデザインに見えなくもない。

「うん……いいんじゃない」
「そう? よかった」

 ニコリと笑って萌はネックレスを着けた。
 引き輪とダルマカンが繋がって、しゃらりと萌の胸で鍵とダイヤがきらめいた。

「まずは一週間だね」

 ふっくらとした唇をほころばせる萌の笑みは見慣れたもののはずなのに、何だか初めてみるようで落ちつかない。

「うん。……はは、なんか変な感じ」

 呟きながら、ふと思う。
 これから一週間、この貞操帯ケージを外せない。
 萌の鍵がない限り、握れないし、扱けないし、ケージの形状のせいで勃起することもできない。当然、射精も無理だ。

 ――俺のモノなのに。

 萌の管理下に置かれてしまう。自分の身体が自分の物でなくなるという事実。

「……でも、まぁ、たった一週間だもんな」

 自分に言いきかせるようにして萌に笑いかけながら、これからの一週間どうなるのだろうと、少しだけ怖くなった。
 
 
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