黒衣の魔道士

オレンジペコ

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第三部 アストラス編~竜の血脈~

18.水と油のように合わない二人

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王宮にカルトリアの姫がやってくると言う話はすぐさま王宮中に広がった。
警備体制などはロックウェルが魔道士達に指示を出し、その他兵達の配置などと共にショーンが詳細を詰め、もてなしなどの采配はドルトと外務大臣が急いで手配を掛けた。
あまりにも急なことだったので姫の来訪を一日伸ばしてもらい、なんとか無事に場を整え当日を迎えることができた。
本当に迷惑この上ない姫だなと思いながらも、王宮へと手厚く迎え入れられたココ姫一行を前にハインツは笑顔で声を掛ける。

「初めまして。私が婚約者のハインツです。遠いところ足をお運びいただきありがとうございます」
「丁寧なご挨拶痛み入ります。私がカルトリアの王女、ココですわ」

それは誰が見ても完璧な所作と笑みで、皆が彼女を好意的に見ているのをヒシヒシと感じてしまう。
けれど自分はここからなんとか破談に持ち込まなければならないのだ。
ドルトやルドルフ、ロックウェルにショーン。他にも水面下では何人かこちらについてくれる味方はいる。
そんな影で支えてくれている皆のアドバイスを生かしながら、自分は上手く立ち回らなければならない。
幸いクレイが付き合ってくれた息抜きの観光でかなり気持ちの切り替えはできたと思う。
後は自分の手でどう上手くやるか…だ。

「姫。旅の疲れもあるでしょうが、どうでしょう?荷物の片づけの間だけでも庭園でお茶でもいかがです?」

疲れているタイミングでの誘いは普通に考えるとマイナス要素だ。
けれどこの程度なら然程の失礼には当たらない。
相手の出方を見る上でも最適だとドルトからも言われていたので思い切って誘いをかけてみると、ココ姫は一瞬眉を顰めたように見えたもののすぐさま了承の意を示してきた。

「お心遣いに感謝いたします。では少しだけ」
「そうですか。ではご案内させていただきます」

あくまでも笑顔で丁寧に。
そしてエスコートをすべくそっとその手を取り庭へと歩き出す。
その際僅かに緊張しすぎて少々強く握ってしまったのは決してわざとではない。
けれどこれはココ姫的には茶に誘われるよりも不快な行動だったようで、茶を飲む際にチクリと釘を刺された。

「ハインツ王子。私の手は繊細なのです。今度からはもう少し優しく握っていただきたいですわ」
「……申し訳ありません」

悪かったとは思うが、自分で自分の手が繊細だというのはどうなのか…。
こう言うところも何となく好きになれそうにない。

(もしフローリア様の手を引いて歩くことがあったら気をつけよう。彼女の手はココ姫よりも細いし、あまり強く握ったら折れてしまうかもしれない。ちゃんとしないと嫌われてしまうかもしれないから気をつけないと……)

ココ姫には嫌われてもいいがフローリアには嫌われたくない。
そんな気持ちがついつい湧き上がってしまう。
そんな思いを胸に『とりあえずココ姫の性格を把握して今後の対策を練るべき』と言う兄ルドルフの言葉を思い出し、なんとか会話を繋ぐ。

「こちらへは随分急なご訪問でしたが、何か他にこちらでのご用事がおありだったのですか?」

本当はそんなものはないと知ってはいるが、敢えてそんな風に話を振ってみる。

「まあ。勿論魔法大国として名高いアストラス国には興味がありますが、私は婚約者になられたハインツ様にお会いしたいと思い前々からお父様にお願いしておりましたのよ。観光は結婚後いつでもできますが、こうしてお顔を見るのは早い方がよいかと思い馳せ参じた次第ですわ」

にこやかに当り障りなく答える姫はなるほど、隙が無いように見える。
けれど質問に対してちゃんと答えていないのは明らかだ。
『国に興味がある』『自分に会いたい』と言うだけならこれほど急に訪問する必要はない。
クレイの件があったからこそ急いでこちらに足を運び、先に絡めとってしまおうと思っていたくせにと内心でついつい毒吐いてしまう。
けれどカルトリアでのあの姿を知らなければ自分はきっと全く気にすることなく会話を続けて、最終的に好印象な姫と言うイメージが固まっていたことだろう。
そう考えるとゾッとしてしまう。
やはり自分は世間知らずの箱入り王子だと嫌でも痛感する。
今度クレイかロックウェルに相談して定期的に世間というものを知るために外に出た方がいいのではないかとさえ思ってしまったほどだ。
こんな自分に太刀打ちなどできるのだろうか?

「実際に会った印象はいかがでしょう?」
「想像していたよりもずっとお優しそうな方で安心いたしましたわ」
「そうですか。私の方が年下なので頼りないと思われるかと思っていたのですが…」
「とんでもございませんわ。それに私の方が年上だからこそ色々とお教えして差し上げられることもあると思っておりますのよ?」
「例えばどんなことでしょう?」
「そうですわね。ハインツ様はご病弱だったこともあり陛下から溺愛されてお育ちになったとお伺いしておりますので、どうしてもお考えが甘くなることもございますでしょう。その際に私がそれとなくご申告して差し上げられればいらぬ恥をかくことも減るのではと考えておりますわ」
「…………なるほど?つまりは世間知らずな私にご意見いただけると言うことなのですね?」
「世間知らずだなんてそんなことは申しておりませんわ。あまりご自分を卑下なさる必要はありませんが、もし世間とずれている部分があればお助け致しますと言っているだけですの」

これも妻としての役割と心得ておりますと笑顔で言ってはいるが、本心が駄々洩れで非常に不快だった。
つまりは世間知らずの王子に物申して本来の位置に戻すことも吝かではないと彼女は言っているのだ。
カルトリアでのやり取りを知らなければ自分自身そこまで考えは至らなかっただろうとは思う。
それ故にこの程度言っても大丈夫だろうと思っての発言なのだろうが、こちらを下に見るにもほどがある。

「…ちなみに私が魔道士長の位につきたいと思っていることについてはどうお考えでしょう?」

こうなったらズバリと聞いてみようと思い、笑顔を崩すことなくその話を振ってみることにした。
けれど彼女はやはり満面の笑みを浮かべながら肯定の言葉を返してくる。

「魔道士長の位はこの魔法大国アストラスにとって非情に重大な役割を担っておりますもの。ハインツ様がその座についてみたいと思うのもよくわかりますわ」

これだけなら応援してくれていると取ってもおかしくはない。
けれどここで更に一歩踏み込むことで彼女の本音がわかるはず……。

「ではココ姫は魔道士長の妻でご満足いただけるという訳ですね?」

その質問に彼女の笑みがピキッと固まったような気がした。

「……そうですわね。けれど、重大な役割を担うからこそ優秀な魔道士の方にその地位をお譲りするのもまた王族の務めなのではとも考えますわ」

随分上手い言い回しだが、これでは魔道士長は他の者に回して王位を継げと言ったようなものだ。

「そうですか。姫の考え方はよくわかりました。ですが…どうやら私の考え方とは少々相容れない部分があるように見受けられます。申し訳ありませんが、この婚約について疑念が生じましたので滞在中に少し考えさせていただいても構わないでしょうか?」
「…え?」
「我が国の王族の結婚は一生に一度のものです。互いに後悔のないよう熟考するに越したことはないでしょう」

『どうぞ姫もよくよくお考え下さい』と笑顔で席を立ち、侍従に後を任せて部屋へと戻る。
最早この姫とこれ以上話す気はない。

(フローリア様……)

できれば今すぐにでもあの美しい姫を迎えに行きたい。
彼女なら先程の質問に何と答えてくれただろう?
彼女もまた自分よりも年上だが、きっと『年齢など関係ありませんわ!間違ったものは間違っている、ただそれだけの話です!』と可愛らしくも高飛車に自論を言ってのけそうだし、魔道士長の件に関してもなんなら自分がなってやるとか言い出しそうで面白くはある。
『シュバルツがソレーユで専属魔道士に就任したそうですわ。それなら私がアストラスの魔道士長になっても構わないと思いません?』くらい言い出してもおかしくはないし、そんなことを言われたら腹を立てる前に笑って『フローリア様らしいですね』と言ってしまいそうな自分がいた。
もちろん魔道士長の座を譲る気はないが、それはそれで『私を押しのけてまで魔道士長の座に就くのでしたらロックウェル様以上の魔道士長になってくださいませ!』くらい言ってくれそうな気がする。
間違っても自分を王になどとは言い出さないだろう。
彼女はそういう人だ。

「はぁ…」

彼女の言いそうなことはすぐに頭に浮かぶのに、肝心の彼女がここにいない。
それが酷く悲しかった。
一体今は何をしているのだろうか?
迎えに行けない自分の立場が歯痒くて居た堪れない。

「フローリア様……」

美しく誇り高い彼女がどこまでも恋しくて、切なく痛む胸に拳を添えキュッと握り込み思いを馳せる。

会いたいのに会えない─────。

もどかしい今の状況と結婚して幸せに暮らしているクレイ達を比較してなんとも遣る瀬無い思いが胸を突く。
願わくば彼らの結婚生活を見て、フローリアが自分との結婚を考えてくれているといいなと思った。


***


「…………喧嘩を売っているのですか?」

フローリアの凍り付きそうなほど冷たい声が部屋へと響く。
けれど退行状態のクレイはそんな声には頓着せずに不満げな声を上げた。

「だってこのあいだ本で読んだんだ。僕は間違ってない」

そんな両者のやり取りにロックウェルは胃が痛いと思いながらも、仲裁のために二人の間へと割り込む羽目になっていた。
先程までは平和的に庭園で一緒に遊んだり居間のソファで膝枕をしながら穏やかな時間を過ごしていたのだが、そこにフローリアが子連れで様子を見に来たのが悪かった。
最初は良かったものの、クレイが迂闊なことに失言を繰り出したのだ。
無邪気と言えばその通りだったのだが、それはどう考えても言ってはいけない言葉の数々だったわけで────。
フローリアの怒りは如何ほどだろうか?
考えるだけで恐ろしい。

「フローリア様。お腹立ちはわかりますが、クレイはまだ退行状態になっておりますので精神的に7、8才の子供なのです。どうぞお許しください」
「…………」
「クレイ?本に書いてあることがすべてではない。大人の機微というものもあるから、それを翳してもそれが絶対に万人に受け入れられるとは限らないということを覚えておけ」
「……よくわからないけど、僕が間違ってるってこと?」
「そうだ」

きっぱりとそう答えてやるとクレイの目にジワリと涙が浮かぶ。

「ロックウェルは僕よりこのおばさんの方が好きなんだ…」

しかもその口から飛び出した言葉に思わずギョッとしてしまう。
まさかそんなことを言われるなんて思いもよらなかった。
好き嫌いの問題ではないし子供に対して注意するのは大事なことなのだが、これは大丈夫なのだろうか?
元に戻った時への影響をどれくらい考えたらいいのかわからなくてハラハラしてしまう。
けれどそんな自分にフローリアは嫣然と言い放った。

「ロックウェル様。“正しい躾”は大切ですわ。寧ろここで凹ませるほど躾をしておいた方が記憶が戻った時にまともになっているかもしれませんわよ?」
「…フローリア様」

フローリアの言いたいこともよくわかる。
クレイの今回の暴言はさすがに彼女の堪忍袋の緒が切れてもおかしくはないものだったのだ。
纏う空気が冷え切っていて、正直自分で女性をこれほど怒らせたことがないためどうフォローすべきかが問題だと思った。
けれどそんなやり取りにクレイはすっかりいじけてしまい、ギッとフローリアを睨みつけた。

「僕ちゃんとあれから調べたんだから!子供がいたらおばさんだってやっぱり本に書いてた!普通におばさんにおばさんって言ったのがどうして悪いの?それともおばさんみたいなのを若作りって言うのかって聞いたのが気に障ったの?本で読んだだけじゃ意味がよく分かんなかったから聞いただけなのに、ひどい!そもそも、女のおばさんよりロックウェルの方が綺麗でカッコいいから魅力的で好きって正直に口にしたのに機嫌悪くなったのもおかしいよ!バカバカ!」

もう知らないと言ってクレイはそのまま部屋を飛び出していったのだが、正直どれもこれもNG発言だとわかっていない姿に頭まで痛くなった。
子供とはこんなものなのだろうか?

「……ヒュース」
【なんでしょう?】
「……アレをよく矯正できたな」

正直自分にはとても何とかできそうにない。

【子供の躾は飴と鞭。根本的にいつもロックウェル様がやっていることと変わりませんよ】

とてもそうは思えない。
自分には荷が重すぎる。
いつものクレイが恋しすぎて泣けてくる……。
戻ったらこれまで以上に大切にしようと改めて心に誓う。
退行状態には二度となってほしくはない。

そんな自分に要は物は言い様なのだとヒュースは言い、今回はコートに任せておけばいいと言ってくれたのでその言葉に甘えることにした。
最早それ以外できることなど自分にはない。
けれどそんなやり取りを聞き、フローリアが少しだけ興味を惹かれたのか直接ヒュースへと話しかけてきた。

「あんなどうしようもない男を多少ズレているとは言え矯正させたのは凄いですわね」
【まあクレイ様は少々突飛な方ですが、扱い方さえわかればなんとでもなりますから。子供とは得てして真っ直ぐで正直に思ったままを口にするものです。それはクレイ様でなくとも子供なら皆同じ。そこのルッツもある程度同じ道を通ることでしょう】

子供とはそんなものだと言うヒュースにフローリアが『ルッツはそんな風にはならない』と口にするが、ヒュースはそれを温かい目で見遣るだけだ。

【子供とは親を困らせながら成長していくものです。それがあるからこそ様々な判断能力がついて行くのだということをどうぞお忘れなく】

そんな会話をしていると、グスグスと泣きながらクレイが戻ってきた。
どうやらコートに叱られたらしい。

「うぅ…。お…姉さん、ごめんなさい……」

『女性は繊細でちょっとしたことでも傷つくことがあるのだから言葉は選ばなければならない』とあれこれ理詰めで説教されて、『僕は男だからそんなのわからないもん!』と拗ねて返したところで物理で張り飛ばされたらしい。
あの普段クールな雰囲気を持つコートがそんな行動に出たと言うのは正直意外だった。

【ああ、コートはわからずやの子供には割と厳しいですからね。クレイ様が大人になられてからはおとなしいですが、口達者で魔法にも攻撃力にも長けていますし押さえるべきところは押さえてきっちり躾をしてくれるのでありがたいですよ】

昔からヒュースの言うことを聞かない時はコートが対応しバルナが主にフォローをすると言う間柄で、他の者達とも仲が良いがなんだかんだとクレイが頼りにするのはこの三体が主だったのだとか。

「ひっく…コート、これでいい?痛いのは大したことなかったけど、晩御飯嫌いなのばっかりは嫌だよ?いっぱい出さないでね?約束だよ?」
【いいですよ?一口食べれば許して差し上げます】

その言葉にクレイがパッと泣き止み笑顔でコートへと抱き着いた。

「コート、大好き!」

こうして見ると本当にクレイは子供そのもので、その姿にフローリアの怒りも幾分おさまったようだった。

「意外ですわ。この食に興味のなさそうな不遜な男に好き嫌いが存在したなんて…」

しかもそんな言葉まで口にしてくる。
けれど確かにクレイはあまり食にこだわりがなさそうなので少々意外だった。
放っておくと適当に済ませるのでてっきり興味がないだけだとばかり思っていたのだが違ったのだろうか?
そうして首を傾げているとヒュースが何でもないことのように教えてくれた。

【クレイ様は割と好き嫌いははっきりしていますよ?基本的に黒い食べ物は何でもお好きなようで、今回カルトリアに行ったのはそれが大きいんです。黒コショウを使った料理などは特にお好きですね】

逆に真っ白な物は苦手なものが多くて、昔はシチューを出すと具だけ食べて後は残したりしていたらしい。

「それで?具体的に一番嫌いな食べ物は?」

フローリアがここぞとばかりに笑顔で尋ねるが、ヒュースは『今は食べられない物はない』と言い切った。
どうやら見た目を改善してやるだけでそれなりに食べるようにはなったらしい。

【そうですね~。ロックウェル様が覚えてらっしゃるかはわかりませんが、苦手だったカリフラワーをロックウェル様が手ずから食べさせてくださったら渋々でも食べておられたことがあったでしょう?あんな感じなので、苦手な物でも食べられないことはないのですよ】

そんな言葉に記憶を辿ると確かに『もうお腹いっぱいだからいらない』などと言って夕飯をたいして食べようとしなかった日があったことを思い出す。
その時はあまり気に留めもせず、甘く言い含めながら膝にのせて『口移しがいいか、食べさせられるのがいいか』と追い詰め、食べさせてやった気がする。
単純にまた食事を適当にしたのかと思ってそうしただけだったのだが、どうやら本音では苦手なものがあったからさっさと逃げようとしていただけだったようだ。

「それは気づかなかったな」

本人的には知られたくないことだったのかもしれないが、そんな裏側を知るとなんだか愛しさが増してしまう。

「ふふふ…カリフラワーですわね?今度嫌がらせで全体的に白い料理でも用意して差し上げようかしら。あの男の顰めっ面を拝んでやりたいものですわ」

どうやら一応許しはしたものの、元に戻ったら嫌がらせをしてやる方向へとシフトチェンジしてしまったようで、フローリアが黒い微笑を浮かべている。
やはり女性は怒らせるものではない。
そんなフローリアを見てクレイが『陰険おばさんがいる』とポツリと呟いたのがまた耳に入ってギロッと睨まれていたが、今度は言い返そうとはせずそのまま素早く逃げていった。
ここでまた言い合いになると不利になると判断したのだろう。
どうやら一応学習したらしい。

「本当に腹立たしいこと!元に戻ったら嫌味の一つや二つ言ってやりたいくらいですわ!」

そしてフンッとその怒りのままに踵を返し、フローリアはルッツを抱いて庭園の方へと行ってしまった。
このまま綺麗に咲き誇る花々を見てその怒りを収めて欲しいものだとまた一つ重い溜め息が零れ落ちた。


***


「全く…」

フローリアは庭園を歩きながらイライラとした心境で先程のことを思い返していた。
いくらなんでも先程のクレイの言葉は酷いにもほどがある。
子供とは得てしてデリカシーのないものなのだろうか?
身近に小さな者がいなかっただけにそのあたりはさっぱりわからない。

これまで王宮で甘やかされて育ってきた自分が、まさかこの年であれほど面と向かっておばさん呼ばわりされる日が来るなんて思いもよらなかった。
正直先程のクレイの言葉はこれまで自分の中で燻ぶっていた言葉の数々があっという間に吹き飛ぶほどに衝撃的で、最早他国のどこぞの王族の言葉やトルテッティの王族の血筋狙いの輩の言葉など思い出しもしないほど頭の中を占拠してしまっていた。

『やはり処女でないと』────そんな風に言った他国の者がいた。
けれどそれがどうした。可愛いルッツを無事に産めたのだからそんなものは関係ない。

『麗しの姫君ならお相手は引く手あまたと承知しております。どうです?一度私と寝てみませんか?』─────そんな言葉を口にしながらニヤニヤ笑う貴族がいた。
暗に尻軽と呼ばれるよりも、若作りのおばさん呼ばわりの方がずっと腹立たしいと言うことを今日知った。
年相応に綺麗にしていたつもりだが、そうは見えなかったとでも言うのだろうか?
しかもロックウェルと比較して女のくせに男に美しさが負けていると言い放つとは暴言にもほどがある。
女のプライドがズタズタだ。
なまじクレイも整った顔をしているだけに腹立たしさも倍増だった。
ここまで言われて黙っているなどできるはずがない。
それこそ女が廃るというものだ。

(二度とあんな言葉を口にできないほど綺麗になって見返してやりますわ!)

これまで黙っていても自分は綺麗なのだと思い込んでいたが、絶対に努力してもっともっと文句のつけようがないほど美しくなって今度はこちらから見下してやるんだと密かに気合いを入れる。
クレイに魔力ではかなわなくても美しさなら女である自分の方が有利なはずだ。
ロックウェルとは系統が違うが、絶対にあの男に綺麗だと言わせてやる。
そうと決まれば話は早い。

「キティ!キティ!」

レイン家に来てから自分につけてもらった侍女の名を呼び、早速美の追求を始める。

「お呼びでしょうか?」
「クレイを見返すためにもっともっと綺麗になってみせるわ!協力してちょうだい!」

これでもレイン家の居候として一応気を遣ってきたつもりだがそれも今日でおしまいだ。
かかった費用は後で返金すればいい。

(覚えてらっしゃい…クレイ!)

今よりももっと美しくなって自分らしく堂々と振舞い、対等な関係であの男と対峙するのだ。
その考え方はとても自分らしくて、ここに来て初めて目標ができた気がした。

「ルッツも綺麗なお母様の方が嬉しいわよね?」

そうやって腕の中の赤子を優しく見遣る。
ルッツのためにも綺麗で賢い母親でありたいと願う。
間違ってもおばさん呼ばわりされてよしとするような女にはなりたくない。
いつだって自信を持って生きていける女性でいたいと思う。
そんな自分になれたらきっと、クレイからどんな暴言を吐かれても言い返すことができるようになることだろう。

こうして新たな目標を掲げてフローリアは自分磨きに精を出し始めたのだった。



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