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第二部番外編 シュバルツ×ロイドの恋模様
15.狐と狸①
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このお話は第三部への導入部にあたります。
そのため少し半端な締めになっていますが、どうぞ宜しくお願いしますm(_ _)m
────────────────
その日、シュバルツの父 王弟ミシェルは爪を噛みながらどうしたものかと部屋中歩きまわっていた。
何故なら可愛い息子がとうとう件の黒魔道士と籍を入れると言い出したからだ。
従兄であるアベルやフローリアと違っていつまでも無邪気な子供のような息子を可愛く思っていたのに、まさか黒魔道士などに本気で奪われるなんて思ってもみなかった。
相手は所詮黒魔道士。
たとえシュバルツがのめり込もうと、どうせ向こうの方がすぐに飽きて捨ててくるだろうと思っていたのに、とんだ誤算だった。
泣きながら帰ってきたところを慰めて、フローリアや他の令嬢とくっつけようと思っていたのにこれでは思惑違いもいいところだ。
「我が家の天使が────!」
息子の心を奪った憎い黒魔道士を何とかしたい!
そう思って皇太子アベルを呼び出す。
「叔父上。何か御用でしょうか?」
一時期は弱り切っていたアベルもここ最近は気持ちを切り替えたのかきびきびと真面目に仕事をこなしている。
多少傲慢な面もあるが、その優秀さは昔から何一つ変わらない。
だからこそシュバルツを取り返すのに一役買ってほしいと思った。
「アベル。シュバルツがあの黒魔道士と結婚したいと言い出してな。悪いがソレーユに行って破談にしてきてくれないか?」
「それは……。まあ相手があの黒魔道士なら結婚など更々御免だと思っていそうですし、別に構いませんが…シュバルツが諦めるでしょうか?」
あれはあれで王族なだけに自分の思い通りに行かないと不満を爆発させると思いますが…と渋られるが、子供の癇癪だと思えば可愛いものだ。
「何。最近開発した忘却魔法でも使ってやればすぐにあんな黒魔道士のことなど忘れて、こちらに帰ってきてくれるだろう」
「……わかりました。では行ってまいります」
そうしておとなしく従ってくれたアベルの後姿を見遣り、そっとほくそ笑む。
黒魔道士の方に手を出せばソレーユサイドも黙ってはいないだろうが、シュバルツだけ連れ戻す分には何も問題はないだろう。
もしもアベルが失敗したとしても、なにかしら理由を付けてのらりくらりと躱して時間を稼いでやればいい。
(それに…シュバルツがどうしてもと言うならそんな黒魔道士、伴侶ではなく性奴隷にでもすればいいんだ。いや待てよ?優秀だという話も聞いたな。ライアード王子のお抱え魔道士とは聞いたが…シュバルツが国に戻るのを機に言い値で買い取るとでも言えばいいか?いずれにせよ状況次第だ。一先ずはシュバルツを手元に呼び戻さないと…)
もうすぐソレーユへと旅立ち早一年。
世間のことを学ぶための時間は十分与えたつもりだ。
「シュバルツ。そろそろ遊びの時間は終わりだ」
いつまでも子供じゃない。
大人になって結婚して早く自分達を安心させてほしい。
そのために……。
「久しぶりに腕を振るうか」
そしてフッと笑いながら兄である王の元へと足を向けたのだった。
*****
「このッ、馬鹿!」
シュバルツはその頃、怒りながらやってきたクレイに思い切り叱り飛ばされていた。
なんでも先日ロイドを危ない状態に追いやったことから、ロイドの眷属達が大挙してクレイの元へと走り泣きついたのだとか。
ロックウェルはそんな眷属達の姿に何事だと驚いたらしいが、事情を聞いて思い切り吹き出し、そう言うことならと珍しくクレイを快く送り出してくれたらしい。
「そうやって思いやりのない行動をするなら暫くロイドはこっちで預かるからな!」
勝手に殺したら絶対に許さないと怒っているクレイにさすがにシュバルツとしては反論の余地はない。
精々が今後の方針を口にするくらいのものだろうか?
「本当に悪かった。ロイドにも言ったけど、ちゃんと回復魔法もしっかりかけるし、蘇生魔法の練習もしておくから……」
「そう言う問題じゃない!大体その発想自体がおかしいんだ!お前くらいだぞ?!そんな滅茶苦茶な抱き方をするのは!」
そこからは長々とクレイの講義が始まってしまった。
黒魔道士の視点から語られる素晴らしい講義で非情に勉強にはなったし、試したいことも多々出てはきたのだが、何をおいてもまずは思いやりを一番大事にしろと言われてしまう。
「…そうは言ってもロックウェルはドSだし思いやりなんてほとんどないだろう?」
自分のところを棚上げするなと不貞腐れていると、クレイは『何を言っている』と冷たい眼差しを送ってきた。
「ロックウェルのドSを甘く見るな。あいつは思いやりとドSでできているのが怖いんじゃないか。言っておくが気絶させられたことは何度もあるが、自分がついてて死なせるわけがないという言葉は伊達じゃないんだぞ?その証拠に俺は呼吸困難なんて一度もなったことがないんだから」
「え?」
それは意外だと思い、思わず身を乗り出して詳しく話を聞いてしまう。
「呼吸が浅くなると過呼吸で全身が痺れやすくなると言うのは知っているな?」
「ああ」
「だからそうならないように、あいつは途中途中落ち着かせるように何度も口づけを挟んだり、上手く強弱をつけてさり気なく呼吸を整えさせるんだ」
それに加えて回復魔法も使い放題。
だから限界まで付き合わされて泣きが入るんだとクレイがいやに説得力のある言葉を口にした。
それにはなるほどと頷かざるを得ない。
「だから、お前もいつまでもロイドに負担ばっかりかけずにちゃんとしろ!」
がっつくだけなら猿でも出来ると言ってクレイは今度はのんびりコーヒーを飲んでいたロイドへと心配そうに声を掛けた。
「ロイド、大変だったな」
「いや。飛び過ぎて意識がない時だったからあんまり覚えてなくてな」
「そうか。無理はするなよ?この間言っていた回復魔法を念のために教えておいてやるから、やばいと思ったら使って逃げてこい」
その言葉にロイドの目がきらりと光る。
「そうだった!それはどんな魔法式を使ったんだ?」
「ふふっ。気になるか?従来の白魔法の回復魔法とは全く違う式で…ここをこう変更して、こっちにこの式を移動させたんだ」
そうして何やら二人で紙に書き足しながら仲良く盛り上がり始める。
「ヒントはロックウェルから聞いたパーセンテージの魔法でな、魔力回復の時に使う魔法式を参考にさせてもらったんだ」
そんな言葉にほんの少し興味がわいて、自分もその輪の中に加わった。
「ここ。ここにその式を持ってきたら、対象者の魔力の10%に値する体力が回復できることが分かったんだ」
クレイが指さすところに書かれてあったのは自分でも知っている魔法式だ。
まさかそれをそんな部分に挿入するとは思いもよらず、それは実に面白い発想で、白魔道士の目から見ても目から鱗でしかなかった。
自分達が使う白魔法の回復魔法に比べれば効率は良くないし、魔力が高くない者にとってはあまり画期的な魔法ではないが、クレイやロイドなど、高位の黒魔道士が使えばそれなりに役立つ回復魔法だと思えた。
でもそこであれ?と思うことが一つ…。
「クレイは元々回復魔法が使えただろう?あれは無理なのか?」
そう。クレイは黒魔道士にもかかわらず回復魔法を使うことができる。
それ即ち、黒魔道士でも使える回復魔法を元々知っていたのではないかと思ったのだが……。
「それは違うな。俺は元々アストラス王家の血が入っているからか白魔法も黒魔法も両方使おうと思えば使えるんだ。ハインツだって使っているだろう?ただ黒魔法の方が適性が高かったからそっちに特化しただけの話だ。だからその分白魔法は苦手分野になっている」
瞳の封印を解いて勉強すればそれなりには使えるようにはなるが、それでも黒魔法に比べれば圧倒的にそちらは不得手だからやりたくないのが本音だと言う。
だからこうして黒魔道士が使える回復魔法と言うのを考えるのは面白かったらしい。
「他の魔道士にはあまり使えなくても、ロイドの命を繋げるのなら嬉しいしな」
「クレイ……」
そうして微笑み合う二人に悔しい気持ちになる。
自分だってロイドのことは大事に想っているのに、どうして伝わらないのか。
「で、だ。このままだと詠唱が長いから、これをさらに簡略化したのがこれだ!」
そうして不貞腐れていたところにクレイが更なる魔法を紙へと書いた。
それに対してロイドの顔がまた驚きと喜びに満ちていく。
「凄いな!見事に魔法式が圧縮されているじゃないか!」
「だろう?これなら回復は一瞬。体力を取り戻したらすぐに影渡りで逃げられる」
それではどう考えてもロイドのために簡略化しましたと言わんばかりではないか!
「クレイ!酷い!」
「何がだ?」
「もう殺しかけたりしないから!」
「ふっ…どうだかな?まあ保険と思って知っていて損はないんだから構わないだろう?」
「~~~~っ!」
ちなみにこの魔法は黒魔道士付きの眷属も使えるからより安全なんだぞとまた目から鱗の発言をして自分達を驚かせた。
それは即ちロイドの意識がなくてもロイドの眷属がそれを使って助けることも可能と言うことではないだろうか?
主の魔力を使うというイレギュラーな魔法にはなるが、主を思う眷属の気持ちを汲んであるというクレイにロイドの眷属達がザワリと動いて喜びを表しているのを感じた。
本当にロイドの眷属がクレイを頼りにするのがよくわかってなんだか悔しかった。
「はぁ…。本当に反省してるから。…ロイド。さっきクレイに教わったし、呼吸が浅い時はちゃんと気を付けるから、逃げないでくれないか?」
そうしてしっかりと反省しながら肩を落とすと、ロイドはいつものように不敵な笑みを浮かべて、逃げるわけがないだろうと言ってくれたのだった。
***
その日、仕事から帰ったタイミングでクレイがわざわざシュバルツに説教をしに来た。
正直どちらでも良かったのだが、眷属達が泣きついたらしいのでそれ自体はありがたく受け取ることにした。
どうせクレイはこちらの事をよくわかっているから、わざわざ自分のプライドを傷つけるようなことも言ってはこないだろうし、シュバルツが怒られている横で終わるまでのんびりコーヒーでも飲んでおこうと思った。
そんな中思いがけず始まった黒魔道士としての講義。
これは自分にとっては普通の内容が殆どではあったが、シュバルツにとっては結構勉強になったようで、興味が惹かれている様子が見受けられた。
(クレイもなかなかいい仕事をしてくれるな)
棚ぼたではあったが、これならまたシュバルツとの楽しみが増えることだろう。
そう考えると自然、頰が綻んでしまった。
その後非常に興味深い回復魔法まで教えてもらった上、シュバルツの反省も聞かせてもらえたので自分としては非常に有意義な時間を過ごせたと思う。
それもこれも自分の眷属達のお陰だ。
「よくやった」
そうして一人になったところで、クスリと笑いながら眷属達にそっと魔力を分け与え、嬉しそうにする彼らに感謝を伝えた。
*****
それから二週間後、アベルはやっとたどり着いたソレーユの王宮でシュバルツとの面談を控えていた。
幻影魔法でたまに話してはいたが、実際に会うのは随分久しぶりだ。
あの生意気で食わせ者なお子様も少しは成長したのだろうか?
そうして案内された部屋で待っていたのだが、そこに現れたシュバルツの姿に思わず目を瞠ってしまった。
いつの間にやらすっかり大人びた空気を纏うようになったシュバルツ。
しかもそれだけではなく魔力も随分向上し、下手をすれば元々の自分よりも高くなったのではないだろうかと思わせるほどだった。
(これは……)
どこか余裕のある笑みを浮かべ堂々と立つその姿に目を奪われる。
一体何があったのかは知らないが、正直心底負けたと思った。
これが自分だったらどれだけよかっただろう?
悔しくて悔しくて仕方がない。
自分はまだクレイから魔力すら返してもらっていない状況なのに…。
これは嫉妬を抱くなという方がおかしいだろう。
「アベル。急にこちらに来るなんてどうしたんだ?」
そうやってどこか腹黒い笑みで話す姿は以前と然程変わらないはずなのに、どこか背伸びしていた昔と違って今ではすっかり板についている。
もしもソレーユで苦労したならもう少し謙虚になっていてもおかしくはないと思うのだが、どうやらそういうわけでもないようだった。
シュバルツのその空気はまるで『我が家へようこそ』とでも言いだしそうな雰囲気でしかない。
「……募る話は後だ。まずは要件から言おう。結婚したいならまずはお前ひとりでトルテッティまで足を運んで、きちんと説明をしに来るようにと…叔父上からの伝言だ」
「父上から?」
それならアベルを寄越さず幻影魔法で伝えてくれたら早かったのにとシュバルツは首を傾げている。
その言葉は最もだが、本来の目的が別だから仕方がない。
(さて…上手く油断してくれるか…?)
ここで素直に納得してあっさりとドアから出ようとしてくれたら、その背に向かって例の魔法を唱えたらおしまいだ。
あの魔法なら今の自分の魔法力でも使うことができる。
その後ライアード王子に世話になった礼を伝えて、黒魔道士のことを忘れたシュバルツを連れて帰ればいいだけの話。
そう考えて、少し話してシュバルツが満足げに立ち上がり部屋を辞そうとしたところでその呪文を唱えたのだが────。
パシュッ…。
確かに放たれたその魔法がごく薄い膜のような防御に阻まれて霧散したことに驚きを隠せなかった。
これは失敗したとみていいのだろうか?
そして固まってしまった自分にゆっくりとシュバルツが振り向いてくる。
「────アベル?」
その表情を見て初めてシュバルツに対して恐怖を感じ、ブルリと震えてしまう自分がいた。
一体シュバルツはどんな防御魔法を使ったのだろうか?
呪文を唱えた気配すら感じなかったというのに────。
けれどその謎はすぐに解けた。
「ここに来る前、念のためだって言ってロイドがクレイから教わった防御魔法を掛けてくれたんだ。過保護だって思ったけど嬉しいからいいかって受け入れていてよかった。それで?今のはどういう魔法なのか…教えてくれるか?」
口調は穏やかなのにまるで追い込んでくるかのようにその目は一切笑っていない。
怒っているのは明白だ。
そしてそんなシュバルツに勝てるはずもなく、仕方なく新魔法の行使だったと白状させられることとなった。
「……へぇ?父上が?」
シュバルツはアベルから父の話を聞いて激怒した。
折角相思相愛になって幸せ気分いっぱいだったというのに、たかだか二週間ほどでその幸せを奪おうとするなど許せるものではない。
「この一年…私がどれだけ苦労してロイドを手に入れたと思ってるんだ?」
新魔法の忘却魔法だか何だか知らないが、そんなくだらない魔法でこの一年をなかったものにされるなどシュバルツとしてはまっぴら御免だった。
向こうがその気ならこっちだって手を打つまでだ。
「アベル?私もこの国で何もしていなかったわけじゃないぞ?新しい魔法もいくつか考えて開発したし、ロックウェルからドSな調教法だっていくつか教えて貰っている。クレイの特訓で魔法も三重に的確に唱えられるようになっているし、ロイドのお陰で魔力も上がって今じゃ伯父上と同等だ。この意味が分かるか?」
そうして静かに問うと、アベルはカタカタと震えながらもただ頷いた。
「帰ってほしいと言うのなら、父上が謝り倒すくらいトルテッティで暴れてやってもいいんだぞ?」
「……!シュバルツ、落ち着いて話を聞いてくれっ!」
「話を聞け?これが落ち着いていられるか!馬鹿にするのも大概にしろ!」
「シュ…シュバルツ…!シュバルツ!悪かった!謝るから!」
そうして激昂するシュバルツにアベルが懇願するが、それが聞き入れられることはない。
そんなシュバルツに突如横から手を伸ばされ、そのままその身体はあっさりと突然現れたその乱入者の腕の中へと引き込まれ、すぐさま口を塞がれた。
「んんっ…?!ん…っ…」
そこにいたのは当然ロイドで……。
「はぁ…んっんっ……」
まるで宥めるかのように魔力まで交流されたら流石におとなしく従う以外にない。
「ロイド…」
「お前は何をしてるんだ?」
「……だってアベルが」
「全く。少しは大人になったと思ったらこれか?昼間は相変わらずのお子様だな」
「ロイド!」
「そう怒るな。どうせ結婚を反対されたとでも言うんだろう?」
そんな風に笑うロイドにシュバルツとしてはぐうの音も出ない。
「いいじゃないか。どうせ結婚は『二年後にまだ上手くいっていたら』と話はまとまったんだし」
「~~~~っ!こっちは今すぐにでも結婚したいのを我慢してるのに!」
「約束は約束だろう?」
だからそれをそのまま伝えればトルテッティ側もおとなしく引き下がるのではないかとロイドは口にする。
とは言えロイドを問答無用で忘れさせようとしてきたアベルと父に腹が立って仕方ない気持ちもわかってほしいと、シュバルツはギリッと歯噛みした。
けれどそんな自分達にアベルが恐る恐る声を掛けてくる。
「…すぐに結婚というわけではないのか?」
「ああ。ロイドがクレイとの約束があるからと言って、悔しいことに後二年猶予ができてな」
敢えて父に言わなかったのはいつでも籍を入れられる状態にしておきたかったからなのだが、今回は逆にそれが父を暴走させることになってしまったようだとシュバルツは忌々しげに舌打ちした。
「……それならそれで早く今からでも伝えるべきだ。叔父上はまだ何か色々手は考えてそうだったし、今ここで私が失敗したと伝えてもまだまだ他の手でお前を追い詰めに来るぞ?」
「それは面倒だな」
とは言え父はいつだって自分には甘いし、最終的には折れてくれるはずなのだが…。
そんな風に軽く考えていると、アベルは『知らないのか?』と大仰にため息を吐いた。
「お前は叔父上の怖さを知らないのか?黒魔道士を支配下に置くためにこれまでトルテッティで一番貢献された方なんだぞ?」
「父上が?子煩悩で優しい姿しか見せてもらったことがないんだが?」
「それはお前が溺愛されているからだ!昔『私の天使の悪口を言った奴は殺す』って王宮中に空恐ろしい表明を出していたくらいだぞ?!」
あの人は怖いんだと力説されるがはっきり言ってシュバルツにはピンとこない。
「……?天使って母上の事か?まあ夫婦仲もいいしそんな恥ずかしいことも口走るんだろう。そんなことより私とロイドの邪魔は今後一切しないようお前からも言っておいてくれ!」
けれどアベルはしつこく直接父に話を通せと言ってくる。
「叔父上はお前が思っているように甘い方ではない!だから…!」
「ああもうわかった!」
そして業を煮やして幻影魔法を発動させる。
「シュバルツ!」
そこに映し出されたのはどこか嬉しそうな父の姿だ。
「父上。お元気そうで何よりです。今アベルから聞いたのですが、私の結婚には反対とのこと…。先日はそのようなことは仰っていなかったと思うのですが……」
「うっ…いや。その、焦ることもないし様子見をと思ってアベルを行かせたんだが…何か行き違いがあったかな?」
悲しそうに話すシュバルツの姿を見た王弟ミシェルが目に見えて焦りを見せ、シュバルツの目を盗みアベルの方を鬼のように睨んだのをロイドは確かに見た。
「父上。それなんですが…ロイドが後二年しても自分を好きでいてくれるなら入籍しようと言ってきまして…。私としては父上を安心させたくてすぐにでも籍を入れたかったのですが…説得しきれず申し訳ありません」
そんなことを言い出せなくて二度手間を掛けさせてしまったと上手いこと言うシュバルツにアベルは頬をヒクつかせる。
さっきのあの態度は何だったのだろうか?
「そ、そうか!二年後にまだ好きだったら、な。うんうん。お前の想い人は実にいい男だな。さすが私の息子!目が高い!」
「本当にそう思ってくれますか?」
「勿論だ!彼の言う通り、『二年後』に『まだ好きだったら』結婚しなさい。今すぐ結婚はしなくてもいいから!大丈夫だ。父さんも母さんもお前を大事に想っているからな。いくらでも待てるぞ?」
「そう…ですか……」
「ああ!だから安心して今度一度こちらに帰ってくるといい。お前がそちらに行ってもうすぐ一年だ。私達も寂しくてな。顔を見せてくれたら嬉しい」
「……そうですね。考えておきます」
ではまたとシュバルツは満面の笑みで魔法を解呪した。
「ちっ……」
「こら。豹変甚だしいぞ?」
シュバルツのあまりの猫かぶりに思わずロイドも呆れてしまう。
「別にいいだろう?あれだって親孝行だ。一先ず父上の方はこれで落ち着くだろう」
そうしてため息をつきながらアベルへと念を押す。
「言っておくが絶対に、ロイドとは別れないからな!」
そんな姿にアベルはため息を吐いた。
「そんなに黒魔道士に抱かれるのがいいのか?」
「違う」
どうやらまた誤解されてしまったらしい。
「悔しい!もうロイドを蹂躙できるくらいには成長できたのに、どうしていつまでも間違われるんだ?!ロイドがカッコ良すぎるからか?!」
地団駄を踏みそうな勢いで悔しがるシュバルツにロイドが呆れたように息を吐く。
「お前はそんなことを大きな声で口走るな」
「だってロイド…!お前を翻弄するのがここ最近の一番の楽しみなのに…!」
「やはりまだまだお子様だな。その性格の悪さをちゃんと隠せ。シリィにでも聞かれたらまた私が文句を言われるだろう?」
「むぅ……。まあロイドがそう言うなら黙るけど…誘うくらいはいいよね?」
そうして一年前とは比べ物にならないほどの色香でロイドを誘う。
「ロイド…今日は酒で勝負して、勝った方が主導権でどうだ?」
「なかなか魅力的な提案だな。主導権を握られっぱなしと言うのも性に合わないし、悪くはない」
「だと思った。飽きられても嫌だし、可愛いロイドも好きだけど、カッコいいロイドにも襲われたいから少し悩んでたんだ」
「お前のその私好みの楽しい提案をしてくるところは好きだな。腹黒いところばかりより、たまにはそう言うところも見せてくれ」
そんな嬉しい言葉をサラリと口にしてもらえるなんてと、シュバルツは高鳴る胸の想いのままにロイドへと微笑みかけていた。
「ロイド!嬉しい!今すごく抱きたくなった!今日は何回気絶したい?」
「断る。……お前のそれは怖いから答えるわけがないだろう?」
「素直じゃないな。まあいい。どうせ飲み比べなら負けないし、好きに可愛がって蹂躙するから」
そうして悪い顔で笑うシュバルツを見て、やっとアベルが二人の立ち位置を認識して驚いたように目を見開いた。
「シュバルツ…お前、もしかしてその男を性奴にする気か?」
「は?」
「なんだ。それならそれで叔父上も……」
安心するだろうとホッと息を吐いたアベルの胸元を、次の瞬間思い切りシュバルツが掴み上げる。
「アベル?勝手に人の恋人を性奴だなんて侮辱をしてただで済むと思ってるのか?」
「うぐっ…!」
「これはさすがに聞き捨てならないな?」
「ロイドもそう思うよな?」
「ふっ…返す前に調教しておくか」
「そうだな」
こうして似た者同士微笑み合う姿に、アベルは締め上げられながらブルっと震えたのだった。
そのため少し半端な締めになっていますが、どうぞ宜しくお願いしますm(_ _)m
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その日、シュバルツの父 王弟ミシェルは爪を噛みながらどうしたものかと部屋中歩きまわっていた。
何故なら可愛い息子がとうとう件の黒魔道士と籍を入れると言い出したからだ。
従兄であるアベルやフローリアと違っていつまでも無邪気な子供のような息子を可愛く思っていたのに、まさか黒魔道士などに本気で奪われるなんて思ってもみなかった。
相手は所詮黒魔道士。
たとえシュバルツがのめり込もうと、どうせ向こうの方がすぐに飽きて捨ててくるだろうと思っていたのに、とんだ誤算だった。
泣きながら帰ってきたところを慰めて、フローリアや他の令嬢とくっつけようと思っていたのにこれでは思惑違いもいいところだ。
「我が家の天使が────!」
息子の心を奪った憎い黒魔道士を何とかしたい!
そう思って皇太子アベルを呼び出す。
「叔父上。何か御用でしょうか?」
一時期は弱り切っていたアベルもここ最近は気持ちを切り替えたのかきびきびと真面目に仕事をこなしている。
多少傲慢な面もあるが、その優秀さは昔から何一つ変わらない。
だからこそシュバルツを取り返すのに一役買ってほしいと思った。
「アベル。シュバルツがあの黒魔道士と結婚したいと言い出してな。悪いがソレーユに行って破談にしてきてくれないか?」
「それは……。まあ相手があの黒魔道士なら結婚など更々御免だと思っていそうですし、別に構いませんが…シュバルツが諦めるでしょうか?」
あれはあれで王族なだけに自分の思い通りに行かないと不満を爆発させると思いますが…と渋られるが、子供の癇癪だと思えば可愛いものだ。
「何。最近開発した忘却魔法でも使ってやればすぐにあんな黒魔道士のことなど忘れて、こちらに帰ってきてくれるだろう」
「……わかりました。では行ってまいります」
そうしておとなしく従ってくれたアベルの後姿を見遣り、そっとほくそ笑む。
黒魔道士の方に手を出せばソレーユサイドも黙ってはいないだろうが、シュバルツだけ連れ戻す分には何も問題はないだろう。
もしもアベルが失敗したとしても、なにかしら理由を付けてのらりくらりと躱して時間を稼いでやればいい。
(それに…シュバルツがどうしてもと言うならそんな黒魔道士、伴侶ではなく性奴隷にでもすればいいんだ。いや待てよ?優秀だという話も聞いたな。ライアード王子のお抱え魔道士とは聞いたが…シュバルツが国に戻るのを機に言い値で買い取るとでも言えばいいか?いずれにせよ状況次第だ。一先ずはシュバルツを手元に呼び戻さないと…)
もうすぐソレーユへと旅立ち早一年。
世間のことを学ぶための時間は十分与えたつもりだ。
「シュバルツ。そろそろ遊びの時間は終わりだ」
いつまでも子供じゃない。
大人になって結婚して早く自分達を安心させてほしい。
そのために……。
「久しぶりに腕を振るうか」
そしてフッと笑いながら兄である王の元へと足を向けたのだった。
*****
「このッ、馬鹿!」
シュバルツはその頃、怒りながらやってきたクレイに思い切り叱り飛ばされていた。
なんでも先日ロイドを危ない状態に追いやったことから、ロイドの眷属達が大挙してクレイの元へと走り泣きついたのだとか。
ロックウェルはそんな眷属達の姿に何事だと驚いたらしいが、事情を聞いて思い切り吹き出し、そう言うことならと珍しくクレイを快く送り出してくれたらしい。
「そうやって思いやりのない行動をするなら暫くロイドはこっちで預かるからな!」
勝手に殺したら絶対に許さないと怒っているクレイにさすがにシュバルツとしては反論の余地はない。
精々が今後の方針を口にするくらいのものだろうか?
「本当に悪かった。ロイドにも言ったけど、ちゃんと回復魔法もしっかりかけるし、蘇生魔法の練習もしておくから……」
「そう言う問題じゃない!大体その発想自体がおかしいんだ!お前くらいだぞ?!そんな滅茶苦茶な抱き方をするのは!」
そこからは長々とクレイの講義が始まってしまった。
黒魔道士の視点から語られる素晴らしい講義で非情に勉強にはなったし、試したいことも多々出てはきたのだが、何をおいてもまずは思いやりを一番大事にしろと言われてしまう。
「…そうは言ってもロックウェルはドSだし思いやりなんてほとんどないだろう?」
自分のところを棚上げするなと不貞腐れていると、クレイは『何を言っている』と冷たい眼差しを送ってきた。
「ロックウェルのドSを甘く見るな。あいつは思いやりとドSでできているのが怖いんじゃないか。言っておくが気絶させられたことは何度もあるが、自分がついてて死なせるわけがないという言葉は伊達じゃないんだぞ?その証拠に俺は呼吸困難なんて一度もなったことがないんだから」
「え?」
それは意外だと思い、思わず身を乗り出して詳しく話を聞いてしまう。
「呼吸が浅くなると過呼吸で全身が痺れやすくなると言うのは知っているな?」
「ああ」
「だからそうならないように、あいつは途中途中落ち着かせるように何度も口づけを挟んだり、上手く強弱をつけてさり気なく呼吸を整えさせるんだ」
それに加えて回復魔法も使い放題。
だから限界まで付き合わされて泣きが入るんだとクレイがいやに説得力のある言葉を口にした。
それにはなるほどと頷かざるを得ない。
「だから、お前もいつまでもロイドに負担ばっかりかけずにちゃんとしろ!」
がっつくだけなら猿でも出来ると言ってクレイは今度はのんびりコーヒーを飲んでいたロイドへと心配そうに声を掛けた。
「ロイド、大変だったな」
「いや。飛び過ぎて意識がない時だったからあんまり覚えてなくてな」
「そうか。無理はするなよ?この間言っていた回復魔法を念のために教えておいてやるから、やばいと思ったら使って逃げてこい」
その言葉にロイドの目がきらりと光る。
「そうだった!それはどんな魔法式を使ったんだ?」
「ふふっ。気になるか?従来の白魔法の回復魔法とは全く違う式で…ここをこう変更して、こっちにこの式を移動させたんだ」
そうして何やら二人で紙に書き足しながら仲良く盛り上がり始める。
「ヒントはロックウェルから聞いたパーセンテージの魔法でな、魔力回復の時に使う魔法式を参考にさせてもらったんだ」
そんな言葉にほんの少し興味がわいて、自分もその輪の中に加わった。
「ここ。ここにその式を持ってきたら、対象者の魔力の10%に値する体力が回復できることが分かったんだ」
クレイが指さすところに書かれてあったのは自分でも知っている魔法式だ。
まさかそれをそんな部分に挿入するとは思いもよらず、それは実に面白い発想で、白魔道士の目から見ても目から鱗でしかなかった。
自分達が使う白魔法の回復魔法に比べれば効率は良くないし、魔力が高くない者にとってはあまり画期的な魔法ではないが、クレイやロイドなど、高位の黒魔道士が使えばそれなりに役立つ回復魔法だと思えた。
でもそこであれ?と思うことが一つ…。
「クレイは元々回復魔法が使えただろう?あれは無理なのか?」
そう。クレイは黒魔道士にもかかわらず回復魔法を使うことができる。
それ即ち、黒魔道士でも使える回復魔法を元々知っていたのではないかと思ったのだが……。
「それは違うな。俺は元々アストラス王家の血が入っているからか白魔法も黒魔法も両方使おうと思えば使えるんだ。ハインツだって使っているだろう?ただ黒魔法の方が適性が高かったからそっちに特化しただけの話だ。だからその分白魔法は苦手分野になっている」
瞳の封印を解いて勉強すればそれなりには使えるようにはなるが、それでも黒魔法に比べれば圧倒的にそちらは不得手だからやりたくないのが本音だと言う。
だからこうして黒魔道士が使える回復魔法と言うのを考えるのは面白かったらしい。
「他の魔道士にはあまり使えなくても、ロイドの命を繋げるのなら嬉しいしな」
「クレイ……」
そうして微笑み合う二人に悔しい気持ちになる。
自分だってロイドのことは大事に想っているのに、どうして伝わらないのか。
「で、だ。このままだと詠唱が長いから、これをさらに簡略化したのがこれだ!」
そうして不貞腐れていたところにクレイが更なる魔法を紙へと書いた。
それに対してロイドの顔がまた驚きと喜びに満ちていく。
「凄いな!見事に魔法式が圧縮されているじゃないか!」
「だろう?これなら回復は一瞬。体力を取り戻したらすぐに影渡りで逃げられる」
それではどう考えてもロイドのために簡略化しましたと言わんばかりではないか!
「クレイ!酷い!」
「何がだ?」
「もう殺しかけたりしないから!」
「ふっ…どうだかな?まあ保険と思って知っていて損はないんだから構わないだろう?」
「~~~~っ!」
ちなみにこの魔法は黒魔道士付きの眷属も使えるからより安全なんだぞとまた目から鱗の発言をして自分達を驚かせた。
それは即ちロイドの意識がなくてもロイドの眷属がそれを使って助けることも可能と言うことではないだろうか?
主の魔力を使うというイレギュラーな魔法にはなるが、主を思う眷属の気持ちを汲んであるというクレイにロイドの眷属達がザワリと動いて喜びを表しているのを感じた。
本当にロイドの眷属がクレイを頼りにするのがよくわかってなんだか悔しかった。
「はぁ…。本当に反省してるから。…ロイド。さっきクレイに教わったし、呼吸が浅い時はちゃんと気を付けるから、逃げないでくれないか?」
そうしてしっかりと反省しながら肩を落とすと、ロイドはいつものように不敵な笑みを浮かべて、逃げるわけがないだろうと言ってくれたのだった。
***
その日、仕事から帰ったタイミングでクレイがわざわざシュバルツに説教をしに来た。
正直どちらでも良かったのだが、眷属達が泣きついたらしいのでそれ自体はありがたく受け取ることにした。
どうせクレイはこちらの事をよくわかっているから、わざわざ自分のプライドを傷つけるようなことも言ってはこないだろうし、シュバルツが怒られている横で終わるまでのんびりコーヒーでも飲んでおこうと思った。
そんな中思いがけず始まった黒魔道士としての講義。
これは自分にとっては普通の内容が殆どではあったが、シュバルツにとっては結構勉強になったようで、興味が惹かれている様子が見受けられた。
(クレイもなかなかいい仕事をしてくれるな)
棚ぼたではあったが、これならまたシュバルツとの楽しみが増えることだろう。
そう考えると自然、頰が綻んでしまった。
その後非常に興味深い回復魔法まで教えてもらった上、シュバルツの反省も聞かせてもらえたので自分としては非常に有意義な時間を過ごせたと思う。
それもこれも自分の眷属達のお陰だ。
「よくやった」
そうして一人になったところで、クスリと笑いながら眷属達にそっと魔力を分け与え、嬉しそうにする彼らに感謝を伝えた。
*****
それから二週間後、アベルはやっとたどり着いたソレーユの王宮でシュバルツとの面談を控えていた。
幻影魔法でたまに話してはいたが、実際に会うのは随分久しぶりだ。
あの生意気で食わせ者なお子様も少しは成長したのだろうか?
そうして案内された部屋で待っていたのだが、そこに現れたシュバルツの姿に思わず目を瞠ってしまった。
いつの間にやらすっかり大人びた空気を纏うようになったシュバルツ。
しかもそれだけではなく魔力も随分向上し、下手をすれば元々の自分よりも高くなったのではないだろうかと思わせるほどだった。
(これは……)
どこか余裕のある笑みを浮かべ堂々と立つその姿に目を奪われる。
一体何があったのかは知らないが、正直心底負けたと思った。
これが自分だったらどれだけよかっただろう?
悔しくて悔しくて仕方がない。
自分はまだクレイから魔力すら返してもらっていない状況なのに…。
これは嫉妬を抱くなという方がおかしいだろう。
「アベル。急にこちらに来るなんてどうしたんだ?」
そうやってどこか腹黒い笑みで話す姿は以前と然程変わらないはずなのに、どこか背伸びしていた昔と違って今ではすっかり板についている。
もしもソレーユで苦労したならもう少し謙虚になっていてもおかしくはないと思うのだが、どうやらそういうわけでもないようだった。
シュバルツのその空気はまるで『我が家へようこそ』とでも言いだしそうな雰囲気でしかない。
「……募る話は後だ。まずは要件から言おう。結婚したいならまずはお前ひとりでトルテッティまで足を運んで、きちんと説明をしに来るようにと…叔父上からの伝言だ」
「父上から?」
それならアベルを寄越さず幻影魔法で伝えてくれたら早かったのにとシュバルツは首を傾げている。
その言葉は最もだが、本来の目的が別だから仕方がない。
(さて…上手く油断してくれるか…?)
ここで素直に納得してあっさりとドアから出ようとしてくれたら、その背に向かって例の魔法を唱えたらおしまいだ。
あの魔法なら今の自分の魔法力でも使うことができる。
その後ライアード王子に世話になった礼を伝えて、黒魔道士のことを忘れたシュバルツを連れて帰ればいいだけの話。
そう考えて、少し話してシュバルツが満足げに立ち上がり部屋を辞そうとしたところでその呪文を唱えたのだが────。
パシュッ…。
確かに放たれたその魔法がごく薄い膜のような防御に阻まれて霧散したことに驚きを隠せなかった。
これは失敗したとみていいのだろうか?
そして固まってしまった自分にゆっくりとシュバルツが振り向いてくる。
「────アベル?」
その表情を見て初めてシュバルツに対して恐怖を感じ、ブルリと震えてしまう自分がいた。
一体シュバルツはどんな防御魔法を使ったのだろうか?
呪文を唱えた気配すら感じなかったというのに────。
けれどその謎はすぐに解けた。
「ここに来る前、念のためだって言ってロイドがクレイから教わった防御魔法を掛けてくれたんだ。過保護だって思ったけど嬉しいからいいかって受け入れていてよかった。それで?今のはどういう魔法なのか…教えてくれるか?」
口調は穏やかなのにまるで追い込んでくるかのようにその目は一切笑っていない。
怒っているのは明白だ。
そしてそんなシュバルツに勝てるはずもなく、仕方なく新魔法の行使だったと白状させられることとなった。
「……へぇ?父上が?」
シュバルツはアベルから父の話を聞いて激怒した。
折角相思相愛になって幸せ気分いっぱいだったというのに、たかだか二週間ほどでその幸せを奪おうとするなど許せるものではない。
「この一年…私がどれだけ苦労してロイドを手に入れたと思ってるんだ?」
新魔法の忘却魔法だか何だか知らないが、そんなくだらない魔法でこの一年をなかったものにされるなどシュバルツとしてはまっぴら御免だった。
向こうがその気ならこっちだって手を打つまでだ。
「アベル?私もこの国で何もしていなかったわけじゃないぞ?新しい魔法もいくつか考えて開発したし、ロックウェルからドSな調教法だっていくつか教えて貰っている。クレイの特訓で魔法も三重に的確に唱えられるようになっているし、ロイドのお陰で魔力も上がって今じゃ伯父上と同等だ。この意味が分かるか?」
そうして静かに問うと、アベルはカタカタと震えながらもただ頷いた。
「帰ってほしいと言うのなら、父上が謝り倒すくらいトルテッティで暴れてやってもいいんだぞ?」
「……!シュバルツ、落ち着いて話を聞いてくれっ!」
「話を聞け?これが落ち着いていられるか!馬鹿にするのも大概にしろ!」
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そうして激昂するシュバルツにアベルが懇願するが、それが聞き入れられることはない。
そんなシュバルツに突如横から手を伸ばされ、そのままその身体はあっさりと突然現れたその乱入者の腕の中へと引き込まれ、すぐさま口を塞がれた。
「んんっ…?!ん…っ…」
そこにいたのは当然ロイドで……。
「はぁ…んっんっ……」
まるで宥めるかのように魔力まで交流されたら流石におとなしく従う以外にない。
「ロイド…」
「お前は何をしてるんだ?」
「……だってアベルが」
「全く。少しは大人になったと思ったらこれか?昼間は相変わらずのお子様だな」
「ロイド!」
「そう怒るな。どうせ結婚を反対されたとでも言うんだろう?」
そんな風に笑うロイドにシュバルツとしてはぐうの音も出ない。
「いいじゃないか。どうせ結婚は『二年後にまだ上手くいっていたら』と話はまとまったんだし」
「~~~~っ!こっちは今すぐにでも結婚したいのを我慢してるのに!」
「約束は約束だろう?」
だからそれをそのまま伝えればトルテッティ側もおとなしく引き下がるのではないかとロイドは口にする。
とは言えロイドを問答無用で忘れさせようとしてきたアベルと父に腹が立って仕方ない気持ちもわかってほしいと、シュバルツはギリッと歯噛みした。
けれどそんな自分達にアベルが恐る恐る声を掛けてくる。
「…すぐに結婚というわけではないのか?」
「ああ。ロイドがクレイとの約束があるからと言って、悔しいことに後二年猶予ができてな」
敢えて父に言わなかったのはいつでも籍を入れられる状態にしておきたかったからなのだが、今回は逆にそれが父を暴走させることになってしまったようだとシュバルツは忌々しげに舌打ちした。
「……それならそれで早く今からでも伝えるべきだ。叔父上はまだ何か色々手は考えてそうだったし、今ここで私が失敗したと伝えてもまだまだ他の手でお前を追い詰めに来るぞ?」
「それは面倒だな」
とは言え父はいつだって自分には甘いし、最終的には折れてくれるはずなのだが…。
そんな風に軽く考えていると、アベルは『知らないのか?』と大仰にため息を吐いた。
「お前は叔父上の怖さを知らないのか?黒魔道士を支配下に置くためにこれまでトルテッティで一番貢献された方なんだぞ?」
「父上が?子煩悩で優しい姿しか見せてもらったことがないんだが?」
「それはお前が溺愛されているからだ!昔『私の天使の悪口を言った奴は殺す』って王宮中に空恐ろしい表明を出していたくらいだぞ?!」
あの人は怖いんだと力説されるがはっきり言ってシュバルツにはピンとこない。
「……?天使って母上の事か?まあ夫婦仲もいいしそんな恥ずかしいことも口走るんだろう。そんなことより私とロイドの邪魔は今後一切しないようお前からも言っておいてくれ!」
けれどアベルはしつこく直接父に話を通せと言ってくる。
「叔父上はお前が思っているように甘い方ではない!だから…!」
「ああもうわかった!」
そして業を煮やして幻影魔法を発動させる。
「シュバルツ!」
そこに映し出されたのはどこか嬉しそうな父の姿だ。
「父上。お元気そうで何よりです。今アベルから聞いたのですが、私の結婚には反対とのこと…。先日はそのようなことは仰っていなかったと思うのですが……」
「うっ…いや。その、焦ることもないし様子見をと思ってアベルを行かせたんだが…何か行き違いがあったかな?」
悲しそうに話すシュバルツの姿を見た王弟ミシェルが目に見えて焦りを見せ、シュバルツの目を盗みアベルの方を鬼のように睨んだのをロイドは確かに見た。
「父上。それなんですが…ロイドが後二年しても自分を好きでいてくれるなら入籍しようと言ってきまして…。私としては父上を安心させたくてすぐにでも籍を入れたかったのですが…説得しきれず申し訳ありません」
そんなことを言い出せなくて二度手間を掛けさせてしまったと上手いこと言うシュバルツにアベルは頬をヒクつかせる。
さっきのあの態度は何だったのだろうか?
「そ、そうか!二年後にまだ好きだったら、な。うんうん。お前の想い人は実にいい男だな。さすが私の息子!目が高い!」
「本当にそう思ってくれますか?」
「勿論だ!彼の言う通り、『二年後』に『まだ好きだったら』結婚しなさい。今すぐ結婚はしなくてもいいから!大丈夫だ。父さんも母さんもお前を大事に想っているからな。いくらでも待てるぞ?」
「そう…ですか……」
「ああ!だから安心して今度一度こちらに帰ってくるといい。お前がそちらに行ってもうすぐ一年だ。私達も寂しくてな。顔を見せてくれたら嬉しい」
「……そうですね。考えておきます」
ではまたとシュバルツは満面の笑みで魔法を解呪した。
「ちっ……」
「こら。豹変甚だしいぞ?」
シュバルツのあまりの猫かぶりに思わずロイドも呆れてしまう。
「別にいいだろう?あれだって親孝行だ。一先ず父上の方はこれで落ち着くだろう」
そうしてため息をつきながらアベルへと念を押す。
「言っておくが絶対に、ロイドとは別れないからな!」
そんな姿にアベルはため息を吐いた。
「そんなに黒魔道士に抱かれるのがいいのか?」
「違う」
どうやらまた誤解されてしまったらしい。
「悔しい!もうロイドを蹂躙できるくらいには成長できたのに、どうしていつまでも間違われるんだ?!ロイドがカッコ良すぎるからか?!」
地団駄を踏みそうな勢いで悔しがるシュバルツにロイドが呆れたように息を吐く。
「お前はそんなことを大きな声で口走るな」
「だってロイド…!お前を翻弄するのがここ最近の一番の楽しみなのに…!」
「やはりまだまだお子様だな。その性格の悪さをちゃんと隠せ。シリィにでも聞かれたらまた私が文句を言われるだろう?」
「むぅ……。まあロイドがそう言うなら黙るけど…誘うくらいはいいよね?」
そうして一年前とは比べ物にならないほどの色香でロイドを誘う。
「ロイド…今日は酒で勝負して、勝った方が主導権でどうだ?」
「なかなか魅力的な提案だな。主導権を握られっぱなしと言うのも性に合わないし、悪くはない」
「だと思った。飽きられても嫌だし、可愛いロイドも好きだけど、カッコいいロイドにも襲われたいから少し悩んでたんだ」
「お前のその私好みの楽しい提案をしてくるところは好きだな。腹黒いところばかりより、たまにはそう言うところも見せてくれ」
そんな嬉しい言葉をサラリと口にしてもらえるなんてと、シュバルツは高鳴る胸の想いのままにロイドへと微笑みかけていた。
「ロイド!嬉しい!今すごく抱きたくなった!今日は何回気絶したい?」
「断る。……お前のそれは怖いから答えるわけがないだろう?」
「素直じゃないな。まあいい。どうせ飲み比べなら負けないし、好きに可愛がって蹂躙するから」
そうして悪い顔で笑うシュバルツを見て、やっとアベルが二人の立ち位置を認識して驚いたように目を見開いた。
「シュバルツ…お前、もしかしてその男を性奴にする気か?」
「は?」
「なんだ。それならそれで叔父上も……」
安心するだろうとホッと息を吐いたアベルの胸元を、次の瞬間思い切りシュバルツが掴み上げる。
「アベル?勝手に人の恋人を性奴だなんて侮辱をしてただで済むと思ってるのか?」
「うぐっ…!」
「これはさすがに聞き捨てならないな?」
「ロイドもそう思うよな?」
「ふっ…返す前に調教しておくか」
「そうだな」
こうして似た者同士微笑み合う姿に、アベルは締め上げられながらブルっと震えたのだった。
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