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つのる不満に二人の王子は。

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「……そういうことですので、私どもといたしましても、王太子殿下の命とあらば逆らうことはできかねます。どうぞ、お引き取りくださいませ」

 口調ばかりは丁寧だが、ホッとしているのが見え見えの店主の言葉に、ギタレス王国第二王子ロバートは拳を握りしめた。
 びくりと店主が後ずさり、店主とロバートの間に割りこむように屈強な用心棒が立ちふさがる。

「ロバート殿下。どうぞ、おひきとりくださいませ」

 優男ともいえるロバートの倍近くもの厚みがある身体を前にして、内心怖気づきながらも、ロバートは、ふんと肩をそびやかした。

「……いいさ。金さえもらえれば誰にでも股をひらく薄汚い娼婦など、こちらから願い下げだ。頼まれても二度と来るものか」

 そんな捨て台詞を吐きすてると、ロバートは踵を返し、娼館の主と用心棒、ひらいた扉の向こうから向けられる娼婦たちの冷ややかな視線から逃げるように、その場から立ちさったのだった。



 さて、今年二十一になるギタレス王国第二王子ロバートは、絵に描いたような放蕩王子である。
 酒好き、賭け事好き、女体好き。
 女好きではない。女の身体が好きなのだ。
 まあ、とにかく、飲む打つ買うの三拍子そろったろくでなしだということを理解してほしい。
 一方、異母兄である王太子ジェラルドは人格者として知られている。
 半分は同じ血をひいているというのに、似ているところは金の髪と緑の瞳、顔立ちの良さくらいで、中身は天と地、チョークとチーズほどの違いがある。
 いや、チョークはまだ勉学やお絵かきに使えるだけ、比べては失礼というものだ。
 彼が王太子でなくてよかったなぁ、と自国の民ならず、交易国の者たちも思っている事であろう。
 彼が王太子だったらよかったのに、と思っているのは、ギタレスの衰退を望む国か甘い汁を吸いたがる汚職役人、悪徳商人、そして当のロバート、それから――彼の双子の弟である、ニコラスくらいのものだった。



「……あれ? ロビン兄さん、ずいぶんと早いお帰りだね。朝まで遊んでくるんじゃなかったの?」

 ニコラスの私室に入るなり、ロバートは外套を脱ぎ、投げ捨てた。
 土埃のついた靴で、どかどかと豪奢な絨毯を踏みつけ、安楽椅子に腰かけたニコラスの正面へと、ワインテーブルをはさんで腰を下ろす。
 
「ああ、コリン。また、王太子殿下のお達しだ! しばらく娼館は出入り禁止だとさ!」
「あー、そりゃあ、災難だったね。まあ、でも、仕方ないよね。この間、ちょっとやりすぎちゃったからね」
「あれは、あの女が悪いんだ! 新入りだというから買ってやったのに、ゆるゆるで入れた気が全然しなかったんだぞ!」
「だからって、首絞めるのはダメだよ~。犯すくらいなら金で黙らせられるけれど、殺人未遂は流石に通報されちゃうって。泡ふいて失神しちゃったんでしょう?」
「加減はわかっているから、いいんだよ! それなのに……大げさにわめきたてやがって……クソッ」

 肘掛けを拳で叩くと、ロバートは空いたワイングラスを手に取った。

「ついでくれ」
「はいはい」

 とくとくと注がれる深い赤。
 一本で平民の年収を優に超えるような逸品を、ろくに味わいもせずに流しこみ、ロバートは深々と鼻から息を吐きだした。

「……夜会で令嬢を口説くのもダメ、女官も侍女も下女もダメ! 洗濯婦さえダメで、挙句の果てには娼婦もダメときた! 次から次へと人の楽しみを奪いやがって! 今度問題を起こしたら王室費を減らすだと!? ジェラルドのやつ、何様のつもりだ!」

 吐きすてる兄にニコラスも溜め息をつく。

「本当にねぇ……純潔が嫁入り道具な令嬢はともかく、他に僕らに選ばれたのって、たいてい既婚者か、ろくな嫁ぎ先もないような使用人じゃない?」
「ああ。洗濯婦風情の純潔に何の価値があるというんだか……銀貨一枚の価値もない」
「だよねぇ。むしろ、王子の夜伽役に選ばれたんだから名誉に思ってもいいくらいじゃない? 高い媚薬も使って、きもちよくしていただいたんだからさぁ。それなのに、たった一回、犯されたくらいで大げさだよね……本当、迷惑」

 先月、与えられた王室費の半分をすったせいで賭け事も禁じられ、女も奪われ、残るは酒くらいだが、それも王室費の上限まで。
 つのる不満に二人の王子は、心身ともに爆発しそうだった。

「……ああ、ロビン兄さん、僕、もう限界。何か、楽しいことないかなぁ」
「ふん。ジェラルドがいるかぎり、ないだろうよ」
「……そうだよねぇ」

 そろって端正な顔を歪め、飲もう飲もう、とワインをグラスに注いだところで、ノックが響いた。



「……誰だ」
「フィードに御座います。ロバート殿下」

 不機嫌そうなロバートの問いに、にこやかな男の声が答えた。

「ああ、フィードか。入っていいよ」
「はい、失礼させていただきます」

 扉をあけて、そそくさと入ってきたのは、すらりと背の高い老紳士然とした男だった。
 白い髪に灰色の瞳の地味な顔立ちながら、貴族相手の商売をしているからか物腰には品がある。
 一年ほど前から王宮に出入りをはじめたフィードは、二人の王子のお気に入りだった。
 要望が多く、支払いを渋るロバートやニコラスの相手を大抵の商人は嫌がる。
 王宮に出入りをしながらも呼ばれぬ限りロバート達の部屋を訪れようとしない他の商人と違い、フィードは、いくら無理な要望を押しつけようが支払いが遅れようが、ニコニコと愛想よく応じてくれる。
 それがためにロバートやニコラスは、このお人好しな商人を便利な御用聞きとして重宝していた。

「……ああ、挨拶はいらん。うっとうしい」

 ご機嫌麗しゅうだなんだのという大仰なフィードの挨拶をさえぎり、ロバートは問いかけた。

「しばらく見なかったが、何か面白いものでも仕入れてきたのか?」
「はい、方々の国を回る内に、ぜんまい細工が趣味だという職人と出会いまして、色々と仕入れてまいりました」
「へえ、みせてよ」

 ニコラスにねだられ、フィードは黒革のトランクを持ち上げ、ぱかりとひらいた。
 どれどれと覗きこんだニコラスとロバートの目が丸くなり、ニヤリと細められる。
 ごろりと並んだ真鍮の物体は、持ち手の形状は様々違えど、どれも男性器を模した形をしていた。

「……ふうん。こいつらは、どんなふうに動くんだ?」
「ほっほ、色々でございますよ。たとえば、こちら。持ち手の中にぜんまい仕掛けがしこんでありまして、根元のクランクを握ってまわしますと、こちらの先端が前後に動きます。他には、細かく振動するもの、くねくねと回るものもございます」
「へえ、気持ちいいの?」
「効果のほどは、使ってのお楽しみと言うやつでございます」
「よし、買おう。……といいたいところだが、使う相手がなぁ……」
「そうだねぇ……」

 気だるげに溜め息をつく双子に、フィードは首を傾げる。

「お二人ほど麗しい御方ならば、いくらでも我が身を捧げたいという娘はございましょう?」
「ふん。兄上が邪魔をしなければな」
「……と、おっしゃいますと?」
「品行方正で清廉潔白で生真面目なジェラルド王太子殿下は、僕たちが戯れに女を口説くのが許せないんだそうだよ」
「身の回りの侍女も婆さんばかりに交代されたし、女官も俺たちに近付かないように言いつけられているようだ」
「あげくのはてに娼館にもしばらく出入り禁止になっちゃった。年若い弟に対して、あんまりだと思わない?」
「……それは、まあ、少々、厳しいことでございますね」
「少々だと?」

 困ったように眉を下げるフィードの反応に、ロバートは怒りがぶり返したのか、ダンッ、と肘掛けを叩いた。

「兄上は厳しすぎる! 自分は新妻と毎夜励んでおきながら、俺たちには抱いて良い女の一人もあてがってくれないんだぞ!」
「そうだよねぇ……毎晩、いそいそマリステラのところに通って朝までお楽しみなくせに……ずるいと思わない?」
「それは……私には、何とも……」

 三ケ月前、ルナマリア王国という遠い島国から嫁いできたマリステラに対するロバートとニコラスの思いは複雑だった。
 とにかく、毛色の変わった美人なのだ。
 透きとおるような白い肌と声、白銀の髪、妖精のような華奢な身体つき、何より目をひくのはその瞳。
 大きな瞳の縁は黒。瞳孔に近付くにつれて深い青から水色、緑、オレンジが混じり、金色がかっていく虹色の虹彩は神秘的なまでに美しい。

「いいよな……あの目……女神の瞳だとかいったか……」

 虹色の瞳はルナマリアの王族の証とされている。

「本当に、海の女神の末裔なのかなぁ?」
「あの目は、それらしいといえばらしいがな」
「でも、女神の末裔でも、ベッドの中でやることは一緒だよね、きっと」
「だろうな。……羨ましいことだ」

 ふん、と鼻をならして、ふとロバートはフィードが妙にそわそわしていることに気がついた。

 ――なんだ。らしくもない。

「おい、フィードどうした? 何か隠していることがあるなら、さっさと言え」

 がん、と踵でフィードの靴を蹴りつけると、フィードは、びくり、と身をすくめて「いえ……」取りだしたハンカチで額を押さえた。

「他のお客様のことは、お話できませんので……」

 首をふるフィードに、ロバートとニコラスは立ちあがり、老商人の肩をつかんだ。

「おいおい、そんな固いことを言うなよ」
「そうだよ、僕たち上得意だろう?」

 ぬけぬけと笑う二人の王子に詰めよられ、フィードは深々と溜め息をついて、こっそりと打ちあけた。

「……マリステラ王太子妃殿下から、注文を受けました」
「何を?」
「……その……よく効く、媚薬をみつくろってほしいと……」
「何のためにぃ?」

 口々に問われ、フィードは、ごくり、と喉を鳴らすと、もう一度、額をハンカチで拭い、答えた。

「……もう、これ以上は我慢できない。夫を誘惑したいのだと、そう、おっしゃられました」

 予想外の言葉にロバートとニコラスは顔を見合わせ、にやり、とそろいの笑みを浮かべた。
 これは、面白いことになりそうだ――という、あくどい期待があふれる笑みを。
 
 
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