【本編完結】公爵令息は逃亡しました。

オレンジペコ

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30.帰国と王太子の愚行

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兄と言い合いをしていると、そこにクリストファー王子がやってきた。

「エディアス。無事に誤解は解けたようだな」
「お陰様で。お騒がせしてすみませんでした」
「いや。ジオが心配していたからな。解決したのならそれでいい」
「…え?」
「お前を気にしてちっとも集中しないから、少々嫉妬が勝って抱き潰したら『悔しい!』と言って、急に新しい魔法陣を描き始めたから驚いたぞ?お陰で素晴らしい魔法陣が誕生した。流石ジオだ」
「クリス…!」

兄が慌てたように制止するけど、既に手遅れだ。
やっぱり思った通り自分用だったじゃないかと思わず遠い目になってしまう。
本当に兄は変にプライドが高い。
クリストファー王子の手でなんとか兄の性格を丸くしてもらえないだろうか?
俺はそれを切に願う。
でもまあ心配をかけたのはその通りなんだろうし、ちゃんとその点だけは謝っておこう。

「兄上。心配をおかけしてすみませんでした」
「別にいい。それよりそれか?クリス」
「ああ。基礎から応用まで載っているから、やってみたいものがあったら言え。なんでも付き合ってやる」

クリストファー王子は愛おしそうに兄を見つめて、持ってきた本をそっと手渡した。
兄はそれをパラパラパラッと見てパタンと閉じた。

「正直信じ難い内容だ。数冊見てから何が正しいか考えたい。取り敢えず……俺としてはこの本は書き直すべきだと思う」
「ぷっ…」

どうやら兄のお気に召さなかったらしい。
物凄く不満げだ。
そんな兄を見てクリストファー王子は楽しそうに笑った。

「ジオ。じゃあそれは置いておいて、俺がやってみたいものに付き合ってくれ。興味があるものがいくつかあるんだ」
「……は、破廉恥でなければ付き合ってやってもいいが?」
「そうか。嬉しいぞ」

そう言いながらクリストファー王子は本当に嬉しそうに兄とイチャつき出す。
砂を吐きそうなくらい甘い空気が流れ始めたから、そろそろお暇した方がいいだろうか?

「あ~…そろそろ俺達はお暇しますね?」
「ああ。気をつけて帰れ。もし国に帰ってから家の面倒事に巻き込まれたらすぐに俺のところに戻ってこい。父上達を潰すならここからでも俺がいくらでも手を尽くしてやるから」

どうやら兄は国外追放になった状態からでも両親をなんとかしてくれる気があるらしい。
これは非常に有難い。
もしもの時は相談してみようと思う。

「ありがとうございます」
「それと、さっきも言ったが、定期的に顔は出すように。くだらん些事はお前でも解決できるだろうが、厄介事は別だ。仕事の事でも何でもいい。手に負えないものは俺に言え。それに関しても手は尽くしてやる」

正直そんな事を言ってもらえるなんて思いもよらなかった。
もしかしてこれはクリストファー王子効果なんだろうか?
優しい兄はなんだか慣れないから変な気分になる。

「兄上。ありがとうございます。お手を煩わせないよう頑張ります」

だからそう言ったのだけど、何故かそう言った途端不機嫌になられてしまった。
そんな兄を見たクリストファー王子は仕方がないなという顔をして、そっとフォローを入れてくれる。

「エディアス。ジオはお前に頼って欲しいようだ。ただでさえ離れていて心配なようだし、気楽になんでも言ってやってくれ」

(それは無理!)

大抵『それくらいのこともわからないのか?』から始まって『こうするんだ。馬鹿者!』で終わるから。
でもそれをここで言っても仕方がないから、丸く収めよう。

「わかりました。心に留めておきます」
「そうしてやれ」

そこで話を終え、俺達は部屋を出てホッと安堵の息を吐いた。

「じゃあ行こうか」

後は予定通り城へと一気に帰るだけだ。
気乗りはしないけど、帰らないわけにもいかないし、ここは腹を括ろう。

そうして俺達は頷き合い、長らく離れていた城へと転移した。


***


【Side.王太子オーフェン】

弟のアリストが城を出てひと月以上が経った。

父はあまりにも各所で滞り始めた仕事に対し、いい加減イライラが限界だったのか『アリストはまだ見つからんのか?!』と叫び、血圧が上がり過ぎて倒れてしまうし、そのせいで俺に王代理の仕事までやってくる始末。
俺にどうしろというんだ。
仕事の引継ぎもしてもらっていないのに王代理なんて務まるはずがない。
だから最終的にそっちは宰相へと丸投げした。
『すべて良いようにやれ』と。

でもそっちはそれでよくても王太子の仕事がなくなるわけではない。
使えない補佐官達のせいで仕事は溜まる一方なのだ。
仕方なくやってはいるが全く終わる気配がない。
これ以上一体どうしろと?

そう思っていたらやっとその一報がやってきた。

『アリスト殿下が戻られたぞ────!!』

城中に響くんじゃないかというほどの声量で叫ばれたその言葉に、皆の顔がパッと明るくなる。
正直面白くはない。
でもこれで楽にはなると思ったらそこは辛抱すべきだろうとすぐさま考え直した。
面倒事は全部弟に丸投げして、これまで頑張った分だけのんびりしよう。
そう思いながらまずはその前にとアリストを俺の元へと呼ぶよう指示を出す。

こんなに長く城を開けるなんてどう言った了見だと兄としてしっかり叱ってやらないとな。
その上で寝ずに仕事をしろと厳しく言ってやらないと。
これまで自由に遊んでいたんだからそれくらい当然だ。
ちょっとは俺の苦労も思い知れ!

そんな気持ちでアリストをこれでもかとこき下ろしてやったんだが……。
何故俺はブチ切れた宰相に無理矢理頭を押さえつけられアリストに謝罪させられた挙句、別室に連れていかれてソファに座らされそのまま追い込まれているんだ?
正面へと立たれ俺の右にも左にも宰相が手をついているから、全く逃げられないんだが?

「オーフェン殿下」
「なんだ?」
「今日という今日は無理矢理にでも話を聞いていただきます」
「……は?」

一体宰相はいきなり何を言い出したんだろう?

「私はこれまでずっと我慢してきたんですよ。だから今日は全部聞いていただきます」

極近くで宰相が俺を見下ろしそんなことを言ってくる。
宰相はまだ30才になったばかりの美丈夫だが、ここ最近仕事に追われて寝不足なのか目の下にくっきりと隈ができていて顔色も悪くどこかげっそりした面持ちだ。
だから簡単にこんな腕の中から抜け出せると思ったのに、思っていた以上にがっちりと囲いこまれていてとても抜け出せる状況ではなかった。

「宰相。そこをどけ!不敬だぞ!」
「いいえ。どいたら貴方は話も聞かずにさっさと逃げ出すでしょう?このまま聞いていただきます」

それから宰相はこれまで積もりに積もった不満や文句を延々と溢し続けた。

「────各部署の仕事の調整をやってもやっても終わらない私の苦労を貴方は何一つわかっていない。書類が止まっていると思い探させたら貴方の机の上で他の書類と共に埋もれている。仕事ができなくてもせめて目を通して分類することくらいはできるでしょう?貴方も補佐官も無能の集まりとしか思えないくらい使えない!挙句に何ですか?娼館の請求書?ふざけるのも大概にしてください!何ですかあの金額は?!自腹で好きにされるならまだしも、明らかにオーバーしていますよね?王宮につけておけと言えばなんでも済むとお思いですか?民の血税を一体何だとお思いなんです?」

(いい加減うんざりなんだが?)

そう思って溜息を吐いたのが悪かった。
ギラつく目で見下ろされ、『どうやら貴方は全くお分かりでないらしい』と言ったかと思うと、誰かを呼んでその相手へと俺を引き渡してしまう。

「王太子殿下。私はアリスト殿下に改めて謝罪をし、仕事をせねばいけません。仕事の目途が立てば再度お目にかかりますので、それまでしっかりと反省してお待ちください」

そしてどこか不吉な音を立てながらドアをキィ…と開け、冷たい眼差しでこちらを一瞥した後、無情にもその場を後にした。
残されたのは俺とその相手のみ。

「この手を放せ」

そう言えば案外あっさりと離してはもらえたものの、そこから外に出ることは一切叶わなかった。
実質上軟禁状態と言っても過言ではないだろう。
でも結論から言うと俺は宰相が言った通り、しっかりと反省はする羽目になった。

怒らせてはならない相手がいる────それを俺は身をもって思い知ることとなる。



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