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番外編
【番外編】猫に暖炉
しおりを挟む秋が去って夜が長くなり、ちらほらと窓の外を雪が舞いだす。
今年も、リンクスが暖炉の前に落ちている季節が来た。
「……リンクス、そんなところで寝ていては風邪を引いてしまうわよ。きちんと寝台で寝なさい」
「んー、もう少しあったまったら起きるよ」
伯爵家の夫婦の寝室。
暖炉の前で仰向けに寝転がるリンクスにクロエが声をかけると、生返事が返ってくる。
うっとりと目を細める彼の頬を、赤々と暖炉の炎が照らすのを見て、クロエは溜め息をついた。
「……それならば、せめて、もう少し火から離れてちょうだい。火傷をしてしまうわよ?」
立派な装飾のほどこされたマントルピースの前には、元々、炎に近付きすぎないための鉄の囲いが置いてあった。
けれど、冬になったところでリンクスが外してしまい、今は「どこまでなら燃えずに近付けるか」とギリギリのところを楽しんでいるようだ。
「んー。っ、あちっ」
促すそばから、パチリと薪が爆ぜる。
飛び散った火の粉が三角耳の先をかすめたのか、リンクスは楽し気な悲鳴を上げ、ピピッと耳を振った。
「ああ、もう……!」
焦げた臭いが鼻に届いて、クロエは慌ててリンクスに駆け寄った。
「……大丈夫? 火傷しませんでしたか?」
膝をついてリンクスの耳に手を伸ばし、そっと両手でつまんで、確かめる。
密度の濃いビスケット色の被毛に覆われた三角の猫耳は、信徒の一人が抱いてきたイエネコのものよりも、こころなしか分厚く、上等な毛布を思わせる感触だ。
ふわふわで、とてもさわり心地がよい。
「別に大丈夫だと思うけど……んっ、だめ、クロエ、そこ敏感だから、もっとやさしくさわって……っ」
「っ、もう、変なことを言わないでちょうだい……!」
言いかえしながら、クロエはポッと頬を染める。
やましい気持ちなどなかったはずなのに、リンクスが悩まし気な声を上げるものだから、いけないことをしているような気になってしまう。
――絶対にわざとだわ! もう、本当に悪い子!
怒ったふりで恥ずかしさをごまかしながら、クロエは丁寧にリンクスの耳をあらためて――。
「……ああ、大変! 房毛が!」
三角耳の天辺から、ちょこんと生えた黒い房毛が焦げて縮れてしまっている。
まっすぐに戻せないかと、きゅっと挟んで引っぱってみるとパラパラと崩れてしまった。
「あぁあ……どうしましょう」
以前、リンクスは、この飾りのような房毛は種族の大切な特徴なのだと言っていた。それなのに。
ワタワタとうろたえるクロエの耳にクスクスと笑う声が届く。
「まったく、クロエは心配性だなぁ……大丈夫だよ。一ケ月もすれば元のように生えそろうから」
「そうなのですか? ……よかった」
ホッと安堵の息をつき、それからクロエは表情を引きしめた。
「……よかったですが、これにこりたら、あまり暖炉に近付きすぎてはいけませんよ。今度は頭が燃えてしまうかもしれないでしょう?」
今回はすぐに生えてくる部分がだったから大事にならなかったものの、そうでない部分が燃えてしまったら笑い事ではすまない。
「はぁい、気をつけるよ」
「ええ、本当に、気を付けてちょうだい!」
笑いまじりに返されて、クロエはキリリと言いつける。
それから、ふわりと微笑み、リンクスの髪を撫でた。
「それじゃあ、もうそろそろ寝ましょう」
「んー、だって、シーツ冷たくて嫌なんだよ」
リンクスが眉を下げ、子供のように唇を尖らせる。
シーツが冷たいから寝台に行きたくない。けれど、寝台に入らない限りシーツが温まることはない。猫を悩ませる冬のジレンマだ。
「もう……わかったわ」
クロエは、ふう、と溜め息をついて、やさしくリンクスに囁いた。
「それじゃあ、私が先に寝て温めておきます。だから、あなたは後から――」
ころあいを見て来てちょうだい――そう言いおえるより早く、シュタッと跳ね起きたリンクスにクロエは抱きあげられていた。
「きゃっ!?」
「――だめ。クロエだけに冷たい思いなんてさせられない」
ぼそりと呟く声がクロエの耳をくすぐる。
「え?」
「いっしょに冬に立ち向かおう、クロエ」
敵陣に乗りこむかのような覚悟のこもった声で、リンクスが宣言する。
そんな大げさな――と思いながらも、クロエは、いつになく凛々しい表情に見惚れてしまった。
けれど、それも束の間。
リンクスは「あ、そうだ」と何かを思いついたように声を上げ、ニヘラと相好を崩した。
「早くあったかくなるように、ちょっと運動とかしようね!」
そう言ってリンクスはクロエの頬に頬をすりつけ、ぐるりと喉を鳴らすと、クロエを抱えて軽やかな足取りで寝台に駆けていった。
そして、寒い寒い冬の夜。
あったかいを通りこして熱々になるまで、クロエはリンクスの運動につきあうことになったのだった。
Fin
* * *
ご読了、ありがとうございました。
猫も犬もその他も、ヘソ天が好きです。
猫ちゃんは賢いですよね。ちゃんと温かいところがわかっていて、寒くなったら新天地へ動けますし。
我が家の犬はポカポカな窓辺で温まり、お日様がいなくなってもまぶしそうな顔をして、お鼻を垂らしながら座りつづけています。どちらも可愛いです。
そして、お知らせです。
こちらのお話が拙作「蜘蛛に食われた王女様」と共に書籍化のお話が進んでおりまして、本決まりとなりましたらWEBから引き下げとなります。
削除日は「2022年1月8日22時」を予定しています。
この作品を応援してくださった方のおかげで、書籍化のお話をいただくことができ、本当に光栄に思います。
残りわずかとなりますが、無邪気な甘えん坊に見せかけて獰猛執着キャットと苦労性な生真面目お姉さんの恋路を、最後まで楽しんでいただけたなら幸いです。
どうぞよろしくお願いいたします。
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