【本編完結】公爵令息は逃亡しました。

オレンジペコ

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14.迎え Side.アリスト

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結局領主の館を出る時にひと悶着あって、国境に辿り着く頃にはすっかり早朝とは言えない時間になってしまっていた。
同行を許すということでなんとか追っ手の兵達と折り合いをつけここまで来たのだが、ここでまた問題が生じてしまった。
普通に考えたらわかるが、兵をぞろぞろ引き連れた物騒な一行を素直に通してもらえるはずがないのだ。
そしてまた足止めを食らい、『ここで待て』『嫌です』と自国の兵達と押し問答をしながら『どうしたものか』と頭を悩ませていたところでそのお迎えがやってきた。

「アリスト!」
「クリストファー王子!」

まさかと言う気持ちと、ホッとした気持ちが綯い交ぜになったが、これでやっと先に進める。

「王太子殿下?!」

国境のサザナードの兵達が自国の王太子の姿に一斉に直立不動の態勢を取り、彼の発言に耳を澄ませた。

「遅いから迎えに来てやったぞ?なんだ、随分物々しいな」
「すみません。最初は少人数で来ていたんですが、何故か父から帰城命令が出たとかで追手が来てしまいまして…」
「それは災難だったな。大方お前が居なくなって仕事が回らなくなったとかだろう。そっちの王太子はただのお飾りだからな」
「相変わらず辛辣ですね」
「何、本当のことだ。それよりさっさと行くぞ。ああ、お前達はそこで待っていろ。アリストの身は俺が責任を持って預からせてもらう」

マーヴァインの兵達へとさらりと告げるクリストファー王子。

「なっ!こ、困ります!」
「何故だ?国境を越えてはならぬという王の勅書でも持ち合わせているのか?でなければ問題はなかろう?」
「ですがアリスト殿下には正式に王命が出ております!」
「だがその証拠はどこにもないのだろう?アリストは友人を訪ねて我が国に遊びに来ただけだ。亡命でもなんでもないのだから、用さえ済めばすぐ戻る。何をゴチャゴチャ言う必要がある?こうして押し問答をしている時間こそ、無駄以外の何物でもない。お前達は黙ってここで待っていろ。わざわざサザナードの王太子である俺自らが迎えに来たというのに、一介の兵士風情が無礼だぞ」
「…………!」
「ではアリスト。行こうか」
「はい」

そうして俺は元々引き連れてきていた部下達だけを同行し、クリストファー王子と共にサザナード国へと入国を果たした。





「迎えに行って正解だったな。そろそろ来る頃だろうに遅いと思って様子を見に来たんだ」
「助かりました。それで、エディアスは?無事に会えましたか?」
「ああ。元気そうだったし特に問題はなさそうだった」
「そうですか。良かった」

一先ずの無事を確認しホッと安堵の息を吐く。

「手は出してないですよね?」
「もちろんだ。そもそも全く好みではない。あれはお前好みの素直なタイプだろう?俺の好みは知っての通り捻くれた奴だからな」
「物好きですね」
「そうか?でも助かっただろう?ジオラルド。あれは思い切り俺の好みだ」
「だと思いました」
「不器用なところがまたいいな。可愛すぎて困る」
「可愛い?」

あれが可愛いと思えるなんて理解不能だ。
ある意味凄い。

「可愛いだろう?一々俺のツボを突いてくるから、早く組み敷いて啼かせてやりたくなる」
「そうですか。頑張ってください。俺はジオラルドとエディアスを引き離せればそれでいいので」

そう言ったら『人の好さそうな顔をしているくせに、お前も酷い奴だな』と楽し気に笑われたけど、俺は酷くない。
俺からエディアスを引き離すジオラルドが悪い。

「では二人が泊まっている宿屋に案内しようか」

そうして早速というようにクリストファー王子に連れられて俺は愛しのエディアスがいる宿へと足を運んだ。




コンコンとエディアスの泊まっている部屋のドアをノックするが、どうやら外に出てしまっているらしい。
中にエディアスの魔力は感じられなかった。

「もしかしたら冒険者ギルドで依頼を受けている最中なのかもな」

クリストファー王子によると、エディアスは日中はギルドで街の仕事を引き受け、それをこなして小金を稼いでいるらしい。

「エディ…。まさかそんな生活を余儀なくされているなんて…」

俺だったら絶対にそんな仕事をさせないのにと益々ジオラルドへの苛立ちが募ってしまう。

早く連れて帰って俺の側に置きたい。
仕事がしたいならそこで好きなだけしてくれればいい。
これ以上苦労はさせたくないから、ジオラルドなんてこの性悪王太子に押し付けてさっさと連れ帰ろう。
改めてそう考えていると、何故か横からツッコミが入った。

「おいアリスト。お前、失礼なことを考えなかったか?」
「別に?気のせいですよ」

ニッコリ笑ってそう誤魔化すけれど、何故か思い切り溜息を吐かれた。

「その性格の悪さはしっかり隠せよ?エディアスに逃げられるぞ」
「エディは逃げませんよ。俺の事を愛してくれてますから」
「…自惚れ過ぎていると足元を掬われるぞ」

そんな不穏な言葉を言われつつ、俺は仕事の邪魔にならないようエディアスが帰ってくるのを大人しく待つことにした。

そして暫く経ち、待ちに待ったその時が訪れた。

「アリスト?」
「エディ!」

やっと会えた喜びに居ても立ってもいられなくなって、思わず駆け寄り抱きしめてしまう。

「やっと…捕まえた」

腕の中の温もりを確認しながらホッと安堵の息を吐く。
そんな俺を押しのけて、エディアスは往来で何をするんだと呆れたように俺を見てきた。

「折角の再会だったのに、エディアスが冷たい」
「この間会っただろう?ちゃんと事情説明だってしたし、何で来たんだ?」

帰ればよかったのにとあっさり言われてちょっとどころではなくショックを受ける。
エディアスは俺と会えなくても平気だったんだろうか?
俺はこんなにも恋しかったのに。

「俺は…エディがあんな風に消えたから心配で迎えに来たんだ」
「心配?」
「ああ。生涯一緒に居てくれるって約束してくれただろう?逃げずにちゃんと俺の隣にいてほしい」

あの返事を忘れたとは言わせないとしっかり腕の中に閉じ込めて確認する。

「……わかった」

往来で気恥ずかしいのか、頬を染めながらフイッと横を向いてしまう照れ屋なエディ。
そんなところも可愛い。

「取り敢えずジオラルドをサザナードに無事に送り届けられたんだし、この後ジオラルドに挨拶だけしたらエディアスは俺と一緒に国に帰ろう」

にこやかにそう言うと、エディアスは少し逡巡した後、小さく頷いた。

「わかった。ちょうど今後の身の振り方も考えないといけないなって思っていたところだし、折角アリストが迎えに来てくれたなら一回帰ろうかな」

その言葉に俺は嬉しくなってそのままキスをしたくなったけど、ここは我慢だ。
流石にこれ以上は逃げられる。

(早く二人きりになりたい…)

そうしたらいっぱいいっぱい愛の言葉を囁くのに。

(それにしても身の振り方か…)

確かにプロポーズは受けてもらえたものの、まだ養子縁組の書類にサインはもらっていないからエディアスの籍はジルフィール公爵家のままだ。
ここで国に戻ってもエディアスとしては公爵家を継がないといけなくなる事態になるから、きっと気乗りしないのだろう。

(それならさっさとサインをもらえばいいだけの話だな)

念のため書類を持ってきておいてよかった。
そのお陰でエディアスの憂いを俺がすぐに晴らしてやることができる。

「エディアス。もし実家の件が気がかりなら俺が助けてやれると思う。それも含めてゆっくり部屋で話さないか?」

そう言って俺はエディアスの部屋で養子縁組の話をしてみることにした。

「父に話して王位継承権を放棄する代わりに公爵位を授かったという話はしただろう?」
「ああ」
「つまり俺は王子ではなくなるわけだ」
「うん」
「父の保護下から離れて公爵家の当主になったから、養子縁組もしやすくなった。これでエディアスを幸せにしてやれる」
「養子縁組?」
「そう。エディアス。ジルフィール公爵家を捨てて、俺の籍に入ってほしいんだ。そうしたらエディは煩わしい身内と縁も切れて俺とずっと一緒に暮らせるだろう?」

プロポーズは受けてもらえたから焦る気はなかったけど、今ここで嫁になってもらえるのは俺としては大歓迎だ。
これにサインさえもらえればエディアスはジルフィール公爵家の後を継がなくていいし、俺の側にもずっといられる。
エディアスにはメリットしかない。

「名案だと思わないか?」

それを聞いてエディアスは驚いたように瞠目していたけど、やがてどこかホッとしたような顔で「そっか…」と呟いた。

「アリスト。俺のために色々考えてくれたんだな。ありがとう」

そう言って微笑む姿に胸が弾んで、またキスしたくなったけど、まだ早い。

「取り敢えず書類は一応持ってきてるから、サインをしてくれないか?」

早くエディアスと結婚したくて、俺は満面の笑みでその書類をエディアスへと差し出した。
そんな俺を見て、成り行きを見守っていたクリストファー王子が声を殺しながら笑っている。
どうせ『必死だな』とか思ってるんだろう。
わざわざ聞かなくてもそれくらいはわかる。
でも俺はエディアスが本当に好きだから、絶対に逃がしたくはないんだ。

そしてしっかりと書類に目を通し、不備がないかの確認をした後、エディアスはサラリとサインをしてくれた。

(やった!)

これで名実共にエディアスは俺の嫁になった。
感動だ。

「アリスト。これからもよろしく」

綻ぶ笑顔でそう言ってくれたエディアスに、俺は心の底からの笑みを返した。


****************

※アリスト的にはプロポーズ→入籍のつもり。
微妙にすれ違っていることに気づいていません。

次回、エディアス視点です。


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