黒衣の魔道士

オレンジペコ

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第三部 アストラス編~竜の血脈~

1.姫の秘め事

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※第三部は主に子供編です。
まだ未完の為のんびり更新とさせてください。

ネタバレで申し訳ないですが、ハインツ×フローリアの子供が出てきます。
クレイとロックウェルの子供は別に妊娠出産とかではなく、魔力溜まりから生まれた魔物設定なのでそれでも大丈夫な方のみお楽しみください。

なんでもOKな方のみ宜しくお願いしますm(_ _)m

────────────────

────最初はただの風邪だと思った。
どこか体調が悪くてふらふらして気持ちが悪くなるから、部屋でおとなしく寝ていた。
回復魔法も効かず、仕方なく自然治癒力を高める魔法なども使ったがあまり効果がなかったので気にはなっていた。
けれど────ソレーユでシュバルツからはっきりとロイドを諦める気は無いと言われずっと気も塞いでいたし、正直部屋から出たくない気持ちが大きかった。

シュバルツは甘やかされて育った分性格は子供っぽいが、それでも最後には自分を見捨てないと思っていた。
ロイドが好きなのだって単に黒魔道士に一時的に嵌っているだけなのだと思っていた。
それなのに、久しぶりに会うシュバルツは国を発った時から比べて随分成長していて、その眼差しは変わらずただ一人の男へと向けられていたのだ。
その姿は恋焦がれる姿そのもの……。
自分など入る隙間もないと言わんばかりに目の前で口づけを見せつけられて、泣きたくなった。

そして気丈に振舞いながらその場を立ち去って、辿り着いたのは庭園だった。
そこで人知れず静かに涙を流した。

何もかもが上手くいかない。
トルテッティの直系の血にたかるハエのような貴族の子息達。
処女性にこだわる他国の王族。
そんなもの、こちらから願い下げだ。

これまで好きな相手とだけ自分は寝てきたのだ。
シュバルツとは遊びの延長で寝たとは言えずっと身近にいた初恋相手だったし、ロックウェルは本気で惚れた相手だったから抱かれたことに対して後悔などはない。
自分はいつだって後悔のないよう思うままに生きてきた。
それなのに何故────今は一人ぼっちなのか…。
そうして悔しさからただただ涙を流していた自分に、その声は掛けられたのだ。

「フローリア様?大丈夫ですか?」

どこか柔らかいその声はいつか聞いた声だった。
気遣うようなその声に慌てて涙を拭う。
こんな姿は誰にも見られたくはなかった。

「な、何もありませんわ!放っておいてください!」

そしてさっさと踵を返してその場を立ち去ろうと思ったのに、彼は困ったように笑いながらそっと自分の手を取り手近なベンチへと促してきた。

「僕はただの通りすがりですから、何か気詰まりなことがあるなら話すだけ話していきませんか?」

人畜無害そうな顔でそんなことを言ってきたことが腹立たしくて、『童貞に用はない』と言ってやった。
少なくともこれまでしつこく自分に言い寄ってきていた貴族の者には有効な手だったからだ。

大抵の者はこの『〇〇に用はない』で手を引いていく。
『無神経な者には興味がない』や『ナルシストな男には興味がない』など色んなバリエーションがあるが、彼にはきっとこの言葉が一番効果的だろうと思ったのだ。

これでもう自分に愛想を尽かして放っておいてくれることだろう。
そう思ったのに、この男は意外にも引こうとはしなかった。

「すみません。そこまで言うのなら僕の初めてを貰ってくださっても構いませんので、お話を聞かせてください」

どうして彼がそんなことを口にしたのかさっぱりわからなかった。
冗談と取られたのかもしれないし、やけくそ女の戯言と流そうとしたのかもしれない。
ただ、遊びで自分と寝ようとしたのではないことだけはわかった。
何故なら彼の立場は皇太子で、自分がトルテッティの姫だとわかった上での言葉だったからだ。

ここは当然自分の方から適当に誤魔化してここを去ればそれでよいだけの話だった。
それなのに…正直自分でもどうかしていたとしか思えない。
そのまま部屋へと連れ込んで、好きなわけでもない彼とそのまま寝てしまったのだから。

半分自棄になっていたのだとは思う。
けれど、童貞なのに大切そうに優しく慈しむように抱かれて嬉しかったのはあった。

「フローリア様。泣かないでください」

それは快楽とは程遠い、まるで心を癒すための行為でしかなかった。
けれどそれ故に、こんな自分にもまだ価値はあるのだと…心底言ってもらえたような気がした。
だからつい油断してしまったのだ────。

「うっ…!」

互いに夢中になっていて気づかなかった。
彼の限界が近かったことを。
奥に出されたわけではないけれど、外に出すのが間に合わなくて中に放たれてしまった。
彼は『責任は取る』と何度も言ってくれたが、どうせこれくらいで子ができるはずがないから気にすることはないと突っぱねた。
そうして『一夜の過ちだから』と余裕の笑みを浮かべ二人でシャワーを浴び、そのまま後ろ髪引かれるように立ち去る彼を見送った。

だから────本当に子ができているなんて思ってもみなかった。

彼はまだ15、6…だっただろうか?
今更責任をとれなんてとても言えない。
誘ったのは自分だし、自分は彼よりも四つも上なのだ。
こんな恥ずかしいことを自分から言い出せるはずがない。
それならそれで、黙って一人で産み育てよう。
この子が無事に育ってくれたなら、もう結婚なんてどうでもいい。
自分が所有する別荘にでも引きこもって、そこで子と二人で幸せに暮らそうと思った。
けれど────周囲はそんな自分を許してはくれなかった。

「フローリア!いいから話しなさい!その子は誰の子だ?!」

日増しに大きくなる腹をいつまでも隠すことなどできるはずもなく、父王から激怒されながら問い詰められる。
けれど相手のことを話す気は更々ないので黙秘し続けた。

「私にだけでも教えてくれないかしら?」

母は飴と鞭とばかりに猫なで声でそう尋ねてくるが、言ったが最後彼の国へ物申すのは目に見えているから絶対に口を割る気はなかった。
そうして頑固に臨月間近まできたのだが……。

「フローリア。最後通告だ。きちんと話さないならその子は産まれてもすぐに里子に出す」

その言葉に蒼白になった。
誰にも迷惑なんてかけるつもりはなかったが、この子が取り上げられるなんて考えたくもなかった。
けれどここで吐いたら全てが明るみに出て、彼に迷惑が掛かってしまうではないか。

「わかりました。少し考えさせてください」

その場はとりあえずそう言って、すぐさま兄の元へと走って逃げた。

「お兄様!今すぐ私をシュバルツの元まで逃がしてくださいませ!」

もう背に腹は代えられない。
兄に頼んでそのままソレーユまで逃がしてもらおうと、涙ながらに訴えた。
この言葉で兄は勘違いしたようだが、シュバルツは自分を振ったのだからこれくらいの嫌がらせは許してもらいたいものだ。

「腹の子はシュバルツか?!あいつっ!男に走ったくせに!二股だったのか?!」

『だから言えなかったんだな?辛かったな』と慰めてくれる兄には悪いが、早く王宮から逃がしてくれと頼んだ。
そして秘密裏に馬車を用意してもらい、そのままソレーユまで逃げ出した。
書状は兄に用意してもらうことができたので、きっと問題なく王城へと入れることだろう。
そしてホッとしながら『ごめんなさいね』と腹の子へと謝罪し、優しく腹を撫でた。


***


その日、魔道士宮の白魔道士と一緒に魔法の研究をしていると、コンコンとドアをノックする音が聞こえてきた。
一体誰だろうと思ってドアを開けると、そこにはロイドがいた。
わざわざこんな風にノックをするなんて非常に珍しい。
公用だろうか?
そう思って言葉を待つと、ロイドは恭しく頭を下げ仕事モードでこう言った。

「シュバルツ殿に急ぎの面会が入っております。これから応接室までご案内させていただきますのでお付き合いください」

言葉は非常に丁寧だが、なんだか微妙に怒っているような気がするのは気のせいだろうか?
(怒られるようなことをした覚えはないんだけどな…)
そうして首を傾げながら客人が待っているという応接室へと入ったのだが……。

「フローリア?」

そこには自分がよく知っている従妹の姿があった。
けれどその腹は見事に膨らんでいて、驚きを隠せない。

「…?いつの間にか結婚してたのか?」

そんな話は一切聞いていないのだが…。
けれど妊婦なのにもかかわらずこんな場所まで自分を尋ねてくるなんておかしな話だとも思った。
予めの連絡さえなかったし、なにか裏でもあるのだろうか?
そんな風に訝し気にする自分を見つめて、フローリアが涙ながらに抱きついてきた。
ロイドの前なのにやめてほしい。

「……シュバルツ…ッ」
「フローリア!ロイドに誤解されるだろう?旦那はどうしたんだ?一緒じゃないのか?」

そうやって立て続けに問いかけるがフローリアは答えず、そのまま押し黙ってしまった。
これでは埒が明かないので仕方なくロイドの方へと説明を求める。

「ロイド。フローリアはトルテッティからの手紙は持っていなかったか?」

そう言った自分にロイドがどこか暗い顔でクスリと笑った。
どうやらこの場に三人しかいないので素を出すことにしたらしい。

「持っていたぞ?お前の子を孕んだフローリアをそちらに届けるから責任を取れとな」
「……は?」

その言葉ははっきり言って寝耳に水だった。
一体自分がいつフローリアを孕ませたというのだろうか?
ロイドと付き合ってからフローリアと寝ることなど一度たりともなかったのにできるはずがないではないか。

「待て!誤解だ!」

他の誰でもないロイドにだけは勘違いされたくなかった。
けれど慌てふためく自分にロイドは嫉妬するでもなく、一言口にしたのだ。

「正直思いがけない刺客だったな。短い婚約期間だったが、今後はセフレとして────」

そんな言葉など聞きたくなくて思わずその口を塞いでやる。
折角手に入れたのにセフレなんてとんでもない話だ。

「ん……」
「ロイド?それはさすがに酷くないか?」

本気で言っているのだとしたら後で思い知らせてやりたい。
自分の思いを誰よりも知っているくせにこんなことを言ってくるなんて…。

けれどロイドは溜息を吐きながら、それだけあの書状は絶大な効力を発揮したのだと言った。

「お前に逃げ場は残されていないぞ?」

その姿はすでに結論は出たと言わんばかりで、取り付く島もない。

「そんなこと言ったって事実無根ではいそうですかと私が受けるわけがないじゃないか!フローリアと結婚なんて冗談じゃない!また父上の罠か?!」
「それは違うだろう。とは言え…どうしようもないな。お前の子じゃないと証明できなければお前はこのままこの女と結婚するしかない。諦めろ」
「はぁあっ?!」

そんなのは絶対にごめんだった。
折角専属魔道士としてソレーユでの居場所を手に入れロイドとの幸せな日々を過ごしていたというのに、何が悲しくて身に覚えのないことでフローリアと結婚して、ロイドと別れなければならないのだろう?
天国から地獄とはこのことだ。
こればかりはさすがに許せるものではない。

(絶対に回避してやる!)

「フローリア?腹の子は誰だ?」

まさか通りがかりの誰かということはないだろうが、少しでも情報を得ないとこちらの身が危ない。
だからさっさと吐けと言うが、フローリアはただ首を振るだけで何も言おうとはしなかった。
そんなにも庇いたい事情ある相手なのか、あるいは人のものにでも手を出したのか────。
けれどここで暢気に構えているわけにもいかないのが本音だった。

「早く言わないと強制的にトルテッティに送り返すぞ?」

ロイド以外と結婚をしたくはないからそれが一番順当な対処法だと少し強めに脅してやると、フローリアはやっと顔を上げてくる。
その顔にはどこか思いつめたような色が浮かんでいて、何かわけがあるのだと言うことを如実に物語っていた。
これでは少し折れてやるべきかと考えてしまうではないか。

「はぁ…どうしても言いたくないなら暫く滞在するのは仕方がないが、いつの子だ?そろそろ産まれるとか言わないだろうな?」
「……ソレーユの、ライアード様の結婚式の夜に…うっ…うぅうぅ…」
「え?ちょ、ちょっと待て!それってまさかっ…!」
「痛…痛いっ…!」

急に苦しみだしたフローリアに焦りに焦る。
それはもしかしてもしかしなくても思い切り陣痛ではないのだろうか?
自分が脅したストレスで急に出産が早まったとかなのだろうか?
これは流石にまずい。

「シュバルツ…!助けて…!この子が死んでしまうぅッ…!」
「えぇえっ?!」

そうして涙ながらに縋りついてくるフローリアに兎に角落ち着けと言って焦ってロイドを振り向くと、すぐさまロイドは状況を理解して動いてくれた。

「フローリア、頑張れ!誰の子か知らないが、産んだら父親に見せに行こう?」
「うっ…そんなの無理よ…!」
「大丈夫だ!ちゃんとついていってやるから!」
「うっうぅ…無理…無理なのよ……ッ」

そうして頑なに無理だと言って泣きじゃくるフローリアの背を必死にさする。
そうこうしているうちに王宮医師がやってきて、すぐさまフローリアの身を安静にさせるようにと部屋へと促されたので、抱き上げて運んでやった。
そしてそのまま長い時間を掛けてフローリアは一人の子を産み落としたのだが……。

産声の合間にそっと開かれたその瞳はどこからどう見ても紫で、ソレーユの王宮はパニックに襲われたのだった。




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