黒衣の魔道士

オレンジペコ

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第二部番外編 シュバルツ×ロイドの恋模様

18.※狐と狸④

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溺れ過ぎないように自制しながらシュバルツに抱かれるのは結構辛い。
なにせ今のシュバルツは、自分の弱いところも弱い体位も知り尽くしているのだから。
けれどそれに溺れ切ってはこの後の対処に問題が出てしまう。
どうせ途中で洗脳魔法で邪魔されるとわかっているのだから、それまで耐え切ればいい。
そう自分に言い聞かせながらも、一歩間違ったら溺れてしまうので全く気が抜けなかった。
それほどシュバルツのその手つきは最高で、攻めるポイントも的確だった。

「んっんっんっ、あぁっ!はっ、はぁ…んっ!」

いつもは堪える嬌声も今日は我慢する気はない。
洗脳魔法を掛けるタイミングを見計らっているであろう相手にも聞かせなければならないし、ここは仕事と割り切るべきだろう。
そちらに意識を割かなければ気持ちにも少しだけ余裕が出るし好都合だ。
快感を適度に逃しながら腰を揺らし、合間合間に口づけて呼吸は自主的に整えるよう気を配り、少しでも体が楽なように最初からシュバルツへと縋りつく。

「ん…ロイド。大丈夫?回復魔法も掛けたし見た限り大丈夫そうだけど、さっきまで体調悪そうだったから出来るだけ短めで終わらせようね」

そんな言葉と共に奥まで挿れられて、優しくも好きなところを攻めてくれるシュバルツの遠慮のなさが好きだと思った。

「あぁっ!はぁっはっ…。あんんっ…!」
「ここ、かなり好きだよね?凄く気持ちよさそうだよ?」
「ん…すごく好き…だ。たまらない…」

そんな風に素直に認める自分をシュバルツは嬉しそうに見つめ、甘い声を耳元で奏でた。

「ロイド、どうしたの本当に?今日は物凄く素直だね」

その声はともすれば小犬のようだが、その表情は以前とは違い余裕が見て取れる。
どこか腹黒さを秘めたその顔に惹かれて、もう少しだけ素直になってみた。

「んっ…。って、最高に気持ち…いいッ!あっあっあっ…はぁっ……!」
「声もいっぱい聞かせてくれるし、こんな風に甘えてもらえてすっごく嬉しい」

そうしてそこを念入りに攻めてこられるがこれは少し修正させないとマズい。
こうして攻められるのは最高に好きなのだが、このまま溺れさせられるわけにはいかないからだ。
こんな時でなければもっとしてもらえるのに…。残念でならない。

「シュバルツ……」

けれど流されるわけにはいかないので、仕方なくここで黒魔道士のスキルを使うことにした。

「ん…今日はお前と一緒に“ゆっくり”愛し合いたい……」

これは特に女魔道士がよく使うスキルだが、まさか自分が使う羽目になるとは思いもしなかった。
懇願とは違いこの後自分優位に持っていくためのスキルで、閨で駆け引きをする時によく使われるものだ。
間違ってはいけないのは相手に合わせた言葉選び。そして次の言葉を紡ぐタイミングだ。
ここで相手を暴走させて流されるままに好き放題されるのが三流。
上手く相手をコントロールするのが一流だ。

「だからシュバルツ……上に乗らせてくれ」

誘うように、甘えるように、態度と声と視線全てを使い相手を好きなようにコントロールする。

「私も…お前を沢山気持ちよくさせてやりたい。ダメか?」
「ロイド…!嬉しい…。じゃあ上に来て?」

案の定こちらの要求にシュバルツは物凄く嬉しそうに簡単に乗せられてくれる。

「はぁ…っ!んっんっ…あぁ…気持ちいいッ!」

この体位ならまず間違ってもシュバルツに洗脳魔法が飛ぶこともないだろう。
そして窓の外から狙っている魔道士はきっとこのタイミングを逃さないはずだ。
この体位でイッたタイミングが恐らく仕掛けてくる可能性が一番高い。

(上手く乗せられるか?)

そう思いながら騎乗位で遠慮なく腰を振り、シュバルツの突き上げに身を委ねる。

「はぁっはぁっ!シュバルツ…もっと…!奥まで可愛がって…!」

グリグリと腰をこすりつけるように強請ってやると、気持ちよさそうにシュバルツが更に強く突き上げてくれる。

「ロイド…この体位だとこっちは気持ち良くても、ロイドが大好きなところが可愛がれないよ?」

自分の大好きなのは最奥だ。
本当はそこに欲しいんでしょと言われるが、欲しくても今は我慢だ。決まっている。

「ん…今日はお前と長く楽しみたいんだ…。はぁっ…だからこのままいっぱい突いてほしい。一番奥はまた後で…んっんっ…」
「ロイド…!そっか。うん。じゃあそっちは後でね」
こちらの思惑に上手く乗せてそのままズンズンと激しく可愛がってもらい、やがてその快楽の波がやってきた。
「ロイド。一緒にイこう?」
「ひあぁあぁあっ!」

そしてひと際大きく突き上げられてビクビクと体が震え歓喜の声を上げたところで、思った通りその魔法が自分の方へと飛んでくる。

パシュッ!

当たると同時にクレイの防御壁で霧散する魔法────。
それに安堵してホッと息を吐き、そのままシュバルツへと身を寄せ呼吸を整えていると、何を思ったのかシュバルツがグイっと抱き寄せそのまま身を起こした。
その表情はどこか怒りを孕んでいて、魔法が飛んできた方向へと厳しい眼差しを向けている。

「シュバル…ツ?」

そうして困惑しながらシュバルツを見遣ると、シュバルツはこちらへと向き直り優しい表情で笑みを浮かべた。

「大丈夫。なんでもないから。さっき食事を途中で抜けてきたから少し様子を見てくる。ロイドはここでゆっくり休んでて?」

体調が悪かったのに抱いてごめんねと言って、そのままシュバルツは身支度を整えて部屋から出て行った。
こちらへと向ける顔は穏やかなのにその足取りにはどこか怒りを含んでいる。

(これは…バレたかな?)

折角上手くいっていたというのに、気づかれてしまっては秘密裏に事を為すことができないではないか。
目には見えなくとも空気を切る僅かな音を感知するとはシュバルツも流石一流と言ったところなのだろうか。

(それに…シュバルツも『男』だったと言うことなんだろうな)

どう見てもシュバルツが恋人である自分を守ろうとしたのは明らかだ。
浮かれているだけのお子様ではなかったなと感心しながら、すぐさま眷属を呼びフォローを頼む。

「はぁ…早く何も気にせず可愛がってもらいたいものだ」

結局自分は、頭が真っ白になるほど奥を思い切り可愛がってもらうのが大好きなのだ。
今のだけでは物足りない。本音を言うともっともっと満足させて欲しい。
身体がシュバルツから与えられる快楽を覚えすぎて、ついそんな考えに侵されてしまう。
だからさっさとここでの用事を済ませて帰りたかった。
こんな形で欲求不満をため込むなんてお断りだ。

(さて…あちらはどうなっているかな?)

主であるライアードは上手く話を進めてくれているだろうか?
後で一度確認を取らなければならない。

そうして思案していると、どうやら予想通り物騒な客が現れたようだった。

(さて、大人しく付き合うことにしようか)

そう思いながらフッとほくそ笑むと、気怠そうに演技しながら扉を見つめたのだった。


***


「父上!」

シュバルツははっきり言って怒っていた。
先程放たれた魔法はどう見てもロイドを狙ってのものだった。
普通に考えてこんなことを企む人物は他にはいない。
本当は信じたくない。
信じたくはないが、こればかりは疑いようがないのだ。

「おや、どうしたシュバルツ?彼についていなくても大丈夫なのか?」

こうして心底心配そうにしてくれる優しい父。
そんな父を疑いたくなどない。
けれど自分は誰よりも知っていたはずだった。

この父が白魔道士至上主義者だと言うことを────。

浮かれてすっかり忘れてしまっていた自分が情けなく、ロイドに対して申し訳ない気持ちでいっぱいだった。

「父上!酷いではありませんか!」
「何を怒っている。そんなに怒ることもないだろう?」
「これを怒らず、何を怒れと言うのです?!先程ロイドに魔法が放たれました!これは父上のご命令ではないのですか?!」
「何のことかわからんな。もし本当にそのようなことが行われたと言うのなら、犯人をすぐさま見つけ出し厳重に注意せねばならんところだ。だがここの警備は完璧だ。お前の思い過ごしではないのか?」

そんな言葉に沸々と怒りが湧き上がる。
この言葉に父がすっとぼける気だと言うのがよく分かったからだ。
こうなっては絶対に証拠など出てきはしないし、父も絶対に認めることはないだろう。
自分の大切な相手を害す行為をしておいてこの態度。
父としてとても許せるものではなかった。
これまでの自分なら何もできない自分を歯痒く思ったことだろう。
けれど今の自分は違う。
この一年無駄にロイドの近くで勉強してきたつもりはない。
交渉の余地はあるはずだ。

「父上?父上は昔、私に白魔道士とは人を守るべき立場であり、尊い存在なのだと教えてくださいましたよね?」
「…ああ。勿論だとも。白魔道士は慈悲深く清廉潔白で弱き者を助ける崇高なる存在だ。トルテッティはそんな白魔道士に恵まれた素晴らしい国だ。お前もよく知っているだろう?」
「……その同じ口で、私の愛する者を傷つけろとご命令されたのですか?」
「誤解だ。私はそんなことはしていない。現に最大級のもてなしをしていたではないか」
「それはそうですが、では先程の件はどういった了見なのです?」
「だから私は何もしておらん。可愛いお前に嫌われるようなことを私がするはずがないだろう?」

そんな言葉信じられるものか。

「では…私とロイドの結婚を認めてくださると?」
「言っただろう?彼がトルテッティに滞在することに関して歓迎すると」

これは質問に対する答えではない。

「ソレーユに…毎日無事に送り出すと本当にお約束いただけるのですか?」
「もちろんだ。彼に何か問題でもあれば別だが、私がそれを妨げることなどするはずがないだろう?」

これも…問題さえ生じれば送り出さないと言っているようなものではないか?
なんら安心材料になるはずがない。

「ロイドがこちらに滞在の際は私と同室にしてくださいますか?」
「それはさすがにできないな。大事な客人に対して申し訳が立たない。特別仕様の個室を用意し、恙なく過ごしてもらう予定だ」

これだって自分と引き離してロイドを隔離しようと思っているだけの話かもしれない。
疑い出せばその全てが怪しく思えて仕方がなかった。
もう父の言葉全てが信じられなくて、思わず泣きそうになる。
これは────あの使者の持ってきた話は受けるべきではないというのがよく分かった。

「父上。申し訳ありませんが、私は今回のお話はお受けしないことに致しました」
「何故だ?これほどの好条件で受け入れると言っているのに…」

心底納得がいかないとばかりに言ってくる父には悪いが、自分にとってロイドを害する可能性がある場所に呑気に連れてくることはできないと判断させてもらった。

「私にとってロイドはやっと手に入れた守るべき大切な者なのです。どうぞご理解下さい」

それだけを告げもうすぐにでも帰ってやると踵を返したのだが、そんな自分を父は鋭い声で呼び止めた。

「シュバルツ!彼のことは諦めなさい!どの道手遅れだ」

そんな言葉に足を止め、不審な目で父を見遣ると父はどこか不敵な笑みを浮かべながらその言葉を口にしてきた。

「お前は先程、あの黒魔道士に回復魔法を使ってやったんじゃないのか?」

正直言われている意味が分からなくて、使ったと正直に答えを返した。

「ええ。具合が悪そうでしたし、普通に使いましたが?」

それを聞くや否や、父は実に楽しそうに笑い始めた。

「ははっ!そうだな。愛している相手が苦しんでいたなら、優しいお前ならそうすると思った」

その言葉に嫌な予感が頭をよぎる。

「な…にを……?」
「なに。簡単なことだ。思考力を低下させ、催淫作用のある薬がお前の魔法で体内を駆け巡っただけの話。洗脳魔法がたとえ効かなくとも、あの男はもう終わりだ。あとはこのまま媚薬漬けにして飼い慣らし、精々国の役に立ってもらえばいい」

その言葉に先程のロイドの様子が思い出されて蒼白になった。
いつもと違うロイドに、どうしてもっと危機感を抱かなかったのだろう?
自分は愛する相手を不当に窮地へと追いやってしまったのではないか?
それを考えると体が震えてどうしようもない自分がいた。
けれどそこでクレイの魔法が作用していたことを思い出す。

「あ……」

今父は洗脳魔法と言った。
それは以前フローリアが使ったものの改良版だろう。
先程のあの魔法は混乱魔法と回復魔法を融合させた洗脳魔法だったということだ。
それを聞き、もしやロイドは全て知っていたのではないかと思った。
クレイはあの事件の後ロックウェルを守る為にと魔法を開発した。
その威力は抜群で、ロイドも認めるほどだ。
だからこそわざわざ掛けてもらったのではないか?
でなければあのプライドの高いロイドがクレイに魔法を掛けてもらっている理由が他に思いつかない。

けれど……薬の件は知らなかったかもしれない。
そう考えるとゾッとした。
もしそうなら時は一刻を争う。
すぐにでも対処に向かえば今ならまだ助かるかもしれないと慌てて扉へと向かうが、それを父はすぐさま阻止しにかかった。

「諦めろと言ったはずだ」
「父上!邪魔だてしないでください!」
「そう簡単に行かせるはずがないだろう?今頃別動隊が動いて彼は別室に連れていかれ既に快楽に沈んでいるはずだ。洗脳魔法が効かずとも回復魔法が効くなら夢現で催眠状態にしてやればいい。黒魔道士を思うように操るなど造作もないことだと、お前は誰よりもよく知っているだろう?」
「~~~~っ!」

その言葉に父を思い切り睨みつけるが、それを受けても父はどこ吹く風だ。
こうなったら自分も遠慮などする気はない。
大きく深呼吸をし、そっと懐へと手を入れた。
そこから取り出したのは四石の水晶だ。
これは以前クレイから貰ったもので、自分の圧縮した魔力を込めてある。

「父上…あまり私を怒らせないでいただきたい。今すぐ改心していただけるのであれば、何もしません。私はロイドを連れておとなしくソレーユに帰ります。けれど…改心いただけないのであれば、貴方を力尽くで倒してでもロイドを救い出し、二度とここに戻ることはないでしょう」

そんな決意を滲ませた言葉を口にしたにもかかわらず、父の態度は全く変わらなかった。
まるで頑是ない子供に言い聞かせるかのような言葉を口にするだけだ。

「シュバルツ。そんなことを言わないでおくれ。私はいつだってお前のことを思って生きてきた。それは昔も今も変わらない」

大切だからこそ、間違った道を進もうとする子供に他の道を示してやるのだと父は尤もらしいことを口にする。

「お前はどこに居ようと私の息子で、トルテッティの王族だ。それだけは変わらない」

だから自分の居場所はここにしかないのだと────父はそう言い切った。
その言葉はなんだかすごく重たくて、まるで自分には好きな相手一人幸せにはできないのだと言われたようにさえ感じられ胸が痛かった。

結局この父は自分を掌の上で可愛がりたいだけで、どうあろうとロイドのことを認めてくれるはずがなかったと言うことか────。

考えが甘かった自分に腹が立つ。
つまりは父の中ではいつまでも自分はただの子供だったという事なのだ。
これまでは全く気にしたことがなかったが、これは自分にとってはマイナスでしかない。
外に飛び出して初めてわかった事実に、打ちのめされた気分でいっぱいだった。
そうして悲しい気持ちで水晶を握りしめ、ダートの名を呼んだ。

「ダート、悪いんだけどロイドを助けに行きたい。誰も逃さないよう窓を閉めて、この石を部屋の四隅に設置してくれないか?」

その言葉と共にすぐさまダートは動いてくれた。
けれど父は余裕の笑みでこちらを見つめるだけだ。
恐らくこれまでの自分の実力をよく知っているから、こちらが何をしようと防ぐ自信があるのだろう。
いつまでもあの頃と同じとは限らないというのに……。

「父上。言っておきますが私は本気で怒っているので容赦はしません。申し訳ないですが御覚悟を」

攻撃魔法など端から唱える気はない。
やる事は既に決まっている。
勝負は一瞬。
発動さえさせてしまえば父に勝ち目はない。
そして冷たい笑みでその魔法を口にした。

ヒュゴッ!!

一瞬父は何が起こったのかわからなかったようだが、すぐに状況を理解し呪文を唱えようとしたが最早手遅れだった。
この部屋の空気は極薄状態で、ほぼなくなったも同然。
あとは呼吸が出来なくなって気を失うだけだ。
自分の周りにはロイドがかけてくれている防御膜があるから平気だが、この部屋にいる父やその他メイド達はなすすべもなく倒れ伏した。

「元々この魔法は結界を使う黒魔道士の得意技ですが、密室である部屋の中なら広域魔法と合わせて白魔道士にだって使用できるんですよ。効果が持続するわけではないですし、窓を開ければ意味のない魔法ですけどね……」

少し眠っててくださいと言って、そのまま窓を開け放つと共に回復魔法と眠りの魔法を掛け部屋を出る。
そして先程ロイドを置いてきてしまった自室へと急いで向かったのだった。


***


「なかなかやることが酷いな…」

ロイドは倒れ伏す王弟の前に立ちながら大仰に溜息を吐く。
まさかいくら自分を助けに行くためとはいえ、シュバルツがこれほどの暴挙に出るとは思いもしなかった。

この魔法は普通黒魔道士が小規模ですぐに壊れる結界を使い相手を制する時によく使う類の魔法だ。
こんな広範囲で使うなどまずしない。
まさに防御膜と圧縮魔法を用いた水晶による広域魔法のコラボによる、ドS甚だしい魔法の行使と言っても過言ではないのではないだろうか?
これはさすがに王弟も起きたら泣くのではないだろうかと心配になった。

可愛い息子が黒魔道士と付き合ったせいでドSになったと騒ぎだされるのは面倒この上ない。
仕方がないので少し記憶を操作してやって、空気を奪った部分だけは忘れさせてやった。
これで単純に眠らされたとだけ記憶に残ることだろう。

「さて…と」

そうしてシュバルツが自分を探すために駆け回っているのをいいことに、先に王弟と話をつけることにした。




「う……」

少し魔力を当ててやると王弟は呻きを上げてゆっくりとその瞳を開いた。
そして今目の前にいるのが息子ではなくロイドだと言うことに対して驚きに目を見開く。

「な……」

そしてすぐさま洗脳魔法を唱え始めるが、それはクレイの魔法の前にあっさりと霧散され驚きを隠せないようだった。

「馬鹿な!この距離で効かないだと?!王宮の黒魔道士だけではなく、流しの一流と呼ばれる黒魔道士にさえかかった魔法がっ!」

そんな言葉に正直不快感を抱くが、トルテッティだからこんなものかと無理矢理納得する。

「悪いがこの防御魔法の前では大抵の魔法が無効化する。無駄な足掻きはしないでもらおうか?」
「~~~~っ!」

そうして悔しそうにするシュバルツの父に、ニコリと微笑みながらその言葉を告げてやった。

「私のために用意してくれた折角の特別室だが、遠慮なく使わせてもらった結果玩具がすぐにダメになった。あれではとてもこちらでの滞在にあたって満足がいくとは思えない。すまないが今回の話はなかったことにしてもらいたい」
「なっ?!」

そうして驚く王弟をよそにそのまま踵を返した。
もうここには用はない。
あとは全てソレーユに帰ってからの話だ。

この王弟の悔しがる顔が見られないのは残念だが、想像するだけでも笑えてくるのでそれで良しとしよう。
そしてうっすらと笑みを浮かべると、王弟が唱えてきた拘束魔法を弾き飛ばして、瞬く間に影へと身を沈めた。



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