黒衣の魔道士

オレンジペコ

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第二部番外編 シュバルツ×ロイドの恋模様

11.発覚(後編)

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ずっと…夢の中のシュバルツのことが好きだった。

特にここ最近はどうしようもなく気持ちが溢れるようになっていて、ついつい『好きだ』と言いそうになるのを抑える日々だった。
けれど現実のシュバルツはいつだってお子様で、自分がからかうと真っ赤になって怒り出す、そんないつまでも変わらない存在だった。

それでも────時折向けられるその眼差しがどこかで夢の中のシュバルツと重なる時もあった。
甘く熱を孕んだその瞳に囚われそうになる。

いつの間にか少し大人びた表情をするようになったシュバルツ。
その姿に心が逸り、切なく胸が締め付けられる。
その繊細な手で自分をもっと翻弄してほしい。
早くもっともっと成長してほしい。
そう強く願いつつ現実のシュバルツの成長を促しながら待ち、時折会う夢のシュバルツに溺れ続けた。

自分はあとどれくらい待てばいいのだろう?
早く夢のシュバルツに近づいて、もっと逃げられないと感じるほど自分を熱く見つめてはくれないだろうか?
夢のシュバルツが恋しくて、募る思いが身を焦がす。

けれど今日、そんな思いの強さが自分の失敗へと繫がり、その後青天の霹靂に見舞われたのだった。


***


ゆっくりと浮上する意識。
とても気持ちがいいそこは、いつものシュバルツの腕の中だった。
決して力強い腕なわけではない。
けれど白魔道士らしく安心感のある優しく心地のよい自分だけの場所だ。
いつの間にそう思えるようになったのかは思い出せないが、ここは落ち着くなと思った。

仕事で疲れた羽を休める場所があるというのもいいものだ。
そんな風にこっそりと小さな幸せを感じながら暫くそれに身を任せ微睡んでいると、まだ眠っていると勘違いしているシュバルツが徐ろに口を開いた。

「ダート…どう思う?」

どうやら眷属に何かを相談しているようだ。
これは聞いてもいいのだろうか?
そう思いながらジッとしていると、話はそのまま続いてしまった。
ダートの答えはひどく簡潔だ。

【好きにしたらいいだろう?大体前から言っているじゃないか。自信を持てばいいんだと】

自分の眷属ながら実に素っ気ないと思う。
けれど続く言葉に、思わず心が震えるような気がした。

「ん~…でも、どんなロイドも好きだから悩むな。偉そうなロイドも、可愛いロイドも、強がってるロイドも全部好きだし…カッコいいロイドも好きだ」

「ロイドはプライドが高いだろう?どんなロイドもそのまま全部全部好きだから、できればプライドを傷つけるようなことはしたくないんだ。だから……」

突然のそんな惚気のような言葉の数々に妙に恥ずかしくなって、同時に気遣いも見せてくれる姿に愛しい気持ちが込み上げてきて、気づけばシュバルツの唇を思い切り貪っている自分がいた。
そしてついでとばかりに魔力まで交流してやると、シュバルツは凄く気持ちよさそうにそのままトロリと表情を蕩かせた。

(ああ、こういう所は変わらないな)

初めて魔力を交流したあの時から自分の魔力に酔っているシュバルツ。
でも…今現在それは決して一方的ではなく、自分だって酔っているのだということに気づかされた。
シュバルツと魔力交流するのはとても気持ちがいい。
そして抱かれることも────。

視界の端でダートがやれやれと下がっていく姿が見えたので、少しだけ気になった。
そもそもダートがいるということはこれは夢ではなく現実だろう。
てっきり夢のシュバルツと寝ていたと思っていたのだが、もしかして勘違いだったのだろうか?
どこまでが現実でどこまでが夢だったのだろう?

不意にそう思って、キスの合間にこれまでの記憶を辿ってみたのだが────。

(失敗した!!)

うっかり寝惚けて夢のシュバルツと現実のシュバルツを混同してしまったのだ。
それがものすごく恥ずかしくて、どうしようもなく居た堪れなくて、口づけが終わると同時にすぐさま顔を隠した。

「ロイド?」
「なんでもない!」
「……?」

シュバルツが不思議そうに言葉を掛けてくるが、そんなもの答えられるはずもない。

自分は先程思い切りシュバルツに甘えていなかっただろうか?
その夢の想いのままに『好きだ』と口にしていなかっただろうか?
その言葉を聞いたシュバルツの顔はとても驚いていなかっただろうか?
それら全てを思い返すと……どう考えても夢ではないと思われた。
これはさすがに何も言い訳ができない。
夢と間違えましたなど言えるはずがないではないか。

もうこうなったら取り敢えず今日は寝たふりを決め込んで、明日は朝一番で記憶操作で余計な記憶を消して早々に逃げようと思った。


***


「……先手を打たれた」

どうやらシュバルツに魔法で眠らされたようだ。
ぐっすり寝すぎたようで、朝起きたらシュバルツが物凄く良い笑顔でおはようと言ってきた。
しかも記憶操作は無駄だからしないようにと念まで押されてしまう。
そんなもの無視すればいいだけの話だと思ったのだが、クレイに頼んで絶対に記憶操作できないようにしてきたから無駄だと言い切られた。

(なんて奴だ!)

まさかダートに協力してもらい、朝からクレイを叩き起こしに行ったとでもいうのだろうか?
ロックウェルと情事の最中だったらどうするつもりだったのか。
まさかそんな強硬手段に出られるとは思ってもみなかった。

「くそっ…!」

こうなったら諦めて折れてくるか忘れた振りをしてくるまで無視してやるとそのまま部屋を出ようと思ったのだが、シュバルツはこれまでの小犬のような顔ではなくどこか余裕のある笑顔で、ちゃんと帰ってくるようにと言った。
その姿は何故か夢の中のシュバルツと重なって、妙に自分を落ち着かない気持ちにさせてくる。
それがなんだか腹立たしくて、思い切り睨みつけて返事もせずに部屋を後にした。




「ロイド。何かあったのか?」

いつもと違う様子に主であるライアードが心配して声を掛けてくれるが、自分としては何もないとしか答えられない。
そもそもは自分の失態なのだが、それを認めたくはないのだ。
正直言ってこのどこにもやりようのない怒りをどう消化していいのかわからなかった。
いつの間にかシュバルツに心を許し過ぎている自分が悔しくて仕方がない。

(くそっ…!クレイに愚痴をこぼしに行きたい…!)

朝からシュバルツに協力したのだ。
自分が来ることくらい想定の範囲内だろう。
そう思って、仕事が終わってからすぐさまアストラスへと向かったのだが…。
そこには腹立たしいことにすでにシュバルツの姿があった。




「ロイド……」

困ったようにクレイが声を掛けてくるが、その前にシュバルツの姿にイライラしてくる。
どうしてここにまで追いかけてくるのか。

「私とクレイの仲に割り込んでくるな!」

黒魔道士の付き合いに割り込んでこられるのが酷く腹立たしくて、思わずそうやって牽制してしまう。
そんな自分の姿にシュバルツは一瞬怯みはしたものの、『じゃあ待ってるから』と言って帰ろうとはしなかった。
物分かりがいいのか悪いのか。

「クレイ!飲みに行くぞ!」
「ロイド。いいのか?」
「いいに決まっている!」

そしてグイッと腕を引き、そのままクレイを攫って影を渡った。


***


「あ~…ロイド?」

クレイが歯切れ悪く声を掛けてくるが、今日は飲まずにはいられなかった。

「本当に腹立たしい!クレイ、シュバルツに記憶操作ができなくするなんて酷いぞ?!」

取り敢えず開口一番そう言ってやったのだが、クレイはキョトンとしたような顔をして、確かに頼まれはしたがその魔法はついさっきかけたばかりだぞと言われてしまい唖然とした。
これはもしやシュバルツに嵌められたのだろうか?
クレイが絡んでいないなら、たとえシュバルツの対抗魔法に多少手こずったとしても記憶操作は可能だったはずだ。

「やられた!」

あのどこか余裕のある態度にすっかり騙された。
そうして悔しそうに叫んだ自分に、クレイはプッとその場で噴き出した。

「ははっ!シュバルツも成長したな」
「笑い事じゃない!お子様のくせに生意気だ!」

そうしてイライラしているところでクレイがそっと酒を注いでくれる。

「まあ落ち着け。シュバルツがお前の所に行ってもうあと少しで一年だ。お前の実力からして成長しない方がおかしい」

そんな言葉にふと我に返る。
確かに言われてみればそうかもしれない。
まだ一年には満たないが、シュバルツがソレーユに滞在してから気づけば10か月は過ぎている。
成長していない方がおかしいだろう。

「大体ロイド。お前はシュバルツに早く成長してほしいと言っていたじゃないか。成長したのに怒るのは間違っているぞ?」

それも確かにそうかもしれない。
自分は何故こんなに怒っているのだろう?

いつまでも子供だと思っていたシュバルツ。
いつまでも変わらないと…そう思っていたのに、本当は思っていた以上に成長していたから信じられない気持ちが大きかったのかもしれない。

「まあ近すぎてわからないこともあるから仕方がないとは思うが……」

そう言いながらクレイがゆっくりとグラスを傾ける。

「俺はお前が優秀な黒魔道士だということを誰よりも知っている」

そんな風に自分を認めてくれるクレイが好きだ。

「だから、そんなお前が育てたシュバルツの成長をそのまま素直に喜んでやれ」

だからこそその言葉はすんなりと自分の中へとストンと真っ直ぐに落ちた。

「あいつの成長……」

確かにシュバルツは成長したと思う。
閨でのテクニックだってかなり上達した。
こちらへの気遣いだって当然手慣れたものだ。
それ以外の日常のことだってそうだ。

いつも自然に自分の側にいて、邪魔に感じることなど全くと言っていいほどなくなったように思う。
自然に寄り添い、自然に会話し、そこにいるのが当たり前。
気づけばそんな存在になっていたことを今更ながらに感じて唖然となった。
一体いつからそんな存在になっていたというのだろう?
そうしてなんだか感慨深い気分になっていたところで、突然クレイから爆弾を落とされた。

「あ、そうそう。シュバルツから聞いたんだが、今日はお前に謝りたいそうだからちゃんと逃げずに話を聞いてやれ。黙って夢で襲っててゴメンだそうだぞ?」

何のことかわかるか?と言われて思わずわなわなと怒りに震える自分がいた。

「~~~~っ!シュバルツ────ッ!!」

それはこれまでの自分の悩みを吹き飛ばすには十分な爆弾発言だった。
誰が逃げるものか!
絶対に酷い目に合わせてやると一気に酒を煽って席を立つ。
そんな自分にクレイがどこか楽しそうにしながら『頑張れよ』とエールを送ってくれた。
本当に持つべきものは良き友人だ。

「クレイ。本当に白魔道士なんて恋人にするものじゃないな!」
「そんなこと言って…。本当は物凄く楽しいくせに」

くくっと笑うクレイに別れを告げて、一気に影を渡りシュバルツの元へと移動する。

そう言えばこの男はあの性格の悪いアベルの従弟だった。
この一癖も二癖もある腹黒い白魔道士をどう料理してやろうか?
いつの間にか対等になっていた恋人に昏く笑ってやると、どこか食えない顔で優しくこちらへと微笑んできた。

「お帰り。ロイド」

この笑顔に騙されてなどやるものか。

(ああ、これからが本当に楽しみだ…)

自分をどこまでも楽しませてくれる相手が恋人ならば、相手にとって不足はない。
精々これから一緒に踊り続けようではないか。
そうして新しいゲームを前に、そっと楽しげに口の端を上げたのだった。




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