黒衣の魔道士

オレンジペコ

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第三部 アストラス編~竜の血脈~

16.退行

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二人でルッツがいる自室へとたどり着くと、そこには乳母として雇われた女性がいてちょうどルッツをあやしている最中だった。

「あ、フローリア様。すみません。どうやらフローリア様が恋しくて泣き止まないご様子で」

困ったようによしよしとあやす乳母からそっとルッツを受け取ると途端にぴたりと泣き止み、嬉しそうにキャッキャッと笑ってくれた。
そんなルッツを見てクレイが優し気に目を細める。

「元気そうだな」
「ええ。お陰様で」

正直クレイの心境はよくはわからなかったが、先ほどの話の流れから考えるに、ハインツと自分の仲を取り持とうと考えてくれているのかもしれないとは思った。
確かハインツはクレイを慕っていたように思うし、そんな弟の力になってやろうという兄心がもしかしたら湧いたのかもしれない。

(まあ…この男にそんなものがあるとは到底思えませんけれど)

そうして心の中で毒づいたところで徐に声を掛けられた。

「少しだけ抱かせてもらってもいいか?」
「……泣かれても知りませんわよ?」

この状態で抱っこしても泣くかもしれないぞと予め忠告はしたが、クレイは嬉しそうにしながらそっとルッツを抱き上げた。

「可愛いな」

最初でこそ一瞬泣きそうに顔を歪めたルッツだったが、クレイが満面の笑みで言葉を掛けると安心したように笑いおとなしく身を任せる。
意外ではあるがどうやら気に入られたようだ。
一体この男のどこが気にいったのかはわからないが、懸命にあーあーと話し掛けたりその小さな手でクレイの指を握ったりしている。
クレイはそんなルッツを温かく見守っている感じだ。
意外にも父性が強かったりするのだろうか?
それならそれで男と結婚するのではなく女性を結婚相手に選べばよかったのにと思わないでもない。

そうして暫く穏やかにルッツを間に挟んで一緒に過ごしていると、突如バタバタと慌ただしい使用人の足音が近づいてきた。

「クレイ様!こちらにいらっしゃいますか?!」
「どうした?」
「奥方様が…!」
「え?」

それはクレイ的に衝撃的なことだったようで、とっさと言うべきなのかその腕に抱いていたルッツを無意識に強く抱き寄せていた。
まるで自分が守ると言わんばかりのその行動に何かあるのかと驚いてしまう。
奥方ということはレイン家の当主ドルトの妻で、クレイの母親にあたる人物ではないのだろうか?

(あら、でも養子だと聞いた気もするわね…)

クレイ自身がレイン家の養子だと、確かいつだったか耳に挟んだような気がする。
それならばもしかしたらクレイは義母と仲が悪いのだろうかという考えが頭に浮かぶ。
それと同時にルッツをクレイの腕から取り戻し、ユラユラと優しく揺らしてあやしにかかった。
このままでは潰されるとでも言わんばかりにルッツが泣き始めたからだ。

「まったく…。もっと優しく抱いてあげてくださいな」
「あ…すまない」
「…わかればいいのですわ」

そして微妙な空気が流れる中、その人物は部屋へとその姿を現した。




「あの…クレイ?その…久しぶり。急に来てごめんなさいね。先日旦那様から赤ちゃんがこちらに引き取られたと聞いて、近くに寄ったついでに少し様子を見に来てみたのだけれど、今大丈夫かしら?」

その雰囲気はどこか儚げで少女のように可憐で綺麗な女性だった。
けれどその顔はクレイとそっくりで、この二人の間の血の繋がりは明らかと言えるだろう。
そんな彼女にクレイは身を強張らせ、表情をなくしてしまっていた。
やはり何かあるのだろうか?
その様子に彼女も戸惑いを隠せないようだが、見る限りその場に他の来客はいないし然程問題はないと考えたらしい。
しかし何故か自分付きの侍女含め他の使用人までもが彼女に対し『客間でお茶のご用意をしますので一先ずそちらへ』と執拗に促しているのが気懸りでもあった。
クレイの様子といい、使用人達の焦る様子といい何かがあるのはまず間違いはない。
けれど彼女は動じなかった。

「それなら私が客間まで赤ちゃんを抱っこして連れていきたいわ。フローリア様、赤ちゃんの顔を見させてもらっても大丈夫かしら?」

そうしてはにかむように問われれば当然自分に否やはない。
わざわざ話を聞いてレイン家の夫人が好意でルッツの顔を見に来てくれたのだから、断る理由などどこにもないだろう。

「あ、はい」

そうして彼女の方へと一歩踏み出そうとしたところで、突然クレイが我に返ったように二人の間へと身を割り込ませてきた。
それはさながらルッツの顔を彼女には見せたくないと言わんばかりの行動で、少々驚いてしまう。
心なし震えているように見えるのは気のせいだろうか?

「…………どうぞ今すぐお帰りください」

クレイから発せられたその声はひどく硬く、母親自体を拒絶しているかのようにその場へと響いた。

「そんな…」

突然放たれたクレイのその冷淡な言葉に戸惑いを隠せないように彼女が目を潤ませる。
それはそうだろう。
彼女からすれば喜び勇んでレイン家に迎えた養子の顔を見に来ただけなのに、いきなり冷たい態度で帰れと言われたのだから。
普通に考えてこれはクレイが悪い。
けれどクレイはその頑なな態度を変えようとはしなかった。
このままではさすがに失礼に当たる。

「クレイ。折角来てくださったのに失礼ですわ」

クレイが帰れと口にする理由はわからないがルッツの顔を見せるくらいよいではないかと声を掛け、クレイを押しのけるようにそっとその顔を彼女へと向けた。

「ほら。何も問題はありませんわ」

けれどその行動自体がダメだったと知るのはすぐの事─────。

「やめっ…!」
「まあ可愛い赤ちゃ…ん」

そうして笑顔でルッツの顔を見て────その後大きく目を見開き、次いでその美しい顔に驚愕と恐れの表情を浮かべた。
それを目にしどうかしたのかと訝し気に見遣ると、彼女は急に青ざめカタカタと震え始めてしまう。
そしてまるで慄くようにふらふらと後退り、何度も首を横に振り始め突如その小さな口から大きな悲鳴を上げた。

「いやぁあああーーーーっ!」

それははっきりとした拒絶の叫びだった。
それを聞いたクレイが真っ青になりながら耳を塞ぐようにその場へと蹲る。

【クレイ様!お気を確かに!】

眷属達の焦ったような声がその場に響くが、その眷属の姿にも彼女は慄き叫びを上げる。

「いやっ!来ないで!来ないでぇ!!」
「え?」

彼女の方は明らかにルッツとクレイの眷属達に怯えているようだが、クレイの様子もまたおかしかった。

「は…はぁ…ッ…うぅ……ッ」

顔色は白くなり上手く息もできないようで、一種の恐慌状態に陥っているようにも見える。
正直今なら自分の魔法でどうとでもクレイを操れるような気さえするほど、隙だらけの状態だ。

「ちょっと、クレイ!そんな状態なら私に好きにされても文句は言えなくてよ?骨抜きにされたくなければしっかり正気を保ちなさい!」

しっかりしろと叱咤の声を掛けるがクレイの耳にはその言葉さえ届いていないようだった。
ならばとクレイの母親の方へと足を向け、ガタガタと震える彼女に精神安定の魔法を掛けた上でその頬を思い切り平手で打つ。

パンッ!

小気味いい音を立てて彼女を正気へと返し、思い切り叱りつけた。

「しっかりなさい!魔物は兎も角、赤子に怯えるなんて恥ずかしいと思いませんの?!こんなに私に似て可愛らしい天使のようなルッツに失礼ですわ!」
「え……」
「よく見なさい!このつぶらな瞳に白い肌。金の髪はふさふさでどこからどう見ても可愛いでしょう?!」

そうやってズイッと見せつけるように彼女の方へと向けてやると、ビクビクしながらもルッツを見遣った。

「私の可愛いルッツよ?」

堂々と笑顔でそう言い切ると、彼女はそっと顔色を窺うかのようにこちらを見つめてきた。
その目は涙に潤んでいる。

「貴女は……その紫の瞳が怖くはないのですか?」
「怖くなんてあるはずがないわ」
「…………私は魔力を持ちません。ですから…」
「赤子が魔力を持ち魔法を使うのが怖いとでも?」

そう尋ねてやると、彼女は素直にコクリと頷きを落とした。
それで何となく事情を察してしまう。

恐らく彼女はクレイを産んだはいいが、その魔力という存在が怖くて子育てを放棄していたのだろう。
正直とんでもないことだと思った。

(そう思うなら乳母と魔道士を雇いつつアドバイスをもらいながら育てればよかったでしょうに。まさか無視したりいらない子だと暴言を吐いたのではないでしょうね?)

クレイのあの様子は明らかにおかしい。
もしやクレイの性格が悪いのは全てこの母親が原因なのではないだろうか?
けれどこればかりは自分が足を踏み入ってはいけない案件のようにも思える。

「大丈夫ですわ。私は白魔道士ですし、ルッツは私が立派に育てて見せます。それよりも貴女はそちらの自分の息子を何とかしてやってはいかがです?」

だからこそ敢えてそうして促してやったのだが、彼女はクレイへと目をやったものの困惑するように小さな声を上げた。

「…え?」

どうやら何故クレイがこんな状態になっているのか彼女には理由が全く分からないらしい。
その姿にこれはクレイが記憶操作をしているのではないかとの疑惑が発生した。
とは言えこの状況ははっきり言ってよろしくはない。
これは一度きちんと記憶を戻し、親子でしっかりと向き合い話し合った方がいい事案のはずだ。

「クレイ!いつまでもしゃがんでないで、母君の記憶を戻して差し上げなさい!」

そうやって声を掛けるがクレイからの反応はない。
どうやら先程の状態から更に悪化したのか、自らの精神を守るために内へと引き籠ってしまったらしい。
虚ろな表情で力なく項垂れてしまっており、放心状態と言っても過言ではない状況に陥っている。
これはある意味危険だ。
仕方がないので無理矢理にでもこちらに引き戻してやろうと魔法を放つが、それはクレイを包む極薄の防御膜であっさりと霧散させられてしまった。
こんな状態にもかかわらずこれほどの魔法を維持できていることに感心してしまう。
とは言えこの状況下においてこれはマイナスでしかない。

(厄介ね)

こんな上質な防御膜を破るのはそう簡単にはできそうにない。
けれどいつまでもこのままで放置していたらクレイが二度と戻ってこられなくなる。
それこそそのまま自我が崩壊して魔力が暴走してしまえば、この場にいる自分達などあっという間に吹き飛ばされてしまうだろう。
流石にそれは避けたいところだ。

「ちょっと!クレイの眷属達!誰でもいいからロックウェル様を呼んできてくれないかしら?」

もう頼れるのはクレイの眷属達と伴侶であるロックウェルしかいない。
その言葉に呼応し、眷属達が動く気配を感じた。
やはり自分達の主はどこまでも大事らしい。
このままではマズいと彼らも悟ったのだろう。




それから暫くしてロックウェルが慌てた様子で影を渡り帰ってきた。
どうやら影渡りを使いカルトリアから姫が明日にでも王宮に挨拶へとやってくると前触れが来て、王宮内がその影響であちらこちらバタついていたらしく、魔道士達の警備の指示出し等で走り回っていたので抜け出すのが大変だったらしい。
随分急な話だがカルトリア側にそれほど急ぐ何かがあったのだろうか?
気にはなるが今はそれどころではない。

「フローリア姫、ご連絡いただき助かりました。ありがとうございます」
「いいえ。そこの無様な男をさっさと助けて差し上げてくださいませ。私はこちらのご婦人とお茶でも楽しみますので」

恐らくクレイの様子を見たらすぐに戻らねばならぬであろうロックウェルに手短に事情を話し、クレイを託す。
けれど後を任せて部屋を出ようと思ったところで、クレイがロックウェルの声にも反応しないのを見て少々手助けをしようかと思い直した。
もしかしたらロックウェルはこの状態からの回復法を知らないかもしれないとふと思ったからだ。

「ロックウェル様。どうやらクレイはトラウマに囚われてしまったご様子。回復法はご存知ですか?」
「いえ…」
「そうですか。では僭越ながら私がお教えさせていただきますわ。混乱魔法、精神安定魔法、回復魔法の三つを順番に軽く三度掛けた後、最後に耳元で『もう大丈夫だ』と囁いたら戻ってくると思いますわ。どうぞお試しください」
「…………それは安全なのですか?」
「お疑いならそのままでも構いません。ああ、そうそう。それをすると確かに意識は戻ってきますが、三日ほどそのトラウマを抱いた時期に退行してしまうというデメリットはありますの。一時的なものですからご心配なく。それでは」

これだけ詳細に伝えておけば大丈夫だろう。
そうして今度こそクレイの母親とルッツを連れて部屋を後にした。


***


ロックウェルは床に蹲るクレイを見て愕然としてしまった。
やっと帰ってきてくれたというのに、まさかこんな姿を見ることになるとは思ってもみなかった。

突然クレイの眷属達が慌てた様子で王宮へとやってきたので非常事態が起こったのだというのはすぐに察した。
それから急いで周囲に指示を出し仕事を任せ影を渡って帰宅すると、そこにはあり得ないことにクレイの母親であるミュラの姿があった。
彼女もまた蒼白になりながら床にへたり込んでいるようだったが、片側の頬は赤いようだが意識はしっかりしているように見えた。
フローリアが簡単に事情を説明してくれたのだが、どうやらルッツを見にここまでやってきたミュラがクレイの前でやらかしてくれたらしい。
そのせいでクレイは虚脱状態に陥ってしまったらしく、自分が呼び掛けても全く反応がない。
眷属達曰く、ミュラがルッツの紫の瞳を見て悲鳴を上げたところでこんな状態になってしまったらしい。

【これは…予想外ですね】

ヒュースが心底困ったというように呟き、他の眷属達も項垂れている。
ミュラの暴走を止められなかった自分達を悔いているのだろう。
とは言え彼らが姿を見せればミュラが怯え悲鳴を上げるのは確実だったのだ。
その判断は間違ってはいない。
遅かれ早かれ状況は何も変わらなかったことだろう。

【ロックウェル様。クレイ様は防御膜の魔法を使われておりますが、ロックウェル様の魔法なら効くはずです。先程の魔法を試すことはできないでしょうか?】

眷属達が懇願するようにそう言ってくるので、どうしたものかと思案した。
正直以前のことがあるのでフローリアを信用しきれない自分がいるのは確かだが、シュバルツに確認してからであれば試してみてもいいかもしれないとは思った。
それからすぐにシュバルツにコンタクトを取り改めて確認すると、確かにその方法は精神的に拒絶状態に入った者を無理矢理呼び戻すのに使う手だと教えてくれる。

「フローリアが言うように意識自体は戻るが、そこからの三日は厄介だぞ?話を聞く限り幼少期に戻る感じだろう?その時期はロックウェルにはまだ出会っていないから、拒絶される可能性の方が高い」

それを覚悟の上でやるべきだと念を押されてしまった。
それならドルトを呼んでおいた方がいいだろうか?
そう思っていると、ヒュースが呼んできてくれるというのでお言葉に甘えることにした。


***


ドルトが王宮でカルトリアからの使者の相手をしていると、クレイの眷属であるヒュースがやってきたので驚きを隠せなかった。
幸い王への謁見も終わっていたため、後を外務大臣に任せることができたのですぐさま話を聞いたのだが、まさかミュラが単独で別邸を訪れるなど考えていなかっただけに愕然としてしまう。

ミュラには『養子を新たに迎えたが、まだ赤子だから今度こちらから挨拶に行こうと思っている』と軽く話す程度にしておいたのだ。
その時ミュラは『まあ』と驚いたようにしながらも、可愛いでしょうねと笑っていた。
だから問題が起きるとは思ってもみなかったのだ。

そして話を聞いて慌てて駆けつけると、クレイがロックウェルに抱きかかえられながら虚ろな目で放心している姿が目に飛び込んできた。

「ロックウェル様!」
「ドルト殿、ヒュースから聞いたかもしれませんが、これからフローリア姫から聞いた方法でクレイを正気に返そうと思います。三日ほど退行状態が続くそうなので、状況に応じて声を掛けてやってもらえませんか?」
「わかりました」

そしてロックウェルがいくつかの魔法を唱え、最後に『もう大丈夫だ』と口にしたところでクレイの目に光が戻ってきた。




「あ…れ?」

どこか戸惑うようにキョロキョロとし、ここはどこだとクレイが声を上げる。
その様子はいつもとは違いどこか幼い。
これが退行状態と言うことなのだろうか?

「クレイ。大丈夫か?」

まずはロックウェルが声を掛けるとクレイは不思議そうに首を傾げた。

「貴方は誰?レイン家のお客様?」

いつもとは違うその口調にロックウェルが僅かに動揺する。
自分のことを忘れられていることに加え、そこに彼の知る黒魔道士のクレイの姿を欠片も見つけられなかったのだろうから動揺するのは当然だ。

「僕と話しちゃダメだよ?誰かに見つかる前に早く元の場所に戻って」

そうして憂うような顔をするクレイに胸を痛め、今度は自分が声を掛けた。

「クレイ。私がわかるか?」

その言葉にクレイがビクッと身を弾ませそっと窺うように顔をこちらへと向けてくる。

「と…ぅ様?」
「そうだ。クレイ」

そうしてあの頃向けてやれなかった笑顔を向けてやると、クレイの顔がグシャッと泣き顔になった。

「どうして?父様……」
「うん。気づいてやれなくてすまなかった」

そうしてそっと抱きしめてやると、恐る恐るというようにそっと服を掴んできた。

「これは…夢……?」
「夢じゃないよ」
「だってありえない……」
「クレイ……」
「だって…父様はいつだってお仕事が忙しくて……仕方がないけど…いつだって遠くて……。それに…母様はいつも言うんです。お前がいるから自分は父様から愛されないんだって。そんなお前を愛せるはずがないって。でも…そうやって口にする癖に、母様はいつだって全身で叫んでる。僕に『愛してやれなくてゴメン』って。狡いよね?そんな風にされたら何も言えなくなるのに…」
「クレイ…」

クレイの瞳から涙が次々と零れ落ちる。
それはクレイがずっと心に抱えてきた言葉の数々だった。
そんなクレイの言葉を全て受け止め、ただひたすら謝り続ける。
込み上げる涙を拭いもせず何度も謝っていると、暫くして強張っていたクレイの身体からフッと力が抜けるのを感じた。
そのままクレイが落ち着くまで優しく背を撫でていると、ある程度落ち着いたところで暗い気持ちを吹き飛ばそうとするかのように涙を拭い、健気にも笑って話を振ってくれる。

「父様。僕、友達ができたんですよ?聞いてくれますか?」
「ああ」
「その…人ではないんですが、怖がったりしませんか…?」
「もちろんだ」

その言葉にその表情がパッと嬉しそうに明るくなる。

「魔物達がね、沢山友達になってくれたんです。この屋敷だと誰かにバレたら怖がられて一緒に居られなくなるかもしれないから黙ってようねって言われたんだけど、夢でなら言っても大丈夫ですよね」

どうやらクレイの中でこれは夢なのだと判断されてしまったらしい。
けれどそれはある意味仕方のないことで、少しでも傷ついた心が癒されるならば何でも付き合おうと思った。
そしてそんな自分にクレイは無邪気に眷属や使い魔達を紹介してくれる。

「みんな優しくて、なんでも教えてくれるんです。魔法もね、コツを掴んだから少し使えるようになったんですよ?」

表情豊かに話すクレイに思わず涙が出そうになった。
あの頃、一度としてこんな風にクレイに接してやれなかったのが悔やまれてならない。

「そうだ、ヒュース!ヒュース!この間してくれた高い高いして?あの空に放り投げて咥えてキャッチするやつ!」
【クレイ様。今一度ご自身のサイズをご確認ください。そんなことをしたら顎が外れます】
「え?」

そこで自分が子供ではなく大人になっているのだと初めて認識したらしくクレイは不思議そうにしていたが、やがてこれは夢だったと改めて納得したように頷いた。

「凄い!夢だから?大人になってる!」
【そうでございます】
「でもヒュースやみんなは変わらないんだ」
【当然ですよ。我々が何年生きてるとお思いですか?】
「沢山でしょ?そう言えば、こっちの綺麗なお兄さんは誰?お客様じゃないの?」

そして思い出したようにロックウェルの方へと視線を向ける。

【そちらはクレイ様の結婚相手であるロックウェル様です。王宮の白魔道士の方ですよ】
「え?」
「初めまして」

少し寂しそうに微笑むロックウェルをクレイが惚けたように見つめ、しみじみと言葉を紡ぐ。

「さすが夢…。男同士でも結婚できるの?でもこんなキラキラした人と結婚できたら幸せだろうな…」
【結婚できたらではなくもう結婚してるんですよ。クレイ様は本当にいっつもズレてますね~】
「ヒュースはいっつも一言多い!だってしょうがないだろ?こんなに綺麗な人が僕の事を好きになってくれるなんてあり得ないし!どう考えてもおかしい!絶対あり得ない!」
【はいはい。そうお思いなら別に構いませんよ。夢だとお思いなら折角なので沢山やりたい事でもされてみては?】
「え?」
【夢だとお思いなんでしょう?それならなんでも思うがままに我儘を言ってみてはと言ってるんですよ】
「え?じゃあ…膝枕!あと後ろから飛びつきたい!抱っこも!」
【子供ですか?】
「子供だよ!知ってる癖に!」

ポンポンとテンポよく話す二人の様子から、本当に昔から仲が良いのが伝わってくる。

「家族ができたらしてみたかったこと、いっぱいやってみたい!」

けれどそんな言葉にズキッと胸が痛む自分がいた。
それは小さなクレイがやってみたかった細やかな望みに他ならない。
自分達はそんなことですら叶えてやれていなかったのだと突きつけられた思いでいっぱいだった。

【はいはい。では邪魔者は下がりますから、お二人のお部屋に移動してお好きなだけイチャついてください】
「言われなくてもそうする!本当にヒュースはいっつも煩いんだから」

そうしてクレイが嬉しそうにロックウェルの腕を引く。
本来なら自分がしてやるべきことをロックウェルに引き受けてもらうのは申し訳ないとは思ったが、自分にはまだやるべきこともある。

「え…っと、ロックウェル?僕と一緒に遊んでくれる?この間コートがちょっとだけ白魔法も教えてくれたんだ」
「そうなのか。どんな魔法か楽しみだな」
「うん!」

その姿に少々の寂しさを覚えつつもヒュースへと目を向けると、軽く頷きミュラがフローリアと共に別室にいるからと言われたので、そちらへと移動することにしたのだった。




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