黒衣の魔道士

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第三部 アストラス編~竜の血脈~

31.歩み寄る二人

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レイン家本邸に行っていたアメットが自分の元にやって来たのは、仕事が終わってちょうど帰ろうとしていたところだった。

どこか気まずそうにしながら今日の出来事を話し、そしてミュラから手紙を預かったと口にした。
【お父様…どうしましょう?】
手紙の内容がわからないので、このまま渡してクレイが傷ついたらどうしようとアメットは困惑していたのだ。
その気持ちはよくわかる。
けれどここでなかった事にしても、折角アメットが本邸に行った意味がない。

「ヒュース」

ここはやはり相談すべきかと声を掛けると、ヒュースは少々考えたところで答えを返した。
【一先ずロックウェル様がお預かりになって、『ドルト殿から預かったがどうしたい』とクレイ様にお尋ねになられるのが最善かと】
それならばアメットの件はバレないし、話の流れとしてもおかしくはない。
「そうだな。そうするか」
何かあっても自分や眷属達でフォローできるだろうし、それが一番いいだろうと皆で結論を出し、早速帰ってからクレイへと話をすることにした。




「お帰りロックウェル」
帰るとクレイはソファで寛ぎながら子供達と戯れていた。
どうやら一緒に魔道書を読んでいたらしい。
食事をとったら話をしようと思い、一緒に仲良くいつも通りに食事をとる。
「今日はずっと子供達と一緒だったのか?」
「ああ。全員じゃないけどな。ラピスが黒魔法と白魔法の成り立ちの違いを知りたいというから、精霊魔法からの派生で生まれたという話をしていたんだ」
そこから魔法について色々と教えていたのだという。
「これがなかなか面白くてな。それと、説明している中でちょっと新魔法で試したいことができたから、今度ロイドとシュバルツに提案してみようかと思ってるんだ」
以前黒魔道士にもできる回復魔法というのを考えたが、今度は白魔道士にもできる結界魔法を思いついたのだとか。
「普段白魔道士が使う結界と黒魔道士が使う結界はその意味合いが全然違うだろう?」
「ああ」
基本的に結界魔法は黒魔道士の方が広範囲で使うことができ、その結界内において攻撃魔法を主体とする。
それに対して白魔道士が使うものは防御魔法の延長線上にあるもので、狭範囲で守護結界のようなものを張り、中にいる者達を守るために存在するものだった。
なので厳密に言えば黒魔道士の結界とは全くの別物で、結界とも言えないような代物だった。
その一番大きな違いはその魔法の持続力の違いだ。
白魔道士の張った結界は固定があまり効かず、大抵魔力が切れたら消えてなくなってしまう。
それに対して黒魔道士の結界は種類にもよるが、本人が解除しない限りそこにあり続けられるのだ。
「俺がカルトリアの魔の森に張った結界魔法がこれなんだが……」
そう言ってクレイは簡単にザッと紙に走り書きをする。
「ここをこうして……こう書き替えたら、白魔道士の魔力を上手く変換して発動できるんじゃないかと思い立ってな」
「……これは、白魔道士が発動させても固定が可能なのか?」
「ああ。白魔道士と固定魔法の相性が悪いのはここのこのスペルのせいなんだ。だから封印魔法に使われているこっちのスペルを応用に回して、こうしてこう変えたらいけるんじゃないかと思って…」
これを元に二人から意見を聞いて、実用可能であればソレーユで試験的に使用してみてはどうかと思っているのだとか。
「アストラスは黒魔道士が多いが、ソレーユはそれに比べると少ない。トルテッティに至っては数えるほどだと聞く。それなら白魔道士が結界魔法で各街に守護系の魔法を張れたら効率的だろうと思ったんだ」
それこそ圧縮魔法を込めた水晶を使えばかなりな広範囲をカバーできるようになる。
特にカルトリアのような魔物と人の戦いのようなものがなくとも、例えば流行り病の抑制にも繋がるかもしれないし、それこそ戦争時の安全確保に一役買うかもしれないとクレイが口にする。
これは魔道具のこと以上に世界に大きな影響を与える話で、自分としても是非活用してみたいと思える魔法だった。
「俺はこれまであまりそういうことには興味が向かなかったが、ここ最近ソレーユでミシェル王子と話してて色々考えるようになったんだ」
どうやら魔法が全く使えないミシェル王子だからこそ、色々魔法でできることできないことを知るために質問を繰り返しているらしい。
それを受けてクレイもこれまでの考え方を大きく変えることになったのだとか。
「ミシェル王子の考え方の元となるものは本当に夢物語のような綺麗事なんだが…、そこから派生する考え方は聞いていて物凄く現実的で民思いなものばかりなんだ」
だからこそ力になってやりたいと思わせるものがあるのだとクレイはクスリと笑う。
「ロイドはそこが分からないと言うが、話すと面白いのにな」
犬猿の仲の二人を取り持つ気は無いが、互いに認め合えばいいのにとクレイは溜息を吐いていた。



そうして有意義な話をしているうちに食事の方も終わり、そっとヒュースから促されて手紙のことを思い出した。
「クレイ…」
食後のコーヒーを飲むクレイにそっとその手紙を差し出してみる。
「…?」
それに対して不思議そうな顔をするクレイに、短く告げた。
「今日ドルト殿から預かった、ミュラ殿から…お前宛の手紙だ」
「…………」
その表情は固く、カップを持つ手も固まってしまっている。
「読むも読まないもお前次第だし、私に読んで欲しいというならそれでもいい」
そして『どうする?』と尋ねてやると、クレイは暫くしてからそっとカップをテーブルへと戻した。
それから何度も深呼吸をして、心を落ち着かせてからそっとその手紙を手に取り、沈鬱そうな表情で考え込んだ後静かに席を立った。
「……悪いが暫くそっとしておいてくれ」
クレイはそれだけを言うと眷属に指示を出し、一人になりたいから今日は別室で寝ると部屋から出て行った。
【お父様……】
アメットが不安そうに声を掛けてくるが、こればかりは見守る以外どうしようもない。
本人がそっとしておいてくれというのならそうするのが一番だろう。
何かあればすぐさま眷属達が動いて知らせてくれるはずだ。
「大丈夫だ。クレイが結論を出すまでそっとしておいてやろう」
そうしてアメットを宥めて、大きく溜息を吐いた。


***


母から手紙が来た。
一体何が書いてあるのだろう?
昔言われた数々の言葉が書き連ねられているのだろうか?
それともドルトから促されて渋々書いた謝罪などだろうか?
もしも許してほしいと書かれてあったら、自分は許せるのだろうか?
そもそも許す許さないの問題とも違う気がする。
自分はただ、あの人に受け入れてもらいたかったのだ。
好かれていなくてもいい。
嫌われていてもいい。
でも、存在そのものを否定しないで欲しかった。

「母様……」

生まれて初めてもらった母からの手紙……。
あんなに自分を苦しめた存在からの手紙など受け取らなくてもいいだろうと、そう思う者もいるかもしれない。
けれど、ずっと自分のことを見て欲しいとそう願っていた相手から初めて…手紙という形ででも自分に対して何かをしてもらえたことが嬉しかった。
諦めて忘れようと何度も何度も自分に言い聞かせ、もう過去のことだと気持ちに蓋をした。
けれどそうして押し込めたものの、どうしてももしかしたらという淡い希望を抱く心は消すことができなかった。
いつかいつかいつか──────。
幼い日に抱いたその気持ちは昔よりもずっと薄まりはしたけれど、決して完全に消えることなどない。
ここに書かれている最悪のことを考えて何度も何度も深呼吸を繰り返す。
たとえ傷つくような内容だったとしても、こうして予め心積もりをしておけばああやっぱりだったかと思えるだろうし、ショックを受けることもない。
傷つく内容だったらすぐさまロックウェルの元へと飛んで行って、慰めてもらうことだってできる。
以前の自分だったならそんなことはできなかっただろうし、やろうとも思わなかった。
けれどロックウェルもヒュースも甘えるのは悪いことではないと言ってくれたし、支えてくれると言ってくれた。
それは自分が弱くなったのではないのだ。
強がっていた自分を皆が分かって受け入れてくれただけの事。
だから今はそれに甘えて、これからは強がりではなく本当の強さを手に入れていければいいなと思えるようになった。
自分に足りないものは、その心の強さだと思うから─────。
そして心を落ち着けたところでそっとその手紙の封を切った。

その内容は自分が思っていたようなものとは全く違っていた。
そこには許してほしいの言葉はなく、心ない言葉もなかった。
だからと言ってドルトから言われて仕方なく謝罪するような内容でもない。
そこにあるのはただただミュラの心そのものだった。

条件を提示されたとはいえ、自分自身が望んで王に抱かれたこと。
妊娠が分かった時はドルトとの子だと疑わず、何度も慈しむように声を掛け愛おしんでいたこと。
それ故に生まれた時に違ったことがショックだったこと。
名づけによってより絶望的な気持ちになり、何もかも全てが嫌になってしまったこと。
愛してやりたいと思ったけれど、魔力のない無知で未熟な自分にはただ恐ろしく、向き合う気力がなかったこと。
そうした過去の事から、先日フローリアから言われたことまですべてが書かれていた。

『すべては私の未熟さゆえの過ちだと反省はしているけれど、あなたにした仕打ちは謝って許されるものだとは思っていません。けれどあの日、赤ちゃんを見に勝手に別邸に行ったことについては謝らせてほしいと思います。貴方の気持ちを知らず、たとえ記憶がなかったとは言え、これを機にあなたと少しでも仲良くなれたらと足を運んだことについて本当に申し訳なく思っています。貴方がレイン家に挨拶に来た時に貴方の幸せを願ったのは本心からだったのに、結果的にこれ以上ないほど傷つけてしまって本当に愚かな自分が情けなくて仕方がありません。もしも貴方が望むならどんなことでも受け入れます。だからどうかこの先は、誰よりも幸せになってほしいと思います──────。   ミュラ=レイン』


勝手だと思う。
けれど次から次に涙が溢れて止まらなかった。
ずっと触れたかった母の心に初めて触れたように思えた。
謝ってほしかったわけじゃない。
けれどそう……自分はただ、こうして向き合ってほしかったのだ。
「母様…」
そうして流れ落ちる涙を止めることができぬまま、ただただ手紙を握りしめて泣くことしかできなかった。


***


クレイに手紙を書いて数日が経過した。
その間、当然とでも言えばいいのかクレイからの接触はなく、夫から何かを言われることもなかった。
ただ……これまで同様の日々が繰り返されるだけの毎日。
最初でこそクレイが自分に恨み言を言いに来るかも知れないとドキドキしたものの、こう何もないとむしろ存在自体が切り捨てられたのかも知れないとさえ思われて、胸が締め付けられる。
自業自得とは言え胸にポッカリと穴が空いたような空虚感に襲われて、知らず涙が溢れてきてしまった。
存在を無視されるということはこれほど悲しく、心乱されるものなのかと思い知らされたような気がした。
「クレイ…ごめんなさい」
大人の自分以上に、幼子の心はどれほど傷ついたことだろう。
「私が…自分勝手だったわ」
伝わる事のない気持ちを抱える辛さが身に染みて、これまでの罪をより身近に実感する。
後悔してもしきれない辛さが身を苛む。
(私が死ねば…あの子は少しでも救われるのかしら?)
どうすればこの罪が消えるのかがわからなくて、ここ暫く何度もそんな思いに駆られてしまう。
それを何度も胸の内に押さえつけてきたけれど、ふと魔が差してしまう自分がいた。

そっと傍らにある引き出しを開けると、そこには嫁入り道具の一つだった護身用の短剣があった。
それを見て、そう言えば自分は幼いクレイにこれを向けたのではなかっただろうかと思い出す。
それと同時に背にヒヤリとしたものを感じ、自分の罪深さを自覚してしまった。
向けるべき相手はあの子ではなく、他ならぬ自分自身であるべきだったのに─────どうしてあの時の自分はこれをあの子に突きつけてしまったのだろうか?
そのまま短剣をスラリと鞘から引き抜くとそこには鈍く光る刃が自分の罪を映し出すかのように煌めいていて、その罪の重さが手の中でずっしりと増した気がした。
「クレイ…」
自分はこんな危険なものをどうしてあの時幼子に突きつけてしまったのだろう。
たとえ精神的に追い込まれていたのだとしても、していいことと悪いことがある。
自責の念はそうして次々と自分の中で膨らんでいき、そして一つの結論へと至ってしまった。

─────どうかこうする事でしか罪を償えない愚かな母を許して。

そしてその刃を高々と振りかぶり、自分へと勢いよく突き刺そうと振り下ろす。
これで全てが終わるのだ……。
そう思っていたのに、振り下ろした手は胸に突き刺さる前に第三者の手によって止められてしまった。
そこに立つのは黒髪の黒衣の魔道士─────。

「クレイ…?」

あまりにも驚いて思わず名を呼んでしまったが、クレイは辛そうに顔を歪めて小さく言った。
「勝手に死のうとするなんて…母様は本当にひどい」

どうしてここに来たのか。
どうしてそんなに苦しそうに、泣きそうなほど悲しそうにしているのか。
自分を恨んでいるのなら、そのまま死なせても良かったのではないか?
憎んでいるのならそんな顔をしなくても良いのではないか?
そんな様々な思いが自分の中で次から次へと溢れ出て、混乱して何も言えなくなってしまう。

「手紙がもらえて…嬉しかったのに、また俺を突き放すのか?」
「……クレイ」

クレイはもうすっかり大人の男性に成長していたのに、その瞳は昔と変わらず縋るように自分へと向けられていた。
「母様なんて嫌いだ…」
初めてクレイの口から自分への悪態が飛び出してくる。
昔は何かを言いたい表情を浮かべても、気遣うようにこちらを窺い言葉を選んで話しかけていたことを思い出す。
きっと色々な悪感情をグッと飲み込んで我慢していたのだろうことは想像に難くない。
そんなクレイが初めて自分に向き合うかのようにその感情を吐き出したのだ。

「俺の存在を否定することしかしてくれなかった」
「…………」
「何もしてないのに勝手に怯えて、怖がって…。俺はただ……普通に話したかっただけだったのに…!」

とりとめのない日々の話を聞いて欲しかった。
普通の温もりを与えて欲しかった。
一度でいいから───自分に笑顔を見せてほしかった。

涙ながらに訴えられて、クレイが望んでいたのはそんなどこまでもささやかで普通の生活だったのだと今更ながらに思い知る。
そんな当たり前の愛情を与えなかった自分は確かにフローリアが言うように、どうしようもなく未熟な母親だったのだ。
「ごめんなさい…ごめんなさいクレイ……」
ずっと……胸の内に溜め込んでいたのだろう思いを吐き出すクレイは、恨むでもなくただ涙と一緒にその心を吐露し続けているように見えた。
その姿があまりにも見ていられなくて、思わずそっとその背に手を回してしまう。
ずっとずっと恐れていたその身に、自ら手を回したのは初めてのことだった。
そう言えば自分は小さかったクレイを抱きしめてやったことがあっただろうか?
もしかしたら一、二度はあるかも知れないが、全く記憶に残っていない。
それこそ乳母に全て丸投げで、赤子の時さえほぼ抱いてやっていない気がする。
もしかするとクレイと触れ合うのは初めてかも知れないと思いながら恐る恐る宥めるように背を撫でると、最初はビクッと身を強張らせ緊張していたクレイの体から少しずつ力が抜けていくのを感じた。
じんわりと伝わってくる温もりが、彼が自分と同じ人間であるという事を伝えてくる。
そこで初めてクレイは得体の知れない存在などではなく、ただ魔力があって生まれただけの、自分と同じ『人』であったのだと感じることができた。
「クレイ……これまで貴方を愛してやれなくてごめんなさい」
気づけば自然と謝罪が口を突き、自分もまた涙がとめどなく溢れでてきて、互いにそのまま涙を流し続けた。



それから暫くして互いに落ち着いてきた頃合いで、クレイの眷属だという魔物が声を掛けてきた。
初めはそんな眷属に慄き怯えてしまったが、その姿は知的な狼のような姿で慣れるとそれほど怖いとは感じなくなっていた。
それというのもクレイとのやりとりがあまりにも保護者然としていたからというのも大きい。
【クレイ様。そろそろ落ち着かれましたか?】
「……ああ」
どこかバツが悪そうに涙を拭うクレイにその眷属がほのかに笑う。
【母君がご無事で良かったですが、ここ数日手紙を書いては書き直しと言うのを繰り返してちっとも踏ん切りをつけないからこういうことになったのだと、ご理解下さい】
「し、仕方がないだろう?!どう書けばいいのかわからなかったんだから!」
【それならロックウェル様にご相談すれば良かったでしょう?随分ご心配されていましたよ?】
「ロ、ロックウェルは関係ないだろう?!これは俺と母様の問題なんだから…!」
どうやらクレイは自分を切り捨てていたわけではなく、逆に自分に書く返事で頭がいっぱいだったらしい。
その言葉に何故か心が満たされていくのを感じてしまう。
【そう仰るなら、お分かりですね?】
「何を?」
【折角の機会ですし、ここで逃げずに少し母君とお話しされてはと】
「……え?」
そしてその言葉を受けてクレイが戸惑うように、窺うようにこちらへと視線を向けてくるのを見て、本当は今日自分の前に姿を見せる気がなかったのだと察してしまった。
恐らく手紙をそっと置いて帰るつもりだったのだろう。
それなのに自分が勝手に死のうとしていたから慌てて止めに入って、なし崩し的に溜まった心情を吐露してしまい我に返って困惑してしまったというところなのかも知れない。
そんな姿を見て、クレイはアメットが言っていた通り不器用で優しい子なのだなと思った。
「…クレイ。もし嫌でなかったらコーヒーでも一緒にどうかしら?」
確かアメットがクレイはコーヒーが好きだと言っていたように思う。
自分もコーヒーは好きでよく飲むので、用意してもらうのも簡単だ。
「……コーヒーは嫌い?」
あまりにも返事がないのでそっと窺うように尋ねると、慌てたように大丈夫だという返事が返ってきたのですぐに用意してもらえるよう使用人へと頼み、クレイをテラスへと案内させた。
そこからはレイン家の庭園がよく見えるのだ。

そして二人でテーブルをはさんで何を語るでもなく庭園を見遣っていると、ふとクレイの表情がどこか懐かしむようなものになったのを感じて、思い切って口を開いた。
「……昔とは少し変わってしまったかしら?」
「……いえ。ほとんどあの頃から変わってないです」
眷属と話す時とは違いどこかよそよそしいその口調が自分達の距離を現しているのだなと思いながら、そっとクレイを見遣る。
そこに座るのはすっかり大人になった我が子の姿。
ドルトから聞いたが、クレイは黒魔道士としてかなり優秀でその才能は他国にも認められているのだとか。
(立派になったのね……)
世間のことを何も知らずにレイン家を飛び出したにもかかわらず、クレイは立派に成長してここに戻ってきた。
ロックウェルという伴侶も見つけ、子にも恵まれて、仕事もできて……。
そんな息子を誇らしく思えこそ、最早疎む気持ちなどどこにもない自分がいることに気が付いた。
けれどそれを今言っても何の償いにもならないことを自分はよくわかっている。
過去はどう足掻いてもやり直すことなどできはしないのだから……。
そうして暗い思考に落ち込み黙り込んでしまった自分に、クレイがそっとその言葉を口にした。
「……母様。母様が俺を怖がっているのは知っているけど…」
一体何を言われるのだろうと思いながらそっとクレイの方を見つめると、その目が真っ直ぐにこちらへと向けられた。
そこにあるのは昔恐れた紫の瞳ではなく自分と同じ碧眼────。
きっと目立たぬよう魔法で隠してあるのだろう。
その目に真剣な光をたたえてクレイは真摯に言葉を紡ぐ。
「……俺はできれば母様との関係を一から築き直したいと思ってる」
「……え?」
それはまさに驚くべき言葉で、思わず目を瞠り固まってしまったほどだ。
「好きになってほしいとは言わないし、関わりたくないと思われるかもしれない。でも…年に一度でもいいから手紙を書かせてもらっても…」
そこまで言われたところで思わず手を伸ばし、ギュッと僅かに震えるクレイの手を握りしめている自分がいた。
まさかこんな自分にそんな提案をしてくれるなんて思ってもみなかったからだ。
罪悪感がないわけではない。
クレイの優しさに甘えるのも良くないというのもわかっている。
けれど…………ただただ嬉しかった。
「書くわ。私も。毎月……」
「…え?」
「私も……許されるなら貴方ともう一度一からやり直したいと思うから」
「母様……」
「落ち着いたら、貴方の子供達にも会わせてくれる?」
「え?でも……」
怖いのではないかとクレイが気を遣ってくれるが、実はアメットには会ったことがあるのだと言ったら驚いていた。
どうやらロックウェル達が内緒にしていたらしい。
流石の気遣いだと感心してしまう。
そしてそういうことならとその場で子供達を紹介してもらえることになった。
そこに現れたのはクレイやロックウェルによく似た可愛いドラゴンの子供達。
そんな彼らの顔を一人一人見てみると、その中でも一人ひと際クレイの幼い頃にそっくりな子が含まれていた。
彼の名はラピス。
クレイとは少し違うが、黒銀の髪に綺麗なアメジストの瞳の子供だ。
けれどその瞳に宿る光はロックウェルに似たのかどこまでも穏やかで、まるで夜空に煌めく星のような子だなと思った。
それは他の子も同じような感じで、皆どこか温かく慈愛に満ちた眼差しをこちらへと向けてくれている。
そんな彼らに挨拶をして共にテーブルを囲み、他愛のない話などをしながら微笑み合った。
そこからはほとんど子供達としか話していないが、クレイがその光景を見ながらどこか眩しそうに微笑んでゆったりとコーヒーを飲んでいたのが印象的だった。
まさかこんな日が来るとは思ってもみなかったというのが自分の本心なのだが、もしかしたらクレイも同じ気持ちだったのかもしれない。
二人の間にある蟠りがこれで完全になくなったわけではない。
けれどお互いに歩み寄ろうという気持ちがあるのなら、これから少しずつ互いのことを知っていけたらと思った。

「母様。今日は……」
別れ際、そうして言い淀むクレイにおずおずと手を伸ばしそっとその手を重ねてみる。
「今日は貴方に会えてよかった」
そう言って真っ直ぐにその瞳を見つめながら精一杯の笑みを浮かべると、クレイはどこか泣きそうに顔を歪めた後そっと笑みを返し、ありがとうと口にした。
今の自分にはその言葉だけでも十分だ。
そうしていつ叶うかはわからぬままに、またいつかと言って別れを告げた。

きっと彼の方から積極的に会いに来てくれることはないだろう。
それは自分の方も同じで、敢えて積極的に動く気はなかった。
それをして返って彼を心情的にまた追い詰めてしまっては元も子もないからだ。
会うのは何かの偶然の時だけでいい。
────まずは手紙から。
互いに少しずつ、無理のない程度で交流していこう。


こうして、二人の新しい時間が始まりを告げたのだった。



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