上 下
37 / 51

36.仕事がひと段落したその後で

しおりを挟む
一週間が経ち、あれだけ溜まっていた仕事が概ね片付き、城の中の仕事もだいぶスムーズに回るようになっていた。
流石規格外、常識外れの兄だ。
つくづくやると言ったらやる男だと思う。
こういうところは素直に尊敬できるんだけど、どうして最後まで口は悪いんだろう?
これがなければもっと違った目で見られるのに。

「本当に王宮は頭が悪くて要領の悪い奴ばかりだったな。もっと頭を使わないとどんどん馬鹿になるぞ?ちゃんと自分で考えて動く癖をつけろ!指示待ちなんて馬鹿のすることだ!甘ったれずに自分で何がベストかを判断しろ!俺の弟の足を引っ張るようなことは死んでもするなよ?わかったら見送りなどせずさっさと仕事に戻れ!」

そう怒鳴りつけられ、折角見送りに来てくれていた文官達が慌てたように仕事へと戻っていった。
可哀想に。

「……兄上。流石にあれは酷くないですか?」
「何がだ?仕事がまだ残っているのにサボっている方が悪い。高々一週間一緒に仕事をした程度の仲だ。感傷に浸るほど親しくもないし、見送りなんて必要ないだろう?現に宰相はじめ他の優秀な面々はちゃんと仕事に励んでいる。俺はおかしなことなど何も言っていないぞ?」
「はぁ…兄上。それをサザナードの王宮でもやらないでくださいね?俺はそこが一番心配です」
「ふん。お前に心配されなくても大丈夫だ。だが何かあったら必ず呼べ。わかったな?」
「わかりました」

信用されてないなと思いながら溜息を一つ吐く。
でもまあ今回は本当に助かったから素直にお礼を言っておこう。

「兄上。今回は本当に助かりました。ありがとうございます」
「そうか。珍しく素直だな。もっと素直に敬ってくれてもいいぞ?」
「……あまり言って暴走されてもなんなので、取り敢えずはこのくらいで」
「ふん。お前は本当に可愛げがないな。まあいい。アリスト殿下にちゃんと幸せにしてもらえ」
「はい」

そこはちゃんと素直に頷いて、俺は兄をサザナードへと転移で送り届けた。
するとそこにはクリストファー王子が待ち構えていて、満面の笑みで迎えてくれる。

「ジオ!会いたかったぞ!」

ストレートにそう言ってあっという間に兄を腕の中へと閉じ込めるクリストファー王子。
本当にどれだけ兄が好きなんだろう?
蓼食う虫も好き好きとは言うけど、やっぱりちょっと理解できない。

「向こうで引き止められなかったか?」
「大丈夫だ。下手に希望を持たれないよう、ちゃんと突き放してきたからな」
「そうか。それなら安心だ」

心配するクリストファー王子に兄はなんか良いように言ってるけど、あれは兄の標準仕様だと言ってやりたい。
あそこまで言われて兄を引き止められる豪胆な人物はなかなかいないんじゃないだろうか?
寧ろ居なくなってホッとしたという者の方が多いと思う。

「兄上。頼みますから、本当にこっちでやらかさないでくださいよ?」

兄の性格的に居場所がなくならないか、そちらの方が心配だ。
なのに当の本人は至ってマイペースそのもの。
これだから困る。

「するわけがないだろう?クリスがいるし大丈夫だ」
「…ならいいですけど」

そして一応兄が作った魔法陣と俺が作った魔法陣について使用に問題がないようクリストファー王子に確認をとって、それらの登録などについて話を聞き、手続きを兄に任せて俺はマーヴァインへと戻ることにした。

これで兄とは暫くお別れだ。
一週間に一度来るようにとは言われているけど、今なら仕事で忙しくてと言い訳も立つだろう。
二週間後、一ヶ月後、三ヶ月後、半年後と様子を見ながら段々と間をあけていこう。
うん。それがいい。

「では兄上」
「ああ。ちなみにお前の考えは分かっているから敢えて言うが、次は俺の魔力を探知して転移してこい。もしかしたらここの部屋は引き払っているかもしれないからな」
「…わかりました。そうします」

どうやら俺の考えなんて兄にはまるっとお見通しらしい。
とは言え確かに二週間後ならもう王宮に移っていてもおかしくはない。
心に留めておこう。

「クリストファー王子。兄のこと、宜しくお願いします」

深々と頭を下げてクリストファー王子へと兄を託す。
これから大変だと思うけど、二人で幸せになってほしい。
そう思いながら別れを告げた。

さて。俺も大好きなアリストの元へ帰ろう。
今日なら少しは二人の時間も取れるかもしれないし、ちょっとクリストファー王子と兄みたいにイチャイチャしたいなと思った。


***


「エディアス!」

うん。わかってた。
疲れてるし、しょうがないよな。

執務机で仕事をこなしていたアリストは俺の顔を見てパッと顔を輝かせたけど、そこに抱擁は含まれない。
ちょっと寂しい。
でもここは我慢。

「アリスト。手伝うよ」
「助かる。後で宰相が兄のところへ行ってくるとは言ってたけど、仕事を引き継いでもらえるとは思えないからな」
「確かに」

あの王太子なら丸投げしてくることだろう。
そう思ったから俺はアリストに回復魔法をかけ、そのままアリストと共にサクサク仕事を片付け始めた。
イチャつくのは後回しだ。
仕事仕事。

それから暫く経ち、やっとひと段落したところで久方ぶりにお茶の時間を取ることができた。
軽食も食べてホッと息を吐く俺達。

そしてどちらからともなくやっと終わったなと微笑み合って、ゆっくりと顔を近づけそのまま唇を合わせる。
一回、二回。
回数を重ねる度に徐々に深くなっていく口づけが気持ちいい。

「はぁ…アリスト」
「エディ…」

久方ぶりのキスにうっとりしながらキュッと袖を掴むと、愛おしそうに抱き寄せられてまた唇が重なった。
アリストとの触れ合いが純粋に嬉しくて、もっともっととキスをしたくなる。
ずっとこうしていたい。
そんな気持ちで寄り添い合っていたら、突然怒鳴り声が響き渡った。

「アリスト!!お前!仕事をサボって何をしている?!」

ビクッ!と震えてお互いに唇を離し扉の方へと目をやると、そこには鬼の形相をした王太子と困ったような表情を浮かべた宰相の姿があった。
どうやらこちらがノックの音に気付いていなかった様子。
失敗してしまった。

「兄上。お久しぶりです」
「久しぶりも何もあるか!俺が酷い目に合っている間、お前はずっとそこの男とイチャイチャしていたんだろう?!ふざけるなよ?!」

やっと落ち着いたから一週間ぶりにイチャついてたというのに、酷い誤解だと思う。
でも現場を見られているからここで何を言っても無駄だろう。
黙って暴言に耐えるしかない。
そんな俺達を宰相が慌ててフォローしてくれるけど、それはあっさりと徒労に終わった。

「オーフェン王太子殿下。アリスト殿下はこの一週間仕事を大量にこなしてくださっておりましたよ?貴方とは違います」
「黙れ宰相!お前がアリストが凄腕アドバイザーと共に仕事を片付けたと言うから渋々礼を言いに来てやったというのに、大嘘ではないか!こんな奴にそんな大層な仕事ができたとは到底思えん!イチャついてて仕事ができるなら俺でもできる!嘘で俺を丸め込もうとしても無駄だ!」

激怒している王太子がそんな言葉を聞き入れてくれるはずがないのだ。

「もういい!これからは俺が仕事をする!お前のような無能はさっさとこの部屋から出ていけ!」

その言葉に俺はアリストをチラリと見遣る。
俺達の心境は多分同じだと思う。

(え?いいの?)

出ていってもいいならいつでも出ていくけど。

「グズグズするな!お前の代わりなどいくらでもいるんだからな!」
「……わかりました。これでやっと安心して学園にも復帰できそうです。後のことは全て兄上にお任せしますので、俺はこれで失礼します」

アリストが笑顔でそう言い放つ。
でも俺にはわかる。
これは相当ストレスが溜まっている。
ここはこの部屋からだけじゃなく、城から連れ出してやる方がいい気がした。

「宰相。仕事もひと段落ついたことですし、俺達はこのまま居を公爵領へ移しますね?何か問題があれば後日手紙を送ってください。それでは」

俺は話の通じない王太子は無視して、宰相へとそう告げる。
学園へは転移魔法で通えばいいし、ここは逃げるが勝ちだろう。

当然宰相は行ってほしくはなさそうだったけど、一応仕事の目途は立っているからか強く引き留めようとはしなかった。
こんな王太子に付き合わせるよりはと思ってくれたのかもしれない。
置き去りにして申し訳はないけど、ここは感謝の一言だ。

「お二方の尽力には心の底から感謝いたします。後日心ばかりの御礼をお送りいたしますので、どうぞご笑納ください」

すれ違いざまこそりとそう告げられて素直に頷き部屋を後にする俺とアリスト。
やっと肩の荷が下りて楽にはなったけど、これで全部終わりとはきっとならないだろう。

それでも、束の間の平穏をアリストと満喫したいなと思った俺だった。

しおりを挟む
感想 44

あなたにおすすめの小説

王道学園のモブ

四季織
BL
王道学園に転生した俺が出会ったのは、寡黙書記の先輩だった。 私立白鳳学園。山の上のこの学園は、政財界、文化界を担う子息達が通う超名門校で、特に、有名なのは生徒会だった。 そう、俺、小坂威(おさかたける)は王道学園BLゲームの世界に転生してしまったんだ。もちろんゲームに登場しない、名前も見た目も平凡なモブとして。

婚約者に会いに行ったらば

龍の御寮さん
BL
王都で暮らす婚約者レオンのもとへと会いに行ったミシェル。 そこで見たのは、レオンをお父さんと呼ぶ子供と仲良さそうに並ぶ女性の姿。 ショックでその場を逃げ出したミシェルは―― 何とか弁解しようするレオンとなぜか記憶を失ったミシェル。 そこには何やら事件も絡んできて? 傷つけられたミシェルが幸せになるまでのお話です。

すべてを奪われた英雄は、

さいはて旅行社
BL
アスア王国の英雄ザット・ノーレンは仲間たちにすべてを奪われた。 隣国の神聖国グルシアの魔物大量発生でダンジョンに潜りラスボスの魔物も討伐できたが、そこで仲間に裏切られ黒い短剣で刺されてしまう。 それでも生き延びてダンジョンから生還したザット・ノーレンは神聖国グルシアで、王子と呼ばれる少年とその世話役のヴィンセントに出会う。 すべてを奪われた英雄が、自分や仲間だった者、これから出会う人々に向き合っていく物語。

繋がれた絆はどこまでも

mahiro
BL
生存率の低いベイリー家。 そんな家に生まれたライトは、次期当主はお前であるのだと父親である国王は言った。 ただし、それは公表せず表では双子の弟であるメイソンが次期当主であるのだと公表するのだという。 当主交代となるそのとき、正式にライトが当主であるのだと公表するのだとか。 それまでは国を離れ、当主となるべく教育を受けてくるようにと指示をされ、国を出ることになったライト。 次期当主が発表される数週間前、ライトはお忍びで国を訪れ、屋敷を訪れた。 そこは昔と大きく異なり、明るく温かな空気が流れていた。 その事に疑問を抱きつつも中へ中へと突き進めば、メイソンと従者であるイザヤが突然抱き合ったのだ。 それを見たライトは、ある決意をし……?

侯爵令息は婚約者の王太子を弟に奪われました。

克全
BL
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。

ブレスレットが運んできたもの

mahiro
BL
第一王子が15歳を迎える日、お祝いとは別に未来の妃を探すことを目的としたパーティーが開催することが発表された。 そのパーティーには身分関係なく未婚である女性や歳の近い女性全員に招待状が配られたのだという。 血の繋がりはないが訳あって一緒に住むことになった妹ーーーミシェルも例外ではなく招待されていた。 これまた俺ーーーアレットとは血の繋がりのない兄ーーーベルナールは妹大好きなだけあって大いに喜んでいたのだと思う。 俺はといえば会場のウェイターが足りないため人材募集が貼り出されていたので応募してみたらたまたま通った。 そして迎えた当日、グラスを片付けるため会場から出た所、廊下のすみに光輝く何かを発見し………?

堕とされた悪役令息

SEKISUI
BL
 転生したら恋い焦がれたあの人がいるゲームの世界だった  王子ルートのシナリオを成立させてあの人を確実手に入れる  それまであの人との関係を楽しむ主人公  

公爵家の五男坊はあきらめない

三矢由巳
BL
ローテンエルデ王国のレームブルック公爵の妾腹の五男グスタフは公爵領で領民と交流し、気ままに日々を過ごしていた。 生母と生き別れ、父に放任されて育った彼は誰にも期待なんかしない、将来のことはあきらめていると乳兄弟のエルンストに語っていた。 冬至の祭の夜に暴漢に襲われ二人の運命は急変する。 負傷し意識のないエルンストの枕元でグスタフは叫ぶ。 「俺はおまえなしでは生きていけないんだ」 都では次の王位をめぐる政争が繰り広げられていた。 知らぬ間に巻き込まれていたことを知るグスタフ。 生き延びるため、グスタフはエルンストとともに都へ向かう。 あきらめたら待つのは死のみ。

処理中です...