黒衣の魔道士

オレンジペコ

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第三部 アストラス編~竜の血脈~

23.※予期せぬ二人目

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「温泉?」
「ああ。父様とロックウェルとラピスと行ってこようと思って」
「私とルッツは留守番をしろと?」

一緒に行きたくはないだろうと気を利かせたつもりだったのだが、フローリアは珍しく食いついてきた。

「狡いですわ!温泉は美容効果が高いと知らないんですの?」
「えっ…のんびり寛ぐだけじゃないのか?」
「泉質によって色々効能が変わるのです!全くこれだから女心のわからない朴念仁は!」
「…………」
「さ、行きますわよ」

しかも何故か行くのは決定事項と言わんばかりに押し切られた。
どうやらフローリアは温泉が好きらしい。

(まあいいか…)

どうもあれから出掛けた様子もなかったようだし、きっと屋敷に籠っているのが気詰まりだったのだろう。
気分転換に着飾っていただけだったのかもしれない。
それなら温泉に連れて行ってやれば気分転換の一環にはなることだろう。

「わかった。じゃあ皆で行こう。ただルッツはまだ小さいから配慮は必要だろう?先に行ってちょっと聞いてくるから待っていろ」

そうして一足先にソレーユの別荘へと向かった。




別荘で話をつけて戻ると、フローリアがウキウキとした様子で準備万端荷物を用意して立っていた。
その姿はいつもの姿とは違っていてどこか可愛らしい。

「そんな顔もするんだな」

クスリと笑って話を振ると、少しムッとした顔で自分をなんだと思っているんだと言われたので思わず笑ってしまった。
正直フローリアには良い印象がなかったが、少しだけ認識を改める。
このあたりは少しシュバルツに似ているかもしれない。

「それで温泉の効能というのは?」

取り敢えずロックウェル達が帰ってくるまで世間話的に少し話を聞くかと話を振ってやると、フローリアはツンツンしながらも嬉々として話し始めた。
いつもなら自分と話すのは最低限と言う感じなのでどうせ話はすぐに終わるだろうと思っていたのだが、フローリアは相当温泉好きでこだわりがあるらしく、その口上が止まることがなかったのは想定外だった。




「────というように、このような成分が肌をツルツルもっちりにするのですわ。その手触りと言ったらもう…」
「そ、そうか」

正直思ったより話が長くて辛かった。
そもそもがすぐに終わるだろうと軽く振っただけの話だったし、温泉自体に興味があまりないので最後の結論くらいで十分だったのにとゲッソリしてしまったくらいだ。
けれど話はまだまだ終わりそうにない。

「トルテッティでの温泉のお勧めの場所は……」

ここはあーで、あっちはどーでと説明されても正直これ以上は付き合いたくない。
興味のない話を延々聞かされる方の身にもなって欲しい。
一刻も早くここから逃げ出したいと思うのに、話が途切れないので逃げ出すタイミングが全く掴めなくて疲ればかりが溜まっていく。
未だかつてこれほど一方的に長時間話す女性に会ったことがない。

(うぅ…何の苦行だ。ロックウェルに早く帰ってきて欲しい……)

最早拷問に等しい時間だとさえ感じていた。
そうしてまだかまだかと帰りを待っていると、やっとロックウェルが帰ってきた。

「クレイ、遅くなってすまない。ドルト殿と今帰っ…」
「ロックウェル!待ってた!すごく待ってた!帰ってきてくれて物凄く嬉しい!」

ロックウェルの姿を見て胸を撫で下ろし、やっと忍耐の時間が終わったと喜び勇んで飛びついたらこれでもかと驚かれた後、蕩けるような表情で抱きしめられた。

「クレイ…そんなに待っていてくれたのか?こんなに可愛い出迎えをされると、このまま攫いたくなるな」
「……え?」
「今夜は行くのをやめるか?」

それは困る。
後ろで温泉を物凄く楽しみにしているフローリアもいるし、ドルトもわざわざ仕事を終わらせた後こちらに出向いてくれているのだ。

「……そっちは後でいくらでもできるだろう?」

だから一呼吸入れ、温泉を優先させてくれと言外に込めて見上げたのだが、何故かそのまま抱き上げられた。

「ドルト殿…眷属に送らせますので先に行っていて下さいませんか?後で必ず向かいますので」
「ええ、構いませんよ」

そうして察したと言わんばかりに笑顔で頷いたドルトに蒼白になる。

「ちょっと待て!勝手なことをするな!フローリアも温泉を楽しみにしてたんだぞ?!」

必死にそう訴えると、ロックウェルが不思議そうにそちらへと視線を向けた。
そして複雑そうな表情を浮かべるフローリアの姿を見て、どうやら事情を察してくれたらしい。

「なるほど。姫、ソレーユの別荘にある温泉は高濃度の炭酸泉だそうですよ。きっと気にいると思います」
「まあ!それは楽しみですわ!」

ロックウェルからの言葉に瞳を輝かせるフローリアの姿にホッと胸を撫で下ろす。
これでこのままロックウェルに攫われることもなくなるだろう。そう思ったのだが……。

「ではドルト殿と一緒に先に向かって下さい。部屋付きの露天風呂の方なら誰にも気兼ねせずのんびりと楽しめると思いますので」
「まあ!それはとても嬉しいですわ!ドルト殿、今すぐ向かいましょう!」

早く早くと嬉しそうに促すフローリアはもうこちらなど見てはいない。
こうしてルッツも連れて一足先に二人はソレーユへと向かい、何故か自分はロックウェルに攫われてしまったのだった。


***


今日は正直ココ姫の件や魔道具の件で疲れる一日だった。
クレイの後始末は本当に厄介なことが多い。
きっと明日以降もまだ暫くはバタバタとすることだろう。
浮かれている大臣達も、それをよく思わない官僚達も、ああまたかと我関せずの者達も、王宮には様々な者達がいる。
良くも悪くもクレイの存在が大きく影響を及ぼしているのだ。
グロリアス本家の動向も気になる情報を眷属から受けていることだし、油断はできそうにない。
黒魔道士を嫌悪している者、庶子に悪感情を抱く者、反対に初代レノバイン王と同じアメジスト・アイに魅了されてしまった者、単純にクレイを利用したいと考える者────。
一族の中だけでもこれだけ色々な者が入り混じっている。
王宮内の裏事情にクレイを巻き込むのは本意ではない。
クレイはただでさえそういうことに対しての対処が不得手なのだから、ここはやはり出来るだけ本人の意思も尊重して王宮に関わらせないのが一番のように思う。
そろそろクレイを積極的に王宮にかかわらせたら碌なことにはならないとドルトもわかってくれているだろうから、話を通してそちらからも気を配ってもらった方がいいかもしれない。
一緒に温泉に行くのならさり気なく話すチャンスもあることだろう。
それにしても、優秀なのにトラブルを巻き散らすクレイをある意味上手に使えるソレーユには感心してしまう。
あまり接点はないが、将来ミシェル王子はきっと良い王となるだろう。
また機会があれば一度ゆっくりと話してみたいものだと考えながらドルトと合流し邸へと帰った。




そうして仕事を終えて帰ってきたらクレイがいきなり飛びついてきた。
しかも自分を待っていたと物凄い勢いで訴えながらだ。
こんなに強くアピールするように出迎えてくれたことなど今まで一度としてなかったのに。
昨日遠慮はいらなくなったのだとわかったせいだろうか?
こんな風に甘えてもらえるのも悪くはない。
自然と表情も優しくなり、腕の中へと閉じ込めてしまう。

「クレイ…そんなに待っていてくれたのか?こんなに可愛い出迎えをされると、このまま攫いたくなるな」
「……え?」
「今夜は行くのをやめるか?」

けれどそこでクレイはこのままでは温泉に行けなくなると思ったのだろう。

「……そっちは後でいくらでもできるだろう?」

そんな風に気まずげに温泉を優先しろと言ってきたが、その目は言外に抱いてほしいと懇願するように熱く熱を燻らせているようにさえ見えて、その姿は攫ってくれと言わんばかりだった。
こんな風にされたら抑えが効かないではないか。
だからそのまま抱き上げドルトに先に行っておいて欲しいと伝えたのだが、それに対してクレイが慌て始めた。
気づいていなかったが、どうやらフローリアも温泉に行くつもりだったらしく準備万端整えてあった。
恐らくそれを言うまでは連れ去らないで欲しいと言うことだろう。
それを察してフローリアに声を掛けると、彼女は嬉々としてドルトへと声を掛けそのままこちらは気にすることなくソレーユへと向かってくれた。
これで何の問題もないと、照れ隠しで暴れるクレイを可愛く思いながら寝室へと連れて行った。




「ロックウェル…」

寝台に降ろしてやるとクレイは潤む瞳で『温泉…』と訴えてきたが、フローリアも一緒だし今日は気兼ねせず皆であちらに泊まればいいと伝えてやる。
すぐに追い掛ければ十分ドルトと話す時間も取れるだろう。

「ちゃんと温泉には行くぞ?一回だけしたらすぐ行こうな?」

折角クレイが人前にもかかわらず誘ってくれたのだから、それから向かえばいいと優しく言ってそのまま口づけ押し倒した。




「ふ…んぁっ…」

気持ち良さそうにするクレイに満足しながらゆっくりと服を脱がせ、その肌をじっくりと堪能する。

「んん…ロックウェル…」

早くと訴えてくるクレイに気を良くしつつ、さてどう攻めようかと考えた。
手短に終わらせるのは簡単だが、どうせならクレイをトロトロに蕩けさせたい気分だったからだ。
折角の可愛い獲物なのだから存分に愛でてやりたい。
それに仕事のストレス発散にはやはり癒しが大事だと思う。
だからここは今日のストレス元であるクレイを手短に手早く美味しく頂こうと考えを纏めた。

「……クレイ。手短に昨日と同じように下から魔力を送りながらイかせてやろうな」
「…え?」

ちょっと待てと慌てて止めてくるが、大丈夫だと言いながらゆっくり後ろに指を這わせてツッ…と官能を煽ってやる。

「ロックウェル…本気か?」
「ああ。昨日は盛り上がっていたからラピスが生まれたが、短めにして私だけがお前に注いだらそう言う現象も起こらないだろう」

尤もらしい理由を並べ緩々と後ろをほぐして、そっと立ち上がった自身をあてがいゆっくりと魔力を纏わせ挿入していく。

「ひっ…!」

するとクレイはたちまち身を強張らせて慄いたが、落ち着くようにと何度もキスの雨を降らせてやった。
やはりこの行為は気持ち良すぎてたまらないようで凄く可愛い表情を見せてくれている。
自分としても自身の魔力でクレイを染め上げる快感がたまらず、満足感で身が満たされていくのを感じた。
本当にこの繋がりは最高だ。
けれどクレイはそこで涙を浮かべながら、感じすぎてダメだと言い出した。

「う…ロックウェルの魔力が気持ちよすぎるぅ…。動かないで……」

少し纏わせる魔力量が多すぎたのだろうか?
けれど少しくらいは虐めたいからこちらとしてはこの状況はある意味好都合なのだが────。
折角甘い雰囲気なのだから今日はそれを潰す気にはなれなかった。

「クレイ、そう心配するな。大丈夫だ。すぐに慣れる」

頬にそっと手を添え宥めるが、クレイは昨日とはまた違うから怖いと訴えてくる。
体内での魔力交流と一方的に魔力を送られるのとではやはり違うのだろうか?
それならば瞳の封印を解かずに魔力交流したらどうだと提案してみることにした。
それなら昨日のように魔力が高まりすぎる心配もないし、一人だけ感じすぎる傾向も少しは抑えられるのではないかと考えたからだ。

「ん……じゃあそうする」

クレイもそれを聞いて同じような結論に至ったのだろう。
素直に聞き入れて、自身の内部に魔力を集中させ始めた。

「はぁ…ん…。これなら、大丈夫そうだ」

少しマシになったと息を吐いたので、こちらも気を取り直して笑顔で奥まで可愛がることにする。
けれど、ズプンッと奥まで突き上げると同時にクレイが悲鳴を上げた。

「え?やっ…!ひっ…嘘ッ…やっあぁ!」

その様子に驚いて動きを止めてやると、クレイが焦がれるような眼差しでこちらを見てきた。

「ロックウェル…やだッ…!…あぁッ……動いて…!た…足りない……。欲しい…凄く欲しいぃ…!」

どうもいつもと様子が違って余裕がなさすぎる気がするがどうしたのだろうか?

「クレイ?」
「はや…早くちょうだい…。ロックウェル……変になるぅ……!」

よくわからないが欲しいと言うなら続けた方がいいのかと、交流する魔力を気持ち多めにしながらそのまま何度も奥へと与えてやる。

「んやぁああッ!もっとッもっとぉ!」

けれど何度注いでも足りないと泣きながら切なく訴えられ、本当にどうしたのかと心配になった。
やはり様子がおかし過ぎる。

「クレイ…」
「あ…やぁ……やめないで……」

グスグスと泣かれ困惑していると、そこで意外にも眷属側からストップが入った。

【ロックウェル様、クレイ様の様子がおかしいので、一時中断して回復していただけませんか?】

その言葉に一旦行為を止め、荒く息を吐くクレイに回復魔法を掛けた。
けれどクレイの状態はあまり変わらない。

「うぅ…足りないぃ…グスッ……もっと欲しい…」

これは明らかにおかしいと眷属達と視線を合わせて頷きあう。
そこでコートがもしかしてとその言葉を口にした。

【クレイ様。お辛そうですし、一度瞳の封印を解かれてみては?】
「…え?」
【魔力が酷く乱れております。ロックウェル様に診て頂いて、調整してみられてはいかがでしょう?】
「うぅ…そうする……」

自分でもおかしいと思ったのだろう。
そして瞳の封印を解いたところで、クレイが歓喜の声を上げ気持ち良さそうに背を反らせた。

「あ……ッ!」

それと同時に襲ってくる抗い難い酩酊感。

「クッ…!」
「あっあっ…!」

そして恍惚と幸福感に満ち溢れた表情を浮かべるクレイに、コートとヒュースがホッと息を吐いた。

【どうも足りなかったのはクレイ様側の魔力だったようですね~】

眷属達はその姿を確認し、それぞれ安堵したというように下がっていく。
その態度は後はお好きにどうぞと言わんばかりだ。
このあたりは本当に徹底している。

「クレイ…」

そうして二人きりになった部屋でしっかりとクレイの身を抱き寄せて、ぴったりと肌を合わせ緩々と腰を揺らす。
現状そうしないと暴走しそうな自分が居たからだ。
クレイの解放された魔力はこちらを煽り酩酊を誘うには十分すぎるもので、少し抑えて欲しいとさえ思うほど気持ち良かった。
それを感じ取ったのかクレイはほんのりと笑いながらすぐさま調整を掛けてくれる。

「ん…ロックウェル。早くいっぱい愛し合いたい…。気持ちいいからもう一度突いてほしい」

そして魔力が安定したからか、クレイが幸せそうに口づけてきた。

「はっ…あ…。それとも今日は俺が抱こうか?」

先程よりも少しマシにはなったもののクレイの魔力にうっとりと酔うこちらの様子に気づいたのか、不意にそんな風に言われ苦笑が漏れてしまう。
この状況でそれは可能なのだろうか?
前回は体内での魔力交流はクレイ側の感じ方が大きかったようだし少し心配だ。

「…それもいいが、大丈夫なのか?」

昨日は余裕がなさそうに思えたが今日は大丈夫なのかとストレートに尋ねたら、どうやら自身の魔力交流量を上手く調節すれば昨日のように溺れるような状態はある程度回避できそうだとのことだった。

「んんん…ロックウェルが色っぽいから襲いたくて仕方がない。襲っていいか?」

そうやってうっとりしながらこちらを見てくるクレイも色香全開だと言ってやりたい。
一体今日はどれだけ自分を虜にするつもりなのだろうか?

「わかった…。その代わり、どれだけ乱れても幻滅するなよ?」

正直いつもなら兎も角、クレイの魅力と魔力に当てられている今、自制できる自信などどこにもなかった。
だからそう言ったのに、クレイは嬉しそうにしながらそんな自分も見てみたいと甘く囁いた。




そこからはクレイに煽られるままに燃え上がった。
相変わらずクレイは挿れられているくせに攻めてくるのが上手い。
もちろん一方的に押し倒される気は無かったからこちらからも思い切り楽しませてもらったが、正直気持ち良すぎて声も我慢できなかったほどだ。
そして二人で貪り合うように激しく昇りつめた時にまた部屋が光った気がしたが、二人共荒い息を整えるのに精一杯でそちらを見遣る気力はなかった。

だからだろう。
二人で息を整えてそっと額を突き合わせ微笑み合い、回復魔法を唱えたところで『そろそろいいですか』とヒュースが声を掛けてきたのは────。

【……クレイ様。どうやら昨日のことは偶然ではなく、必然だったようですよ?】
「え?」

そんな風に切り出されそちらの方へと視線を向けると、そこには煌めく月のような白銀の髪に紫の瞳とドラゴンの羽を持つ幼女の姿があった。

【雄だけではなく雌まで生まれるとは…何ともまあ喜ばしいことです】
【僕の妹が生まれたってこと?!ロックウェル、クレイ、名前をつけてあげて!】

ラピスが兄妹ができたと嬉しそうに言ってくるが、こちらは驚き過ぎてそれどころではない。
これでは安易にこの方法で寝れないと二人揃って肩を落とし、少しだけ残念に思ってしまったのだった。


***


「はぁ。それでラピスだけでなく、このルナも一緒に来た…と」

ドルトの前に座るのは、クレイが名付けた銀髪の娘だ。
ラピスの名がラピスラズリから取ったみたいだから、ムーンストーンからイメージしてみたらしい。
『空に浮かぶ冷たい銀の月の煌めきがこの髪色と一緒で凄く綺麗だと思って』とも言っていたから、その場のノリでつけたとも言えるかもしれないが、本人が気に入ったようだったので、それでいいかと特にツッコミは入れなかった。

予定通り温泉に来られたのは良かったが、少々遅れてしまったため既にドルトもフローリアも入り終わっていたのでこのまま温泉に行く前に少し話そうということになったのだ。

「クッ…!ロックウェル様に似た娘なんて反則ですわ」

そうしてフローリアが悔しそうにしているが、クレイは『ルッツの嫁にはやらないからな』と意味不明の牽制をしていた。
自分達の魔力から生まれたとは言え、魔物なのだから嫁がせるもなにもないと思うのだが……。

【クレイ…ルナが可愛いのはわかるけど、僕にも構って?】

そうして少し寂しそうにしたラピスにクレイが満面の笑みを浮かべる。

「もちろんだ!ラピスは本当に可愛いな」

どうやらクレイ的にはどちらも可愛いらしく、膝に乗せてまた頬擦りしていた。

「意外な子煩悩なんですのね」

その姿を見て素直にそう口にしたフローリアだったが、クレイはそれに対して意外なことを口にしてくる。

「え?この二人は特別だろう?人じゃなくて魔物の子だしな。人の子もそこそこ可愛いし嫌いじゃないが、そっちは扱いがわからないし正直抱っこ以外はどうすればいいのかわからないからどちらかと言えば苦手な方だぞ?」

クレイは事も無げにルッツにだって抱っこしかしていないだろうと言い放つ。
てっきり子供好きなのかと思っていた面々は、揃ってクレイの思いがけない答えに目を丸くしてしまった。

「え?」

けれどクレイは何がそんなにおかしいのかと首を傾げてしまう。

「別にそんなにおかしなことでもないだろう?俺を育ててくれたのはヒュース達だしな。正直小さい頃に年の近い他の誰かと接したこともないし赤子どころか人自体ともほとんど接していなかったから 、人の子の喜ぶことも人と子供の接し方もサッパリ分からないんだ。悪いな」

その言葉にドルトが撃沈したのが見て取れた。
夫婦揃って育児放棄したせいでクレイの価値観に大きな影響を与えてしまったと思い知る羽目になったらしい。
けれどこれまでのクレイと魔物達の関係から、妙に納得がいく話だなと思えてしまった。
正直普通に女性と結婚して子を成していたら、クレイはこれほど可愛がらなかったのではないだろうか?
偏見かもしれないが先程の調子で『扱いがわからないし』と天然で言い放ち、たまに抱っこはするものの妻に丸投げした結果怒りを買って張り飛ばされてそうだと思った。
まあそれは恐らく子供が苦手な自分も大差ないだろうからあまり人のことは言えないのだが……。
とは言えこの微妙な空気を変えられるのは自分だけだとすかさず話題を変える。

「そうそう。クレイ。忘れないうちに言っておきたいんだが、今日作っていたあの魔道具達をレイン家で商品化して売りたいと思っているんだが、構わないか?」
「え?」
「あの道具を見て、大臣や官吏達が自分の部署に一つ譲ってくれとドルト殿に殺到していてな。このままだと収拾がつかなくなって温泉に行けなくなるからと、それで話をつけてみたんだが」
「…………」

クレイはそれを受けて暫し思案し、それなら少し時間をくれと言った。

「あれはお試しだから、好きに魔法式を足して作ったんだ。商品にしたいなら簡略化した魔法を使った方が便利だろう?」
「そんなことができるのか?」
「できるぞ。ちょっと作るのにコツはいるが、完成したら凄く使いやすくなるんだ」

詳しく話を聞くと、どうやらソレーユでの商売にもそれを活用しているのだとか。

「一から魔法を作るより俺にはこうして応用する方法の方が合ってるみたいだし、意外とこの魔道具作りは性に合ってるかも知れないな」

そうして笑う姿に確かにと納得した。
黒魔道士としての仕事と魔道具開発の仕事で二足のわらじと言うのはいいかも知れない。
そんな風に思っていると、フローリアがそれはどういうものなのだと聞いてきた。

「ああ、今日作ったのは重さを感じさせない袋と台車だ。父様が何往復もしないで済むように作ったんだ」

そしてこんなものだと身振り手振りで説明すると、フローリアが『そんな発想は盲点だった』と衝撃を受けていた。

「……クレイ。物凄く虫のいい話だとは思うのだけれど…こういう感じの抱っこ紐を作ってもらうことはできないかしら?」

そうしてイメージをクレイへと伝える。
どうやらルッツが大きくなってきたらあちらこちら一緒に外出したいらしいが、乳母に抱っこさせながらではなく自分で抱いて歩きたいらしい。
ただ重みにどこまで耐えられるかと思っていたらしく、この話は渡りに船だったようだ。

「なんだ。それくらいなら簡単だな。と言うか、やり方を教えてやるから自分でやれ。魔力が高いんだから自分でできるだろう?」
「……冷たいですわね。そんなことを言うと、その素晴らしい抱っこ紐をトルテッティで特許を取って流行らせますわよ?」
「…?やればいいんじゃないか?」

自分には関係ないしとキョトンと言い放ったクレイに流石のフローリアも唖然とする。

「ロックウェル様、この男の感覚は先程からおかしいですわ。いえ、ドレスをあんなに沢山買い与えてきた時点でおかしかったですけれど…。馬鹿に利用されないよう、しっかり首に鎖をおつけ下さいませ」

どうやらクレイを嫌っている彼女でさえ思わず心配してしまうくらいには感覚がおかしいらしい。

「…首に鎖なんて冗談じゃない!不愉快だ!」

それをわかっていないクレイはフンと怒って『温泉に行ってくる』と、ラピスとルナを連れて行ってしまった。
けれどここはフローリアに礼を言う場面だろう。
さすが国益を第一に考える王族だけのことはある。

「姫…ご配慮ありがとうございます」
「いいえ。確執のあるトルテッティにまであんなにあっさり利を与えようとするなど流石に迂闊過ぎますわ。ソレーユ、アストラス、トルテッティと三ヶ国で発明品が次々発表されればクレイを手に入れようとする国が出てこないとも限りませんもの。それで結果的に滅亡する国が多発しては目も当てられませんわ。どうぞお気をつけください」

クレイが欲しくてアストラスへと戦争を仕掛け、あっさり返り討ちに合って滅亡などただの自滅に等しい。
そんなバカな国が多くいるとは思いたくないが、貧しい国があの手この手で自国を発展させたいと大挙してクレイを煩わせにやってくるかもしれないし、それによってクレイがまた余計な火種を出さないとも限らない。
不安の元は早めに断つのが一番だ。

「私個人の物は自分で作ってみますが、もし先程の商品を実用化するのならこちらで商品化してトルテッティに輸出してくださいませ。きっと女性達に喜ばれると思いますわ」
「わかりました」

そうして今日はもう休むと言ったフローリアを見送って、ドルトへと困ったように微笑んだ。

「クレイには困ったものですね」

そんなドルトに同じく困った顔で同意し、ついでにこのタイミングでトラブル回避のため王宮には出来るだけ来させない方が良いのではと進言しておいた。
それに対しドルトも納得顔で頷いてくれる。

「ロックウェル様には色々と気苦労をお掛けして申し訳ない」

そして本当に申し訳なさそうに頭を下げてくる。
どうやら先程の子供に対する認識やこのどこかズレた価値観など、クレイを幼い頃放任していたことが根本的な問題なのだと改めて身に詰まされてしまったらしい。

「私の責任です」

沈痛な顔で落ち込むドルトの姿にどう慰めようかと思っていると、ヒュースがすかさずフォローを入れてくれた。

【そう気になさる必要はありませんよ。クレイ様は元々ズレた方なので。わかりやすく言うと今の王と一緒なのです。元々がドラゴンの血を引いているので、どこか人とズレているのですよ。我々はそこが面白くて好きなんですけどね~】

元々の性格もあるのだから気にするなとヒュースは言ってくれるが、けれどドルトとしてはそう言うわけにもいかないようで…。

「そう言っていただけるのは嬉しいですが、クレイが言っていたのは事実ですから。私とミュラの罪は少しでも償いたいと思っているのです」

先日の件もあることだし、クレイを傷つけた償いはできる限りしたいと考えているのだとドルトは辛そうに俯く。
けれどそれに対してヒュースはこともなげに言った。

【確かに先日の件はショックが大きかったとは思いますが、ロックウェル様が結婚は新しい家族のスタートだと仰って下さりこうして二人の子に恵まれましたので、クレイ様はもう大丈夫だと思いますよ?先日も母君の記憶を戻すと仰っていたくらいですし、気持ちの整理をつけるには良い時期かと】

「クレイがミュラの記憶を?」

これにはドルトも驚いたようだった。

「クレイとしては早く記憶を戻しておけばわざわざ別邸に来ようなどとはしなかっただろうにと言うひどく後ろ向きな考えからのようでしたが、記憶を戻そうと思えたこと自体は進展かと」

退行時の時の何かが切っ掛けとなったのかそれともそれ以外の要因かはわからないが、頑なだったクレイが考えを変えたのは非常に大きい。
これを機に気持ちを切り替えられたらと思わないでもなかった。
それはドルトも少し思ったのか、この件に関してはきちんとクレイと話したいからミュラの記憶を戻す前に話したいと伝えておいて欲しいと言ってきた。
それはとても大事なことだと思ったので、諾と答えそのまま先に行ってしまったクレイの後を追ったのだった。


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