黒衣の魔道士

オレンジペコ

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第三部 アストラス編~竜の血脈~

27.※アメット

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(どうしたらいいだろう……。クレイが素直過ぎて嬉しすぎる)

クレイのところに影を渡ってやって来たのは良かったが、自分の姿を見た途端クレイが一目散に走って来てそのまま勢いよく抱きつかれた。
これはあの一昨日の温泉の日に引き続き二度目だ。
自分達は元が友人同士だったせいか、どうもこれまではこういったことになりにくかった。
恋人同士になった時から自分的にはいつでもこんな風に来てもらって構わないと思っていたので、この変化は非常に喜ばしい。

「…クレイ」

だからそうやって優しく声を掛けたのに、クレイはそれをどう勘違いしたのかハッと我に返って身を離そうとしてきた。

「わ、悪い。つい皆と同じように。……ッ?!」
「嬉しいから離れなくていい」

それはつまり自分を家族だと認めてくれているということなのだろう。

(最高だな)

そして幸せな気持ちになりながら逃がさぬようにしっかりと抱きしめてやると、おずおずとしながらもそっと背に腕を回してくれた。

「…温かい」
「ふっ…それはそうだろう」

そのまま包み込むようにしてやりながら頭を撫でてやると、クレイは安堵したように身を寄せて口づけをねだってくる。

「ロックウェル……」
「頑張ったな」

チュッチュッと優しく啄ばむように口づけてやると、クレイは幸せそうに微笑んだ。
あの現場に留まらずさっさと去ったのは賢明な判断だったと思う。
ミュラの取り乱すあの姿を見て、また以前のような状態になってしまっていたらと考えるとゾッとしてしまう。
こうして幸せそうにしているクレイを見てつくづくそう思った。

「…帰る場所があるのはありがたいな。すごく安心する」

そうやってクレイの口から甘えるように溢される言葉が嬉しい。
自分の腕の中でそんな風に言ってもらえるのが何よりも幸せだった。

「そう言われると本当にお前と家族になれた気がして嬉しいな」

だから気持ちのままに素直にそうこぼすと、クレイがまた心から幸せそうに笑ってくれた。
この分ならどうやら今回は大丈夫そうだと安堵の息を吐く。

「ロックウェル。今日は久し振りにこっちで泊まっていかないか?」

だからこんな言葉にも軽口で返すことができた。

「それはいいな。たまには違う場所の方が燃える」
「ブッ!お、お前は、そんなことばっかりッ!」

顔を真っ赤にしながら身を離しこちらを見てくる姿はいつまで経っても変わらない。

「久し振りに外でするか?ここなら人目も気にならないだろう?」

レイン家でもたまに庭園でやることはあるが、人目を気にしてクレイはいつも嫌がるのだ。
けれどここでならきっと大丈夫だろう。

「~~~~~っ!」

少々揶揄い気味にそうやって水を向けてやると、クレイは真っ赤になりながらも最終的に頷いてくれた。

「ッ…言っておくが、声を出す気はないからな!」
「ああ。声を必死に抑えるお前を抱くのも好きだから、好きにしていいぞ?」

そんなクレイの耳にそっと囁きを落とすと、クレイはますます真っ赤になって身悶えていた。
一体何を想像したのか……。
これは期待に応えてやらねばという気にさせられる。

「今日は積極的に子作りしてみるか?」
「そ、外で?!」
「今度はお前に似た女の子でもいいな」
「俺はお前に似た方が嬉しい」
「そうか?ラピスはお前に似てるが可愛いだろう?」
「ラピスはどちらかというと俺よりもお前に似てるだろう?社交的なところとかちょっとクールな雰囲気とか…」

そんな言葉にどうもここは深追いしない方がいいような気がして、サラリと流すことにする。
もしかしたらクレイはミュラとそっくりな自分の容姿にコンプレックスを感じているのかもしれないと初めて思ったからだ。
今日は出来るだけミュラの件には触れずに、何も悩まずに済むよう気を反らしてやりたいというのが本音だった。

「分かった分かった。じゃあ二人に似た子が生まれるよう頑張ろうな」

そう言いながらそのままクレイを外へと連れ出し、甘く溶かすように可愛がり、頃合いを見計らって魔力を交流し始める。
くちゅくちゅと口づけを交わし合いながらじわじわと魔力を送り込んでやると、クレイはたちまち甘い声を上げ始めた。

「ん…んぅう…。はっ…気持ちいい…」
「クレイ…久しぶりの外だ。たくさん可愛い姿を堪能させてくれ」
「は…はぁうッ!」

木に背を凭れ掛けさせながら腰を支えて後ろを優しくほぐしつつこちらからも魔力を少しずつ送り込む。
これくらいならまだクレイも耐えられるだろうし、魔力を解放せずに楽しめることだろう。
ゆっくりと加減を覚えるように魔力量を調整しながら反応を見遣る。
それと同時に鈴口もクニクニと嬲るように指の腹で可愛がってやると気持ちよさそうに腰が震えた。
物欲しそうにそちらもヒクつかせているので玩具も持ってくればよかったかもしれない。

「ロ…ックウェルッ!も、早く…挿れて欲し…ッ」
「ああ、少し待て」

もう我慢できないと涙目で訴えるクレイをくるりと反転させ一時的に木へと縋りつかせて背中側から抱きしめ、バックでゆっくりと挿入していく。
そして全部入ったところでそのまま抱き上げ両足を大きく開きながら奥まで一気に突き上げた。

「ひぁあああっ!んくっ…!やっ、やぁあっ!」

いやいやと首を振るクレイにそっとほくそ笑む。
この体位は欲しいところから微妙にズレている上どこも持てないから不安になってクレイは好きではないのだが、その分クレイを虐めやすいから自分の好きな体位でもあった。
ソファで座りながらもよくやるが、立って外でするとまた違った醍醐味がある。

(言葉責めもしやすいしな)
「んやッ!ロックウェル、ロックウェルッ!この体位は嫌だッ!」

恥ずかしいし怖いと泣くクレイの耳朶を舌で嬲る。

「恥ずかしい姿で思い切り串刺しにされながら抱かれるのも大好きだろう?」

そしてズンズンと奥を嬲ってやると口に手をやり悲鳴を必死に堪えながらブンブンと首を振った。

「こんなのダメ…ッ!はぁっ…そこじゃないぃ…ッ!」
「知ってる。ここ…だろう?」

そして近くの木へとつかまらせてやり、両足から手は離さず奥をこじ開けながらズンッと奥まで突いてやるとガクガクと身を震わせながら軽くイッたようで、口の端から涎が滴り落ちた。

「んは…ぁッ!」

そのまま片足だけを下ろし、しっかりと支えながら奥深くまで突き刺し蹂躙しながら魔力を増やし注いでいく。
すると条件反射のようにクレイの封印が解かれて魔力が循環し始めた。

「あ…あふ…んんッ…!」

既に頭が真っ白とでもいいそうなほど蕩けきった表情で溺れるクレイに、自分もまた酔わされる。

「クレイ……!」

そこからは身悶えるクレイの口を唇で塞ぎ、上からも下からも大量に魔力交流を繰り返した。
今回は子作りを前提にしている上、正直気持ち良すぎて堪らなくて奥にガンガン注いでしまったように思う。

「はぁぅ!イイッ!そこ好き!あッ、あッ、もっとッ!」
「こんなにされても欲しがるなら、今度はこっちに魔力を通しながら同じように犯してやろうか?」
「ふぁあっ!そんな事されたら絶対死ぬッ!」

クレイの雄の先端を再度クリクリと可愛がってやるとたちまち目に涙を溜めて首を振り始めたので、また口づけで魔力を送り込んだ。

「気持ちいいッ!あっあっあっ!死ぬッ!死んじゃうッ!」
「大丈夫だ。もっと全身で私の魔力を受け止めてくれ」

そうして上からも下からもこれでもかと思い切り魔力を注ぎ込んでやると、クレイが悲鳴を上げた。

「ひぁあっ…!やぁっ、やぁっ…!そんなに注がれたら、も、死ぬ────ッ!」

そして感極まったように一際激しく身を震わせたところでクレイは意識を完全に飛ばし、周囲を眩い光が照らしたのだが、そこに生まれたのは一際強い魔力を持ったドラゴンの子だった。
クレイそっくりの黒髪と眩いばかりのアメジスト・アイを持ち、綺麗な顔に不敵な笑みを浮かべた────女の子供ドラゴン。

「すごいな…」

気を失ったクレイを支えながら思わずそう声を漏らすと、何故かふわりと抱きつかれた。

【初めまして。お父様】

開口一番こんな呼び方は反則ではないだろうか?
クレイそっくりな顔でそんなことを言われれば嬉しく思えて仕方がないではないか。

【私にお名前をつけていただけますか?】

そう言われて少々悩む。
前回は自分がつけたから、今回はクレイにつけさせてやりたいと思ったからだ。

「お前の名はクレイにつけさせたいんだが?」

だから保留でと口にするが、それと同時にその子は子供らしく頬を膨らませた。

【嫌です。クレイは私のことはきっと好きになってくれませんもの】

だからロックウェルにつけて欲しいのだと彼女は言った。
それはどういうことだと問うと、少し悲しそうにしながら、自分が『女』でロックウェルではなくクレイに似ているからだと答えた。

【クレイのお母様に似てる私が愛してもらえるはずがありません】

どうやらこの子は生まれたばかりだと言うのにそのあたりのことは把握しているらしい。
もしかしてクレイや自分の記憶の一部を共有した状態で生まれてきたのだろうか?
しかもクレイの感情まで少々引き継がれているらしく、彼女は悲し気に俯いてしまった。
これは少し可哀想だ。
クレイの母親に対する感情が複雑なものであると知るだけに、彼女がそれを知っているのなら憂うのも尤もな話だと理解ができた。
それ故に一先ず彼女にはラピス達の後ろに隠れてもらい、クレイを起こすことにする。




「クレイ…大丈夫か?」

そっと抱き上げ部屋へと運び揺り起こしてやると、クレイはその綺麗な紫の瞳をゆっくりと開けてぼんやりとこちらを見やった。

「う…ロックウェル…?」
「ああ。回復魔法はかけておいたが、大丈夫か?」
「大丈夫だ」

そしてグッと伸びをして、次いで甘く微笑まれた。

「最高に気持ちよくて、本気で死ぬかと思った」

そんなクレイにチュッと口づけて、先程の件を報告する。
クレイは母親によく似た容姿の彼女を受け止めてくれるだろうか?

「クレイ…その、ドラゴンの子が生まれたんだが、会って名前をつけてやってくれるか?」

けれどその微妙な言い方に察するものがあったのか、ビクッと身を強張らせる。

「…………俺に、似てるのか?」
「…似てる」
「女の…ドラゴンか?」
「そうだ…」

その言葉にクレイの手が僅かに震えているのが見て取れた。
きっと会うのが怖いのだろう。
けれど彼女はミュラではない。

「クレイ。彼女はお前の母親じゃない。似ていようと、中身は全然違う別人だ。お前は受け入れてもらえない悲しみを誰よりも知っているはずだ。それを踏まえた上で、向き合ってやってくれないか?」

そう言ってやるとハッとしたように顔を上げて、そっと視線をラピス達の方へと向けた。

「顔を…見させてもらってもいいか?」

その言葉にそっと子供達が左右に分かれ、そこから先程生まれた子が姿を見せる。

【……クレイ】

おずおずとそう呼びかけた彼女に、クレイがそっと笑みを向けた。

「おいで」

その言葉と同時に戸惑いがちに歩を進めた彼女をクレイがそっと抱き寄せる。

「余計な気遣いをさせて悪かった」

その言葉に彼女の目からポロリと涙が零れ落ちた。

【嫌いに…なりませんか?】
「ああ」
【名前…も、つけてもらえますか?】
「勿論だ」

そうしてクレイが彼女につけたのは『アメット』という名だった。

「アメジストから取った名だ。知っているか?アメジストは大切な相手との絆を深め、愛を育む心の強さを持たせてくれる守り石なんだそうだ」

昔アメジスト・アイで悩んでいた時期にコートが教えてくれたのだとか。

「だから…アメットにはこれから俺の大切な家族の一員として、遠慮せず側にいてほしいと思う」

そうして家族の絆を深めていってほしいと言ったクレイに、アメットは顔をグシャグシャにしながら子供らしくわんわん泣きだした。

【クレイ大好き!お母様の分まで私が絶対幸せにしますから!】
【あ!狡い!僕も僕も!】
【僕だって!】
【私も!】

けれどそれははっきり言って自分が一番言いたいことだった。

「クレイを一番幸せにするのは私だ」
【お父様!狡いですわ!】
【そうだよ、ロックウェル!】
【僕もお父様って呼んじゃうぞ!】
【私も!】

そうして何故かお父様と呼ばれた自分に今度はクレイが声を上げる。

「ちょっと待て!どうしてロックウェルがお父様呼びなんだ?!」

それは自分も聞きたい。
けれど子供達はあっさりと答えを返した。

【え?クレイがロックウェルを大好き過ぎたから僕達生まれたんだよ?】
【そうですわ。いくら魔力が高くても普通はこんなに次々と生まれませんもの】
【そうだよ!ロックウェルはクレイの特別な存在なんだから!】
【だから、ロックウェルはお父様なの!】

どうやらそういう結論からそう呼ばれたようだった。

「そ、それなら俺だってお父様だろう?!」

クレイ的には納得がいかなかったようで、思わずと言ったようにそう言ったのだが、そこで場がシン…となってしまった。

【え?じゃあ…クレイ父様?】

そこをすかさず空気を読み、ラピスが小首を傾げてそう言ったところでクレイが嬉しそうに『ラピス大好き!』と抱きついたので、他の面々も追従した。

【父様!次僕!】
「リドも好きだぞ!」
【ラピスもリドも早く変わってよ!】

ルナとアメットが男の子ばっかり狡いと騒いで賑やかになったせいか、クレイがその後落ち込むことはなかった。

【子供のパワーは凄いですね。今回は本当に助かりました】

そうしてヒュースだけではなくコートやバルナまでもが珍しく姿を見せてホッと息を吐く。

【あれでもこちらに来るまでかなり落ち込んでおられたのですよ】
【本心では母君に歩み寄りたいお気持ちを持っておられましたからね】

仕方のないこととは言え、結構堪えていたようだと心配そうに口にした。
だからこそアメットの姿をクレイが見たらどうなるかわからず不安だったのだと眷属達は口を揃える。
それがこんな形で何事もなく収まってくれたのは本当に奇跡のようだと皆が皆安堵の息を吐いた。

【クレイ様はご結婚されてから随分お強くなられてこうして子供にも恵まれて幸せそうにされているので、我々は皆ホッとしているのですよ。本当にロックウェル様には感謝しかございません】

このまま過去に縛られず幸せになってほしい……そんな彼らの気持ちが痛いほど伝わってきた。

【それはそうと、グロリアス家の当主が先程倒れたらしく騒ぎになっております。どうぞ身内争いに巻き込まれないようお気をつけを】

そんな中ヒュースが唐突にそんな情報を口にしてきた。
どうやら子飼いの使い魔が最新の情報を持ってきたらしい。

「わかった」

その情報が正しいならば当主の命もいよいよ後僅かということなのだろう。
代替わりを巡って動きがあるのはまず間違いはない。
分家である実家は然程関係ないとは思うが、本家の息子達は大して出世していないので後継者争いに波紋が生じるのは仕方のないことと言えるだろう。

(プライドだけは高い連中だからな)

自分が魔道士長になる際はひた隠しにして実力と自身で築き上げた人脈だけでのし上がったのだが、就任式の時にグロリアスの分家筋だと明かされてしまったことで本家から睨まれたこともあった。
これは王が『魔道士長は実力主義だ。文句があるならそれ以上の実力を示せ』と言って黙らせてくれた。
正直実戦で磨いた自分の実力と優秀な家庭教師の元で磨かれた実力では全く違う。
底力のない形ばかりの魔法は実戦では何の役にも立たないのだ。
スピードと勘は実戦においてこそ磨かれる技であると言っても過言ではないだろう。
いつまでも実家に頼っている彼らは到底そこには辿り着けない。
そこを彼らはわかっていなさすぎる。

そうやって物思いに耽っていると、クレイが今日はもう寝ようと声を掛けてきた。

「ロックウェル!今度子供達の部屋も用意しようと思うんだけど、どう思う?」

そう聞かれて少し考えてから個室ではなく男女で分けて相部屋にしてはどうかと提案してみた。
その方が寂しくないだろうし、この先うっかり子供が増え続けても対処しやすいだろう。

「そうか。確かにその方が寂しくなくていいかもな」

クレイがすぐに納得してくれたのでレイン家に子供部屋を作ることが決定したのだが、これには眷属達もおかしそうに笑っていた。
恐らく自分達と一緒でも大丈夫なのに…ということなのだろうが、クレイが嬉しそうだから何も言わないという感じだ。
本当に優しい眷属達だと思った。




翌朝別邸に戻ると一応心配してくれていたらしいフローリアが様子を見に来たのだが、あまり気にした様子のないクレイを見て溜め息を吐きながら皮肉を零した。

「あら、戻ったのですか。いつの間にやら子供も増えていますし…そんなにポンポン増やしていてはあっという間に部屋数が足りなくなってしまいますわよ?」
「う…煩いな。これ以上増えないよう気をつける」

流石に一週間もしないうちに四人もできたのはやりすぎだったかもしれないと、これにはクレイも言葉を濁すしかないようだ。
それは自分も同感だったので、これからは自粛しようと二人で苦笑しながら顔を見合わせたのだが、ラピス達は兄弟100人でも大丈夫!とみんなで楽しそうに笑っていた。


***


娘、ココがアストラスへと旅立った。
当初の予定ではクレイ王子の邪魔が入らない内にハインツ王子を自分の虜にしてくるとのことだったが、自分としてはクレイ王子が城下に姿を現した件に続き、自分の子飼いであるマイクの息子、アキから改めて詳しい話を聞いて状況を速やかに把握し直した。
どうやらアキはその後クレイ王子と行動を共にしたらしいのだ。
その時に一緒に行動していた相手の特徴を聞いて、これは迂闊に動くべきではないと判断し直したと言う方が正しいだろう。
その相手とは『魔王』────。
クレイ王子が魔王と手を組んだと言うのなら迂闊な行動などできようはずもない。
下手に刺激すれば国は容易に潰れてしまう。
娘には悪いが、最悪アストラスとの縁組はなかったことにした方がいいかもしれないとさえ思った。
触らぬ神に祟りなしだ。
だから帰ってきたらそんな話をしようと考えていた。
この娘のことだからハインツ王子との関係を悪化させてはいないはずだから…と。

けれどその後アストラスから入った連絡に蒼白になった。
一つはハインツ王子との婚約はなかったことになったとの知らせだった。
これについては最初はあちら側に瑕疵があったらしいのだが、その後の娘の発言があまりにも酷いものだった為双方の痛み分けということでどうかと言われてしまった。
まさか娘がそこまで愚かな発言をするはずがないと思ったので、その点については本人に確認の上改めて返事をしたいと返したが、もしそれが本当ならこちらからは何も強く言えそうにない。
そして続く言葉が一番問題だった。
クレイ王子があろうことか魔王と友人関係になった為、魔の森を結界で覆ったらしいのだ。
この件は冒険者ギルドから連絡を受けてはいたが、目下のところ原因を調査中とのことで、詳しい状況はわかってはいなかった。
その原因がまさかこんなにもあっさりと判明するとは思ってもみなかった。
それと同時にクレイ王子の魔力の凄さをまざまざと思い知り、身が震えてしまう。
そんな自分にアストラスの外務大臣は申し訳ないとは口にしつつも、自国の王子に死にに行けなどと言ってきた国に対して取り成しなどはする気も起きないので対処はそちらでどうぞと言ってきた。
ある意味これはこれ以上ないほどの報復行為と言えるだろう。
一応周辺諸国にカルトリア国が潰れないよう協力要請の打診くらいはしてくれるらしいが、果たして魔の森の利を失った自分達に周辺国がどれほどの協力をしてくれるだろう……。
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「お父様!アストラスに攻め入ります!速やかに戦争の手配を!あのふざけた黒魔道士に痛い目を見せて差し上げますわ!」

それはどう聞いてもハインツ王子ではなくクレイ王子を指す言葉に他ならなかった。
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「これほど侮辱されておとなしくしていてはカルトリアの沽券にかかわります!クレイ王子は国境に結界を張ったから攻めてきても無駄だなどと嘯いておりましたが、こうして悠々と行き来できているのがそれが偽りであると言うことを表しておりますわ!お父様!ご決断を!」

その言葉に思わず身震いが走る。
それ即ちクレイ王子は国を攻めても無駄だからやめておけ、今なら見逃してやると言っているのではないだろうか?
攻めても無駄という言葉と娘の行き来はできたという言葉から一番考えられる魔法はなんだろう?
そう、それは反撃魔法だ。
魔の森の結界がクレイ王子の魔法によるものだと言うなら、その魔道士としての腕は疑いようのないもの。
そんな彼が攻め込まれても撃退出来ると言ったのだから、反撃魔法の威力は推して知るべきだろう。
それなのにこの娘はそれを理解しようとはせず、アストラスに挙兵せよと言う。
今がどういう状況なのか全く分かっていないのだろうか?
こちらが安易に兵達を無駄死にさせるような判断をするとでも思ったら大間違いだ。

「ココ……お前には失望した。国を滅亡に追いやるお前は最早この国の姫ではない。お前の身分を今この場にて剥奪する。何処へなりとも行くがいい」

その言葉は娘には予想外のものだったのだろう。
自分にとっては可愛い娘ではあったが致し方ない。
国と天秤にかければどちらが大切かは明白だ。
驚き騒ぎ出す娘を部屋から追い出し、すぐさま諜報員であるマイクを呼び出す。

話によると息子のアキはクレイ王子の伴侶であるロックウェル魔道士長の推薦の元アストラスの王宮魔道士として弟子入りできるとのこと。
それもこうなっては怪しいものだが、一縷の希望を繋ぐことができるかもしれないと賭けに出る。
幸い先日トルテッティの王弟殿下から一流の黒魔道士という者を貰い受けこちらへと届けられたばかりだ。
その者は王弟自ら飼い慣らしたとのことで、黒魔道士ではあるがこちらの命令に従うよう調教されているらしい。
だからこそ今回の件があったとしても、依頼を途中で放棄し勝手に逃亡などはしないだろう。
この男にアキをアストラスまで送らせて全てを託すのが現在考えられる上で一番の妙手だと考える。
そしてすぐさまアキとその黒魔道士────ロディの二人を呼び出し、アストラスでしてもらいたいことを口頭で告げた。

そして準備が整い次第すぐに出立すると言った二人を見送り、一息ついた時だった。

ドォオオオーン!!

物凄い爆発音と共に街の方で煙が上がるのが見えた。
一体何事かと部屋を飛び出すと、そこに赤髪の男を見つけて腰を抜かすかと思った。
にこやかに笑ってはいるが、その男は背後に二人の男を従え泰然としながら口を開く。

「王よ。お前の娘の言葉を受け、俺の友人が近々遊びに来てくれると言っていた。その事に感謝すると共に、我が森が一つの国として独立した事をこの場にて宣言しておこう」

魔王が今自分の目の前にいる…それを肌で感じて身体の震えが止まらない。
そして不穏な笑みを浮かべ、少し調べさせてもらったと言いながら聞きたくなかった言葉を口にしてきた。

「俺は…この国が恩人であるクレイを害すと言うのなら、早々に総攻撃をかけてこの国を乗っ取ってもいいと考えている」

その言葉に魔王にとってのクレイ王子の存在の大きさを実感し、悲鳴を上げそうになった。

「手始めに…先程お前の娘が冒険者達に召集をかけていたようだから、悪いがギルドは早々に潰させてもらった。文句はないな?」

どうやら先程の爆音は魔王がギルドを破壊した音だったらしい。
まさか娘がそんな事をしていたなんてと改めて怒りに身が震える。

「む、娘は先程身分剥奪の上王城から放逐した。私にはクレイ王子を害する気は一切ない!もしも何か要望があるならできるだけ呑む。だからこれ以上街に被害は出さず、平和的に話し合いの場を設けてほしい」

ダメ元で必死に頼んでみたが、魔王はうっそりと笑うばかり。
正直生きた心地がしなかった。
けれどそこで魔王の後ろにいた男の一人が口を開く。

「ジーク様。クレイ様はこの国の食をまた堪能したいと仰っておりました。先程の件で多少は溜飲も冷めたでしょうし、ここはこれ以上攻撃はせず警告に留めておかれては?」
「…それもそうだな。クレイの耳に入って遊んでもらえなくなっても面白くはないか」

そう言うや否や、魔王が凶悪な笑みでこちらへと向き直る。

「影渡りと言ったか…先日クレイから面白い術を教えてもらえたのでな、こうして今日は警告がてら足を運んでやったのだ。貴殿の気持ちは了承した。今回は話し合いの席は設けずともよいだろう。だが…これからは用があれば俺はいつでもここまで来れる。それを忘れるな」

魔王はいつでも国など乗っ取れるのだと言い放ち、こちらの恐怖心を煽るだけ煽ると配下の者二人を引き連れ文字通りその姿を消した。
それは黒魔道士が使う影渡りの魔法────。
そのことに衝撃を受けた。
これまで魔王は特定の固有魔法を使うだけの存在だと思っていたのだが、魔導士の魔法も使うことが出来るようだ。
これは正直言って受け入れがたい事実でしかない。
思わずなんというものを魔王に教えてくれたのだと溢したくなったが、街を救う一言を魔王に伝えてくれていたのもまた事実。
首の皮一枚助かったと震える息を吐き出しへなへなとその場へとへたり込む。
やはりクレイ王子にはできる限り近づかないのが一番のようだ。
程よい距離で怒りを買わぬよう過ごすのが恐らく一番良いのだろう。

その翌日…性懲りもなく娘ココが私兵をアストラスへと差し向けたらしいのだが、兵力に任せて意気揚々と国境を越えたところで落雷に見舞われたと情報が入り、王宮内に緊張が走った。
けれどこの件に関しては魔王は目溢ししてくれたらしく、特に接触はなかった。
これには一同ホッとしながらすぐさま周辺諸国へと目を配る。
ココは恐らく安全な場所で指示を出しただけだろうし、被害は本当に私兵だけで済んだと思われる。
だからこそ今は何よりも情報が命とばかりに各種の詳細な情報を搔き集めた。

(アキよ…どうか僅かでいい。希望を持って帰ってきておくれ)

そして唯一とも言うべき希望を胸に、王はマイクと共に藁にも縋る様な気持ちでそっと祈ったのだった。



────────────────

※兵を黒魔道士の影渡りでアストラスに送りこめない理由として、『人数制限』があります。
大体の目安として、各黒魔道士が従えている眷属と同数の人数なら理論上影渡りに同行させることが出来ると考えて頂いて差し障りありません。


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