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夫婦は只今別居中!
20.運命の時はやってきた③
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それから然程経たないうちにこちらへと向かってくるシーファスの気配を感じた。
(ああ…もうすぐだ)
心臓がバクバク弾んで今にも壊れてしまいそうだ。
でもここで逃げるわけにはいかないと必死に自分を落ち着かせ、扉が開くのを大人しく待つ。
そして時を置かずノックをする音が聞こえ、返事を待つことなくバンッと勢いよく扉を開けて、待ち人が姿を現した。
女装姿でシーファスに会うのは初めてだ。
そして今のシーファスには俺はきっと見知らぬ女にしか見えていないことだろう。
カツラを被りドレスを着た俺に気づくとは到底思えない。
シーファスの目に今の俺の姿はどう映っているんだろうか?
そう思いながらそっとシーファスの方へと目をやると、何故かシーファスは勢い込んで入ってきたにもかかわらず、俺の方を見て呆けたような顔で固まっていた。
そして見つめ合うこと暫し。
最初の勢いはどこへやら。
シーファスはこちらを見て居住まいを正し、コホンと一つ咳払いをして俺の前のソファへと腰掛けた。
どうやらいきなり『これにサインしてくれ』という展開にはならない様子。
これは正直意外以外の何物でもない。
もしかして気づいてもらえたんだろうか?
もしそうなら話を聞いてもらいやすいんだけど…。
けれどすぐに現実を見る。
(それは流石にないか)
だって気づいてくれたならまず俺の名を呼ぶはずだ。
でもシーファスは呼ばなかった。
そして代わりに紡がれた名は当然のように姉のものだ。
「ミシェイラ=カーバンクル、で間違いはないな」
「既にこちらに籍を入れているので、ミシェイラ=リムモンド、になります」
婚約段階ではそうなる予定だったから俺は敢えてこう答える。
(やっぱり…役所から送られた婚姻受領届は見てくれてないか)
わかってはいたけど、胸が痛くなった。
離婚前にせめてそれに目を通してもらえていたら、妻の名はラインハルトになってたはずだから、ここでそう言ってくれたはず。
でもシーファスは姉の名を出した。
それがなんだか凄く悲しくて、なんだか投げやりな気持ちになってしまったんだ。
(もう…いいか)
ちゃんと話し合うべきだということはわかってる。
でもそれだけの気力が湧かなかった。
サフランの言っていた言葉が頭を過る。
『言わせてもらいますが、シーファス様がこの姿の貴方に全く気付かなかった場合はこちらから捨ててやればいいと思うんです』
『好きな相手がどんな格好をしていようとちゃんと気づく。それが本当の愛ですよ?上っ面だけ見て全く気づきもしなかったなら、ただの性欲処理相手と変わりません』
これ以上シーファスに期待しても、きっと俺が望む展開になりはしない。
気づきもせずそのまま離婚になるのならそれが答えだ。
結局のところ、シーファスにとって俺はその程度の相手に過ぎなかったんだと思う。
そして俺はこのまま手続きを進めてしまおうと思った。
「それで。本日はどういったご用件でしょう?」
離婚の手続きに来たんだろう?
早くそう言ってくれ。
そうしたら……ちゃんとするから。
居住まいを正し、精一杯女性らしく振舞い笑みを浮かべて対応する。
なのに、何故かシーファスは動揺したように目を彷徨わせた。
「……っ」
「?」
どうかしたんだろうか?
何故かは知らないけど、シーファスは葛藤しているように見えた。
もしかして初めて会う妻にいきなり離縁を言い出すのはやっぱり可哀想って思ってくれたとか?
(いや。それはないか)
あんなに何度も離婚したいって言ってたんだし、本人を前にして今更それはないと思う。
(それにしても……)
離婚が成立したらどうしたものかな?
シーファスは俺と結婚する気満々だけどどうせもうできないんだし、俺がこの街からそっと離れるのが一番なのかもしれない。
シーファスは見目もいいし、Aランク冒険者でもあるからモテる。
俺がいなくなったら最初は悲しむかもしれないけど、どうせすぐに良い人が見つかるはずだ。
「離縁の申し込み、で…よろしいでしょうか?」
シーファスが何も言わないから悲しみを押し殺し、自分からそんな風に振ってみる。
俺は今、上手く笑えているだろうか?
込み上げてくる感情を、上手に隠せているだろうか?
「……そうだ」
俺の言葉に何故か暫く悩み、そう答えたシーファスにそっと俺は手を差し出した。
「いただけますか?」
シーファスが離婚届にサインをしているのは既に知ってるからそう口にした。
その言葉におずおずと封書を渡してくるシーファス。
けれどその表情はやっぱり葛藤に苛まれているように見える。
どうしてそんな顔をしてるんだろう?
昨日みたいに晴れやかに笑えばいいのに。
さっさと渡して、ここにサインしろと言えばいいのだ。
そうしたら……きっとここまで未練は抱かなかったかもしれない。
俺は泣きそうな気持ちをグッとこらえ、封書から離婚届を取り出し自分の名を書くべくペンを手にとった。
そこに書くのは当然姉の名ではなく俺の名だ。
婚姻届は俺の名で出されているのだから当然そうなる。
『ラインハルト=リムモンド』
最初で最後の署名。
二度と名乗ることのない俺がシーファスの配偶者だったという、その証の名だ。
これで後は役所に提出さえすれば離縁は成立する。
俺とシーファスはもう何の関係もない赤の他人となるのだ。
そう考えるだけで泣きそうになる。
でも泣かない。
最後はちゃんと笑って、シーファスに『ありがとうございました』って言わないと。
そう思って顔を上げ、どうぞと離婚届を差し出したところでシーファスは険しい顔でそれへと目を通すや否や、その場でそれをビリビリに破り捨ててしまった。
「え……?」
(ああ…もうすぐだ)
心臓がバクバク弾んで今にも壊れてしまいそうだ。
でもここで逃げるわけにはいかないと必死に自分を落ち着かせ、扉が開くのを大人しく待つ。
そして時を置かずノックをする音が聞こえ、返事を待つことなくバンッと勢いよく扉を開けて、待ち人が姿を現した。
女装姿でシーファスに会うのは初めてだ。
そして今のシーファスには俺はきっと見知らぬ女にしか見えていないことだろう。
カツラを被りドレスを着た俺に気づくとは到底思えない。
シーファスの目に今の俺の姿はどう映っているんだろうか?
そう思いながらそっとシーファスの方へと目をやると、何故かシーファスは勢い込んで入ってきたにもかかわらず、俺の方を見て呆けたような顔で固まっていた。
そして見つめ合うこと暫し。
最初の勢いはどこへやら。
シーファスはこちらを見て居住まいを正し、コホンと一つ咳払いをして俺の前のソファへと腰掛けた。
どうやらいきなり『これにサインしてくれ』という展開にはならない様子。
これは正直意外以外の何物でもない。
もしかして気づいてもらえたんだろうか?
もしそうなら話を聞いてもらいやすいんだけど…。
けれどすぐに現実を見る。
(それは流石にないか)
だって気づいてくれたならまず俺の名を呼ぶはずだ。
でもシーファスは呼ばなかった。
そして代わりに紡がれた名は当然のように姉のものだ。
「ミシェイラ=カーバンクル、で間違いはないな」
「既にこちらに籍を入れているので、ミシェイラ=リムモンド、になります」
婚約段階ではそうなる予定だったから俺は敢えてこう答える。
(やっぱり…役所から送られた婚姻受領届は見てくれてないか)
わかってはいたけど、胸が痛くなった。
離婚前にせめてそれに目を通してもらえていたら、妻の名はラインハルトになってたはずだから、ここでそう言ってくれたはず。
でもシーファスは姉の名を出した。
それがなんだか凄く悲しくて、なんだか投げやりな気持ちになってしまったんだ。
(もう…いいか)
ちゃんと話し合うべきだということはわかってる。
でもそれだけの気力が湧かなかった。
サフランの言っていた言葉が頭を過る。
『言わせてもらいますが、シーファス様がこの姿の貴方に全く気付かなかった場合はこちらから捨ててやればいいと思うんです』
『好きな相手がどんな格好をしていようとちゃんと気づく。それが本当の愛ですよ?上っ面だけ見て全く気づきもしなかったなら、ただの性欲処理相手と変わりません』
これ以上シーファスに期待しても、きっと俺が望む展開になりはしない。
気づきもせずそのまま離婚になるのならそれが答えだ。
結局のところ、シーファスにとって俺はその程度の相手に過ぎなかったんだと思う。
そして俺はこのまま手続きを進めてしまおうと思った。
「それで。本日はどういったご用件でしょう?」
離婚の手続きに来たんだろう?
早くそう言ってくれ。
そうしたら……ちゃんとするから。
居住まいを正し、精一杯女性らしく振舞い笑みを浮かべて対応する。
なのに、何故かシーファスは動揺したように目を彷徨わせた。
「……っ」
「?」
どうかしたんだろうか?
何故かは知らないけど、シーファスは葛藤しているように見えた。
もしかして初めて会う妻にいきなり離縁を言い出すのはやっぱり可哀想って思ってくれたとか?
(いや。それはないか)
あんなに何度も離婚したいって言ってたんだし、本人を前にして今更それはないと思う。
(それにしても……)
離婚が成立したらどうしたものかな?
シーファスは俺と結婚する気満々だけどどうせもうできないんだし、俺がこの街からそっと離れるのが一番なのかもしれない。
シーファスは見目もいいし、Aランク冒険者でもあるからモテる。
俺がいなくなったら最初は悲しむかもしれないけど、どうせすぐに良い人が見つかるはずだ。
「離縁の申し込み、で…よろしいでしょうか?」
シーファスが何も言わないから悲しみを押し殺し、自分からそんな風に振ってみる。
俺は今、上手く笑えているだろうか?
込み上げてくる感情を、上手に隠せているだろうか?
「……そうだ」
俺の言葉に何故か暫く悩み、そう答えたシーファスにそっと俺は手を差し出した。
「いただけますか?」
シーファスが離婚届にサインをしているのは既に知ってるからそう口にした。
その言葉におずおずと封書を渡してくるシーファス。
けれどその表情はやっぱり葛藤に苛まれているように見える。
どうしてそんな顔をしてるんだろう?
昨日みたいに晴れやかに笑えばいいのに。
さっさと渡して、ここにサインしろと言えばいいのだ。
そうしたら……きっとここまで未練は抱かなかったかもしれない。
俺は泣きそうな気持ちをグッとこらえ、封書から離婚届を取り出し自分の名を書くべくペンを手にとった。
そこに書くのは当然姉の名ではなく俺の名だ。
婚姻届は俺の名で出されているのだから当然そうなる。
『ラインハルト=リムモンド』
最初で最後の署名。
二度と名乗ることのない俺がシーファスの配偶者だったという、その証の名だ。
これで後は役所に提出さえすれば離縁は成立する。
俺とシーファスはもう何の関係もない赤の他人となるのだ。
そう考えるだけで泣きそうになる。
でも泣かない。
最後はちゃんと笑って、シーファスに『ありがとうございました』って言わないと。
そう思って顔を上げ、どうぞと離婚届を差し出したところでシーファスは険しい顔でそれへと目を通すや否や、その場でそれをビリビリに破り捨ててしまった。
「え……?」
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