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第三部 アストラス編~竜の血脈~
13.※読めない胸の内
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それから暫く街の散策をしているところで、クレイはそっと店先で足を止めた。
そこは天然石を扱っている店だ。
「あらクレイ。黒曜石でも買うの?」
リーネがそう尋ねて来るが、自分が見つめているものに気づいてクスリと笑った。
「ああ、ロックウェル様へのお土産ね」
「ああ。これは不純物が全然含まれていないし、大きさもそこそこあるから…」
いいかと思ってと続けようとしたところで、どんと自然に男がすれ違いざまにぶつかってきた。
けれどその手がロックウェルの石を入れていた腰布に掛かったところで、雷の魔法が牙を剥く。
バチバチバチッと感電するかのように男の身に雷が炸裂し、男はその場に倒れこむ羽目になった。
「ちょっと?!」
一体何事かとリーネが焦ったように声を上げるが、クレイからしたらただの盗人の自爆だ。
「財布なら兎も角、大事なロックウェルの石を摺ろうとするからだ」
「ええっ?!財布より大事なの?!」
「当然だ。ロックウェルの魔力が込められた特別な物だぞ?金には代えられない」
大事なんだとプイッとそっぽを向くと、ハインツが慌てて男を助け起こし回復魔法をかけてくれる。
「クレイ、危ないよ?」
「ちゃんと死なない程度に加減してるし、縛ってから回復魔法をかけてやれば問題ないだろう?」
その言葉にリーネが溜息を吐く。
「クレイは本当に悪い奴には容赦ないわよね」
けれどそれに物申したのがジークだった。
「そうか?クレイは優しいぞ?俺なら殺すか瀕死で放置だ」
「「え…」」
「だよな?ジークならわかってくれると思った!俺なりに優しくしてるのに、何故か理解されないんだよな」
「不思議だな」
「ああ」
そうして首を傾げていると何故か二人揃ってリーネからドS認定された。
「もうっ!暫く会わない内に、ロックウェル様のドSがうつったんじゃないの?!」
「俺は元々こうだ。それにロックウェルがドSなのは俺に対してだけだ。普段は少々厳しくても優しい奴だぞ?」
そうやって正確に言い直したのに、何故かまた溜息を吐かれた。
「クレイの伴侶にも機会があれば会いたいな。現地妻として挨拶くらいはしておきたい」
「ジーク。何か間違ってるぞ?」
どうも言葉の使い方が間違っているようだと思いながらクレイが指摘するが、ジークはあっけらかんと『だってお前のことがそれだけ気に入ってるんだ』と笑顔で言い切った。
「そのロックウェルというクレイの伴侶も話を聞く限り気が合いそうだし、是非色々話してみたい」
「ジーク!そんな風に言ってもらえて嬉しい!絶対に今度紹介する。仲良くしてもらえたら嬉しい」
「ああ勿論だ」
そうやって笑みを浮かべるジークに、クレイは嬉しそうに微笑んだ。
***
【これまた初めてのタイプですね】
その頃、ヒュースはジークをそんな風に評していた。
ロイドのようにロックウェルを挑発しライバルとして立つのではなく、ロックウェルでさえも懐に入れてクレイ共々内に取り込もうとする様が面白くはあった。
一見サッパリしていて、友好的。
けれど自分の意見はさりげなく主張し、決して曲げようとはしない。
クレイは冗談で流しているが彼はクレイを気に入ったようで、友情を育みながら隙を探しているように思えた。
でなければロックウェルが浮気したら自分と浮気すればいいなどとは言わないだろうし、現地妻発言だってするはずがない。
穏やかな笑みを浮かべながら、なかなかどうしていい性格をした男のようだ。
さすが魔王。その名は伊達ではない。
とは言えクレイと気が合うのは確かだ。
なんと言っても彼の身に流れるのは遠く滅んだ紅竜の血。
遥か昔この地で勇者によって打たれた紅竜が、その血を大地に捧げ森を生んだ。
そこからこの地の魔物が生まれ、特に濃く湧き出た瘴気から初代の魔王が生まれたと聞く。
それ以降特に強い魔力を宿した強き者を代々魔王と呼び、森の魔物達を守るためにあの城を建てトップに君臨するようになったという。
だからジークがあの森や魔物達を守ろうとするクレイに好感を抱くのもわかるし、人に対して冷たいのもまあわかる。
彼はあくまでも魔道士ではなく『魔物の王』なのだ。
魔法は使うが、それはクレイが知る魔法とはまた少し違う。
人が使う魔法とは違う、失われた純粋な魔力による竜の魔法。
それは種類は少なくとも、絶大な力と言えるだろう。
それにクレイの力と知識が加われば、最早無敵だ。
カルトリアが二度と魔王と森に手出しできなくなるのは必然だった。
【バルナ達も考えましたね~】
恐らくロックウェルやドルトが都合良くハインツの件を片付けられるよう、さりげなくこちら側から攻めることにしたのだろう。
もうカルトリアの未来は決した。
上辺でいくら王や姫が足掻こうと、この国の未来は暗い。
そもそも現時点で魔王城に入れる人間はそうそういないだろうし、クレイが森に結界を張れば更に魔物討伐はできなくなる。
冒険者達は揃って廃業。富める魔道士達も皆似たようなものだ。
現状クレイ以上の優れた魔道士などこの国には存在しないのだからあの結界が壊れることはない。
壊せるとすればそれこそジークが本気を出した時くらいのものだろう。
棲み分けがなされ積極的な魔物討伐ができなくなれば人間達もみんな別な仕事を探さざるを得なくなり、結果的に魔物を傷つける者が減る。
クレイの狙いは当然そこにあり、それでこの国の者達が慌てふためこうが興味すら湧かないだろう。
クレイは魔物を守れたらそれでいいと考えているからだ。
そしてそうやってパニックになったところを上手く利用してやれば、ハインツの婚約話をなくすことも容易い。
付け入る隙がないなら作ればいいだけの話で、バルナ達古参の眷属はそれを暗に狙ったのだ。
我々は国の為に動く犬ではなく、あくまでもクレイの眷属。
主人の望むことが全てだ。
クレイがハインツやロックウェルを手伝いたいと思うなら手を貸す。ただそれだけの話で、主人の憂いを払う為なら国は割とどうでもいい。
この場合は『この国の魔物を守りたい』『気の合う友達と仲良く過ごしたい』『ロックウェルと甘い時間を満喫したい』『フローリアとハインツの件をさっさと片付けたい』が優先で、それら全てを叶える為に動いたまでのこと。
【クレイ様も満足そうですし、あとはロックウェル様が迎えに行きさえすれば解決ですかね】
正直フローリアから教えられた白魔法の秘技は、意外なほどに役に立った。
確かに使い方を誤れば怖い魔法ではあるが、ことロックウェルが使う分には問題はない。
まさかあの恥ずかしがり屋のクレイがあんなに素直に心情を吐露し、甘えるようになるとは思いもしなかった。
これにはロックウェルも大喜びで、ドSも鳴りを潜めジークへの嫉妬も感じていないようだった。
全ては上手く回っている。
後はハインツの件だけだ。
願わくばこれ以上クレイが厄介なことに巻き込まれなければいいのだが…。
【さてさて、ハインツ王子はこれを使って上手く婚約破棄に持ち込めますかね~】
そうしてのんびりと傍観に徹することにしたのだった。
***
「ロックウェル…お願いだ。今日は思い切り虐めてほしい…」
どうやら今夜はドSで虐めてほしい心境らしく、クレイはうっとりとこちらを見やりながら甘く囁いてくる。
「お前の冷たい目の奥にある燻る熱が好きだ」
知ってはいたが、どうやら本気でその表情が大好きらしい。
暫く見ていないから恋しくなったのだろうか?
「優しいお前もカッコいいお前も全部好きだけど……俺にだけ向けてくれるドSな表情が一番好き…」
「クレイ…」
「嫉妬に狂うんじゃなくて、ただ…お前に激しく愛されたいんだ。ダメか?」
「……そんな風に言われたら声が枯れるほど激しく抱くぞ?」
「ん…いいから、いっぱい愛して?」
正直こんな風に可愛く求められると胸が熱くなってしまう。
素直なクレイが愛しすぎる。
「任せておけ」
クレイが大好きな体位で文字通り乱れ狂わせてやるとしよう。
そうして今夜もクレイを思い切り可愛がってやった。
弱い体位で奥まで焦らしながらゆっくりと挿入してやる。
「ひっ!あぁあっ!いきなりそんな体位ッダメッ!」
「大好きなくせに」
パンッと最後に思い切り突き上げると嬌声を上げながら軽くイッてしまう。
「これ以上ないほど淫乱に乱れたいんだろう?」
「あんんッ…!」
言葉で責められるのだってクレイは大好きだ。
クレイの表情を見ればそれがよくわかる。
全部が好きで好きでたまらないと嬉しそうにしているのだから、どうしようもない。
好きな相手に全身で求められるのはこれ以上ないほどの至福だった。
「ロックウェルッ!もっと孕むくらい奥まで蹂躙してッ!」
「上等だ。何度でも女みたいにねだってみろ」
自分の中の加虐心に火をつけるクレイを見下ろし熱を孕んだ目で見つめてやると、クレイもまた興奮したのかキュッと中を締め付けてきた。
そこからは逃げる腰を捕まえて、奥深くまで責め立て何度も何度も奥まで注ぎ、気絶しても犯し続けた。
「あっ!やらぁッ!ロックウェルに染まるッ!」
嫌だと口にしつつもクレイは歓喜の声を上げながら自分を受け入れている。
ギッシギッシと軋む寝台の上でクレイはたまらないとばかりに身をくねらせた。
どこかうっとりとしたその表情で満足げに溺れるクレイが新鮮だった。
これまでとはまた一味違う夜に夢中にさせられる。
「私以外の何物にも染まらないよう、しっかりここに教え込んでやる」
「あっ!そこはッ、激しくしないでッ…!」
弱いところを突きまくり、緩急をつけて犯しつくす。
いつもとそう変わらないはずのその行為にもかかわらず、クレイの甘い声だけが艶を増していた。
「んは、ぁああッ!そこッそんなにされたらもうダメッ!またイクぅ!」
「ふっ…さっきからずっとイキっぱなしのくせに。お前はどこまでも躾が必要な淫乱で仕方のないやつだ」
最奥を穿ちながら擦るように小刻みに揺さぶってやると、嬉しそうにしながらビクビクッと何度も痙攣し快楽に沈んでいく。
何時間過ぎただろうか?
また空が白んだところでこの甘美な時間の終わりを知る。
腕の中には、すっかり声が掠れてしまったクレイが快楽に落ちながらただただ揺さぶられていた。
「クレイ、一緒にイこうな?」
中ではなくちゃんと前でイケるくらいに回復魔法を唱えてやって、そう言うとクレイは瞳を潤ませながらもまた嬉しそうに腕を伸ばしてきた。
「はぁ…んんっ。ロックウェル…凄い気持ちいい。もっと…」
「お前も疲れただろう?これで最後にしよう?」
そうして惜しいなと思いながらも時間制限もあるため、渋々切り上げようと最後の最後に耳元で優しい言葉を掛けてやると、何故か中が思い切りギュウギュウと締め付けられた。
「あ、ロックウェル…それ、反則…だ。ますます惚れる…」
どうやらドSの締めに優しくされるのはクレイ的にツボだったらしい。
それを見て今度からはお仕置きの最後はそうしてやろうかなと思った。
飴と鞭の効果は相当のようだとクレイの表情が全てを物語っている。
「ロックウェル…思い切り串刺しにして、たっぷり注いで?」
最後の最後にそんなリクエストまでされるなんて予想外もいいところだった。
そうやって喜び勇んでクレイが大好きな体位で攻めてやると歓喜の表情で嬌声をあげ、共に果てた最後には息も絶え絶えに荒く息を吐き満足げに蕩けそうな表情を浮かべながら擦り寄ってきた。
「ロックウェル…こんな風に愛してもらえて最高に幸せだ…」
「ああ。私もだ。お前がこんなに素直に求めてくれて、たまらなく嬉しい」
「ん…ロックウェル。愛してる」
そう言ってクレイは幸せそうに眠りについた。
そんなクレイに回復魔法をかけて、今日もまたそっと抱き上げシャワーに運ぶ。
名残惜しくはあるがこんな幸せな夜も今日で一先ずおしまいだ。
明日、いやもう今日か。仕事が終わり次第迎えにいくのだから。
今度は夢ではなく現実でまた羞恥に身悶えるクレイを堪能する日々へ戻ることになる。
そんなクレイも愛おしいが、このクレイも捨てがたい自分は欲張りだろうか?
正直全部クレイらしくて可愛かった。
そうやって幸せいっぱいでハァと溜め息をついていると、徐にヒュースが話しかけてくる。
【ロックウェル様。お喜びは最もですが、まだ喧嘩中だということをお忘れなく。会ったらまず謝罪をしてくださいね?】
クレイはこの夜のことは夢としか認識していないのだから、会って早々怒らせるようなことをしないでくれと釘を刺された形だ。
確かに折角機嫌が直ってくれているのに、ここで怒らせてまた遠くに行かれるのはごめんだった。
「わかっている。大事なクレイに逃げられないよう誠心誠意謝ることにしよう」
【是非そうなさってください】
そうして愛おしげに口づけを落とし、大切にその身を運んだ。
それからその日は張り切って仕事を早めに終わらせ、眷属に頼んで影を渡りカルトリアへと向かった。
そこには当然のことながら世話になっているジークと仲良く話すクレイの姿があった。
けれど不思議と自分の中にいつものような嫉妬心は湧き上がらなかった。
「クレイ」
そのため穏やかな気持ちで声を掛けると、久方ぶりだからかクレイはビクッと肩を震わせ、戸惑うようにこちらを見てきた。
恐らくジークに嫉妬するとでも思ったのだろう。
けれど心はひどく凪いでいるので、そのまま笑顔で謝罪の言葉を口にした。
「クレイ。私が悪かった。そろそろ機嫌を直して帰ってきてはくれないか?」
「……」
「どうすれば許してくれる?お前に許してもらえるまで触れなければいいか?」
できればそれは避けたいが、帰ってきてくれるのなら努力はしてもいいと思った。
けれどその言葉を聞いて、何故かクレイはポロリと涙をこぼした。
「ロックウェル…もう俺のこと、好きじゃなくなったのか?」
「?」
正直言われていることがわからなかった。
何故そんなことを言い出したのだろう?
クレイが好きでなければそもそも迎えになど来ないと思うのだが……。
これにはジークやハインツまで不思議そうだった。
「勝手に家出して、連絡もしないで放っておいたから?」
それはヒュースからいくらでも情報がもらえるから関係はない。
「それとも友人とは言え他の男のところに何日も泊まったから、愛想が尽きたのか?」
それはまあ以前の自分なら怒り狂っていただろうが、毎晩自分が可愛がっていたので、浮気などしていないのはわかりきっている。
昼間もジークとは何もないとヒュースから聞いているから、嫉妬するほどでもないというのが本心だった。
けれどそうしてどこまでもこちらが平然としながら聞いていたせいか、クレイの焦りは膨らんでしまったらしい。
「……ッ!ロックウェル!」
そうしてこちらへと飛んできたかと思うと、そのまま唇を奪われて思い切り魔力交流までしてきたので驚いた。
切なそうに潤んだ瞳でこちらを見遣るクレイが可愛すぎる。
人前でこんな風に自分に甘えてくる姿はかなり珍しかった。
「クレイ…私のところに帰ってきてくれるか?」
だから思わず浮かんでしまう笑顔そのままに優しく声をかけたのだが、それではクレイの不安は払拭できなかったようで、離れないと言わんばかりに抱きつかれた。
「……帰る」
「触れても許してくれるのか?」
「当然だ。お前は俺のだから、よそ見できないくらい俺に夢中にさせてやる」
その言葉は正直衝撃的と言っても過言ではないだろう。
いつもならここは『俺はお前のものだから』と言うのに、『お前は俺のものだから』と言ったのだ。
何があったわけでもないのに、クレイがこんなに独占欲を露わにして全力で自分を離すものかとぶつかってくるのは初めてではないだろうか?
熱っぽい眼差しで自分を真っ直ぐに求めてくる姿に、夢とは違うのにもかかわらず似たような喜びに包まれてしまった。
「ロックウェル…俺だけを見つめてくれ」
まるで口説くかのように切なく自分を見遣り、誘うように甘く囁きを落とされる。
その視線一つ仕草一つで自分を落とそうとするかの振る舞うクレイに、もうこのまま攫ってしまいたいとさえ思ってしまった。
正直こんな風に誘惑されて抗える者が居るのかと思えるレベルでの誘惑だった。
けれどこの場にはハインツやジークもいるので、攫っていくことができないのがなんとも残念だった。
(仕方がないな…)
ここで攫ってクレイをまた怒らせたくはない。
とは言え、せめて強く抱きしめ熱い想いをぶつけるように口づけるくらいは許してほしいと、気づけば貪るように口づけを交わしている自分がいた。
***
今朝は起きてすぐに眷属に頼んで黒曜石を森を囲むように置いてきてもらった。
夢でロックウェルに存分に愛されてテンションが上がっていたのかもしれない。
早く終わらせてロックウェルのところに帰りたいと、張り切って魔力をその魔法へと込める。
広域魔法で森全体を覆うように範囲を指定し、魔王城に掛けたものと同じ魔法を行使した。
ジークがそれを見て感嘆の声を上げてくる。
「凄いな!本当に森の全域が結界で守られている。これで悪意ある冒険者達に魔物達が傷つけられる心配はなくなったな」
「ああ。これで心置きなく帰れる」
それはどこまでも本心からの言葉だったのだが、それを聞いたジークが少し寂しそうな表情を浮かべた。
「そうか…。クレイは観光がてら寄ってくれたんだったな」
そんなジークに『また来るから』と言ったものの、ロックウェルにバレたら来られなくなるよなと思った。
ロックウェルの嫉妬はいつも凄いから、簡単に来られなくなる可能性の方が高い。
だからこう言ったのだ。
いつでもアストラスのレイン家を訪ねてくれ…と。
ジークとは友達だし、自分が行けないなら来てもらえばいいと思ってのことだった。
流石のロックウェルも、遠方から訪れてくれた世話になった友人を追い出したりはしないだろう。
ジークはそれに対して嬉しそうに必ず行くと答えてくれて、二人で微笑みあった。
けれど……そのタイミングで自分に声が掛けられた。
「クレイ」
その声に……一瞬聞き間違いかと思った。
ロックウェルが来たことに対して驚いたわけではない。
驚いたのは、その声がどこまでも穏やかだったから……。
いつものロックウェルならこの時点で既に声音は氷点下だ。
仲良く話すだけで嫉妬するのがロックウェルだったのに────どうしてこれほど穏やかなのか?
その理由を考えて、不意に肝がヒヤリと冷えた気がした。
まさか……と。
それはロックウェルがこの数日で自分に見切りをつけたのではないかとの疑惑だった。
リーネだって言っていたではないか。
ここ数日のロックウェルはひどく機嫌が良かったと。
それは相手が誰であれ、自分に見切りをつけて他の誰かに目移りしたということに他ならないのではないかと思わせるには十分な変化だった。
元々ロックウェルは移り気な男だ。
結婚したから大丈夫、いつだって自分に嫉妬してくれるから大丈夫と思い込んでいたが、その可能性は決してゼロではない。
そう考えた時、自分の中にこれまでなかった焦りが生まれた。
そうして蒼白になりながら固まっている自分に、更に追い討ちをかけるように優しげに言葉が紡がれる。
「クレイ。私が悪かった。そろそろ機嫌を直して帰ってきてはくれないか?」
これはただの謝罪なのか?
帰った途端に別れ話を切り出されるパターンではないのだろうか?
「どうすれば許してくれる?お前に許してもらえるまで触れなければいいか?」
それ即ち、自分に触れなくても全然平気なほど好きになった他の誰かを見つけたという意味ではないのか?
と言うことは、許すと言った途端残酷な言葉で捨てられるのではないのか?
ロックウェルの言葉に怒りの片鱗でも見られれば、どうせまた嫉妬で怒っているのだと考えることができた。
けれど今日のロックウェルは全くこれっぽっちも怒ってなどいなかった。
それこそジークと一緒に仲良く話している姿を見たにもかかわらず…だ。
それが示す答えはたった一つしかないのではないだろうか?
(もう…俺に興味がない……?)
そう考えた途端、自分の目から涙がポトリと落ちるのを感じた。
「ロックウェル…もう俺のこと、好きじゃなくなったのか?」
胸があり得ないほど締め付けられて、苦しくてたまらなくなる。
「勝手に家出して、連絡もしないで放っておいたから?」
「それとも友人とは言え他の男のところに何日も泊まったから、愛想が尽きたのか?」
思いつく限りの理由を考えて、懸命に口にする。
けれどどの質問もロックウェルは答えようとしないばかりかどこか困ったようにしつつも平静を保ち、ただ自分を見つめるばかりだった。
それを見て、泣きたくなるほど悲しくなった。
ここ数日の夢があまりにも幸せ過ぎて、自分は思い違いをしていたのかもしれない。
ロックウェルは自分が飛び出してから色々考えたのかもしれないし、その結果結婚自体に嫌気がさしてしまったのかもしれなかった。
そうさせたのは紛れもなく自分自身だ。
ロイドと仲良くするのは悪い事ではないと今でも思うけど、あんな風に逃げるのではなくもっと早く帰ってきちんと話しておけば良かった。
自分は悪くないと反省すらしていなかったけれど、それは間違いだったのだ。
これでロックウェルが自分から離れてしまうのは、とても耐えられそうになかった。
ロックウェルにはいつだって自分の方だけを見つめて欲しい。
そんな強い想いに突き動かされ、羞恥などどこかへと追いやってなりふり構わずその大好きな胸の中へと飛び込んだ。
「……ッ!ロックウェル!」
もう一度、自分を見て欲しい。
他の誰にも渡さない。
自分の持てる技全てを駆使してでも、気持ちを繋ぎとめてみせる。
そんな想いで熱く口づけ、ロックウェルの中を自分の魔力で満たすべく魔力もたっぷりと送り込んだ。
独占欲と言ってしまえばそれまでだが、初めて全力でロックウェルを誘惑しにかかったと言ってもいいかもしれない。
未だ嘗てロックウェルに対し、こんなに全力で落としにかかったことなどなかった。
いつだってロックウェルの方から好きだと言ってくれていたのだから、それは当然だろう。
けれど自分はいつしかそれを当たり前のように甘受し、驕っていたのだ。
「クレイ…私のところに帰ってきてくれるか?」
どこまでも優しげに紡がれる言葉が別れ話の予兆に感じられて心が軋む。
けれどここで逃げても何も変わらない。
それならいっそ家に帰って色仕掛けでもなんでもいいから、陥落してやればいいと思ってしまう自分がいた。
「……帰る」
「触れても許してくれるのか?」
最後に抱いてくれるとでもいうのだろうか?
そんなもの、最後にしてやる気などあるはずがない。
「当然だ。お前は俺のだから、よそ見できないくらい俺に夢中にさせてやる」
自分にできる全てでもって、全力で落とす────ただそれだけだ。
「ロックウェル…俺だけを見つめてくれ」
そうして甘く囁き全身で誘惑する。
目線一つ、指先一つ、息遣い一つにすら全て色香を纏わせて黒魔道士の意地にかけて落としにかかると、ロックウェルがあっという間に自分を抱き込み熱い口づけを交わしてくれた。
取り敢えずそれにホッと安堵し、されるがままではなく自ら甘く唇を合わせ、ねだるように何度も唇を合わせて舌を絡ませた。
ロックウェルの舌技は凄いが、自分だってそれに負けているわけではない。
口づけだけで高みに連れていくことだってできなくはないのだ。
そうして自分に夢中にさせるべく激しく口づけを交わしていると、ふと視界の端でジークがこちらを熱心に見ている姿に気がついた。
そう言えばここには二人だけではなかったのだと思い出し、続きは帰ってからかとチラリと思ったが、ロックウェルの方はやめる気がなさそうだったのでこのまま帰ってすぐに押し倒せるよう流れを持っていってしまおうかと舌使いを少し変え甘えるように舌を軽く吸った。
けれどそこでロックウェルはこちらの意図に気づいたかのように、すぐさまあやすような口づけへと変えてきてしまった。
(やっぱりロックウェルには通じないか…)
こう言うところがロックウェルは上手いのだ。
決して自分の思い通りにはなってくれない。
でもチャンスは帰ってからもまだあるはずだ。
諦める必要はない。
「クレイ…いたずらは関心しないな。続きは帰ってからだ」
そうして妖しく笑うロックウェルにしなだれかかるように首に腕を回し、こちらも誘うように妖艶に笑ってやる。
「もちろん…全力でお前を落としてやる」
「お前に全力で口説いてもらえるなんて、…楽しみだな」
自分の頤に手をやりロックウェルがどこか嬉しそうに楽しげに笑ったが、これは成功したと思ってもいいだろうか?
これにホッとし、やっと自分の方を見てもらえた気がして嬉しくなった。
ここまで来たら後一歩だ。
もっと甘く誘って絡めとってみよう。
「ロックウェル……」
そうして続きとばかりに名を呼んだのだが、そこでストップが入ってしまう。
「クレイ。続きは後でと言っただろう?まずは世話になったこの城の主人に挨拶をさせてくれ」
そう言うとロックウェルは一旦自分から離れ、にこやかにジークへと微笑み挨拶を行った。
「初めまして。ロックウェルと申します。この度は伴侶であるクレイがお世話になりました」
「初めまして。そう畏まらなくてもいい。俺はジークだ。気軽に呼び捨てにしてもらえると嬉しい。クレイからもロックウェルの話は聞いているし、喧嘩をしたとも聞いて心配していたが、無事に仲直りできたようで本当に良かった」
「そう言ってもらえるとありがたい」
「そうそう、折角こちらに来たのだから少しゆっくり話していかないか?こちらでのクレイの生活も気になるだろう?ついでに後で二人で街を散策するといい。結局昨日はスリのせいでクレイがロックウェルに買おうとしていた水晶は買えずじまいだったし、デートがてら行くのをお勧めする」
その言葉にそうだったとハッと思い出し、ジークの援護射撃に感謝した。
勝手に邪魔されたと思い込んで悪いことをしたなと反省する。
ここはひとつ一旦落ち着いて、ロックウェル引き止め作戦に乗っかろうと思った。
「スリ?」
驚くロックウェルにジークが楽しげに事の顛末を説明する。
「ああ。クレイはロックウェルの魔力が入った水晶を大事に腰に下げていたんだが、それを奪われたくなくて予め雷の魔法を付与していたらしくてな、スリが盗ろうとした瞬間こうバチバチッと…」
「あれには僕もびっくりしましたよ」
これに対してこれまで黙っていたハインツも参戦してくる。
「喧嘩していると思えないほど、ロックウェル様が好きとこっちにまで伝わって来ましたから」
「そうですか。そのスリは?」
「僕が一応回復魔法をかけておきました。ロックウェル様に教えてもらっていて本当に助かりました」
柔らかく笑うハインツにロックウェルもまた同じように笑みを返す。
「それは良かった。スリも災難と言うか何と言うか…。クレイ、あの水晶をそんなに大事に持ち歩いてくれたのか?」
「う…、だってお前の魔力が入ってるし…その…一緒にいるような気になれるから、絶対に取られたくなくて…」
今更ながら、人前でこんな風に恥ずかしい事を口にするのはなんだか居た堪れない気持ちになってしまう。
先程はつい焦りからあんな行動に出てしまったが、冷静になってしまうと羞恥の方がどうしても勝るのだ。
けれどそんな自分をロックウェルはそっと嬉しそうに抱き寄せてくれた。
「嬉しいな。この後、お前の気に入った店にも連れて行ってくれるか?」
「え?」
「この国でのお前の好きな物や食べ物を把握しておきたい」
そんなどこまでも甘い言葉に思わず顔が熱くなる。
もしかしなくても先程のことは自分の勘違いだったのだろうか?
(いや、でも……)
それならば嫉妬していない理由がわからない。
やはり油断はしない方がいいだろう。
相手は百戦錬磨のロックウェルだ。
口先だけで幾らでも甘い言葉を偽装できる。
そして少し考えてから、じゃあ皆で歩きながら話して街を散策しながら何か食べようかと提案した。
二人になったところで豹変されても困るし、できれば少し客観的にロックウェルの様子を確認したい。
その上でさりげなく誘惑しつつ対策も練りたいと思った。
「じゃあ皆で出掛けるか」
そう提案したところで、ハインツだけが離脱を宣言した。
「クレイ、悪いけどココ姫がアストラスに向かうようだし、先に帰って兄上やドルト殿に相談して対策を練りたい。先に帰ってもいいかな?」
「ああ、それならロックウェルも帰したほうがいいか?」
物凄く残念だしこのまま帰したくはないのだが、仕事なら仕方がないとそっと窺うようにロックウェルへと視線を向けると、何故か悩ましげに手で顔を覆ってそっぽを向かれてしまい益々気持ちが塞ぐ。
ここで変に引き留めてこれ以上愛想を尽かされたくはない。
そう思い、仕方なくいつものように『仕事を優先してほしい』と口を開こうとしたところでいきなり腕の中へと抱き込まれた。
「クレイ。ハインツ王子のことはドルト殿に予めお願いしておいたから大丈夫だ。今日はこのままずっと一緒にいさせてくれ」
「いいのか?」
「ああ。ジークとも話してみたいしな」
「そうか」
本当にいいのかと思わないでもないが、ロックウェルがそう言うのならきっと大丈夫なのだろう。
「じゃあ帰るね。ジークも、泊めてくれてありがとう。お世話になりました」
そうしてどこかスッキリした顔で帰っていくハインツを見送って、三人で改めて街へと繰り出した。
そこは天然石を扱っている店だ。
「あらクレイ。黒曜石でも買うの?」
リーネがそう尋ねて来るが、自分が見つめているものに気づいてクスリと笑った。
「ああ、ロックウェル様へのお土産ね」
「ああ。これは不純物が全然含まれていないし、大きさもそこそこあるから…」
いいかと思ってと続けようとしたところで、どんと自然に男がすれ違いざまにぶつかってきた。
けれどその手がロックウェルの石を入れていた腰布に掛かったところで、雷の魔法が牙を剥く。
バチバチバチッと感電するかのように男の身に雷が炸裂し、男はその場に倒れこむ羽目になった。
「ちょっと?!」
一体何事かとリーネが焦ったように声を上げるが、クレイからしたらただの盗人の自爆だ。
「財布なら兎も角、大事なロックウェルの石を摺ろうとするからだ」
「ええっ?!財布より大事なの?!」
「当然だ。ロックウェルの魔力が込められた特別な物だぞ?金には代えられない」
大事なんだとプイッとそっぽを向くと、ハインツが慌てて男を助け起こし回復魔法をかけてくれる。
「クレイ、危ないよ?」
「ちゃんと死なない程度に加減してるし、縛ってから回復魔法をかけてやれば問題ないだろう?」
その言葉にリーネが溜息を吐く。
「クレイは本当に悪い奴には容赦ないわよね」
けれどそれに物申したのがジークだった。
「そうか?クレイは優しいぞ?俺なら殺すか瀕死で放置だ」
「「え…」」
「だよな?ジークならわかってくれると思った!俺なりに優しくしてるのに、何故か理解されないんだよな」
「不思議だな」
「ああ」
そうして首を傾げていると何故か二人揃ってリーネからドS認定された。
「もうっ!暫く会わない内に、ロックウェル様のドSがうつったんじゃないの?!」
「俺は元々こうだ。それにロックウェルがドSなのは俺に対してだけだ。普段は少々厳しくても優しい奴だぞ?」
そうやって正確に言い直したのに、何故かまた溜息を吐かれた。
「クレイの伴侶にも機会があれば会いたいな。現地妻として挨拶くらいはしておきたい」
「ジーク。何か間違ってるぞ?」
どうも言葉の使い方が間違っているようだと思いながらクレイが指摘するが、ジークはあっけらかんと『だってお前のことがそれだけ気に入ってるんだ』と笑顔で言い切った。
「そのロックウェルというクレイの伴侶も話を聞く限り気が合いそうだし、是非色々話してみたい」
「ジーク!そんな風に言ってもらえて嬉しい!絶対に今度紹介する。仲良くしてもらえたら嬉しい」
「ああ勿論だ」
そうやって笑みを浮かべるジークに、クレイは嬉しそうに微笑んだ。
***
【これまた初めてのタイプですね】
その頃、ヒュースはジークをそんな風に評していた。
ロイドのようにロックウェルを挑発しライバルとして立つのではなく、ロックウェルでさえも懐に入れてクレイ共々内に取り込もうとする様が面白くはあった。
一見サッパリしていて、友好的。
けれど自分の意見はさりげなく主張し、決して曲げようとはしない。
クレイは冗談で流しているが彼はクレイを気に入ったようで、友情を育みながら隙を探しているように思えた。
でなければロックウェルが浮気したら自分と浮気すればいいなどとは言わないだろうし、現地妻発言だってするはずがない。
穏やかな笑みを浮かべながら、なかなかどうしていい性格をした男のようだ。
さすが魔王。その名は伊達ではない。
とは言えクレイと気が合うのは確かだ。
なんと言っても彼の身に流れるのは遠く滅んだ紅竜の血。
遥か昔この地で勇者によって打たれた紅竜が、その血を大地に捧げ森を生んだ。
そこからこの地の魔物が生まれ、特に濃く湧き出た瘴気から初代の魔王が生まれたと聞く。
それ以降特に強い魔力を宿した強き者を代々魔王と呼び、森の魔物達を守るためにあの城を建てトップに君臨するようになったという。
だからジークがあの森や魔物達を守ろうとするクレイに好感を抱くのもわかるし、人に対して冷たいのもまあわかる。
彼はあくまでも魔道士ではなく『魔物の王』なのだ。
魔法は使うが、それはクレイが知る魔法とはまた少し違う。
人が使う魔法とは違う、失われた純粋な魔力による竜の魔法。
それは種類は少なくとも、絶大な力と言えるだろう。
それにクレイの力と知識が加われば、最早無敵だ。
カルトリアが二度と魔王と森に手出しできなくなるのは必然だった。
【バルナ達も考えましたね~】
恐らくロックウェルやドルトが都合良くハインツの件を片付けられるよう、さりげなくこちら側から攻めることにしたのだろう。
もうカルトリアの未来は決した。
上辺でいくら王や姫が足掻こうと、この国の未来は暗い。
そもそも現時点で魔王城に入れる人間はそうそういないだろうし、クレイが森に結界を張れば更に魔物討伐はできなくなる。
冒険者達は揃って廃業。富める魔道士達も皆似たようなものだ。
現状クレイ以上の優れた魔道士などこの国には存在しないのだからあの結界が壊れることはない。
壊せるとすればそれこそジークが本気を出した時くらいのものだろう。
棲み分けがなされ積極的な魔物討伐ができなくなれば人間達もみんな別な仕事を探さざるを得なくなり、結果的に魔物を傷つける者が減る。
クレイの狙いは当然そこにあり、それでこの国の者達が慌てふためこうが興味すら湧かないだろう。
クレイは魔物を守れたらそれでいいと考えているからだ。
そしてそうやってパニックになったところを上手く利用してやれば、ハインツの婚約話をなくすことも容易い。
付け入る隙がないなら作ればいいだけの話で、バルナ達古参の眷属はそれを暗に狙ったのだ。
我々は国の為に動く犬ではなく、あくまでもクレイの眷属。
主人の望むことが全てだ。
クレイがハインツやロックウェルを手伝いたいと思うなら手を貸す。ただそれだけの話で、主人の憂いを払う為なら国は割とどうでもいい。
この場合は『この国の魔物を守りたい』『気の合う友達と仲良く過ごしたい』『ロックウェルと甘い時間を満喫したい』『フローリアとハインツの件をさっさと片付けたい』が優先で、それら全てを叶える為に動いたまでのこと。
【クレイ様も満足そうですし、あとはロックウェル様が迎えに行きさえすれば解決ですかね】
正直フローリアから教えられた白魔法の秘技は、意外なほどに役に立った。
確かに使い方を誤れば怖い魔法ではあるが、ことロックウェルが使う分には問題はない。
まさかあの恥ずかしがり屋のクレイがあんなに素直に心情を吐露し、甘えるようになるとは思いもしなかった。
これにはロックウェルも大喜びで、ドSも鳴りを潜めジークへの嫉妬も感じていないようだった。
全ては上手く回っている。
後はハインツの件だけだ。
願わくばこれ以上クレイが厄介なことに巻き込まれなければいいのだが…。
【さてさて、ハインツ王子はこれを使って上手く婚約破棄に持ち込めますかね~】
そうしてのんびりと傍観に徹することにしたのだった。
***
「ロックウェル…お願いだ。今日は思い切り虐めてほしい…」
どうやら今夜はドSで虐めてほしい心境らしく、クレイはうっとりとこちらを見やりながら甘く囁いてくる。
「お前の冷たい目の奥にある燻る熱が好きだ」
知ってはいたが、どうやら本気でその表情が大好きらしい。
暫く見ていないから恋しくなったのだろうか?
「優しいお前もカッコいいお前も全部好きだけど……俺にだけ向けてくれるドSな表情が一番好き…」
「クレイ…」
「嫉妬に狂うんじゃなくて、ただ…お前に激しく愛されたいんだ。ダメか?」
「……そんな風に言われたら声が枯れるほど激しく抱くぞ?」
「ん…いいから、いっぱい愛して?」
正直こんな風に可愛く求められると胸が熱くなってしまう。
素直なクレイが愛しすぎる。
「任せておけ」
クレイが大好きな体位で文字通り乱れ狂わせてやるとしよう。
そうして今夜もクレイを思い切り可愛がってやった。
弱い体位で奥まで焦らしながらゆっくりと挿入してやる。
「ひっ!あぁあっ!いきなりそんな体位ッダメッ!」
「大好きなくせに」
パンッと最後に思い切り突き上げると嬌声を上げながら軽くイッてしまう。
「これ以上ないほど淫乱に乱れたいんだろう?」
「あんんッ…!」
言葉で責められるのだってクレイは大好きだ。
クレイの表情を見ればそれがよくわかる。
全部が好きで好きでたまらないと嬉しそうにしているのだから、どうしようもない。
好きな相手に全身で求められるのはこれ以上ないほどの至福だった。
「ロックウェルッ!もっと孕むくらい奥まで蹂躙してッ!」
「上等だ。何度でも女みたいにねだってみろ」
自分の中の加虐心に火をつけるクレイを見下ろし熱を孕んだ目で見つめてやると、クレイもまた興奮したのかキュッと中を締め付けてきた。
そこからは逃げる腰を捕まえて、奥深くまで責め立て何度も何度も奥まで注ぎ、気絶しても犯し続けた。
「あっ!やらぁッ!ロックウェルに染まるッ!」
嫌だと口にしつつもクレイは歓喜の声を上げながら自分を受け入れている。
ギッシギッシと軋む寝台の上でクレイはたまらないとばかりに身をくねらせた。
どこかうっとりとしたその表情で満足げに溺れるクレイが新鮮だった。
これまでとはまた一味違う夜に夢中にさせられる。
「私以外の何物にも染まらないよう、しっかりここに教え込んでやる」
「あっ!そこはッ、激しくしないでッ…!」
弱いところを突きまくり、緩急をつけて犯しつくす。
いつもとそう変わらないはずのその行為にもかかわらず、クレイの甘い声だけが艶を増していた。
「んは、ぁああッ!そこッそんなにされたらもうダメッ!またイクぅ!」
「ふっ…さっきからずっとイキっぱなしのくせに。お前はどこまでも躾が必要な淫乱で仕方のないやつだ」
最奥を穿ちながら擦るように小刻みに揺さぶってやると、嬉しそうにしながらビクビクッと何度も痙攣し快楽に沈んでいく。
何時間過ぎただろうか?
また空が白んだところでこの甘美な時間の終わりを知る。
腕の中には、すっかり声が掠れてしまったクレイが快楽に落ちながらただただ揺さぶられていた。
「クレイ、一緒にイこうな?」
中ではなくちゃんと前でイケるくらいに回復魔法を唱えてやって、そう言うとクレイは瞳を潤ませながらもまた嬉しそうに腕を伸ばしてきた。
「はぁ…んんっ。ロックウェル…凄い気持ちいい。もっと…」
「お前も疲れただろう?これで最後にしよう?」
そうして惜しいなと思いながらも時間制限もあるため、渋々切り上げようと最後の最後に耳元で優しい言葉を掛けてやると、何故か中が思い切りギュウギュウと締め付けられた。
「あ、ロックウェル…それ、反則…だ。ますます惚れる…」
どうやらドSの締めに優しくされるのはクレイ的にツボだったらしい。
それを見て今度からはお仕置きの最後はそうしてやろうかなと思った。
飴と鞭の効果は相当のようだとクレイの表情が全てを物語っている。
「ロックウェル…思い切り串刺しにして、たっぷり注いで?」
最後の最後にそんなリクエストまでされるなんて予想外もいいところだった。
そうやって喜び勇んでクレイが大好きな体位で攻めてやると歓喜の表情で嬌声をあげ、共に果てた最後には息も絶え絶えに荒く息を吐き満足げに蕩けそうな表情を浮かべながら擦り寄ってきた。
「ロックウェル…こんな風に愛してもらえて最高に幸せだ…」
「ああ。私もだ。お前がこんなに素直に求めてくれて、たまらなく嬉しい」
「ん…ロックウェル。愛してる」
そう言ってクレイは幸せそうに眠りについた。
そんなクレイに回復魔法をかけて、今日もまたそっと抱き上げシャワーに運ぶ。
名残惜しくはあるがこんな幸せな夜も今日で一先ずおしまいだ。
明日、いやもう今日か。仕事が終わり次第迎えにいくのだから。
今度は夢ではなく現実でまた羞恥に身悶えるクレイを堪能する日々へ戻ることになる。
そんなクレイも愛おしいが、このクレイも捨てがたい自分は欲張りだろうか?
正直全部クレイらしくて可愛かった。
そうやって幸せいっぱいでハァと溜め息をついていると、徐にヒュースが話しかけてくる。
【ロックウェル様。お喜びは最もですが、まだ喧嘩中だということをお忘れなく。会ったらまず謝罪をしてくださいね?】
クレイはこの夜のことは夢としか認識していないのだから、会って早々怒らせるようなことをしないでくれと釘を刺された形だ。
確かに折角機嫌が直ってくれているのに、ここで怒らせてまた遠くに行かれるのはごめんだった。
「わかっている。大事なクレイに逃げられないよう誠心誠意謝ることにしよう」
【是非そうなさってください】
そうして愛おしげに口づけを落とし、大切にその身を運んだ。
それからその日は張り切って仕事を早めに終わらせ、眷属に頼んで影を渡りカルトリアへと向かった。
そこには当然のことながら世話になっているジークと仲良く話すクレイの姿があった。
けれど不思議と自分の中にいつものような嫉妬心は湧き上がらなかった。
「クレイ」
そのため穏やかな気持ちで声を掛けると、久方ぶりだからかクレイはビクッと肩を震わせ、戸惑うようにこちらを見てきた。
恐らくジークに嫉妬するとでも思ったのだろう。
けれど心はひどく凪いでいるので、そのまま笑顔で謝罪の言葉を口にした。
「クレイ。私が悪かった。そろそろ機嫌を直して帰ってきてはくれないか?」
「……」
「どうすれば許してくれる?お前に許してもらえるまで触れなければいいか?」
できればそれは避けたいが、帰ってきてくれるのなら努力はしてもいいと思った。
けれどその言葉を聞いて、何故かクレイはポロリと涙をこぼした。
「ロックウェル…もう俺のこと、好きじゃなくなったのか?」
「?」
正直言われていることがわからなかった。
何故そんなことを言い出したのだろう?
クレイが好きでなければそもそも迎えになど来ないと思うのだが……。
これにはジークやハインツまで不思議そうだった。
「勝手に家出して、連絡もしないで放っておいたから?」
それはヒュースからいくらでも情報がもらえるから関係はない。
「それとも友人とは言え他の男のところに何日も泊まったから、愛想が尽きたのか?」
それはまあ以前の自分なら怒り狂っていただろうが、毎晩自分が可愛がっていたので、浮気などしていないのはわかりきっている。
昼間もジークとは何もないとヒュースから聞いているから、嫉妬するほどでもないというのが本心だった。
けれどそうしてどこまでもこちらが平然としながら聞いていたせいか、クレイの焦りは膨らんでしまったらしい。
「……ッ!ロックウェル!」
そうしてこちらへと飛んできたかと思うと、そのまま唇を奪われて思い切り魔力交流までしてきたので驚いた。
切なそうに潤んだ瞳でこちらを見遣るクレイが可愛すぎる。
人前でこんな風に自分に甘えてくる姿はかなり珍しかった。
「クレイ…私のところに帰ってきてくれるか?」
だから思わず浮かんでしまう笑顔そのままに優しく声をかけたのだが、それではクレイの不安は払拭できなかったようで、離れないと言わんばかりに抱きつかれた。
「……帰る」
「触れても許してくれるのか?」
「当然だ。お前は俺のだから、よそ見できないくらい俺に夢中にさせてやる」
その言葉は正直衝撃的と言っても過言ではないだろう。
いつもならここは『俺はお前のものだから』と言うのに、『お前は俺のものだから』と言ったのだ。
何があったわけでもないのに、クレイがこんなに独占欲を露わにして全力で自分を離すものかとぶつかってくるのは初めてではないだろうか?
熱っぽい眼差しで自分を真っ直ぐに求めてくる姿に、夢とは違うのにもかかわらず似たような喜びに包まれてしまった。
「ロックウェル…俺だけを見つめてくれ」
まるで口説くかのように切なく自分を見遣り、誘うように甘く囁きを落とされる。
その視線一つ仕草一つで自分を落とそうとするかの振る舞うクレイに、もうこのまま攫ってしまいたいとさえ思ってしまった。
正直こんな風に誘惑されて抗える者が居るのかと思えるレベルでの誘惑だった。
けれどこの場にはハインツやジークもいるので、攫っていくことができないのがなんとも残念だった。
(仕方がないな…)
ここで攫ってクレイをまた怒らせたくはない。
とは言え、せめて強く抱きしめ熱い想いをぶつけるように口づけるくらいは許してほしいと、気づけば貪るように口づけを交わしている自分がいた。
***
今朝は起きてすぐに眷属に頼んで黒曜石を森を囲むように置いてきてもらった。
夢でロックウェルに存分に愛されてテンションが上がっていたのかもしれない。
早く終わらせてロックウェルのところに帰りたいと、張り切って魔力をその魔法へと込める。
広域魔法で森全体を覆うように範囲を指定し、魔王城に掛けたものと同じ魔法を行使した。
ジークがそれを見て感嘆の声を上げてくる。
「凄いな!本当に森の全域が結界で守られている。これで悪意ある冒険者達に魔物達が傷つけられる心配はなくなったな」
「ああ。これで心置きなく帰れる」
それはどこまでも本心からの言葉だったのだが、それを聞いたジークが少し寂しそうな表情を浮かべた。
「そうか…。クレイは観光がてら寄ってくれたんだったな」
そんなジークに『また来るから』と言ったものの、ロックウェルにバレたら来られなくなるよなと思った。
ロックウェルの嫉妬はいつも凄いから、簡単に来られなくなる可能性の方が高い。
だからこう言ったのだ。
いつでもアストラスのレイン家を訪ねてくれ…と。
ジークとは友達だし、自分が行けないなら来てもらえばいいと思ってのことだった。
流石のロックウェルも、遠方から訪れてくれた世話になった友人を追い出したりはしないだろう。
ジークはそれに対して嬉しそうに必ず行くと答えてくれて、二人で微笑みあった。
けれど……そのタイミングで自分に声が掛けられた。
「クレイ」
その声に……一瞬聞き間違いかと思った。
ロックウェルが来たことに対して驚いたわけではない。
驚いたのは、その声がどこまでも穏やかだったから……。
いつものロックウェルならこの時点で既に声音は氷点下だ。
仲良く話すだけで嫉妬するのがロックウェルだったのに────どうしてこれほど穏やかなのか?
その理由を考えて、不意に肝がヒヤリと冷えた気がした。
まさか……と。
それはロックウェルがこの数日で自分に見切りをつけたのではないかとの疑惑だった。
リーネだって言っていたではないか。
ここ数日のロックウェルはひどく機嫌が良かったと。
それは相手が誰であれ、自分に見切りをつけて他の誰かに目移りしたということに他ならないのではないかと思わせるには十分な変化だった。
元々ロックウェルは移り気な男だ。
結婚したから大丈夫、いつだって自分に嫉妬してくれるから大丈夫と思い込んでいたが、その可能性は決してゼロではない。
そう考えた時、自分の中にこれまでなかった焦りが生まれた。
そうして蒼白になりながら固まっている自分に、更に追い討ちをかけるように優しげに言葉が紡がれる。
「クレイ。私が悪かった。そろそろ機嫌を直して帰ってきてはくれないか?」
これはただの謝罪なのか?
帰った途端に別れ話を切り出されるパターンではないのだろうか?
「どうすれば許してくれる?お前に許してもらえるまで触れなければいいか?」
それ即ち、自分に触れなくても全然平気なほど好きになった他の誰かを見つけたという意味ではないのか?
と言うことは、許すと言った途端残酷な言葉で捨てられるのではないのか?
ロックウェルの言葉に怒りの片鱗でも見られれば、どうせまた嫉妬で怒っているのだと考えることができた。
けれど今日のロックウェルは全くこれっぽっちも怒ってなどいなかった。
それこそジークと一緒に仲良く話している姿を見たにもかかわらず…だ。
それが示す答えはたった一つしかないのではないだろうか?
(もう…俺に興味がない……?)
そう考えた途端、自分の目から涙がポトリと落ちるのを感じた。
「ロックウェル…もう俺のこと、好きじゃなくなったのか?」
胸があり得ないほど締め付けられて、苦しくてたまらなくなる。
「勝手に家出して、連絡もしないで放っておいたから?」
「それとも友人とは言え他の男のところに何日も泊まったから、愛想が尽きたのか?」
思いつく限りの理由を考えて、懸命に口にする。
けれどどの質問もロックウェルは答えようとしないばかりかどこか困ったようにしつつも平静を保ち、ただ自分を見つめるばかりだった。
それを見て、泣きたくなるほど悲しくなった。
ここ数日の夢があまりにも幸せ過ぎて、自分は思い違いをしていたのかもしれない。
ロックウェルは自分が飛び出してから色々考えたのかもしれないし、その結果結婚自体に嫌気がさしてしまったのかもしれなかった。
そうさせたのは紛れもなく自分自身だ。
ロイドと仲良くするのは悪い事ではないと今でも思うけど、あんな風に逃げるのではなくもっと早く帰ってきちんと話しておけば良かった。
自分は悪くないと反省すらしていなかったけれど、それは間違いだったのだ。
これでロックウェルが自分から離れてしまうのは、とても耐えられそうになかった。
ロックウェルにはいつだって自分の方だけを見つめて欲しい。
そんな強い想いに突き動かされ、羞恥などどこかへと追いやってなりふり構わずその大好きな胸の中へと飛び込んだ。
「……ッ!ロックウェル!」
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自分の持てる技全てを駆使してでも、気持ちを繋ぎとめてみせる。
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けれど自分はいつしかそれを当たり前のように甘受し、驕っていたのだ。
「クレイ…私のところに帰ってきてくれるか?」
どこまでも優しげに紡がれる言葉が別れ話の予兆に感じられて心が軋む。
けれどここで逃げても何も変わらない。
それならいっそ家に帰って色仕掛けでもなんでもいいから、陥落してやればいいと思ってしまう自分がいた。
「……帰る」
「触れても許してくれるのか?」
最後に抱いてくれるとでもいうのだろうか?
そんなもの、最後にしてやる気などあるはずがない。
「当然だ。お前は俺のだから、よそ見できないくらい俺に夢中にさせてやる」
自分にできる全てでもって、全力で落とす────ただそれだけだ。
「ロックウェル…俺だけを見つめてくれ」
そうして甘く囁き全身で誘惑する。
目線一つ、指先一つ、息遣い一つにすら全て色香を纏わせて黒魔道士の意地にかけて落としにかかると、ロックウェルがあっという間に自分を抱き込み熱い口づけを交わしてくれた。
取り敢えずそれにホッと安堵し、されるがままではなく自ら甘く唇を合わせ、ねだるように何度も唇を合わせて舌を絡ませた。
ロックウェルの舌技は凄いが、自分だってそれに負けているわけではない。
口づけだけで高みに連れていくことだってできなくはないのだ。
そうして自分に夢中にさせるべく激しく口づけを交わしていると、ふと視界の端でジークがこちらを熱心に見ている姿に気がついた。
そう言えばここには二人だけではなかったのだと思い出し、続きは帰ってからかとチラリと思ったが、ロックウェルの方はやめる気がなさそうだったのでこのまま帰ってすぐに押し倒せるよう流れを持っていってしまおうかと舌使いを少し変え甘えるように舌を軽く吸った。
けれどそこでロックウェルはこちらの意図に気づいたかのように、すぐさまあやすような口づけへと変えてきてしまった。
(やっぱりロックウェルには通じないか…)
こう言うところがロックウェルは上手いのだ。
決して自分の思い通りにはなってくれない。
でもチャンスは帰ってからもまだあるはずだ。
諦める必要はない。
「クレイ…いたずらは関心しないな。続きは帰ってからだ」
そうして妖しく笑うロックウェルにしなだれかかるように首に腕を回し、こちらも誘うように妖艶に笑ってやる。
「もちろん…全力でお前を落としてやる」
「お前に全力で口説いてもらえるなんて、…楽しみだな」
自分の頤に手をやりロックウェルがどこか嬉しそうに楽しげに笑ったが、これは成功したと思ってもいいだろうか?
これにホッとし、やっと自分の方を見てもらえた気がして嬉しくなった。
ここまで来たら後一歩だ。
もっと甘く誘って絡めとってみよう。
「ロックウェル……」
そうして続きとばかりに名を呼んだのだが、そこでストップが入ってしまう。
「クレイ。続きは後でと言っただろう?まずは世話になったこの城の主人に挨拶をさせてくれ」
そう言うとロックウェルは一旦自分から離れ、にこやかにジークへと微笑み挨拶を行った。
「初めまして。ロックウェルと申します。この度は伴侶であるクレイがお世話になりました」
「初めまして。そう畏まらなくてもいい。俺はジークだ。気軽に呼び捨てにしてもらえると嬉しい。クレイからもロックウェルの話は聞いているし、喧嘩をしたとも聞いて心配していたが、無事に仲直りできたようで本当に良かった」
「そう言ってもらえるとありがたい」
「そうそう、折角こちらに来たのだから少しゆっくり話していかないか?こちらでのクレイの生活も気になるだろう?ついでに後で二人で街を散策するといい。結局昨日はスリのせいでクレイがロックウェルに買おうとしていた水晶は買えずじまいだったし、デートがてら行くのをお勧めする」
その言葉にそうだったとハッと思い出し、ジークの援護射撃に感謝した。
勝手に邪魔されたと思い込んで悪いことをしたなと反省する。
ここはひとつ一旦落ち着いて、ロックウェル引き止め作戦に乗っかろうと思った。
「スリ?」
驚くロックウェルにジークが楽しげに事の顛末を説明する。
「ああ。クレイはロックウェルの魔力が入った水晶を大事に腰に下げていたんだが、それを奪われたくなくて予め雷の魔法を付与していたらしくてな、スリが盗ろうとした瞬間こうバチバチッと…」
「あれには僕もびっくりしましたよ」
これに対してこれまで黙っていたハインツも参戦してくる。
「喧嘩していると思えないほど、ロックウェル様が好きとこっちにまで伝わって来ましたから」
「そうですか。そのスリは?」
「僕が一応回復魔法をかけておきました。ロックウェル様に教えてもらっていて本当に助かりました」
柔らかく笑うハインツにロックウェルもまた同じように笑みを返す。
「それは良かった。スリも災難と言うか何と言うか…。クレイ、あの水晶をそんなに大事に持ち歩いてくれたのか?」
「う…、だってお前の魔力が入ってるし…その…一緒にいるような気になれるから、絶対に取られたくなくて…」
今更ながら、人前でこんな風に恥ずかしい事を口にするのはなんだか居た堪れない気持ちになってしまう。
先程はつい焦りからあんな行動に出てしまったが、冷静になってしまうと羞恥の方がどうしても勝るのだ。
けれどそんな自分をロックウェルはそっと嬉しそうに抱き寄せてくれた。
「嬉しいな。この後、お前の気に入った店にも連れて行ってくれるか?」
「え?」
「この国でのお前の好きな物や食べ物を把握しておきたい」
そんなどこまでも甘い言葉に思わず顔が熱くなる。
もしかしなくても先程のことは自分の勘違いだったのだろうか?
(いや、でも……)
それならば嫉妬していない理由がわからない。
やはり油断はしない方がいいだろう。
相手は百戦錬磨のロックウェルだ。
口先だけで幾らでも甘い言葉を偽装できる。
そして少し考えてから、じゃあ皆で歩きながら話して街を散策しながら何か食べようかと提案した。
二人になったところで豹変されても困るし、できれば少し客観的にロックウェルの様子を確認したい。
その上でさりげなく誘惑しつつ対策も練りたいと思った。
「じゃあ皆で出掛けるか」
そう提案したところで、ハインツだけが離脱を宣言した。
「クレイ、悪いけどココ姫がアストラスに向かうようだし、先に帰って兄上やドルト殿に相談して対策を練りたい。先に帰ってもいいかな?」
「ああ、それならロックウェルも帰したほうがいいか?」
物凄く残念だしこのまま帰したくはないのだが、仕事なら仕方がないとそっと窺うようにロックウェルへと視線を向けると、何故か悩ましげに手で顔を覆ってそっぽを向かれてしまい益々気持ちが塞ぐ。
ここで変に引き留めてこれ以上愛想を尽かされたくはない。
そう思い、仕方なくいつものように『仕事を優先してほしい』と口を開こうとしたところでいきなり腕の中へと抱き込まれた。
「クレイ。ハインツ王子のことはドルト殿に予めお願いしておいたから大丈夫だ。今日はこのままずっと一緒にいさせてくれ」
「いいのか?」
「ああ。ジークとも話してみたいしな」
「そうか」
本当にいいのかと思わないでもないが、ロックウェルがそう言うのならきっと大丈夫なのだろう。
「じゃあ帰るね。ジークも、泊めてくれてありがとう。お世話になりました」
そうしてどこかスッキリした顔で帰っていくハインツを見送って、三人で改めて街へと繰り出した。
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