黒衣の魔道士

オレンジペコ

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第三部 アストラス編~竜の血脈~

20.婚約破棄の方法

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クレイは翌日早速ラピスを可愛がりながらソファーで色々教えていたのだが、ちょうどそこへフローリアがやってきて不審げに眉を顰めた。

「なんですの?その魔物の子は…?」
「俺の子だ」
「……心配して損しましたわ」

退行状態から元に戻ったものの昨日寝込んだと聞き、どうやらミュラとの件で立ち会った関係上一応気にして様子を見に来てくれたらしい。
それなのに思ったよりも元気そうな上に機嫌よく魔物の子供を抱っこしていたからか、呆れたように溜め息を吐かれた。

「ラピス。彼女はトルテッティ国の姫、フローリアだ。まだ生まれて間もないルッツの母親でここに二人揃って滞在している。仲良くしてやってくれ」

何故かやけに気合いを入れて念入りに着飾っているフローリアをラピスへと紹介する。
もしかしたらこの後出掛ける用でもあるのだろうか?
それならそれで挨拶は手短に終わらせてやった方がいいだろう。

【ルッツ?】
「ああ、俺の弟の子だから、お前の従兄弟だな」
【従兄弟】
「そうだ」

そうして可愛いラピスにニコニコと教えていると、フローリアが『違います』と冷たく言ってきた。
まあ女の腹から生まれた存在ではないから違うと言うのもわからないでもないし、そこは気にしない。
世の中の定義と違っていようとラピスは自分の子だと思っているし、他人の評価などどうでもいいのだから。

「何故貴方に似ているのかは知りませんが、随分可愛がっていますのね」

膝の上に乗せて本を読んでやっている姿を見てフローリアがそんな言葉を口にしてくる。

「俺とロックウェルの魔力を元に昨日偶然生まれた魔物だからな。可愛くて当然だ」

だからそう教えてやったのだが、フローリアは唖然としながら『そんな話は聞いたことがない』と言った。
それはそうだろう。
長生きしているヒュース達でさえ初めて見たと言っていたくらいなのだから。
けれど意外にもフローリアはあっさりとそれを受け入れ、更に質問を重ねてきた。

「まあいいですわ。それで?その子はドラゴンなのですか?」
「え?」
「羽が伝承と似ているように思うのですけれど?」
「そうなのか?」

そう言われて初めてラピスへと尋ねると、ラピスは小首を傾げてから『変化してみようか』と言ってきた。
どうやら変化の出来る種族らしいのでそれに軽く頷いてやると、ポムッと人型から竜形態へと姿を変えた。
サイズは小さく部屋の2/3くらいの背丈だが、見ただけでドラゴンの子供だと一目でわかる。

【これは凄いですね。滅びて久しいドラゴンが、まさかこんな形で蘇るとは…】
【本当に驚きました。クレイ様、ロックウェル様と後何体か子作りなさっては?兄弟も良いものですよ?】

これには眷属達も口々に感嘆の声を上げる。

【兄弟?僕と一緒の子供が生まれるってこと?】

それに対しラピスが目を輝かせてこちらを見てくるが、そうそう上手くいくとも限らないしそこを期待されても困ってしまう。
今回のはただの偶然の産物とでも言うべきものだろう。

「そういうのは俺の一存ではできないから、ロックウェルに言ってくれ」

一先ず元のサイズに戻るようラピスへと言い、逃げに徹した自分にフローリアがほのかに笑った。

「子作りのことをそんな風に話せるなんて…本当にロックウェル様とはすっかり夫婦なのね」
「悪いか」
「いいえ。意外に思うと同時に羨ましいと思っただけですわ」

そうして少し寂しそうにしたので、ハインツのことが気になるのかと聞いてやった。

「…別にそういうわけではありませんわ」

彼女は決して認めようとはしないが気にしているのは明らかだ。

「ふん。相変わらず気位だけは高いな」

その言葉と共に使い魔を数体呼び出して王宮へと放っておく。

「向こうの情報だけは集めておいてやるから、そう心配するな」

何か動きがあればこれですぐにでも自分へと連絡が来る。
そうしたらどう動けばいいのかわかりやすいだろうと言ってやるが、彼女はどこまでも頑なだった。

「大きなお世話ですわ」

そうしてツンッと顔を背けて、フローリアは部屋から出て行ってしまう。
これにはさすがに『相変わらずだな』と思わず溜め息が出てしまった。
正直フローリアは付き合い難くて苦手だ。

【クレイ…もしかして嫌われてる?】

だからそうやって気遣わし気に膝の上で自分を見上げてくるラピスに癒されながら、きっぱりと言い切ってやった。

「気にするな。フローリアは元々ああいう性格なだけだ」
【そっか。綺麗な人なのに勿体ないね】
「まあ見た目だけはそうかもしれないな」
【中身は違うの?】
「少なくともあの性格の悪さは俺の好みじゃない。まあハインツが良ければいいんじゃないか?」

その言葉にラピスがなるほどと納得したように頷く。

「さて、じゃあ今日はもう少し魔道書を読みながら色んな文字を教えてやろうな」
【うん!クレイ大好き!】
「そうか。俺も大好きだ」

そうして暫しの幸せを満喫した。


***


「ロックウェル様、クレイの様子は如何です?」

その日、久しぶりに王宮へと赴き仕事の山を片付けていると、ドルトがやってきて心配そうに尋ねてきた。
退行状態から戻ったとは昨日のうちに連絡しておいたが、その後寝込んだとも伝えておいたので余計に心配したのだろう。
けれど朝の様子を思い出し、大丈夫そうだと口にする。
昨日ミュラの話を切り出してきた時は危うい感じが見受けられたが、その後愛し合ってラピスが生まれてからはしっかりしたように思えた。
今朝に至っては猫可愛がりして離さないほどの溺愛ぶりで、見ていて微笑ましかった程だ。

「もし良ければお時間のある時にでも顔を見てやって下さい。きっと喜びます」
「そうですか」

これを聞いてドルトも心から安堵したように見えた。

それからハインツの件がどうなっているかというのを聞いてみると、正直膠着状態とのことだった。
ココ姫はハインツ王子と顔を合わせるなりかなり好意を示したらしいが、ハインツの方は彼女との会話後それとなく乗り気ではない旨を伝えたそうだ。
姫はそれを聞いて目に涙を浮かべ外務大臣に『こんなことを言われてしまった』と訴えたらしいが、ハインツの方はどうやら『彼女とは合わないと思うから結婚は考え直したい』と即言い放ったらしい。
これに焦ったのは当然外務大臣を始めとする結婚推奨派だ。
何とか二人の仲を取り持とうとあれこれ積極的に動いているが、ハインツの態度は一貫して変わらないようだ。
けれどそこで大人しく引き下がらないのが姫の凄いところだった。

「ココ姫は何度か大臣を挟んでハインツ王子と接触を図っているのですが、その度に蒼白にさせられては涙ながらに引き下がるというのを繰り返しておりまして……」

それさえ利用し周囲の人間へと言葉巧みに取り入り、望まれて婚約をしたはずなのにこれでは悲し過ぎると訴え続けているのだとか。
到着からたった二、三日で周囲を味方に取り込むとはなかなかの手腕と言わざるを得ないだろう。

「なるほど。これは困りましたね」

これは少々ハインツに不利な展開だ。
長引けば長引くほど手詰まりになっていくと言っても過言ではない。
辛うじて王がハインツに甘いから周囲も強くは言えないようだが、このままでは結婚推奨派以外の不満も募っていくことだろう。
けれどハインツとしては自分は王になる気はないからそんな積み重なる不満さえ好都合だと捉えているきらいがある。
ハインツからすれば、嫌われれば嫌われるほど王位は自分から遠ざかると踏んでいるのかもしれない。
逆にハインツを次王にと考えているココ姫の方は今後どう上手く攻めるべきか考えあぐねているようにも見えるのだとか。
正直どう決着をつけるのが一番いいのか……頭の痛い話だった。
互いが互いに自分の状況を利用し目的を完遂させようとしているのだ。
迂闊な手助けは下手をすると悪手へとなりかねない。
さて、どうしたものか……。

そうしてドルトと共に頭を抱えながら対策を練っていると、今度はルドルフがやって来た。

「ロックウェル。ココ姫が母上に接触しようと動き出した。面倒だからすぐさま止めさせたが、あの分だと簡単には諦めそうにない」

どうやら彼女は王を味方につけられないのなら王妃からと思ったらしい。
けれど王妃からすれば、このままいけば自分の息子が王位につくのだから文句はないのだ。
寧ろ更に事態がややこしくなる可能性が高い。
何としてもやめさせた方がいいだろう。
そして皆で重い溜息を吐いていると、ヒュースが大変ですねと同情的な声を上げた。

【こういう時は、いっそのことクレイ様のように突飛な行動で吹き飛ばしてしまうのが一番いいように思いますが…】
「クレイのように…?」
【ええ。あの方はいつだってマイペースにポイントだけは押さえて一番片付けるべき問題だけは素早く収めてくださいますので】

後始末だけが面倒なのが玉に瑕なんですがとヒュースは溜息を吐くが、今回の件に於いて一番片付けるべき問題が婚約破棄なのだとすればヒュースが言うように最も効果的にこの状況を進めることができるかもしれないと思えた。
そうやってクレイの突飛な行動とやらを参考にすべくもう少し詳しく聞こうかと思ったところで、何故かちょうどクレイがこの場へとやって来た。
どうやら昼時を狙って来たらしい。
ここ最近王宮を敬遠していたのに一体どういう風の吹き回しなのだろう?
けれどその理由はすぐにわかった。

「ロックウェル!聞いてくれ!ラピスが凄いんだ!」

満面の笑みで嬉しそうにやって来たクレイに、その場にいた面々が何事だと注目する。

「ほら!ラピスの背が伸びた!」

正直『可愛い!』と親バカ全開のクレイの方が可愛いと思う。
まさかそんなことで苦手な王宮にやってくるなんて思いもよらなかった。

【クレイの方が可愛いって、ロックウェルも思ってるよね。僕と一緒だ】

そうしてどことなく大人びた言葉を口にするラピスに頬が緩む。
クレイに似ているからか、ラピスは自分の目から見ても可愛いのは可愛い。

「クレイ。その子は?」

ドルトがそんなクレイの元気そうな姿を見てホッと安堵の息を吐き、優しく声を掛ける。

「父様?!あ、その…お仕事中にすみません」

まだ仕事中だったのかと素直に謝るクレイにドルトがくすりと笑う。

「謝らなくていい。気づいていなかっただけでもう昼だったし。それにしてもその子はクレイにそっくりだな。とても可愛い子だ」

そんな言葉にクレイがパッと顔を上げて嬉しそうに笑った。
これは上手い言い回しだ。

「父様にそう言ってもらえたら嬉しい…」

はにかむクレイに場が和み、このまま皆で昼でもと話していると、そこに外務大臣が飛び込んできた。

「ドルト殿!ハインツ王子のあのご様子はなんとかならないのか!陛下にご忠言せねば……!クレイ様?!これはご無礼を」

クレイの姿を見るや否やすぐさま口を噤み態度を改めた大臣の姿に、クレイがクッと笑う。
どうやらドルトに対する態度が気に障ったのか、少々怒っているようだ。
この外務大臣はクレイに傾倒している内の一人だからこの態度の変化も納得ではあるのだが─────。

「随分変わり身が早いな」
「いいえ、滅相もございません」
「そうか?」
「そうでございますとも。ところでそちらのクレイ様そっくりの…お子は?」
「ああ、昨日生まれた俺の子だ。ロックウェルそっくりで可愛いだろう?こう見えてドラゴンなんだぞ?」

怒りから一転そうして嬉々として口にしたものだから、大臣は驚きのあまり口をパクパクさせ、次の瞬間大きな声で叫んで部屋を飛び出していった。

「ク、クレイ様にお子がーーーーッ!素晴らしい!これ以上ないほど素晴らしい跡継ぎの誕生ですぞーーーッ!」

正直その言葉には新たな頭痛の種が王宮に撒かれた気分でいっぱいだ。
これは一体どう収拾をつければいいのか……。

「……何を意味不明なことを言ってるんだか。それよりロックウェル!今日は早く帰れるか?折角だしラピスが生まれた記念に一緒に皆で温泉に行きたいと思ったんだが、どうだろう?」

大臣のことはどうでもいいと言わんばかりに無視し、良ければドルトも一緒にと嬉しそうに誘うクレイに、ドルトは二つ返事で頷きを返した。

「勿論だ。ああでもフローリア姫を放っておいてはまずいかな」
「じゃあ一応本人に聞いておきます」
「そうか。では今日は早く帰れるようにしよう」

その言葉に嬉しそうに笑うクレイを見ていると付き合ってやりたい気もするが、仕事も溜まっているしいつまでもハインツの方を放っておくのも忍びない。
ドルトが抜けるのなら尚更だ。
何とか対策だけはまとめておかなければ……。

「クレイ。すまないが今日は…」
「もしかして行けないのか?」
「ああ。仕事が溜まっているのもあるし、ハインツ王子の件も拗れていて……」
「なんだ、そんなことか。まあ使い魔からも情報は入っているし、あれならすぐにでもなんとかなるだろう。そっちは俺が片付けておいてやるから心配するな」

任せろと言ってくるクレイだが本当に任せてしまっても大丈夫なのだろうか?
思いがけない助けではあるが、一抹の不安がどうしても拭えない。
ヒュースが言っていた突飛な行動と言うのをもう少し聞いておいた方がいいだろうか?

「じゃあお前はこっちの仕事を頑張って終わらせてくれ」

けれどそんな風に思ったのも束の間。あっという間に張りきって影を渡ってしまったクレイを止めることができない。

「クレイ?!」

慌てて名を呼んだが最早手遅れなのは間違いないだろう。
後はもう無事に収まりますようにと天に祈るほかなかった。


***


「陛下!クレイ様にお子が!」

突然そんな意味不明な事を口走りながら外務大臣が執務室へと飛び込んできたので、皆目を丸くした。
クレイがロックウェル以外に興味がないのは知れ渡っているし、そんな事があるはずがないのは皆が知っている事なのに…。
けれど、その大臣の言葉を聞いて隣に立っていたハインツに動揺が走ったのを自分は見逃さなかった。

「ハインツ。何か知っているのか?」
「いえ」

けれどいかんせん息子の事を誰よりも知っている自分にはそんな言い訳は通用しなかった。

「人払いを」

それと共にこちらを気にしながらも皆が執務室から姿を消す。
残ったのは飛び込んできた大臣とハインツと自分の三人だけ─────。

「それで?怒らないから言ってみなさい」

そう促すと、ハインツは渋々その重い口を開いた。
それによると、ソレーユに出向いた際、トルテッティのフローリア姫と関係を持ってしまったらしい。
彼女とはそれっきりだったが、先日騒動の末に子を産み落とし、その子が紫の瞳だった事から自分の子だと確信したとのことだった。
それを知ったクレイ達が気を利かせてその子をレイン家の養子として迎え入れ、カルトリアとの縁談を優先しろと言われてしまったらしい。

「それでもフローリア様のことが忘れられなくて、なんとかしたいと思っていたのに上手くいかなくて、ちょうどカルトリアにいたクレイの所へと相談に行ったら、とんでもない話を聞いてしまったのです」

曰く、王になりたくない自分に上手く取り入り、次王に据えようと画策していたのだと。

「そんなこと、冗談ではありません!何が悲しくて自分の息子と引き離されて、好きでもない相手を迎え、望まない地位に据えられねばならないのです?そんなことになるくらいなら、私はフローリア様を連れて子と三人で国を出ます!」

そう泣きながら心情を吐露したハインツに心底同情してしまった。
してしまったことはあまりにも若気の至りであったとは言え、これは流石に可哀想だ。
けれどそこで大臣がオロオロしながら言葉を紡いだ。

「陛下。この件はこの件で重大なことではありますが、恐れながら先程クレイ様がお連れだったお子はハインツ王子の子ではありませんでしたぞ?」
「何?どういうことだ?」

そうして不思議そうに首を傾げていると、当の本人が姿を見せた。

「ハインツ!ここにいたのか。さっさとつまらない些事を片付けに行くぞ」
「クレイ!」

相変わらずの空気の読まない態度に溜息が出るが、ここは詳細を聞いておくべきだろう。

「クレイ。ハインツの子をレイン家で引き取ったと言うのは本当か?」
「え?ああ、ルッツだろう?確かにレイン家の養子に迎えたが?」

その言葉に今度は大臣が声を上げる。

「クレイ様!では先程お連れだったクレイ様そっくりのお子は?」
「ラピスの事か?ラピスは昨日生まれた俺とロックウェルの子だ。勝手に一緒にするな」

その言葉に皆が信じられない思いでクレイを見つめた。

「クレイ!気は確かか?!男から子は産まれないんだぞ?!」

一応常識はあると思っていたが違ったのかとそう口にするが、それに対してクレイは呆れたように溜め息をついた。

「何をわかりきった事を言ってるんだ。誰も俺が産んだなんて言っていないだろう?」
「ではロックウェル様の浮気ですか?」
「浮気じゃない!だから、昨日ちょっとその…夜に魔力交流してたら、燃え上がりすぎて、その場の魔力が高まり過ぎたせいでその場に新しく魔物が生まれたんだ。二人の魔力が元になったせいか、凄くロックウェルに似てて可愛いんだ…」

だから自分達の子も同然なのだとクレイはそっぽを向いて言い切った。
正直聞いたこともない話だけに驚きしかない。

「そ…それで、その子は…?」
「ああ、呼ぼうか?ラピス」

その言葉と共にクレイそっくりの子が現れてまたびっくりしてしまう。

【クレイ、この人達は?】
「こっちがこの国の王で、隣が俺の弟。そっちが外務大臣だ」
【わかった。皆さん初めまして。ラピスです】

そうしてペコリと頭を下げたラピスの背には、確かに人とは違い羽が生えていた。

「クレイ…その、ラピスはもしかして…」
「え?ああ。ドラゴンだ」

そうしてこともなげに言われた言葉に絶句してしまったが、何故か大臣は興奮しているようだった。

「さすがはクレイ様!王家の血を濃く引き継ぎ、国を繁栄へと導いてくださるために偉大なる竜の血を蘇らせるという奇跡を起こしてくださるとは!跡継ぎはもう文句なしにラピス様に決定ですね!」
「は?次の王はルドルフでその後はハインツの子だろう?可愛いラピスは絶対に渡さないぞ?」

不快げに言うクレイに大臣が尚も食い下がる。

「何を仰います!アストラスの王家は元を正せばドラゴンと人との血を引く偉大なるレノバイン王のお血筋。ここでラピス様に王位について頂ければ、更なる発展に繋がりますのに!」
「寝言は寝て言え。無理強いしたらこの国から出て行くからな!」
【クレイ…この国嫌いなの?大きくなったら僕がブレスで焼き払おうか?】

クレイの怒りを感じたラピスが無邪気にそんな事を口にしたので、慌てて間に入った。
国が焼き払われては大変だ。

「いやいやいや!大丈夫だ!予定通りで構わない!ラピスはクレイが立派に育てればそれでいい!」

そこまで言って初めてクレイも怒りを納めてくれた。
本当に兄弟揃って国を出ると宣言するとは…意外な所で似たところがあるんだなと冷や汗が出た。

「そんな事より、ハインツの件が片付かないとロックウェルが今夜温泉に行かないと言うから片付けに来た。ハインツ。サッサと終わらせるぞ」

何をグズグズしているんだと叱咤し、クレイがハインツを促してくる。
どうやらカルトリアとの話を片付ける手助けをしに来たらしい。

「クレイ!そう言ってくれるのは嬉しいけど、あの姫は結構強かで厄介なんだ。今日片付けると言うのはちょっと無理だと思うよ?」
「……?簡単だろう?肝心のお前があの姫とやっていけないと判断してるなら、生理的に抱けないから子を成せないって宣言すれば済む話じゃないか」

何を言ってるんだと首を傾げるクレイにこちらの方が驚いてしまった。
確かにそれはその通りだが、国と国の関わりもあるのだからそう簡単な話ではないと大臣が言いにくそうに言葉を添えた。
けれどクレイはそれさえも一蹴してしまう。

「何を言いだすかと思えば。あの国に未来はないんだから、もうそんなに気を遣う必要はないぞ?」
「…は?」
「この間カルトリアの魔王と友達になったから、魔物達を守るために森全体に結界を張ってきたんだ。あれである意味森自体が独立した国になったようなものだから領土も減ったし、冒険者は魔物が倒せなくなるから仕事がなくなるだろう?あの国に他の主だった産業も殆どないから人は減る方向にしか進まない。だから脅威など感じなくても大丈夫だ」

最早カルトリアはただの力ない小国だと言い切ったクレイに正直開いた口が塞がらなかった。

アストラスが魔法王国だとすれば、カルトリアは冒険者の国だ。
アストラス近隣の国には魔物達を狩る場はどこにもないが、カルトリアは別だった。
その広大な森にはありとあらゆる魔物達が生息し、森に入る人々に襲いかかるとされる。
それを倒すべく存在するのが独自の冒険者という存在だった。
彼らは常に魔物と戦いその腕を磨き続けているため、カルトリアにとっては有事の際の重要な戦力だった。
それ故に戦争を仕掛けようとする国もこれまでの歴史上カルトリアだけは避ける傾向が強かった。
けれどその重要な場所である森を、クレイはこともなげに結界で覆ったと言う。
正直あの規模をどうやってと言うのが本音だった。
もしもそれが本当であるならば、カルトリアはクレイが言う通り衰退の一途を辿ることとなるだろう。
冒険者としての仕事がなくなれば、皆あの国に止まる理由などはなくなってしまうのだから……。
これは大変なことだ。
このままではカルトリアの周辺諸国が混乱してしまう。
早急に周辺各国に知らせ対策会議を行わなければ、こちらに飛び火して大問題になりかねないではないか。
今話を聞けて本当に良かった。
けれどクレイはそんなことは全く考えてはおらず、どこまでもマイペースだった。

「ほら、行くぞ!」

先のことを考えると胃が痛むが、まずは目の前の問題だ。
これは絶対に一波乱起こる────そんな思いを胸に外務大臣と顔を見合わせる。
そうしてハインツを促し執務室を出て行くクレイの後を追い、大臣と共にココ姫の元へと向かった。



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