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第三部 アストラス編~竜の血脈~
29.ハインツのプロポーズ
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折角子供達が揃って王宮に来たのだから、ついでに少しだけでも王宮内を案内しておこうかと、四人を引き連れて部屋を出た。
主には魔道士達の集まる場所だけでいいだろうと、ステファンも一緒に案内する。
「噂には聞いていたが、こっちの王宮魔道士はソレーユとは全然違うな」
ステファンは、最近でこそ少し変革があったがソレーユの魔道士宮と機能が全く違って面白いと言った。
やはりこういうことは国によって色々あるようだ。
そして色々話しながら訓練場へとやってくると、子供達が切磋琢磨する者達を見てワクワクと表情を輝かせる。
【凄い!楽しそう!】
【僕もやってみたい!】
キャイキャイとはしゃぐ子供達に訓練中の者達の視線が向けられ、その顔を見ると同時に固まっていく。
「ロ、ロックウェル様。その子供達は?」
「……私の子だ」
【初めまして。ラピスです】
【ルナです】
【リドです】
【アメットですわ】
そうして四人がニッコリと挨拶をすると『うおぉおおっ』とその場にどよめきが広がった。
「噂のドラゴンですね?!一目お会いしたかったんです!」
「私もです!でも一人だって聞いていた気がするんですけど…増えたんですか?」
「どの子もそれぞれ美男美女で可愛いですね~」
「本当に可愛い!ラピス君、大きくなったらお姉さんと遊ばない?色々教えてあげるわよ?」
全体的に歓迎されているのはいいが、中にはそんな突拍子もない冗談を口にする黒魔道士までいて思わず睨んでしまった。
けれどそれに対してラピスが真面目に答えを返し申し訳なさそうに頭を下げたので微笑ましい気持ちになった。
【え?すみません。大きくなるにはお父様達の魔力が沢山必要になるので、お待たせするのも悪いですし辞退させてください】
「グフッ!ピュアで可愛すぎる!クレイと似ても似つかない可愛さだわ!」
そうしてそれを見た者達が何やら激しく悶えていた。
そんな自分達の元へ話を聞きつけた王とハインツがやってきた。
「ロックウェル!ラピスが来ていると聞いたんだが…」
王がこちらへと視線を向けて、驚きと共に目を見開く。
「なっ…?!増えているではないか!」
「すみません。……四兄弟になったのをお伝えし忘れていました」
「しかもアメジスト・アイなのに女児まで!初めて見たが可愛いな」
王の顔が綻んでアメットの方へと向けられる。
「クレイによく似ているな。一度でいいから是非おじい様と呼んでほしいものだ」
そして嬉しそうにアメットの体を抱き上げた。
【おじい様も瞳が紫なのね!私とお揃いですわ!】
無邪気に嬉しそうに笑うアメットに王はメロメロになる。
「くっ…。クレイそっくりなのになんと素直な子だ!うちで引き取って育てたい!」
「それはクレイが怒るのでやめて下さい」
「良いではないか、一人くらい!私は娘も欲しかったんだ!」
息子も可愛いが娘もいいと言う王に思わず苦笑してしまう。
こうして自分達の子を受け入れ可愛がってくれるのは有難いことだが、王の血を引く孫は他にいるのだと言うことも忘れてはならない。
孫娘を望むのならば頼むべき相手は他にいるのだ。
「そこはハインツ王子とフローリア姫に期待なさっても宜しいのでは?」
そう水を向けると、ハインツが真っ赤になりながらあたふたし始めた。
「そ、そんな!そ、それは、姫だって困ると思います!」
まだフローリアとの婚約は成立していないのだからとハインツは言うが、トルテッティへの使者は立て姫を迎える手筈は整えている。
先方はその話を聞いて随分驚いたようだったが、誠意ある対応に感謝したいと述べたとか。
幻影魔法で王同士で直接会話し、現在は使者が正式な書類を持ち帰ってくるのを待っている状況だ。
それさえ手元に届けば正式に婚約成立となる。
後はフローリア本人の意向が問題だった。
ここまで問題なく話が進んだと言うのに、何故か本人がルッツとレイン家で暮らしたいと言い出したからだ。
これには正直困惑を隠せなかった。
ハインツにはショックな話だろうからまだ伝えてはおらず現状機を見ては説得しているのだが、彼女には彼女なりの考えがあるようで中々説得に苦慮している状況だった。
結婚前に子を産んだことで余計なゴタゴタに巻き込まれるのは必至。
王宮に行けば自分だけならまだしもルッツもいらぬ面倒ごとに巻き込まれてしまう。
そうなるくらいならこのままレイン家である程度ルッツが大きくなるまでは世話になりたいと言うのが彼女の言い分のようだった。
言いたい事もよくわかる。けれどこればかりは諦めて欲しいとしか言えなかった。
ルッツが紫の瞳であることは事実だし、ハインツの子であることも間違いはない。
ハインツに他に婚約者がいた時ならば姫の言い分通りに事を進めても問題はなかったが、ことここに至ってはルッツが王位継承権を得るのは確実なのだ。
立場的に考えて、いつまでもレイン家に留まるよりは王宮に身を移した方がいいだろう。
現状ハインツは次期魔道士長なのだし、フローリアがハインツの妃として迎えられようと皇太子妃でないだけ注目度は下がるはず。
身分的にも何も問題はないのだし、レイン家が後ろ盾になっている関係上表立ってこちらを敵に回すような真似をする猛者はどこにもいない。
だからそのあたりで折り合いをつけてなんとか折れてくれるのを願うばかりだ。
そうして考え事をしていると、ハインツから小声で話しかけられた。
「ロックウェル様…。フローリア様はもしかして結婚したくないと仰っているのでは?」
どうやら本人も気になってはいたらしい。
「彼女は一度こうと決めたら譲らなさそうなところがあるから、もしかしてと思って…」
まさかその通りだという訳にもいかず、自信なさげに肩を落とし俯くハインツに掛ける言葉が見つからない。
嫌われてはいないのだろうが、好きで関係を持ったという訳でもないためどうフローリアを説得していくべきか悩んでしまう。
ここはやはり本人達同士でじっくり話し合うのが一番だろうか?
「ハインツ王子…今夜にでもフローリア様と直接お話しになられますか?」
「……っ!」
その言葉にハインツの動揺が見られる。
彼もまた直接話して拒絶されるのが怖いのだろう。
けれどこのままでは平行線で、二人の明るい未来はない。
「ハインツ王子。女性は毅然とした態度で真摯に言葉を紡いでくれる者に弱い面もあります。ですから、もしも想いの丈を伝えるのであれば迷いは捨ててからレイン家へとお越しください」
応援しておりますと薄く笑って背中を押すと、ハインツはその言葉を噛みしめながら必ず伺いますと力強く頷いてくれた。
それから王が執務へと戻ったところで子供達が一足先にレイン家へと帰ったので、ステファンにも今度一緒に呑もうと告げて笑顔で別れた。
***
その日は正直いつもよりもクレイ達が賑やかだった。
どうやら客人がレイン家に遊びに来ているらしい。
「何事ですの?」
あまりの騒がしさについ顔を出すと、そこにはドラゴンの子供達四人と戯れる従兄弟とクレイと親しげに話す憎らしい黒魔道士の姿があった。
「いつの間にかクレイが子供を作ってたから見にきたんだ」
その言葉になるほどと納得がいく。
どうやらクレイに子ができたことを知って顔を見に来たらしい。
(ルッツの顔は見に来ないくせに…)
従妹の子よりもクレイの子なのかと思うと少々気分が悪い。
けれどシュバルツは特に気にする様子もなくドラゴンの子達と戯れていた。
そんな姿を見てすぐに立ち去ることもできず、何となくソファへと腰掛けるとシュバルツが世間話のような口調でこちらへと話を振ってくる。
「そう言えばフローリアはいつまでここにいるんだ?アストラスの王宮にはもう移れるんだろう?」
正直シュバルツからのその言葉がグサッと胸へと突き刺さり、暗澹とした気持ちに見舞われる。
行けるものならさっさと行っているし、それができないからこそ自分は悩みながらここにいるというのに─────。
一体どの面下げて『誘惑して抱いてもらい結果的に子供ができたから結婚してくれ』と一国の王子に突撃する姫がいると言うのか。
馬鹿な小娘ならまだしも、流石に自分はそこまで厚顔無恥ではない。
自分よりずっと年下の少年に責任を取れなど言えるはずがないではないか。
レイン家に身を寄せたのは、あくまでも行き場がなくて好意に甘えさせてもらっただけなのだ。
今更ここにきて結婚など望むべくもない。
だからハインツの認知さえもらえれば結婚まではしなくてもいいと考えている。
認知があれば自国の対応も和らぐだろうし、もしかしたら戻ってきてもいいと言ってもらえるかもしれない。
それが叶わなくともルッツはレイン家の養子として認められているからここに住む分には何も問題はない。
幸いここならロックウェルは王宮に出仕しに行っているし、クレイも外に仕事に出ることが多いし家にいても静かだ。
夜の事にさえ目を瞑れば特に日常で困ることもない。
衣食住には十分満足しているし、ルッツには余計ないざこざに巻き込まれる事なく幸せになってほしいと願っている。
だから素直にそう言った。
けれどそれに対してシュバルツは大仰に溜め息を吐く。
「ルッツの為を思うなら結婚して王宮に行くべきだ。既にレイン家と縁があると言えばこれ以上ない後見になる。躊躇う必要なんてない」
「……そんな勝手が許されるはずがありませんわ」
「でも伯父上だってもう結婚は認めたって聞いたぞ?なあロックウェル」
「ええ。後は使者が戻れば婚約成立です」
そんな言葉にジワリと背に冷たいものが走る。
これでは王宮に行かざるを得ないではないか。
正直言って、王宮でどんな罵倒の言葉を浴びせられるのか気が気でない自分がいた。
そう────自分は怖いのだ。
本当はアストラスで自分がどう評価されているのかが怖かった。
年下の何も知らない王子を誑かした自分がアストラスの王宮で歓迎されるはずがないのは明らか。
ましてや自分は以前クレイをあんな目に合わせた張本人だ。
またかと思われているのは必至だろう。
けれどそんな自分にクレイがあっけらかんと言い放った。
「そう言えば王が近いうちに初孫の顔を見に行きたいと言っていたぞ?うちのラピス達も可愛がってるみたいだが、赤子とはまた違うしな。可愛がる気満々みたいだったから覚悟しておくといい」
「…え?」
「そう言えば今日『娘も欲しかった』と話していたので、それはフローリア姫次第ではと言っておきましたよ?王はハインツ王子とフローリア姫の事を誰よりも祝福して下さっているので、どうぞご安心を」
そんな言葉にジワリと胸が熱くなる。
誰にも喜ばれていなかった我が子を、そうして喜んでくれる人がいる。
それは本当だろうか?
息子を誑かした悪女などと言われないだろうか?
ルッツだけを取り上げて、王宮から去れと冷たく罵られないだろうか?
もし本当だったなら────そう考えるとそれだけでなんだか涙が溢れてくる自分がいた。
ずっと……本音を言うと不安だった。
ルッツが傷つくのもそうだが、自分が傷つけられるのも怖かった。
ルッツと引き離されることも怖かったし、ミュラの悲鳴を聞いた時もその拒絶に密かに傷ついていた。
誰からも愛されない子を産んでしまったのではないかと泣きそうな気持ちでいっぱいになっていた。
けれどルッツには自分しか守ってやれる者がいないのだと、精一杯気丈に振る舞っていた。
自分は王女で、ずっと簡単に人に弱みを見せるなと言われ育ってきた。
そして子を産んだからにはいつまでも子供ではいられない。
守られる側から守る側になるのだ。
泣き言など言わない。言ってはいけない。
そんな色んな感情でここまで来たのに…ここにきて緊張の糸が切れてしまった。
「うっ…うぅ……」
突然泣き出した自分にクレイがギョッとしたのを感じたが、どうしても涙を止めることができない。
そんな自分をロックウェルが躊躇うように慰めようとしてくれたが、それより先にシュバルツの方に抱き寄せられた。
「ああもう!フローリアは本当に昔から素直じゃなくて面倒臭いな!」
そうして不器用にポンポンと頭を撫でられ、益々涙が止まらなくなってしまう。
「うぅ~……」
「意地っ張りでプライド高く見せてるけど、泣いたら止まらなくなるのは変わらないな」
「煩いですわ…。これだから従兄弟なんて嫌なんです…」
「ふん。相変わらずだな、お前は」
そう言いながらも撫でる手つきはいつだって優しいのを知っている。
不器用なのはお互い様だ。
自分はずっとシュバルツのこんなところが好きだったのだと思い出した。
「……結婚式には私の好きな白百合を5,000本用意してくださいな」
シュバルツにこうして慰めてもらって初めて前に一歩進めるような気がしたから、少し落ち着いたところでポツリとそんな我儘を口にしてみる。
けれどシュバルツは当然のことながら何故そんなことを言われたのか理解できないとばかりに、予想通り驚いたように食って掛かってきた。
「ご、5,000?!ふざけるな!どうしてそんなにッ!」
「私からは貴方の結婚祝いに水晶を500個用意させますわ」
そうして涙を拭って祝ってやると言って微笑んだ自分にシュバルツが今度は目を丸くする。
その姿を見て本当に変わらない素直な従兄だと思った。
「どうせ叔父様は貴方の結婚を手放しで喜んだりはしないでしょう?だから私だけでも全力で祝ってあげますわ」
恐らくトルテッティでこの二人を祝福する者達は誰一人いないだろう。
それならば自分くらいは全力で祝ってやってもいいかと思ったのだ。
「……いいのか?」
「別に構いません。そこの馬鹿な黒魔道士が利益の上がりそうな提案をしてきましたし、ロックウェル様がレイン家で商品化しても一部収益を回して下さるそうですから懐は温まる予定ですもの」
そう言いながらニッコリと笑ってみせると、シュバルツは可笑しそうに無邪気に笑った。
「クレイの提案した商品なら間違いなさそうだな」
「ええ。それに私も…クレイに負けずに自分で商品開発をしてみようかと考えましたの。この男にできて私にできないわけがありませんものね」
女性の視点で自分らしい魔道具を作ってみるのも楽しそうだと少し思ってしまった。
魔法の開発自体には然程大きな興味はないが、生活密着の便利な魔道具開発なら作るのは楽しそうだ。
それに気づけただけでもこの国に来た甲斐があったと思う。
「いつ王宮から追い出されようと自分の足で立って暮らしていけるよう、私ももっと強かになってみせますわ」
そんな自分を見て何故かクレイの子供達が拍手を送ってくれた。
クレイのことは嫌いだが、子供達のこういう所は素直で可愛いなと素直に受けとめられる。
この子達となら少しくらいは仲良くできそうだ。
そうして少し和んでいたのだが、そのどこか穏やかな空気はその場に唐突に現れたハインツによって妨げられてしまった。
「フローリア様!」
どうやら影を渡ってやってきたらしいが、何故か泣きそうな顔でこちらを見てくるハインツに思わず目を丸くしてしまう。
「どうしてシュバルツ様の腕の中にいらっしゃるんです?!」
「え?」
その言葉にそういえばまだシュバルツの腕の中にいたのだったと思い出した。
どうやらそれを見て誤解してしまったらしい。
「そんなに私との結婚がお嫌ですか?」
「…?」
力なくそんな風に問われるが、改めて嫌かどうかと聞かれれば嫌ではない。
ただ王宮に行くのを尻込みしていただけで、ハインツが嫌いなわけではないのだ。
けれどそれをどう言えばわかってもらえるのかがわからなくて、ついつい黙ってしまう。
その態度はハインツに勘違いされるものでしかなかったようで、気づけばシュバルツから引き離され唇を塞がれている自分がいた。
真っ赤になりながら懸命に辿々しく口づけてくる姿は可愛いの一言だ。
「ぼ、私は貴女が好きです!どうしたら振り向いてもらえるのか、教えてください!」
そうして真っ直ぐに訴えてくる姿にキュンとしてしまう。
これは恋とは違うだろうが、グッとくるものがあった。
それがなんだか気恥ずかしくて、ついついふいっと視線をそらしてしまう。
けれどその行動が益々ハインツを落ち込ませてしまったようだった。
こんな風にいつまでも素直になれない自分と引っ込み思案なハインツでは、そもそも相性が悪いのではないかとさえ思ってしまう。
そう思ったのは自分だけではないようで、その場の面々が居心地が悪そうにし、シュバルツもまた気を利かせてそっとロイドの元へと移動した。
恐らく少しでも話しやすい雰囲気に持ち込めるようにとの配慮なのだろう。
それが功を奏したのか、ハインツが意を決したようにまた口を開いてくる。
「フローリア様が私にとって高嶺の花だと分かっています。でも、たとえ戯れだったのだとしても誘っていただけて嬉しかったですし、子供だって驚いたけど凄く嬉しかった」
そうして一生懸命話すハインツに好感が湧く。
「私にできることならなんでもします!だから、結婚して下さい!」
はっきり言ってここまで熱烈にプロポーズされるとは思ってもみなかった。
これまでの求婚者達と今のハインツの言葉は、それこそそこに込められている想いの強さは雲泥の差だと言えた。
未だ嘗てこれほど全身で好きだと言われたことなど一度もない。
上辺だけの言葉でないことが一目でわかり、嬉しい気持ちが込み上げてくる。
けれどそれ故に胸がいっぱいになって何も答えられず黙るしかない自分に、ハインツがまた悲しそうな顔になった。
「やっぱり…私ではダメですか?」
けれど空気を読んだのかただの天然なのか、ここでクレイが思いがけない一言を口にした。
「ハインツ。フローリアは温泉が大好きなんだぞ?婚約の品で温泉付きの別荘でも用意したら喜んであっさり頷いてもらえるんじゃないか?」
「え?」
それはハインツには意外なものだったらしく、驚いているようだった。
けれどそれを後押しするように今度はロックウェルが言葉を足す。
「それは名案だな。王宮に行けば息が詰まることもあるだろうし、温泉は息抜きには最適の場所だ。フローリア姫、いかがです?良い場所を探しておきますよ?」
そしてロックウェルの言葉を聞いてクレイはこちらの返事も待たずにすぐに動き、使い魔や眷属達に何やら指示を出していた。
「この間の温泉談義は本当に面倒臭かったが、フローリアが温泉好きなのはよくわかったからな。あって困るものでもないだろうし有難くもらっておけ」
そんな言葉が癪に障るが、温泉付きの別荘というのは非常に魅力的だった。
貰えるものなら是非とも貰っておきたい。
「一言多いですわ。温泉はとっても素敵な癒しの場なのに、それをわかっていない貴方が信じられません」
とは言えここで期待しても仕方がないので、クレイの言葉に言い返すだけに留めた。
けれどそれを聞いたハインツがバッと顔を上げてくる。
「フローリア様は温泉がお好きなのですか?待っててください!すぐに素敵な温泉付きの別荘をご用意して迎えに来ますから!それなら私の求婚を受けてくださいますか?!」
「え…………。はい」
元々ハインツに対する嫌悪感があるわけではないし、彼からの好意は好ましいものだった。
ルッツの父親として少々頼りないかもしれないが、それはこれから幾らでも変わってもらえる機会はあることだろう。
そして何よりも、正直クレイの提案したこの案は抗い難いほど魅力的な条件だった。
ロックウェルが補足してくれたように、いざという時の安らぎの場になるのはまず間違いはない。
息抜きができる場があるのとないのとでは大違いだ。
だから意外なほどに素直に頷けたのだと思う。
そしてその返事を聞いたハインツは眩しい笑顔でこちらを見つめ、良かったと言って幸せそうに安堵の息を吐いた。
「フローリア様。フローリア様の事をこれから私にも沢山教えてください。もちろん子供のことも」
「ハインツ様…」
「それで…その、今度はちゃんと子供をこの手に抱かせてもらえたら、嬉しい…です」
そんな照れ臭そうな言葉にクスリと笑ってしまう。
「もちろん。どうぞ抱いてやってください」
年下の男にこれまで興味などなかったが、こんな彼を自分好みのいい男に育ててみるのも悪くはない。
自分も良き妻、良き母親になっていきたいし、彼にも良き夫、良き父として成長していってもらいたい。
二人の未来は今始まったばかりなのだ。
一緒に頑張っていこう────やっと、どこかすっきりとそう思えた自分がいた。
そしてハインツの手をそっと取り、早速ルッツが寝ている部屋へと向かうことにする。
「では皆様。御機嫌よう」
笑顔でそう告げた自分にシュバルツが小さく手を上げ、ロックウェルだけがそっと頭を下げたのが見えた。
***
「温泉付きの別荘!羨ましい!」
フローリア達が去っていった後、シュバルツがその場で本気で羨ましがっているのを見て本当に温泉好きだなと呆れてしまった。
その姿に子供達が不思議そうに首を傾げてしまう。
【シュバルツ、温泉好きなの?】
【僕、掘ってあげようか?】
「え?」
【どこにする?温泉出るところは魔物ならすぐわかるから、言ってくれたらすぐ掘れるよ!】
ニコニコしながらそんな魅力的な話をする子供達に、シュバルツがすぐさま食いついてきた。
「ほ、本当か?!」
【うん!本当】
その言葉にシュバルツが嬉しそうに表情を綻ばせる。
けれどそれははっきり言って不要だと、あっさりと止めに入った。
「こら。わざわざ掘らなくてもいい」
【え~?】
「ロイド、お前の持ってる別荘に温泉があるんだろう?」
新婚旅行の時にライアード王子の別荘を使わせてもらったが、その時にロイドも別荘を持っていると聞いていた。
そこには当然ながら温泉があると聞いた覚えがある。
だからそっちに連れて言ってやればいいのにと言ってやると、ロイドからは渋い顔をされてしまった。
「……こいつは連れていきたくない」
「なんだ。完全な仕事用だったのか?」
「ああ」
「そうか。じゃあ新しく別荘を買うしかないな。それならいいところを探してやれ」
「そうだな。まあライアード様に相談すればどうとでもなるだろう」
そうしてサラリと流して新しい温泉の話へと移ったのだが、シュバルツは誤魔化されずに食いついてきた。
「ロイド!仕事用の別荘って何?!女とだけ使ってるってことか?!」
「最近は殆ど使ってないぞ?」
「じゃあ行きたい!連れて行ってくれ!」
「私は行きたくない」
「どうして?!」
「どうして仕事用の場所にお前を連れて行く必要があるんだ?」
ロイドの言い分は最もなもので、仕事として他の女達に使った場所を本命に使わせるなんてどう考えても嫌だろうと思った。
そういった場所は自分にはないが、お抱え黒魔道士としてならよく聞く話だし、ロイドの仕事も理解しているから用途は簡単に想像がつく。
そんな場所に本命を連れて行く気になれないのは少し考えればすぐわかる話なのに、何故かその感覚をシュバルツは理解できないようでやけにしつこく食い下がってきた。
「意味がわからない!どうしてダメなんだ?何かやましい事があるんじゃないのか?!」
どうやら仕事以外で女を囲うのにも使っているんじゃないかと邪推し始めたらしい。
そんなことがあるはずもないのに……。
ロイドのお抱え黒魔道士の仕事を何だと思っているのだろう?
主人の命令を遂行するために存在する場所────それ以上でも以下でもない単なる仕事場のひとつでしかない。
白魔道士にはこんなことまできちんと説明しないといけないのだろうか?
正直言って面倒臭いと思ってしまう。
サラッと流してくれればいいのに────。
「……えっと、シュバルツ?」
「クレイは黙ってろ!」
「クレイ。こうなったらこいつは全然話を聞かないから、言うだけ無駄だぞ?」
「ロイド!」
「本当のことだろう?」
そうして憤るシュバルツを溜息をつきながらあしらうロイドに、少々同情してしまう。
どうやらシュバルツもロックウェルほどではないが、嫉妬深そうだ。
「困った奴だな。ロイドは本命だからこそそんな場所に連れて行きたくないって言っているだけなのに……」
「そうだろう?ちっともこっちの気持ちをわかっていない証拠だな。いつまで経ってもお子様で困る」
「俺としてはお前がそこまで惚れてるんだとわかって微笑ましいが?」
「ふん。そうやってわかってくれるお前が相手ならこんなにイライラしなかったんだがな」
そう言いながらロイドがそっと手を伸ばしてくる。
これは甘えたい時にロイドがする癖のようなものだ。
「仕方のない奴だな」
「お前がこうしてわかってくれて、遊んでくれたらそれでいい」
そうして身を寄せ黒魔道士の戯れで甘く視線を絡ませ合うのも、最早挨拶のようなものなのだが……。
「ロイド!そうやってクレイとイチャイチャするなって言ってるだろう?!」
火に油だったようで、油断も隙もないとシュバルツが烈火の如く勢いよくロイドを奪い去っていった。
「クレイ。ロイドがシュバルツに本気なのはわかったが、お前が甘やかす必要はないだろう?」
そしてロックウェルがそんな風に言いながら今度は自分の身をそっと抱き寄せてくれる。
やはりロックウェルの意識は以前と変わったらしく、その瞳に嫉妬の炎は全く宿ってはいない。
そっと抱き寄せるその姿もこちらに向けられる表情にも、嫉妬の片鱗は一切なくどこまでも穏やかだった。
にも関わらず、ロックウェルはただただ愛おし気に自分を見つめこちらを魅了してくるのだからたまらないと思った。
「ロックウェル…」
だからそのままそっと唇を寄せたのだが、これは予想外だったのかロックウェルが目を丸くして驚いていた。
「ん…嫉妬しないお前もいいな。なんだか甘えたくなる」
「それは嬉しい誤算だな」
嬉しそうにギュッと強く抱かれて思わず息が詰まる。
「苦しいんだが?」
そんなに強く抱きしめなくても逃げないのだから力は緩めて欲しいと抗議すると、今度はどこか楽し気に言葉を返された。
「お前の方から誘われてあっさり手放すはずがないだろう?」
「じゃあ今日は俺が立ったまま楽しませてやる」
「それは嬉しいな。もっと新しい体位で今日も楽しむとしようか」
その言葉に心が弾むのを感じた。
こうして対等に楽しめる関係がただただ嬉しい。
「ロックウェル!愛してる!まだまだ試したい事がいっぱいあるから楽しみにしててくれ!」
そうして正面からぎゅっと抱きついて精一杯甘えると、嬉しそうに抱きしめ返された。
「わかってる。お前の好奇心は私が全部受け止めてやるからな」
それが嬉しすぎてたまらずつい笑顔になってしまったのだが、それを見てロイドは舌打ちしシュバルツは呆気に取られていた。
「ロックウェル…魅了の魔法でも開発したのか?できれば教えて欲しいくらいなんだが?」
「…………」
どうやらこれまでと比べてあり得ないほど二人の前でイチャついてしまっていたらしい。
とは言え魅了の魔法にかかっていると言うのは聞き捨てならなかった。
単純に二人の仲が良くなっただけだと言うのに失礼だ。
「俺は別に魔法になんてかかってない!」
「そう言ってもちっともロックウェルから離れないし、説得力がないんだけど…?」
「仕方ないだろう?最近これが普通なんだから!」
「クレイがおかしい……」
「おかしくない!」
そうして意地になってはみたものの、チラッとロイドを見てから少しだけ考えを改めることにした。
あれは絶対に『自覚して自重しろ』という顔だ。
どうも少しばかり浮かれてしまっていたようだとこっそり反省してさり気なくロックウェルから身を離そうとしたが、それは何故か本人から阻止されてしまった。
「確かにおかしくはないな。私達は恋人同士ではなく子供もいる夫婦だものな」
「う…?そう、だな。おかしくないよな?」
多少戸惑いつつも、ロックウェルにそう言われるとそうだという気になるから不思議だ。
だからそのままロックウェルの腕の中にいたのだが、それでシュバルツの嫉妬も収まったのか小さく息を吐くとロイドへと向き直った。
どうやらこちらのことはもう放っておいて、先程の件を問い詰めるべきだと思い直したらしい。
「ロイド…仕事に口を出す気はないけど、その温泉に行っちゃダメな理由くらいは教えてほしい」
幾分冷静に紡がれたその言葉に、ロイドはわかりやすく答えようと思ったのか端的に言った。
「そんなもの、お前が汚れるからに決まっている」
それは自分からすれば非情にわかりやすいシンプルな答えではあったのだが、シュバルツは本当に思いもよらなかったのか意表を突かれたような顔を晒していた。
「へ?」
「香水臭い女が何人も入った温泉だぞ?そんな所にお前を入れたいと思うはずがないだろう?」
普通に考えろと冷たく不機嫌に言い切ったロイドの言葉を噛み締めて、それから一気にシュバルツの顔が真っ赤に染まった。
「え?それって……」
「ここまで言われてもまだわからないなら勝手にしろ。私は明日も早いんだ。もう帰るぞ」
「ちょっ…!待って!ロイド!」
そうして子犬のように後を追い、シュバルツは嬉しそうにロイドと帰っていく。
その姿は微笑ましいの一言だった。
主には魔道士達の集まる場所だけでいいだろうと、ステファンも一緒に案内する。
「噂には聞いていたが、こっちの王宮魔道士はソレーユとは全然違うな」
ステファンは、最近でこそ少し変革があったがソレーユの魔道士宮と機能が全く違って面白いと言った。
やはりこういうことは国によって色々あるようだ。
そして色々話しながら訓練場へとやってくると、子供達が切磋琢磨する者達を見てワクワクと表情を輝かせる。
【凄い!楽しそう!】
【僕もやってみたい!】
キャイキャイとはしゃぐ子供達に訓練中の者達の視線が向けられ、その顔を見ると同時に固まっていく。
「ロ、ロックウェル様。その子供達は?」
「……私の子だ」
【初めまして。ラピスです】
【ルナです】
【リドです】
【アメットですわ】
そうして四人がニッコリと挨拶をすると『うおぉおおっ』とその場にどよめきが広がった。
「噂のドラゴンですね?!一目お会いしたかったんです!」
「私もです!でも一人だって聞いていた気がするんですけど…増えたんですか?」
「どの子もそれぞれ美男美女で可愛いですね~」
「本当に可愛い!ラピス君、大きくなったらお姉さんと遊ばない?色々教えてあげるわよ?」
全体的に歓迎されているのはいいが、中にはそんな突拍子もない冗談を口にする黒魔道士までいて思わず睨んでしまった。
けれどそれに対してラピスが真面目に答えを返し申し訳なさそうに頭を下げたので微笑ましい気持ちになった。
【え?すみません。大きくなるにはお父様達の魔力が沢山必要になるので、お待たせするのも悪いですし辞退させてください】
「グフッ!ピュアで可愛すぎる!クレイと似ても似つかない可愛さだわ!」
そうしてそれを見た者達が何やら激しく悶えていた。
そんな自分達の元へ話を聞きつけた王とハインツがやってきた。
「ロックウェル!ラピスが来ていると聞いたんだが…」
王がこちらへと視線を向けて、驚きと共に目を見開く。
「なっ…?!増えているではないか!」
「すみません。……四兄弟になったのをお伝えし忘れていました」
「しかもアメジスト・アイなのに女児まで!初めて見たが可愛いな」
王の顔が綻んでアメットの方へと向けられる。
「クレイによく似ているな。一度でいいから是非おじい様と呼んでほしいものだ」
そして嬉しそうにアメットの体を抱き上げた。
【おじい様も瞳が紫なのね!私とお揃いですわ!】
無邪気に嬉しそうに笑うアメットに王はメロメロになる。
「くっ…。クレイそっくりなのになんと素直な子だ!うちで引き取って育てたい!」
「それはクレイが怒るのでやめて下さい」
「良いではないか、一人くらい!私は娘も欲しかったんだ!」
息子も可愛いが娘もいいと言う王に思わず苦笑してしまう。
こうして自分達の子を受け入れ可愛がってくれるのは有難いことだが、王の血を引く孫は他にいるのだと言うことも忘れてはならない。
孫娘を望むのならば頼むべき相手は他にいるのだ。
「そこはハインツ王子とフローリア姫に期待なさっても宜しいのでは?」
そう水を向けると、ハインツが真っ赤になりながらあたふたし始めた。
「そ、そんな!そ、それは、姫だって困ると思います!」
まだフローリアとの婚約は成立していないのだからとハインツは言うが、トルテッティへの使者は立て姫を迎える手筈は整えている。
先方はその話を聞いて随分驚いたようだったが、誠意ある対応に感謝したいと述べたとか。
幻影魔法で王同士で直接会話し、現在は使者が正式な書類を持ち帰ってくるのを待っている状況だ。
それさえ手元に届けば正式に婚約成立となる。
後はフローリア本人の意向が問題だった。
ここまで問題なく話が進んだと言うのに、何故か本人がルッツとレイン家で暮らしたいと言い出したからだ。
これには正直困惑を隠せなかった。
ハインツにはショックな話だろうからまだ伝えてはおらず現状機を見ては説得しているのだが、彼女には彼女なりの考えがあるようで中々説得に苦慮している状況だった。
結婚前に子を産んだことで余計なゴタゴタに巻き込まれるのは必至。
王宮に行けば自分だけならまだしもルッツもいらぬ面倒ごとに巻き込まれてしまう。
そうなるくらいならこのままレイン家である程度ルッツが大きくなるまでは世話になりたいと言うのが彼女の言い分のようだった。
言いたい事もよくわかる。けれどこればかりは諦めて欲しいとしか言えなかった。
ルッツが紫の瞳であることは事実だし、ハインツの子であることも間違いはない。
ハインツに他に婚約者がいた時ならば姫の言い分通りに事を進めても問題はなかったが、ことここに至ってはルッツが王位継承権を得るのは確実なのだ。
立場的に考えて、いつまでもレイン家に留まるよりは王宮に身を移した方がいいだろう。
現状ハインツは次期魔道士長なのだし、フローリアがハインツの妃として迎えられようと皇太子妃でないだけ注目度は下がるはず。
身分的にも何も問題はないのだし、レイン家が後ろ盾になっている関係上表立ってこちらを敵に回すような真似をする猛者はどこにもいない。
だからそのあたりで折り合いをつけてなんとか折れてくれるのを願うばかりだ。
そうして考え事をしていると、ハインツから小声で話しかけられた。
「ロックウェル様…。フローリア様はもしかして結婚したくないと仰っているのでは?」
どうやら本人も気になってはいたらしい。
「彼女は一度こうと決めたら譲らなさそうなところがあるから、もしかしてと思って…」
まさかその通りだという訳にもいかず、自信なさげに肩を落とし俯くハインツに掛ける言葉が見つからない。
嫌われてはいないのだろうが、好きで関係を持ったという訳でもないためどうフローリアを説得していくべきか悩んでしまう。
ここはやはり本人達同士でじっくり話し合うのが一番だろうか?
「ハインツ王子…今夜にでもフローリア様と直接お話しになられますか?」
「……っ!」
その言葉にハインツの動揺が見られる。
彼もまた直接話して拒絶されるのが怖いのだろう。
けれどこのままでは平行線で、二人の明るい未来はない。
「ハインツ王子。女性は毅然とした態度で真摯に言葉を紡いでくれる者に弱い面もあります。ですから、もしも想いの丈を伝えるのであれば迷いは捨ててからレイン家へとお越しください」
応援しておりますと薄く笑って背中を押すと、ハインツはその言葉を噛みしめながら必ず伺いますと力強く頷いてくれた。
それから王が執務へと戻ったところで子供達が一足先にレイン家へと帰ったので、ステファンにも今度一緒に呑もうと告げて笑顔で別れた。
***
その日は正直いつもよりもクレイ達が賑やかだった。
どうやら客人がレイン家に遊びに来ているらしい。
「何事ですの?」
あまりの騒がしさについ顔を出すと、そこにはドラゴンの子供達四人と戯れる従兄弟とクレイと親しげに話す憎らしい黒魔道士の姿があった。
「いつの間にかクレイが子供を作ってたから見にきたんだ」
その言葉になるほどと納得がいく。
どうやらクレイに子ができたことを知って顔を見に来たらしい。
(ルッツの顔は見に来ないくせに…)
従妹の子よりもクレイの子なのかと思うと少々気分が悪い。
けれどシュバルツは特に気にする様子もなくドラゴンの子達と戯れていた。
そんな姿を見てすぐに立ち去ることもできず、何となくソファへと腰掛けるとシュバルツが世間話のような口調でこちらへと話を振ってくる。
「そう言えばフローリアはいつまでここにいるんだ?アストラスの王宮にはもう移れるんだろう?」
正直シュバルツからのその言葉がグサッと胸へと突き刺さり、暗澹とした気持ちに見舞われる。
行けるものならさっさと行っているし、それができないからこそ自分は悩みながらここにいるというのに─────。
一体どの面下げて『誘惑して抱いてもらい結果的に子供ができたから結婚してくれ』と一国の王子に突撃する姫がいると言うのか。
馬鹿な小娘ならまだしも、流石に自分はそこまで厚顔無恥ではない。
自分よりずっと年下の少年に責任を取れなど言えるはずがないではないか。
レイン家に身を寄せたのは、あくまでも行き場がなくて好意に甘えさせてもらっただけなのだ。
今更ここにきて結婚など望むべくもない。
だからハインツの認知さえもらえれば結婚まではしなくてもいいと考えている。
認知があれば自国の対応も和らぐだろうし、もしかしたら戻ってきてもいいと言ってもらえるかもしれない。
それが叶わなくともルッツはレイン家の養子として認められているからここに住む分には何も問題はない。
幸いここならロックウェルは王宮に出仕しに行っているし、クレイも外に仕事に出ることが多いし家にいても静かだ。
夜の事にさえ目を瞑れば特に日常で困ることもない。
衣食住には十分満足しているし、ルッツには余計ないざこざに巻き込まれる事なく幸せになってほしいと願っている。
だから素直にそう言った。
けれどそれに対してシュバルツは大仰に溜め息を吐く。
「ルッツの為を思うなら結婚して王宮に行くべきだ。既にレイン家と縁があると言えばこれ以上ない後見になる。躊躇う必要なんてない」
「……そんな勝手が許されるはずがありませんわ」
「でも伯父上だってもう結婚は認めたって聞いたぞ?なあロックウェル」
「ええ。後は使者が戻れば婚約成立です」
そんな言葉にジワリと背に冷たいものが走る。
これでは王宮に行かざるを得ないではないか。
正直言って、王宮でどんな罵倒の言葉を浴びせられるのか気が気でない自分がいた。
そう────自分は怖いのだ。
本当はアストラスで自分がどう評価されているのかが怖かった。
年下の何も知らない王子を誑かした自分がアストラスの王宮で歓迎されるはずがないのは明らか。
ましてや自分は以前クレイをあんな目に合わせた張本人だ。
またかと思われているのは必至だろう。
けれどそんな自分にクレイがあっけらかんと言い放った。
「そう言えば王が近いうちに初孫の顔を見に行きたいと言っていたぞ?うちのラピス達も可愛がってるみたいだが、赤子とはまた違うしな。可愛がる気満々みたいだったから覚悟しておくといい」
「…え?」
「そう言えば今日『娘も欲しかった』と話していたので、それはフローリア姫次第ではと言っておきましたよ?王はハインツ王子とフローリア姫の事を誰よりも祝福して下さっているので、どうぞご安心を」
そんな言葉にジワリと胸が熱くなる。
誰にも喜ばれていなかった我が子を、そうして喜んでくれる人がいる。
それは本当だろうか?
息子を誑かした悪女などと言われないだろうか?
ルッツだけを取り上げて、王宮から去れと冷たく罵られないだろうか?
もし本当だったなら────そう考えるとそれだけでなんだか涙が溢れてくる自分がいた。
ずっと……本音を言うと不安だった。
ルッツが傷つくのもそうだが、自分が傷つけられるのも怖かった。
ルッツと引き離されることも怖かったし、ミュラの悲鳴を聞いた時もその拒絶に密かに傷ついていた。
誰からも愛されない子を産んでしまったのではないかと泣きそうな気持ちでいっぱいになっていた。
けれどルッツには自分しか守ってやれる者がいないのだと、精一杯気丈に振る舞っていた。
自分は王女で、ずっと簡単に人に弱みを見せるなと言われ育ってきた。
そして子を産んだからにはいつまでも子供ではいられない。
守られる側から守る側になるのだ。
泣き言など言わない。言ってはいけない。
そんな色んな感情でここまで来たのに…ここにきて緊張の糸が切れてしまった。
「うっ…うぅ……」
突然泣き出した自分にクレイがギョッとしたのを感じたが、どうしても涙を止めることができない。
そんな自分をロックウェルが躊躇うように慰めようとしてくれたが、それより先にシュバルツの方に抱き寄せられた。
「ああもう!フローリアは本当に昔から素直じゃなくて面倒臭いな!」
そうして不器用にポンポンと頭を撫でられ、益々涙が止まらなくなってしまう。
「うぅ~……」
「意地っ張りでプライド高く見せてるけど、泣いたら止まらなくなるのは変わらないな」
「煩いですわ…。これだから従兄弟なんて嫌なんです…」
「ふん。相変わらずだな、お前は」
そう言いながらも撫でる手つきはいつだって優しいのを知っている。
不器用なのはお互い様だ。
自分はずっとシュバルツのこんなところが好きだったのだと思い出した。
「……結婚式には私の好きな白百合を5,000本用意してくださいな」
シュバルツにこうして慰めてもらって初めて前に一歩進めるような気がしたから、少し落ち着いたところでポツリとそんな我儘を口にしてみる。
けれどシュバルツは当然のことながら何故そんなことを言われたのか理解できないとばかりに、予想通り驚いたように食って掛かってきた。
「ご、5,000?!ふざけるな!どうしてそんなにッ!」
「私からは貴方の結婚祝いに水晶を500個用意させますわ」
そうして涙を拭って祝ってやると言って微笑んだ自分にシュバルツが今度は目を丸くする。
その姿を見て本当に変わらない素直な従兄だと思った。
「どうせ叔父様は貴方の結婚を手放しで喜んだりはしないでしょう?だから私だけでも全力で祝ってあげますわ」
恐らくトルテッティでこの二人を祝福する者達は誰一人いないだろう。
それならば自分くらいは全力で祝ってやってもいいかと思ったのだ。
「……いいのか?」
「別に構いません。そこの馬鹿な黒魔道士が利益の上がりそうな提案をしてきましたし、ロックウェル様がレイン家で商品化しても一部収益を回して下さるそうですから懐は温まる予定ですもの」
そう言いながらニッコリと笑ってみせると、シュバルツは可笑しそうに無邪気に笑った。
「クレイの提案した商品なら間違いなさそうだな」
「ええ。それに私も…クレイに負けずに自分で商品開発をしてみようかと考えましたの。この男にできて私にできないわけがありませんものね」
女性の視点で自分らしい魔道具を作ってみるのも楽しそうだと少し思ってしまった。
魔法の開発自体には然程大きな興味はないが、生活密着の便利な魔道具開発なら作るのは楽しそうだ。
それに気づけただけでもこの国に来た甲斐があったと思う。
「いつ王宮から追い出されようと自分の足で立って暮らしていけるよう、私ももっと強かになってみせますわ」
そんな自分を見て何故かクレイの子供達が拍手を送ってくれた。
クレイのことは嫌いだが、子供達のこういう所は素直で可愛いなと素直に受けとめられる。
この子達となら少しくらいは仲良くできそうだ。
そうして少し和んでいたのだが、そのどこか穏やかな空気はその場に唐突に現れたハインツによって妨げられてしまった。
「フローリア様!」
どうやら影を渡ってやってきたらしいが、何故か泣きそうな顔でこちらを見てくるハインツに思わず目を丸くしてしまう。
「どうしてシュバルツ様の腕の中にいらっしゃるんです?!」
「え?」
その言葉にそういえばまだシュバルツの腕の中にいたのだったと思い出した。
どうやらそれを見て誤解してしまったらしい。
「そんなに私との結婚がお嫌ですか?」
「…?」
力なくそんな風に問われるが、改めて嫌かどうかと聞かれれば嫌ではない。
ただ王宮に行くのを尻込みしていただけで、ハインツが嫌いなわけではないのだ。
けれどそれをどう言えばわかってもらえるのかがわからなくて、ついつい黙ってしまう。
その態度はハインツに勘違いされるものでしかなかったようで、気づけばシュバルツから引き離され唇を塞がれている自分がいた。
真っ赤になりながら懸命に辿々しく口づけてくる姿は可愛いの一言だ。
「ぼ、私は貴女が好きです!どうしたら振り向いてもらえるのか、教えてください!」
そうして真っ直ぐに訴えてくる姿にキュンとしてしまう。
これは恋とは違うだろうが、グッとくるものがあった。
それがなんだか気恥ずかしくて、ついついふいっと視線をそらしてしまう。
けれどその行動が益々ハインツを落ち込ませてしまったようだった。
こんな風にいつまでも素直になれない自分と引っ込み思案なハインツでは、そもそも相性が悪いのではないかとさえ思ってしまう。
そう思ったのは自分だけではないようで、その場の面々が居心地が悪そうにし、シュバルツもまた気を利かせてそっとロイドの元へと移動した。
恐らく少しでも話しやすい雰囲気に持ち込めるようにとの配慮なのだろう。
それが功を奏したのか、ハインツが意を決したようにまた口を開いてくる。
「フローリア様が私にとって高嶺の花だと分かっています。でも、たとえ戯れだったのだとしても誘っていただけて嬉しかったですし、子供だって驚いたけど凄く嬉しかった」
そうして一生懸命話すハインツに好感が湧く。
「私にできることならなんでもします!だから、結婚して下さい!」
はっきり言ってここまで熱烈にプロポーズされるとは思ってもみなかった。
これまでの求婚者達と今のハインツの言葉は、それこそそこに込められている想いの強さは雲泥の差だと言えた。
未だ嘗てこれほど全身で好きだと言われたことなど一度もない。
上辺だけの言葉でないことが一目でわかり、嬉しい気持ちが込み上げてくる。
けれどそれ故に胸がいっぱいになって何も答えられず黙るしかない自分に、ハインツがまた悲しそうな顔になった。
「やっぱり…私ではダメですか?」
けれど空気を読んだのかただの天然なのか、ここでクレイが思いがけない一言を口にした。
「ハインツ。フローリアは温泉が大好きなんだぞ?婚約の品で温泉付きの別荘でも用意したら喜んであっさり頷いてもらえるんじゃないか?」
「え?」
それはハインツには意外なものだったらしく、驚いているようだった。
けれどそれを後押しするように今度はロックウェルが言葉を足す。
「それは名案だな。王宮に行けば息が詰まることもあるだろうし、温泉は息抜きには最適の場所だ。フローリア姫、いかがです?良い場所を探しておきますよ?」
そしてロックウェルの言葉を聞いてクレイはこちらの返事も待たずにすぐに動き、使い魔や眷属達に何やら指示を出していた。
「この間の温泉談義は本当に面倒臭かったが、フローリアが温泉好きなのはよくわかったからな。あって困るものでもないだろうし有難くもらっておけ」
そんな言葉が癪に障るが、温泉付きの別荘というのは非常に魅力的だった。
貰えるものなら是非とも貰っておきたい。
「一言多いですわ。温泉はとっても素敵な癒しの場なのに、それをわかっていない貴方が信じられません」
とは言えここで期待しても仕方がないので、クレイの言葉に言い返すだけに留めた。
けれどそれを聞いたハインツがバッと顔を上げてくる。
「フローリア様は温泉がお好きなのですか?待っててください!すぐに素敵な温泉付きの別荘をご用意して迎えに来ますから!それなら私の求婚を受けてくださいますか?!」
「え…………。はい」
元々ハインツに対する嫌悪感があるわけではないし、彼からの好意は好ましいものだった。
ルッツの父親として少々頼りないかもしれないが、それはこれから幾らでも変わってもらえる機会はあることだろう。
そして何よりも、正直クレイの提案したこの案は抗い難いほど魅力的な条件だった。
ロックウェルが補足してくれたように、いざという時の安らぎの場になるのはまず間違いはない。
息抜きができる場があるのとないのとでは大違いだ。
だから意外なほどに素直に頷けたのだと思う。
そしてその返事を聞いたハインツは眩しい笑顔でこちらを見つめ、良かったと言って幸せそうに安堵の息を吐いた。
「フローリア様。フローリア様の事をこれから私にも沢山教えてください。もちろん子供のことも」
「ハインツ様…」
「それで…その、今度はちゃんと子供をこの手に抱かせてもらえたら、嬉しい…です」
そんな照れ臭そうな言葉にクスリと笑ってしまう。
「もちろん。どうぞ抱いてやってください」
年下の男にこれまで興味などなかったが、こんな彼を自分好みのいい男に育ててみるのも悪くはない。
自分も良き妻、良き母親になっていきたいし、彼にも良き夫、良き父として成長していってもらいたい。
二人の未来は今始まったばかりなのだ。
一緒に頑張っていこう────やっと、どこかすっきりとそう思えた自分がいた。
そしてハインツの手をそっと取り、早速ルッツが寝ている部屋へと向かうことにする。
「では皆様。御機嫌よう」
笑顔でそう告げた自分にシュバルツが小さく手を上げ、ロックウェルだけがそっと頭を下げたのが見えた。
***
「温泉付きの別荘!羨ましい!」
フローリア達が去っていった後、シュバルツがその場で本気で羨ましがっているのを見て本当に温泉好きだなと呆れてしまった。
その姿に子供達が不思議そうに首を傾げてしまう。
【シュバルツ、温泉好きなの?】
【僕、掘ってあげようか?】
「え?」
【どこにする?温泉出るところは魔物ならすぐわかるから、言ってくれたらすぐ掘れるよ!】
ニコニコしながらそんな魅力的な話をする子供達に、シュバルツがすぐさま食いついてきた。
「ほ、本当か?!」
【うん!本当】
その言葉にシュバルツが嬉しそうに表情を綻ばせる。
けれどそれははっきり言って不要だと、あっさりと止めに入った。
「こら。わざわざ掘らなくてもいい」
【え~?】
「ロイド、お前の持ってる別荘に温泉があるんだろう?」
新婚旅行の時にライアード王子の別荘を使わせてもらったが、その時にロイドも別荘を持っていると聞いていた。
そこには当然ながら温泉があると聞いた覚えがある。
だからそっちに連れて言ってやればいいのにと言ってやると、ロイドからは渋い顔をされてしまった。
「……こいつは連れていきたくない」
「なんだ。完全な仕事用だったのか?」
「ああ」
「そうか。じゃあ新しく別荘を買うしかないな。それならいいところを探してやれ」
「そうだな。まあライアード様に相談すればどうとでもなるだろう」
そうしてサラリと流して新しい温泉の話へと移ったのだが、シュバルツは誤魔化されずに食いついてきた。
「ロイド!仕事用の別荘って何?!女とだけ使ってるってことか?!」
「最近は殆ど使ってないぞ?」
「じゃあ行きたい!連れて行ってくれ!」
「私は行きたくない」
「どうして?!」
「どうして仕事用の場所にお前を連れて行く必要があるんだ?」
ロイドの言い分は最もなもので、仕事として他の女達に使った場所を本命に使わせるなんてどう考えても嫌だろうと思った。
そういった場所は自分にはないが、お抱え黒魔道士としてならよく聞く話だし、ロイドの仕事も理解しているから用途は簡単に想像がつく。
そんな場所に本命を連れて行く気になれないのは少し考えればすぐわかる話なのに、何故かその感覚をシュバルツは理解できないようでやけにしつこく食い下がってきた。
「意味がわからない!どうしてダメなんだ?何かやましい事があるんじゃないのか?!」
どうやら仕事以外で女を囲うのにも使っているんじゃないかと邪推し始めたらしい。
そんなことがあるはずもないのに……。
ロイドのお抱え黒魔道士の仕事を何だと思っているのだろう?
主人の命令を遂行するために存在する場所────それ以上でも以下でもない単なる仕事場のひとつでしかない。
白魔道士にはこんなことまできちんと説明しないといけないのだろうか?
正直言って面倒臭いと思ってしまう。
サラッと流してくれればいいのに────。
「……えっと、シュバルツ?」
「クレイは黙ってろ!」
「クレイ。こうなったらこいつは全然話を聞かないから、言うだけ無駄だぞ?」
「ロイド!」
「本当のことだろう?」
そうして憤るシュバルツを溜息をつきながらあしらうロイドに、少々同情してしまう。
どうやらシュバルツもロックウェルほどではないが、嫉妬深そうだ。
「困った奴だな。ロイドは本命だからこそそんな場所に連れて行きたくないって言っているだけなのに……」
「そうだろう?ちっともこっちの気持ちをわかっていない証拠だな。いつまで経ってもお子様で困る」
「俺としてはお前がそこまで惚れてるんだとわかって微笑ましいが?」
「ふん。そうやってわかってくれるお前が相手ならこんなにイライラしなかったんだがな」
そう言いながらロイドがそっと手を伸ばしてくる。
これは甘えたい時にロイドがする癖のようなものだ。
「仕方のない奴だな」
「お前がこうしてわかってくれて、遊んでくれたらそれでいい」
そうして身を寄せ黒魔道士の戯れで甘く視線を絡ませ合うのも、最早挨拶のようなものなのだが……。
「ロイド!そうやってクレイとイチャイチャするなって言ってるだろう?!」
火に油だったようで、油断も隙もないとシュバルツが烈火の如く勢いよくロイドを奪い去っていった。
「クレイ。ロイドがシュバルツに本気なのはわかったが、お前が甘やかす必要はないだろう?」
そしてロックウェルがそんな風に言いながら今度は自分の身をそっと抱き寄せてくれる。
やはりロックウェルの意識は以前と変わったらしく、その瞳に嫉妬の炎は全く宿ってはいない。
そっと抱き寄せるその姿もこちらに向けられる表情にも、嫉妬の片鱗は一切なくどこまでも穏やかだった。
にも関わらず、ロックウェルはただただ愛おし気に自分を見つめこちらを魅了してくるのだからたまらないと思った。
「ロックウェル…」
だからそのままそっと唇を寄せたのだが、これは予想外だったのかロックウェルが目を丸くして驚いていた。
「ん…嫉妬しないお前もいいな。なんだか甘えたくなる」
「それは嬉しい誤算だな」
嬉しそうにギュッと強く抱かれて思わず息が詰まる。
「苦しいんだが?」
そんなに強く抱きしめなくても逃げないのだから力は緩めて欲しいと抗議すると、今度はどこか楽し気に言葉を返された。
「お前の方から誘われてあっさり手放すはずがないだろう?」
「じゃあ今日は俺が立ったまま楽しませてやる」
「それは嬉しいな。もっと新しい体位で今日も楽しむとしようか」
その言葉に心が弾むのを感じた。
こうして対等に楽しめる関係がただただ嬉しい。
「ロックウェル!愛してる!まだまだ試したい事がいっぱいあるから楽しみにしててくれ!」
そうして正面からぎゅっと抱きついて精一杯甘えると、嬉しそうに抱きしめ返された。
「わかってる。お前の好奇心は私が全部受け止めてやるからな」
それが嬉しすぎてたまらずつい笑顔になってしまったのだが、それを見てロイドは舌打ちしシュバルツは呆気に取られていた。
「ロックウェル…魅了の魔法でも開発したのか?できれば教えて欲しいくらいなんだが?」
「…………」
どうやらこれまでと比べてあり得ないほど二人の前でイチャついてしまっていたらしい。
とは言え魅了の魔法にかかっていると言うのは聞き捨てならなかった。
単純に二人の仲が良くなっただけだと言うのに失礼だ。
「俺は別に魔法になんてかかってない!」
「そう言ってもちっともロックウェルから離れないし、説得力がないんだけど…?」
「仕方ないだろう?最近これが普通なんだから!」
「クレイがおかしい……」
「おかしくない!」
そうして意地になってはみたものの、チラッとロイドを見てから少しだけ考えを改めることにした。
あれは絶対に『自覚して自重しろ』という顔だ。
どうも少しばかり浮かれてしまっていたようだとこっそり反省してさり気なくロックウェルから身を離そうとしたが、それは何故か本人から阻止されてしまった。
「確かにおかしくはないな。私達は恋人同士ではなく子供もいる夫婦だものな」
「う…?そう、だな。おかしくないよな?」
多少戸惑いつつも、ロックウェルにそう言われるとそうだという気になるから不思議だ。
だからそのままロックウェルの腕の中にいたのだが、それでシュバルツの嫉妬も収まったのか小さく息を吐くとロイドへと向き直った。
どうやらこちらのことはもう放っておいて、先程の件を問い詰めるべきだと思い直したらしい。
「ロイド…仕事に口を出す気はないけど、その温泉に行っちゃダメな理由くらいは教えてほしい」
幾分冷静に紡がれたその言葉に、ロイドはわかりやすく答えようと思ったのか端的に言った。
「そんなもの、お前が汚れるからに決まっている」
それは自分からすれば非情にわかりやすいシンプルな答えではあったのだが、シュバルツは本当に思いもよらなかったのか意表を突かれたような顔を晒していた。
「へ?」
「香水臭い女が何人も入った温泉だぞ?そんな所にお前を入れたいと思うはずがないだろう?」
普通に考えろと冷たく不機嫌に言い切ったロイドの言葉を噛み締めて、それから一気にシュバルツの顔が真っ赤に染まった。
「え?それって……」
「ここまで言われてもまだわからないなら勝手にしろ。私は明日も早いんだ。もう帰るぞ」
「ちょっ…!待って!ロイド!」
そうして子犬のように後を追い、シュバルツは嬉しそうにロイドと帰っていく。
その姿は微笑ましいの一言だった。
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